婿入り募集中
社会人として企業勤めをして6年、何度目かの後輩の結婚式。の後、上司相手に居酒屋で飲みまくる。
「美千恵ちゃん、今日も超可愛かった~! ドレスも着物も似合ってましたよね~! いいお式でした。まったく、手塩にかけた後輩をかっさらいやがって、あの営業課の相田! うち(総務課)の癒しを返せ~!」
「保志、お前は父親か。一応突っ込んでおくが、山川も今日から相田だぞ。まだ仕事は続けるし。」
「わかってますよ。言ってみたかったんです、父親風に!結婚式の後はそんな気分なんです~、親方もう一杯! は~、私も結婚したい~、相手が欲しい~、お婿さん~。私が結婚退職出来るように美千恵ちゃんに仕込んでたのに~・・・相手居ないけど。」
カウンター越しに店の親方が苦笑しながら水を出す。まだメンバーがそろわないので、お酒はまだです。
それを、私の両脇の伊東部長と片野課長がこれまた苦笑で眺める。
二次会に出れば良かったのにって仰いますけどね、新婦も新郎も3才下ですよ。出席者は主役のほぼ同級ですよ。私28才ですよ。25才を物色って、後がない感じハンパないんですよ。居たたまれない。小お局は空気を読んで、新婦を愛でまくって新郎をいじり倒してサッサと会場を出ますよ。そして、上司のおごりで美味しいお酒を飲むんです! 最高!
「はいはい、そんなやさぐれた部下には癒しをあげよう。やっと来たか、こっち座れ~。」
え~? と席をひとつずらした課長のところに、イケメンが座る。海外事業部課長の狭山さんだ。
1ヶ月ぶりの至近距離。は~、目の保養~、いつものスーツも隙がないけど、今日の礼服姿もス・テ・キ。
「お疲れ様です。やっと撒いて来れた。俺も同じのください。」
「では、四人揃ったところで、乾杯しましょう! 美千恵ちゃん、結婚おめでとう! 今日もお酒が美味しい! ありがとう!」
いつもの酒飲み会の面子が揃ったところで、可愛い後輩の結婚に乾杯する。
そして、私の地元の地酒に乾杯。やっぱり美味しい。
酒蔵の社長の趣味で作ったお酒だから、地元民も飲めたり飲めなかったりする一品。とにかく数が少ない。それなのにこの店には置いてある。店長である親方がその社長と友達で、なんとか確保出来てるらしい。沢山の人に味わってもらいたいから、1人一杯限定。
式場にお店が近かったから、式後に絶対行こうと思ってたら、部長が予約してくれてた! 本来なら、一番下っぱの私がしなきゃならなかったのに、急な仕事に気を取られたりしてすっかり忘れてしまったのだ。「俺が飲みたかったんだ」とはにかむ部長に感謝! いよっ、奥さん美人! 残念ながら今日は帰ってしまったが、奥さんもかなりの酒豪。部長の定年まであと5年、ついていきますよ! 奥さんに!
「で?保志はいつ見合いするんだ?」
「そうですね~、次の帰省には2、3回有りそうですね~。」
「え!保志さん、お見合いするの?」
部長のセクハラ発言に、軽く乗っかったら、狭山課長が驚いた。
え?私、28ですよ。いくら晩婚が増えてるっても親はやきもきするんですよ。田舎ですし、お見合い薦めたがるオバサンが日替わりで一月一回りするぐらい居るんですよ。私に兄弟は姉しかいないし、その姉も彼氏と同じ外資系企業の社員なので地元に根を下ろすには勿体ない。そうなると、私がお婿さんをもらって「保志」を継がなきゃね。ってことです。
「俺、定年までもう一回は仲人したいんだよな~。」
「そんなの知ったことじゃないですよ。ま~、地元であぶれた男がいるでしょうから、向こうでの式になるでしょうね~。」
「よし!地酒飲み放題!」
オイ、部長。
「あ、俺も夫婦で出席するからさ、ご祝儀奮発するから、飲み放題用意して。」
イケメンの向こうから、とぼけた二枚目半の片野課長が手をあげる。
ちょっと! メインの話がおかしくないですか? まあ、予定も未定な私の結婚式だけど。片野課長の奥さんも美人で、酒豪。一緒に飲むと超楽しい! なのでまあいいか。美人が二人もいれば華やかになるだろ。花嫁は置物になりましょう!
「えっと、保志さん家は自営業なの?」
おずおずと狭山課長が聞いてくる。一緒に飲むようになってまだ3回目ですからね、プライベートな事は聞き辛いですよね。とても片野課長の同期とは思えない常識人ですね。
「普通の兼業農家ですよ。農家と言っても自分ちで食べる分を作ってるだけで、両親は別に仕事してます。だから、土地だけはそこそこありますよ。よその家はもっと広いですけど。まあ、なんと言いますか、家に若者がいた方が、何かあった時に楽だよねってことです。」
怪我や病気に限らず、電球交換や草むしりとか・・・うん。
「じゃあ、もともと地元には帰るつもりなんだ・・・」
「そうですね。そうした方が、出世頭の姉も安心して仕事出来るでしょうし。今の仕事場楽しくて勿体ないんですけどね~。て言うか、私よりも先に狭山課長の仲人でしょう。美千恵ちゃんの同期はどうでした?けっこう可愛い娘がいたと思いましたけど? 狭山課長こそ、いつまでも独身じゃ面倒じゃないですか?」
私のどうしようもない未来の話よりは、現実味のある狭山課長のモテモテ状況に強引に変える。
「俺、33よ。8コ下の女子って、不安しかない。そして、今日の娘さんたちは眩しくて、近寄りたくない。」
そういえば、「撒いて来た」って言ってたな。肉食女子でしたか。確かにキラキラメイクだったけど、近寄りたくない程かな?・・・ギラギラが漏れてたのか?
「俺としては、お前らがまとまってくれりゃ楽なんだがな~。」
「ぶっっ!」
危ない!噴くところだった!大事なお酒を!あっぶね~。何を言い出しやがる部長め!
隣では噴いてたけど。あ~あ、勿体ない。せっせと二人でおしぼりで拭いていると、ひととおり笑った片野課長が、「俺も賛成」と言う。
「そうすりゃ、この面子でずっと飲めるじゃん。」
あ~、確かに。
と見つめあってみたが、・・・無いわ~。
だって、スペックが高過ぎて、並べない。顔面偏差値の高さ、見た目のスマートさ、仕事だってわが社ではエリートの海外事業部の出世頭だ。5年の海外勤務を経て、次の部長昇進は彼だともっぱらの噂。
対する私は、ザ・地味コ。仕事ぶりはまあ、普通だと思ってる。顔も服装も十把一からげな地味子。
この人と付き合うなんて、毛穴から血が吹き出す程に努力をしなければいけないんだろうな~。
「狭山課長を地元に連れて行くのは気がひけます。向こうには仕事ないし、勿体ない。こういう人は都会でバリバリ過労死手前で仕事して、モデルか女優かって美人と結婚した方が、世界に貢献できると思います」
「「ぶっ!」」
今度は部長と課長が噴いた。だから酒が勿体ないわ! 「世界に貢献て?」 だって美形遺伝子はほぼ世界共通ですよ。宇宙人が攻めて来た時に、地球は美人が多いから、存続させようって時の為に残すべきでしょう? ちょっと、お腹抱えて笑うなんて、お店に迷惑ですよ! あれ?なんで親方まで肩を震わせてるの? そんなに変なこと言ったかな? 酔ってませんよ! 重症でもないですって!
「じゃ、また月曜にな~。」
「ハ~イ。ごちそうさまでした~。」
ほろ酔いで解散。部長と片野課長は地下鉄へ、狭山課長と私はJRの駅へ向かう。逆方向なので、お店前で二人と別れる。歩き出して角を曲がったら、狭山課長に腕を取られた。
「今夜は、うちに来ないのか?」
せつなそうに聞いてくるな~。溜まってるのかな?イケメンに誘われるなんてそうそうないから、行きますよ、勿論。
行くと言うと恋人繋ぎになった。前回と一緒だ。一夜の相手にもやっぱり優しい人なんだ。この人の彼女気分になれる。嬉しい。また、誘えてもらえた。嬉しい。涙が出そうだ。
前回は一月前だった。
狭山課長とは元々課がフロアごと違うし、接点はまったく無かったのに、片野課長が飲み会に連れてきたから知り合いになれた。最初は日本酒好きのザル3人に付き合わされて、真っ赤になって帰って行った。2回目の会で、私のアパートが狭山課長のマンションまでの途中にあることが分かって、タクシーで送ると乗せられ、誘われるままお持ち帰りされたのだった。
体が合うってこういうことか。
すごく気持ち良かった。大きな手は優しく触れてくれた。頬を撫でられた時は何がおきたのかと思った。優しさが気持ち良い。一晩きりだと思うと勿体なくて、ご奉仕もやれる限りした。私なんかを抱いてくれたお礼に気持ち良くしてあげたかったから。
目が覚めたときに抱きしめられていて、泣きそうに嬉しかった。いままでの彼氏はそんなことしない男ばかりだったから、抱きしめられて眠ることなんてなかった。男運がなかったのかな。改めて思い出すと彼女というより、セフレか家政婦な扱いだったもんな。
は~、こんな近くで見てもいい男~。
男運、この人で使いきっちゃったな~。
一晩でも、抱いてもらえて良かった。
目が冴えてしまったので、起こさないようにそっとベッドを抜け出し、シャワーを浴びる。
乾燥機が付いていたから、遠慮なく汚れ物を洗濯させてもらう。課長のも一緒に洗っちゃえ~。
新品のTシャツとパックされてるトランクスを無断で借り、これまた冷蔵庫を勝手に漁って朝ごはんを作る。要らないって言われたら、自分で食べよう。
9時か・・・、はやいかな?でもあんまり長居もできないし、温かいうちに食べたい。
「狭山課長、起きてください。おはようございます、ごはん食べましょう?」
「・・・う~ん・・・、・・・ごはん・・・?」
仕事をバリバリこなすイケメンの寝ぼけ!なんという破壊力!!
写メ! いや、動画! スマホどこ!?
内心何かのパレードが溢れていたけど、覚醒した課長がはにかんだものだから、息が止まった。
「おはよう、保志さん。先にシャワー浴びてきていい?」
声なんか出せないから、コクコクと頷いた。そのまま逃げるようにキッチンへ移動。そして課長はシャワールームへ。
ここにきて、ハッとする。今までの彼氏たちにしてきたようにご飯なんて作ったけど、普通ワンナイトラブって、事が済んだらハイさようならよね?! しまった! 彼氏でもない人の家の家電を当たり前の様に使ってしまった!
ヤバい・・・。うざい女だ・・・。
・・・まあ・・・いっか。これきりだし。
「朝御飯てなに作ったの?ほとんど何もなかったでしょ?」
一人会議をしてる間に課長登場。Tシャツにスウェットパンツを履いている。・・・・・・ほんと、イケメンて、無精髭さえ麗しい。
「すみません、調味料以外使いきってしまいました。洗濯機も勝手に使ってすみません」
「ああ、いいよ。俺のも洗ってくれたんでしょ?ありがとね。」
いえいえ、ホントすみません!会話をしながら、リビングのテーブルに作った物を並べる。
焼き鮭、目玉焼き、コンソメスープ、レタスとミニトマトのサラダ、ワカメとボイルイカの酢の物、人参入りマッシュポテト、キュウリの浅漬け。どれも一人分しか作れず、さらに米が一膳分と、チーズトースト一枚。
和洋入り乱れの食卓に恥ずかしくなって、
「すみません、作れるだけ作ったので、食べられるものをどうぞ・・・。」
「すげぇ・・・・・、何もないと思ってたのに、こんだけ出来るんだ・・・ありがとう、いただきます!」
よ、良かった~。怒られなかった~。
食器を片し終えると、乾燥も終わった様子。取り出して、課長のは畳んで、自分は着替える。借りたシャツとパンツは自分のバッグへ。化粧もして、洗面所を出る。ベッドからシーツを外し、洗濯機へ。
リビングでテレビを見ていた課長に挨拶。
「では、お邪魔しました。シーツは今洗濯してますから。Tシャツとパンツは、新品を買ってお返しします。借りた服はいただいていいでしょうか?一人暮らし対策に男物が欲しかったので。あと、本当に冷蔵庫には何も残ってないので、お買い物してくださいね。昨夜はありがとうございました。」
「え?」
目を丸くする課長を不思議に思いながら挨拶を終え、さっさと部屋を出る。
マンションを出て、ちょっと振り返る。
いい思い出になったわ~。さて、10時半だし、買い物して帰ろう!
そんな思い出を糧に仕事をして一ヶ月。途中、伊東部長と片野課長に彼氏出来たか?と聞かれ、そんな存在入社以来居ませんが、と返すことが何度かあった。片野課長は、何やってんだアイツ、と微妙な顔をしたりした。
ん?もしや、狭山課長とのことバレたのか?
まあ、得したのはどう考えても私の方だけど、ワザワザ教える事もない。あの日の二日後には、マンションの郵便受けに借りた物と同じシャツとパンツの新品を入れてきた。もう来ませんのでご安心を、と念を込めて。
なのに、また来ちゃったな~。
途中、スーパーで食材と、新発売の酒を味見しようと二、三本買って、やっぱり手を繋いでマンションへ。
テーブルに酒とつまみを並べて、向かい合わせに座る。
ん?・・・えっと・・・、エッチしないのかな・・・?
「あの、さ。保志さん、俺のことどう思ってる?」
「え? 素敵な人だと思ってます。」
「あ、そ、そう?・・・・・ということは、嫌われてはいないかな?」
「そうですね、好きですね。先輩としても尊敬してますし、こう有りたいと憧れてもいます。」
「そ、そう・・・・・・あ~・・・・・・・・・結婚相手としてはどう?」
は? 結婚? 誰と? あ! 一般的にということか!
ああ、びっくりした。
男の一人暮らしのわりにきれいな部屋で、臭くもない。家電も揃っているし、冷蔵庫には期限内の食材も入っている。自炊が出来るということは、家事の分担が可能。共働きでもOKか。
仕事ぶりは、厳しく、効率的。部下それぞれにギリギリ出来る仕事を振り、それ以上に自分は働く。秘書をつけた方がいいのでは?というほどの働きぶりらしい。美麗で鬼の様に仕事をこなすので、アンドロイドではないかという噂もある。どんだけだよ。自分の上司じゃなくて良かったと思った。
飲み会で片野課長が、もっとざっくりやれよと言っているから、噂は正しいようだ。
「え~と、仕事ぶりを家庭で発揮されるならば、結婚相手には無理ですね。」
「え! 俺、仕事以外はグダグダよ?!」
「はぁ、そうですか。狭山課長のプライベートを知らないので、これ以上は何とも言えませんね。」
何の話をしたいんだろう? カウンセリング的な事をすれば良いのかな? どこの部署も現在忙しくない。何のストレスを抱えてるんだろう。女性関係が派手だとしか知らないし。今は彼女いないらしいけど・・・・・・・あ。そうか。
「結婚される相手が出来たんですね? じゃあ、私を誘っちゃ駄目じゃないですか。帰ります。」
一纏めにしていた荷物を持って、さっさと立つ。
すると、狭山課長が立ちはだかった。
そんなことしなくても、
「大丈夫です。誰にも何も言いません。」
黙っていれば、私と課長の二人だけの思い出だ。私が余生を過ごすには十分な思い出。
はぁ。二股掛けられて悔しいなんて初めてだ。
自分で思ってたより好きなんだな・・・
捨て台詞でも、と思ったけど、良い思い出だけだから、大事にとっておこう。
だから、笑顔。
「お幸せに。」
我ながら会心の笑みだったのに、抱きすくめられた。
「何でそんな勘違いが起きる。俺が好きなのは君だ。保志さん、俺と結婚してくれ。」
・・・今、何が起きてる? いや、私は起きてるのか? 実は居酒屋で酔いつぶれて寝てる?
「保志さん?」
課長が、少しだけ体を離して覗きこんでくる。
「あの、今すぐじゃなくていい。君のタイミングで構わない。結婚してくれないか?」
頬染めるイケメン!! やっぱり夢だ!!
こんなこと私の人生に起きる訳がない。自分で言って虚しいけれど、身の丈はわかっている!
でも、この感触は夢ではあり得ない。
この熱は、夢で感じたことがない。
「・・・うそ・・・」
「嘘じゃない。」
今度はふわりと抱きしめられた。でも、逃げられない。
「実は、片野と伊東部長に頼みこんで、飲みに交ぜてもらったんだ。君に近づきたくて。」
まさか。
信じられなくて、狭山課長を見上げる。いつから、私を?
それがわかったのか、課長は苦笑した。
「去年日本に戻って、最初の全体会議の時。あの時、君が淹れたお茶を飲んで、とても美味しいって思ったんだ。それまで、緑茶を美味しいと思ったことがなかったから、かなり驚いた。元々飲むものも食べる物もこだわりが無かったから、ずっと楽に作れるインスタントコーヒー派だったんだ。色さえ付いていればいいって思う程度に酷いんだ。だから、あの時のお茶との出会いは劇的だった。」
実家の戸棚を開けたら緑茶がぎっしりだった。
たまたま一緒に帰省した姉と、勿体ないから飲むかと試行錯誤した時に二人でハマった。実家だけで飲みきれる訳もなく、それぞれに持ち帰り毎日飲んでいたら、会社でもその淹れ方で飲むようになった。
ある日、伊東部長にそれを出したのが運のツキ。
忙しい時期で疲れてる様だったから、せめてお茶だけでも癒しを、と思って出したら、それからずっとお茶係。
お茶なんてほとんどの人が飲んでなかったのに、部署会議で、部長のついでに皆に淹れたら、毎日リクエストされるようになってしまった。
しまいには、会議中気合いが入らんと、部長の鶴の一声で、全体会議まで私がお茶係になってしまった。社長に出した時はさすがに震えたなー。
会社で唯一の私の出番。まあ、社交辞令だってわかってますよー。
「社交辞令じゃないよ。不思議と保志さんの淹れるお茶が美味しいんだ。他の人が同じように淹れてる筈なのに、何か違う。だから、全体会議以外は自分でコーヒーいれて飲んでるよ。」
柔らかく笑うイケメンなんて、凶器だ。王子と言う名の凶器だ。
心臓鷲掴みにされる。呼吸が止まるのに、顔が赤くなるのが止められない。
「お茶だけで好きになった訳じゃない。君だとわかって、あの娘かと思っただけだった。」
申し訳なさそうに言うが、そんなの当たり前ですよ!
お茶だけで惚れられたら逆に怖いですよ!
「俺の歓迎会の時、何故か保志さんが幹事をしてたでしょ。」
そう。同期会をやるから酒の旨い良い店教えてくれと、片野課長に言われて探してる内に爆発的に人数が膨れ上がり、結局ホテルを押さえた。狭山課長の歓迎会と漏らした人物を呪ったが、誰かわからずじまい。あの時の女子社員の気合いの入り方がすごかったな・・・
「あの、さ。今さらなんだけど、座らない?」
全然スマートじゃないことに可笑しくなった。
でも、狭山課長の話を聞きたい。
「はい。」
ホッとした課長は私から荷物を受け取り、また、ローテーブルのとこに、今度は並んで座った。
「は~。良かった。えーと、歓迎会の幹事が保志さんだってわかって、やっぱりこの娘も俺を落としに来たのかな?って思ったんだ。一応モテるから、今まで幹事をやってくれる娘は俺狙いが多かったんだ。」
気まずそうに私を見るので、わかってますよと返したら、微妙な顔になった。
「会議の、お茶を配る時だけしか挨拶もしてないのに、勝手な思い込みで、後で恥ずかしくなった。」
「それくらいモテますもんね。」
「・・・うん、まあ・・・。それで、君が一次会で帰るって、片野に挨拶にきたでしょ、その時に、俺に挨拶しかしなかったでしょ。あの時さ、実は、連絡先を寄越されると思い込んでたんだ。何にもなくて、本当にびっくりして、何の意識もされないなんて高校生以来だったから、後で片野に笑われるくらい、恥ずかしくなったんだ。」
「え、片野課長に笑われたんですか? それは、すみませんでした。どうせ相手にされないので、そんな事を思いもしませんでしたよ。」
「ああ、片野にもそう言われたよ。きっと考えてないだけだ、好きも嫌いもないだろうって。」
いや、イケメンに好きも嫌いも思わない人はいないと思う。好ましいとは思ってましたよ。観賞用で。
「でもまあ、それがあって、なんとなく君を探すようになったんだ。そうやって意識してると、お茶の違いもわかってきたし、保志さんの仕事ぶりもいいなと思うようになった。」
「え、仕事ぶりですか? 何かありましたっけ?」
上司先輩に言われるがままに仕事してる自覚はあるけど、誉められるところはないよね?
「資料が見やすい。パソコン画面の苦手な人用に作った資料、アレンジしてるでしょ? 一度、伊東部長に見せてもらったんだ。」
何でもかんでも経費削減に繋がる訳じゃない。うちは割と長く続いてる会社なので、役付社員はそこそこの年齢だ。画面ばかり見てると老眼が進むと伊東部長がよくぼやくので、会議資料を作らせてもらったことがある。タッチすれば拡大出来るが、資料と言えば紙!訂正は赤ペン!な世代だから、紙の方が見やすいと言い張るので、文字を大きく、グラフも大きく表示。削減の鬼、経理の渡邉さんに睨まれない程度の枚数にギチギチにおさえた。
会議後の部長に、次からもよろしくなと肩を叩かれた時には、完全に失敗したと思った。残業決定だもの・・・誉められても嬉しくないパターンだ。
「ちょっとの違いなのに、かなり見やすい。びっくりしたし、納得した。角をずらして切ってあるのも感心したよ。あれだけで大分めくりやすいね。」
「そうなんですよ。男も年取ると乾燥するからめくりにくいって部長が言うんです。こっちとしても、舐めた指でめくられた資料を回収するのも嫌なので、あんな感じになりました。ちょっと手間ですけど、伊東部長、意外とカッター使えないんですよねー。角を同じサイズに切り落としちゃったんですよ。」
「え、マジで?」
「マジです。まあ、今思えば、私にさせる為にわざとしたのではないかと。」
「・・・ありそうだね。」
「でしょ? そういうとこ、片野課長も受け継いでいるんですよね。さらっと人使い荒いんです。」
「ははっ!確かに、荒いな。俺も伊東部長には結構しごかれた。」
うんうんと頷く狭山課長。
私の愚痴をわかるよと言ってくれるのがこの人だなんて、夢みたい。
「まあ、部長たちの話は後で。で、会議中にお茶のおかわり配る回数が、保志さんは多いなと思ってたんだ。クーラーで凍えてる人に多く持って行ってるって気づいた時は、どれだけのものを見ているんだろうって戦いたよ。」
夏の会議はかなり冷える。汗かきの専務に合わせた温度設定にしてるから、なかなか変更出来ない。気を紛らわす為に爪先をグーパーとしたけど、一時間を越えてから、寒気がしてきた。カーディガンじゃ、追っつかない!寒い!
その日は何だか紛糾した会議で、さっきから同じやり取りをしていた。今日の内に決定出したいんだろうけど、何でこんな喧嘩腰なんだろ? 落とし処あるでしょうに。寒い!
早く終われと呪っていたら、じっとしながら、体を震わせてる人が何人かいたことに気づいた。よく見れば、伊東部長も顔色が悪い。・・・皆凍えてる・・・でも、専務がヒートアップしてるから、まだ終わらないよな~・・・・・・よし。
「すみません、社長、発言よろしいでしょうか。」
ただのお茶汲みが急に発言したので、予想通り注目された。社長もポカンとしてる。ノッてた専務には睨まれた。
「ああ、何だい?」
社長の凄いところは、社員の誰に対しても対応が柔らかいところだ。フレンドリーではない。営業あがりの人だけに、懐に入るのが上手いのだ。だから、緊張はするが、上司として信頼はしている。
「トイレに行きたいので、10分程休憩にしませんか。」
瞬間の専務の顔色が真っ赤になったのは、もう忘れられない。白熱した発言を中断された上に、ただのお茶汲み女子がトイレに行きたいと大勢の前で言い、その為に休憩を要請したのだ。それも社長に。
幸い、怒れる親父が誕生する前に社長がOKを出してくれたので、さっさと会議室を出ることが出来た。続いて伊東部長も出てきて、私にサムズアップする。
結構恥ずかしかったんですけど。と睨んでやった。
それから、一時間で終わらない会議は休憩を挟むようになった。女子にお手洗い申告をさせるのは、上役たちの奥様方から監査が入って、家庭でそれぞれに説教があったらしい。部長の奥様ネットワークで教えてもらった。もちろん伊東部長も説教有り。へっ。
それでも寒いので、お茶を飲みきった人にはおかわりを注がせてもらうようになった。
そんな事が3年前にあってから、私がお茶係の時はしょっちゅう席を立つ。今では専務も私のお茶で、気が落ち着くようになったらしい。お粗末様でーす。
「その理由を伊東部長に聞いて、」
部長ーーーっ!!! それは、黙っておくトコでしよーーーっ!!!
「かっこいいと思ったんだ。」
うぅ、誉められても嬉しくない・・・
恥ずかしくて、思わず体育座りをして、膝で顔を隠す。パンツスーツにして良かった。
繋いだ手をギュッとされた。
「それから、片野に会うふりをして、君にお茶を淹れさせて、ほぼ毎日飲んでた。」
「え! 片野課長だけいつも二人分ていうから変だと思ってたら、狭山課長が来てたんですか。」
朝一で自分のついでに課長にお茶を持って行き、すぐ給湯室の掃除をしてたから全然気づかなかった。
「出勤して、君のお茶を飲んで、気合い入れてたら、君が突然休んだ日があったんだ。まあ、突然と思ったのは俺だけで、有給だったんだけど。その日の俺の仕事ぶりは、自分でもびっくりするほど散々だったんだ。」
有給? あ、お母さんの誕生日か。
「片野が心配して、君を紹介しようかと言い出したんだ。その頃の保志さんは、自分だって結婚したいって言ってる時期だったみたいで、丁度いいだろって。」
後輩がどんどん結婚していって、この子だけは結婚前に仕込んでやると息巻いていた美千恵ちゃんからの結婚報告にヤケになってた頃かな・・・ふっ。
「全然脈の無い女の子にどうやって接したらいいかわからなくて、つい、片野に頼んだんだ。一緒に飲みに行ってると聞いて、その足で伊東部長にもお願いに行った。二つ返事だったよ。」
信じられない。
脈が無いだけで攻めあぐねる男なんだ。
脈なんて関係ない百戦錬磨だと思ってた。
「一度目は緊張して飲み過ぎた。落ち込んで、片野と伊東部長に笑われたけど、会社ですれ違う時に、君の対応が少し砕けたのが、すごく嬉しかったんだ。」
私も酒屋であんなに緊張したことは今まで無かった。でも基本、酒が旨けりゃ他は何でもいいと思っている残念な女なので、私的にはすぐ打ち解けた。つもり。
「でも、保志さんから俺の話題が全く出ないって聞いてだいぶ焦った。2度目の飲み会でも、俺ら3人に均等に話しかけてて、俺だけ特別にして欲しいって焦った。」
そんな素振り、これっぽちもわかりませんでしたけど?
「どうにかして保志さんを俺に引き留めたいと思って、誘ったらOKで、両想いだったってホッとしたんだ。次の日に、それも朝の内にあんなにアッサリと出て行かれると思ってなかったから、追いかけることも出来なかった。・・・まあ、何とも思われてないって再確認して、落ち込んだな。」
「・・・ごめんなさい・・・狭山課長の気まぐれだと思ってました。だから、邪魔しちゃいけないと思って。」
「うん。まあ、自業自得だよね。俺、女性関係いい加減だったから。」
そう言いながら、私に真っ直ぐ向く。
「こう言うのはあまり良くないけど、・・・君と寝て、すごく気持ち良かった。体が合うって、こういう事かと思ったんだ。君に触れるだけで達するかと思った。・・・初めてなんだ。ちょっとの間も離れたくないと思ったのは。」
そんな・・・
「朝ごはんもさ、食べて驚いた。今までにないほど美味しかった。飲み物も食べ物も、本当にいい加減だったんだ。作れないなら買えばいい、炭じゃなければ食べられるってくらい、酷くてさ・・・。料理人をしてる兄貴がしょっちゅう来ては、作り置きしていくくらい、食事だけは家族には心配されてる。」
「だから、食材がきれいに保存されてたんですね。調味料もたくさん種類があるから、料理が得意なんだと思ってました。」
「全然全く出来ない。掃除洗濯は人並みに出来ると思うけどね。」
「・・・私が作ったものだって、誰でも作れますよ? どう考えても、お兄さんの方が美味しいですよ?」
「それでも、君のが特別美味しいんだ。」
料理にハマった時もある。バイト代をほとんど食材に使って作り続けたけど、当時の彼氏は"普通に美味しい"としか言わなかった。もう、自分で美味しけりゃいいとヤケになって作ってた。
その後に付き合った男の誰もが美味しいとは言わなかったから、私の料理はどう頑張っても普通なんだと思った。
誉めてくれたのは家族だけ。いまだに姉は私に料理を教わりに来る。実家に帰れば私が料理番だ。
「君が帰ってから、何も考えられなくて。ぼーっとしたまま出社して、なんとなく仕事して、家帰って、このベッドに君がいたのにとか、俺のシャツを着てたとか、髪が柔らかかったとか、キッチンきれいに片付けたなとか、君のことばっかり考えてた。」
その頃の私は、思い出を胸に、お一人様街道を行く心積もりでしたよ。
「3日目くらいだったかな。朝、片野と君のお茶を飲んでたら、涙が出たんだ。俺もびっくりしたけど、片野の驚きようが凄かった。根掘り葉掘り聞かれたけど答えられなくて、かなり心配させたみたいで悪いことしたよ。」
ああ、だから私に彼氏出来たかって探り入れに来たのか。でも。
「涙・・・」
「ポロッとね。」
力なく笑う狭山課長。・・・そんなに私の事を?
「とにかくまた飲み会セッティングするから、畳み掛けろって言われて持ち直したんだけど、今度は仕事が立て込んで予定がずれ込んで、今日まで1ヶ月も掛かった。」
会社にいれば、狭山課長と飲みには行ける。片野課長がいれば、狭山課長が結婚したって飲みに行ける、そう言って誤魔化してた。
「やっと、まともに会えたのに、今度は地元で見合いの話があるって言うじゃないか。しかも、片野も伊東部長もそれを煽るし、君は俺こそ見合いしろって言うし、俺はもう気が気じゃ無かった。」
好きな男から、愛する奥さんの話を聞くなんて耐えられない。見合いはフリだけど、田舎に帰るのは本気だった。
「俺、自分でもっとスマートだと思ってた。告白もプロポーズもサプライズ企画を立てて、豪華に感動的に出来ると思ってたんだ。だけど、きみが離れると思ったら、もうすがりつく事しか出来ない。保志さん、恋人でもないし、指輪も用意してない、スーパーで買った缶酒とつまみの前でプロポーズするとか、どうしようもないけど、もう俺は、君に胃袋を掴まれた。君の作るご飯が毎日食べたい。保志さん、俺の嫁さんになって下さい。」
嬉しい。
そう言いたいのに、涙が止まらない。
あまりの男運の無さに、見合いに掛けていた。自分で選ぶより、信用ある誰かに紹介された方が誠実な男だろうと。そして、いつかは家庭を持って子育てをして年を取っていく、そんな未来を諦めた。
目の前の男には、それくらいの覚悟を決めることが出来た。
姉を、実家を理由にして、報われない想いから逃げようとした。
その前に、せめて、もう一度。
でも。
「清夏・・・」
頬を両手で挟まれ、目を合わせてくる。
「好きだよ。」
だから、柔らかく笑うイケメンは凶器だって。心臓鷲掴みにされてるって。
「俺のものになって。」
「・・・・・・なる・・・」
ゆっくりと、震える体で私を包む狭山課長。
私も、しゃくりあげながらしがみつく。
「嬉しい・・・ねぇ、名前で呼んでよ・・・俺の名前、知ってる?」
「ふふっ・・・"保志諒太"さんになって下さいね。」
「絶対なる。」
その夜は二人で泣きながら過ごした。
「何だ、やっとまとまったか!」
月曜日。狭山課長と二人で、伊東部長と片野課長に結婚報告をした。
「次の週末に、保志さん家に挨拶に行きます。その足で式場も決めようかと思ってます。」
「お酒だけは揃えるようにしますから。伊東部長、仲人お願いしますねー。片野課長もご夫婦で席取りますからねー。」
「何だ何だ。決まったら早いな! 婚約期間は無いのか?」
片野課長が茶化す。
「要らない。結婚してくれるって言ってくれてる内に籍入れるから。」
「熱烈~っ!」
伊東部長も茶化す。
「ネ~! こんなイケメンが私を好きなんて信じられない!」
「え?!」
私の茶化しには恐い顔で振り返る。
「嘘。誰よりも信じてる。」
は~~っとしゃがみこむ狭山課長を3人で生温かく見る。
「何だ。もう尻に敷かれてるのか。」
「本当に好きなんだな~。良かったな、保志。」
「ありがとうございます。毎日、目の保養ですよ。たまりませんな!」
「オッサンは直らんのか・・・。」
「毎日、オッサンと仕事してますので。」
「大変だぞ、狭山~。保志はモテモテだからな~。オッサンに!」
「知ってるよ! だからすぐ籍入れるの!」
「指輪が出来てからって言ってたのに。」
「一週間後でしょ! すぐでしょ!」
「一週間もあったら、女の気持ちは変わるぞ。」
「え?!」
「一週間だもんな。変わるぞ~。」
「ええ?!」
私を見るので、ニッコリしてみたら、
「今から婚姻届もらってくる!!」
駆け出していく狭山課長を見送って、3人で笑った。
「入社した頃の狭山みたいだな!」
「あんまり虐めてやるなよ~、こっちは大変だったんだ。」
「その節はお世話になりました。あんな可愛い人、どんな手を使っても離しませんよ。」
「ほーほー、ご馳走さん。」
「アイツを可愛いとか、お前ほんと大物だな!」
とりあえず、胃袋を掴んでるうちに愛情いっぱい注ぎましょう!
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