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隔された教室 2

 まずは幽霊の話とはどんなものなのか。

 そこから調べなければ。


 真紀は噂話や都市伝説といったくだらない話を好まない。

 真紀の友人たちも知っているので、幽霊の話について触り程度に話題に上がることがあっても主旨となることはなかった。


 話をもってきた静江も生徒に起きた事件はともかく幽霊の話についてはよく知らないと言っていた。

 つまり、一から自分で調べるしかないわけだ。


「……気の進まないことに全力で取り組まなきゃいけないってのは、つらいわね」


 真紀は小さなメモに走り書きした内容を斜め読みしながらぼやいた。


 昼休み後、授業の合間の休み時間を利用してクラスメイトと後輩から話を聞いてみた。


 例を出してみる、と。

 旧校舎の教室で机の並べ替えを行うと座席がひとつ余る。

 放課後の旧校舎で耳を澄ますとうめき声が聞こえてくる。

 誰も利用していないはずの旧校舎の廊下を歩く影を見た、などなど。


「旧校舎を中心とした噂話が多いってことよね」


 見間違えやちょっとした勘違いに集約できそうな話ばかりではあるが、噂話の舞台はすべて旧校舎に限定されている。

 そこは気になるところだ。

 真紀は与えられた情報を整理しながらゆったりと廊下を歩いていた。

 が、目指す目的地を前にして立ち止まる。


 旧校舎。

 旧校舎は小清水学園でもっとも古い建物になっている。

 何度も増改築をされた外観は西洋風の修道院を思わせる古風な造りでありながら、鈍い輝きを放つ鉄骨の柱で補強された異様な姿を晒していた。


 生徒がこの旧校舎に足を運ぶことは少ない。

 選択した授業によって週に二度使うことがあるくらい。

 旧校舎には学年ごとのクラス教室が設置されていない。


 さらに。

 部活中の生徒しかいない放課後では人影はなかった。


 夕日に照らされて長く伸びる旧校舎の影が廊下をひっそりと隠している。

 真紀は腕を組む。赤み帯びた旧校舎を見上げながら首を傾ぐ。


「さて、どうしようか」


 旧校舎で幽霊もしくは怪奇現象に出遭うにしても。

 もしくは、幽霊を騙った悪戯の犯人を捕まえるにしても、だ。

 旧校舎に居残って確かめたいのだが、さすがに夕暮れ時から出てきてくれるかどうかはわからない。

 せめて日暮れまではどこかで時間を潰したかった。


「めずらしいこともあるじゃねーか、帰宅部が居残りとは」


 ふいに横手から声を掛けられた。振り返りもせずに答える。


「私は園芸部よ。帰宅部はあんたでしょ」

「毎日ゲーム三昧でよく言うぜ、園芸部さんよ。部室が欲しい同好会レベルの部活がいくつあるかは覚えちゃいないが、遊び呆けてて部室がもらえるなんて、四天王さまの権威はすげえもんだな」

「ふん、あんたもその『四天王さま』でしょうが」


 真紀は腕を組んだまま相手をジロリと睨みつける。


 彼は、ちがや 久之丞ひさのじょう


 一七○cmある真紀よりもやや目線が上のしなやかな体躯をした少年の姿がある。

 夕日に照らされて黄金色に輝く髪、ネクタイを申し訳程度に首にかけ、ワイシャツはズボンに入れていない、両手はポケットに、そして微かにタバコの臭いがする。


 コンビニでたむろしているだらしない高校生像がそのまま歩き出したような姿。

 でも、意外と几帳面な奴なんだ。

 どのあたりがと聞かれれば答えなければなるまい。


 服の着こなしはひどいものだが、髪の色合いはまるでプリンのような情けない染め具合にはなっていないし、ワイシャツに汚れやしわはなく、ズボンにはきっちりと折り目の線が入っている。


 そして端整な顔をしている。

 野生的な外見とは裏腹に、目元は穏やかでギラギラとした嫌な雰囲気はない。

 ときたま笑うときっちりと揃った白い歯が覗く。


「で、あんたはこんなとこで何やってんの?」

「バイトまで時間があるからな……」


 久之丞は指は二本立てて口元に当てる。

 ジャンキースモーカーめ。


「旧校舎にそんな吸える場所あったっけ? 人は来ないけど、さ」

「良い場所があってな。暇なんだろ? ちっと付きあってくれよ。退屈でしょうがねーんだ」


 真紀の返事も聞かず、久之丞はさっさと旧校舎の裏手へ歩き出してしまう。

 ついてくるのが当然とわかっているかのように先へ行ってしまう。


 まったく、勝手な奴。

 旧校舎の裏に回ると建物の陰にいっそう暗さが増す。

 コンクリートで固められた簡素な通路に二人の足音がいやに大きく響く。


「体育倉庫が良いところってわけじゃあないわよね?」

「残念ながら違うな。……ここを上がるんだ」


 久之丞は体育倉庫の横に積み上げられた廃棄される机を指差す。

 久之丞は助走をつけると、積みあがっている机を踏み台に高く跳躍する。

 惚れ惚れするような動きで体育倉庫の屋根に一息で駆け上がった。


「……うら若き乙女で、且つ、スカートはいてる私にこんなところよじ登れっていうのね?」

「うら若きは納得してやる。しかしだな、乙女であるかどうかは微妙だし、お前はスカートだろうがジーンズだろうが気にしないだろ?」

「ったく、失礼な奴。……あっち向いてなさいよ」

「へいへい」


 真紀はスカートがめくり上がらないように気をつけながら机に足をかける。

 久之丞よりも低い段差を使って体育倉庫の屋根に上る。

 屋根に上がると、なにやら久之丞は体育倉庫の屋根と接している旧校舎の壁に屈んでいる。

 まるで壁を剥がしているかのようだった。


 久之丞は旧校舎の壁を補強していた鉄板のボルトを手で外していく。

 ボルトを引き抜き鉄板を外すと、蝶番がぼろぼろに錆びた扉が現れた。


 扉を開いても体育倉庫の屋根で入り口は半分近く隠れてしまっているような状態だ。

 が、体を屈めれば何とかは入れそうな広さがある。


 なんでこんな場所に扉が――?


「どういうことなの?」

「……旧校舎は老朽化した施設だけをぶっ壊して増改築されてきた建物だ。老朽化した部分は壊しちまうわけだが……建物を支える柱の部分は取っ払うわけにはいかねえ。だから、旧校舎を支えてる柱と柱に結合しているような建物の一部はそのまま残ってるわけだ」

「へえ! よく見つけたわね、そんなの」

「暇だからな。まあ、入れよ。この『隔された教室』は電気がきてるから快適だぜ」


 久之丞は狭い入り口に体を滑り込ませると配線むき出しのスイッチを押す。

 すると、小さな蛍光灯がぱちぱちと明滅しおぼろげな白い光を放ちはじめた。


 隠し教室は非常に狭かった。

 かつて廊下があったと思われるようなタイル張りの床があり、体を横にしても壁と壁に挟まれて胸と尻がこすりそうだ。

 二m奥へ進むと教室だったと思われる二畳ほどのスペースが広がっていた。

 コンクリートで四方を固められた部屋には机がひとつ、背もたれの傾いた椅子がふたつ置いてあり、部屋の隅にはマンガやら雑誌の積まれた小さな棚が無造作に設置されている。


「――男の子の部屋って感じね」


 真紀は部屋の様子を一通り見渡してから思いついた感想を口にしていた。


「あ? どういう意味だそりゃ……?」

「なんでもないわ」


 意味がわからないと怪訝な顔をする久之丞を尻目に、真紀は椅子を引き寄せると背もたれにもたれかかるように座った。

 久之丞は残った椅子にどっかりと腰を下ろす。

 タバコを咥えると実に旨そうに煙を吐き出した。


 煙たい空気が室内に充満するのかと思いきや一陣の風が煙を吹き消していった。


「良い風ね。過ごしやすそうだわ」


 開け放たれた入り口から涼しい風を通り抜けていく。

 一見するとどこにも抜け穴はなさそうに見えるけれど、旧校舎のどこかに通じている隙間にでも流れているのだろう。

 この旧校舎は耐震性だとか建築基準などといった存在から全力で逆行している。


「んで。わざわざ私を連れてきたわけってのは何かしら? ほんとに暇つぶしってわけじゃないんでしょ」

「めんどくさがり屋が幽霊退治をするって聞いたんでな」


 それは、また、えらい早耳だ。

 今日の昼間からの話だというのにもう久之丞に伝わっているなんて。


「四天王が直々に動いてりゃあ嫌でも耳に入ってくるさ。しかしだな。お前が動いてるって噂が流れれば、放っておいても勝手に消える話だとは思うぜ……わざわざ張ってなくてもな」

「あらら、そうなんだ」


 真紀は、旧校舎で幽霊を探そうと考えていた。

 同時に悪戯があるのなら現場も押さえようとしていた。


 悪戯の犯人がどんな人物かわからないが、深読みせず考えるなら生徒が一番怪しいだろう。

 悪戯の仕掛けをするのは放課後か朝方の人のいない時間帯を狙ってくるだろうし、ならば旧校舎を調べつつウロウロしている怪しい生徒を見張ろうと計画していたのだ。


 久之丞の含みのある言い方からなんとなく犯人の人物像が見えてきた。


「普段は大人しくて人前ではっちゃけるようなタイプじゃない人、が犯人なわけね」

「ストレス発散が目的だろうな」


 よくある話ではあるものの幼稚な愚かな行動だと思う。

 自らの行いが他人にどのような結果を与えるのかを理解していない。

 いまはまだ軽い怪我人だけで済んでいるのが救いか。


「久の言うとおりだけど。頼まれ事だからね、勝手に立ち消えるのはなしでやろうと思ってるのよ」

「そうか」


 久之丞はタバコの灰を皿に落としながら言う。


「朝は部活の連中がそこそこ通るからな。やるとするなら狙い目は夜だろ。旧校舎の中央階段あたりで張っておくといいぞ」

「犯人わかってるならあんたが止めさせても良かったんじゃないのとは思うけどね」

「あいにくどこのどいつが犯人なのかを探すほど暇じゃねえよ」

「ま、いいけど。ありがと。助かったわ」

「礼に期待してるぜ。美味いラーメンでも奢れ」


 久之丞はさも当たり前の報酬であると言わんばかりの態度だ。


「この私に集ろうってのが気に食わないわね……」

「たかりじゃねーだろ。正当な報酬だ」

「――考えておくわ」


 とはいえ重要な情報を聞かせてもらった。

 ラーメン一杯なら釣り合う対価だろう。

 余計な仕事が増えたのは気に食わないけれど、適当なラーメン店でも見繕っておくことにしよう。

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