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くもの絲  作者: 赤井家鴨
7/7

其之柒-かのじょのいしょ-

――おい蜘蛛よ、こっちの地獄でなくあっちの地獄に糸おろせ

どっちに行っても地獄に変わりはないのだから――

挿絵(By みてみん)



―――2012年

東京都のとある私立大学にて。

小さな会議室の中で数人の学生たちが順番に課題発表をしていた。

教卓の前に立っていたのは丸く太った小柄な男子生徒。

彼は周囲の目線を気にしながらコピーしただけの資料を読んでいる。

しかし彼の不安をよそに他の生徒たちは下を向いて本を読む……

フリをして携帯電話をいじったり

ゲームで隣の人と対戦したりして遊んでいた。

肝心の教授さえも彼の話を聞いていないのか、目をつむり俯いている。

 何せこの男子生徒の発表内容はあまりにも突拍子的で信用性のない、

妄想の塊だったからだ。

しかも彼個人の妄想なのだが元を掘り返せば、

先人たちの思考をそのまま引用しただけの内容で、

特別自分の妄想に結びつけているわけでもなかった。

民俗学を学ぶ彼らにとって真新しい発見は

彼の言葉の中から見つけることは出来いだろう。

つまりは彼の話はどうしようもなくつまらく、

ためにならないものだったのだ。


 そして彼は自分が調べた発表のまとめに入っていく。

「……ですから日本には村の数だけ、

それ以上の数だけの神様が存在していました。

しかし現在ではその神様を祀っていた村々は、若者たちの村離れや

村人の高齢化により年々数を減らしていっております。

では、祀る人たちが居なくなった神様はどうなってしまうのか」

 一度呼吸を置いて辺りを見回す。しかしみんな俯いて彼に注目はしていない。

一つため息を鼻でついて、胸をなでおろす。

「僕は、忘れられてしまった神様は死んでしまうのだと思います。

神様は人のように寿命では死にません。

しかし人に忘れられた時、神様も人と同じく

この世から消えて居なくなるのだと思うのです。それが神様たちの死。

だから彼らは最後まで抵抗します。死にたくないと。

それはもう、村の神として崇められていた姿ではなく祟り神や妖怪になって

人にちょっかいを出して、媚びを売ってでも生き残りたいと。

 ですがそれは本来の彼らの姿に戻っただけ……ですよね。

妖怪も神様の一つですし、人を助けるだけが神様ではないですし。

人間っぽい性格の所もありますし、

人間が死んで神様になる事だってありますし……」

彼の語りのトーンが次第に落ちていく。

緊張のあまり頭の中がこんがらかったようだ。

自分の言っている話の矛盾に気付き、一瞬考えの間が空いた。

 しかしまた興奮したように鼻息を荒くして声を大きく張り上げる。

「つまりは、彼らが生きるためには彼らを知る人間が必要!

彼らを恐れたり、記憶する人たちが居なくては、

妖怪もまた死んでしまう。だから今の時代にも

きっとどこかに古い神々のメッセージが残っているはずなんです!

このネット社会の現代にも!

コンクリートジャングルの都会にも居るはずなんです!

それらの声を僕たちが聞かずして誰が聞くのですか?!」


 彼の怒鳴るような訴えだけが会議室に響き渡る。

しかし、人々は相も変わらず自分たちの仕事に一生懸命であった。

加田屋(かたや)くん、発表は以上で終わりかね?」

 教授らしき老人が聞くと、ハッと我に返り恥ずかしそうにしながら

「これで僕の発表は終わりです。ありがとうございました」

と言って駆け足で自分の荷物が置いてある席に戻った。

 サラサラとペンを走らせる音が鳴り止むと「次っ」と教授の声が発せられる。

次の発表者がプリントを配りながら教卓の前に出る。

今度は他の生徒たちも真面目にその人の話を聞いていた。

とても上手にまとめられて、分かりやすい発表だ。しかも面白い。

周りの評価も上々で、教授も先とは別人のように

この生徒の発表には相槌(あいずち)をうっていた。


 だが今度は加田屋だけが俯いて鞄の中から折りたたみ式の携帯電話を取り出した。

そしてとあるインターネットサイトに繋げる。

最近お気に入りの携帯掲示板サイトのようだ。

ちらほらと彼が言っていたことに似た文脈があった。

これらの記事に感化されて発表テーマと結びつけようとしたのだろう。

しかしそれは失敗に終わってしまったようだ。

 なぜ上手く発表できなかったのだろうか。

そう考えながら彼はまたそれらの記事を読んで、静かに携帯電話を閉じた。




===




不思議と未解決事件の記事が集まる掲示板 その14



23:以下、匿名さんです:2012/10/18

八沼魚事件

193×年、山奥の村で起きた殺戮事件。

残された遺書により、表向きでの犯人はこの村に住む

一人息子の少年であると発表された。

しかしその彼の死体は山中の小屋の中で発見されており、

少年の家付近で亡くなっていた男が真犯人であると疑われた。

だがその男も首を絞められて殺害されていた。

少年の残した遺書に度々現れる『姉』の存在も不可解なものである。



▽少年の残した遺書


本来ならば書くつもりもなかった遺書、あるいは記録ではあるが

思うことがありて筆を持った次第。

自分でも驚くほどに冷静で恐ろしいが(つづ)らせてもらう。


自分は村に古くから伝わる気味の悪い習わしに憎悪の怒りを抱いております。

彼奴等(きゃつら)は科学が発達した現代においても

有もしないバケモノに未だに怯えており、

己らが崇めるバケモノの名を使いて自分の父と母

そして友を殺した事がとてもとても許せなかったのです。

だからこの手で全てを終わらせようと思い立ったのであります。



まず初めに姉に毒を盛った。

姉の存在、もとい姉が演じるバケモノがこの村を忌々しいものにした元凶だ。

まずはそのふざけた物を亡くさねばという使命感により最初に手をかけたのです。

その時、姉は事故で亡くなった我が友人のお祓いをしており、

祖母と共に山中の小屋にいた。

俺はその間に山で見つけた毒草でお茶を煎じ、姉の帰りを待っていた。

次に俺のお祓いをすると言った姉に出すためのものだ。


俺の迎えに来た姉に早速この毒の茶を出した。

姉に(ねぎら)いの言葉をかけ、一度部屋に戻るので

お茶を飲んで待っていてほしいと頼んだ。

しかし姉は話をしようと俺を呼び止めた。驚いた。

あの姉が、俺と話をしようというのだ。

暖かい茶ならば多少毒の味が誤魔化せると思っていたので

すぐにでも立ち去りたかったのだが、必要以上に引き止めるので

いた仕方なく話を聞くことにした。


ダラダラと最近起きた事件に関して不思議なことが続くと話す。

俺は冷めた茶を飲んだ姉が味が変だと怪しまないか気が気でなかった。

それを察したのか姉が湯のみを俺に差し出した。

「どうした、喉が渇いたのか」と阿呆なことを抜かしおる。

俺はお前がそれを今すぐ飲むことを強く待ち望んでおるのだ。

喉奥にまで出かけた言葉に俺の喉はもがいた。

お面のせいで姉の顔色が分からぬ。が、奇妙な行動をし始めた。


部屋に飾ってあった(さかずき)を持って湯呑みの茶を注いだのだ。

そして杯に注いだお茶を自分の前において急に姉は語りだした。

「これから私が語る事に何も意味はない。ただの戯言だ。

忘れるもよし、聞き逃すもよし。

だが少しの間、語りかける相手になっておくれ」

ここから書くのは姉の遺言だ。これのために俺は筆を取ったことに変わりなし。




私の生涯は実につまらぬもので、

私の生涯と言っても良いのか疑うものでありました。

三つの頃にはすでにお前(俺のことだ)と離れた部屋に閉じ込められ、

育てられたことを覚えている。

お前が廊下を走りまわって遊ぶ音が羨ましかった。

婆様にアオオビ様に尽くせと洗脳まがいなものを教わり、

村人たちにも崇められ私は特別な人間なのだと思うべきだったのだろう。

三つの子供にとって恐怖でしかなかったこの世界では、

私はそんな事を一度も思わなかった。

きっと今はどこに行ったか分からぬ父母の残した沢山の本のお陰だろう。

村にはない心踊る話ばかりで私は外の世界へと夢と希望を持った。

そして外に目を向けない村人たちが哀れだとも思った。

この人を見下す性格は洗脳と崇拝(すうはい)の結果からきた唯一の成果だろう。

全くもって腹立たしい。


私は村の人々に外を見るよう語りかけた。

しかし私はとんでもない勘違いをしていた。

彼らは私ではなく私の後ろにいる、居もしないカミ様という

バケモノしか見ていなかったのだ。初めから彼らの中には私はいなかった。

居たのはこの世に存在しないカミ様だけ。

用は私はただのハリボテよ。

婆様が言ったことを私が話す。それをカミの声だとありがたがる。

幼少の時に思い知らされていたはずだ。

私の声はたとえどんな些細な願いであっても聞き入れぬ。

都合のいい人間どもだ。

私が守っていたのはそんな単純で薄情な奴らだったのさ。

全くもって阿保らしい。




そう言って俺の前で姉は自ら面を取って畳の上に置いた。

杯を持って立ち上がると姉の細くて白い足がアオオビの面を踏み割った。


アキヒロちゃん、今のお前にはこの、本当の私が見えるかい

お前は、夢の中の真を見る力があるのかい


俺の顔に瓜二つであっても日の光を浴びないその顔は

悪しくも妖艶であり、嬉しそうにニタリと笑う。

顔色は恐ろしく青白かったが笑った顔が生き生きとしており見とれてしまった。

姉は茶を勢いよく一飲みすると、杯を面の上に叩き割る。

そして俺の方を向くと強張った顔で言った。


先に逝くぞさようなら


呂律の悪い挨拶を言って倒れる。

いつから姉は気づいていたのか。

胸を苦しそうにつかみながら痙攣を起こしている。

なぜ毒と知って飲んだのか。

「アキヒロちゃんが村の習わしや私が嫌いな事は知っている。

私はね、アキヒロちゃんには笑っていてほしいのだよ」

笑えない冗談ですよお姉さん。俺はとんだ勘違いをしていたようだ。

しかし俺の心はすでに、姉に対して後悔と懺悔の気持ちを宿すことはなかった。

姉の死を確認した。もう後には戻れない。



それから俺は計画していた通りに事を進めた。

倉庫にある鎌と日本刀などを持ちだして山中の小屋にいる祖母を討った。

祖母の存在も忌々しいものだった。

幼い俺にお前は姉のおまけだと刷り込ませ、

双子だからと意味もなく気味悪がっていたものだ。

幾度も祖母に生まれてすぐに絞めとけばよかったと言われたが、

本当にそうしとけばよかったものにと俺も思う。

そうすれば今日俺に殺されずに済んだものを。

しかしこれで村に嘘をばらまく伝道師は全て死んだ。



さて、俺はこれからバケモノに洗脳された者達を救いに行くとしよう。

聞く耳持たぬものは小屋にいた信者同様、彼奴等の元へ導くまでよ。

全てを理解させられるとは思っておらぬ。その時はその時だ。

俺もまた奴らと同じ血を引くもの。最後はこの俺の手で終わらせよう。



25:以下、匿名さんです:2012/10/18


▽犯人の犯行動機、死因の推測


 この村には古くから伝わる固有の土着信仰があった。

残念ながらその信仰の記録はどこにも残っておらず、

かつての村人たちも詳しくは知らないと言っている。

本来はどのようなものだったのか不明のままである。

 しかしこれは少年の遺書にたびたび現れ

彼はこの村の慣わしをよほど忌み嫌っていたようだ。

そして両親と友人の(かたき)として、

この慣わしを崇める村人たちに恨みを積もらせた結果

犯行に及んだものだと推測された。


 しかし少年の遺体は山中の小屋の中にあった。

少年は正面から刀で深く切り付けられており、死因は大量出血だったという。


 真犯人として疑いをかけられた男も少年の家からしばらく離れた所で

遺体として発見された。懐にはトリカブトが収められていた。

遺書に書かれていた毒草はこれではないかと語られ、男が疑われる原因になる。

だが、お茶を飲んだという居間にはお茶どころか杯も見当たらなかった。

 男の検視の記録には首を絞められた後が赤く残っていたため窒息死であると

記録されのだが、不可解な事に男の顔の皮は綺麗に

剥ぎ取られていたとも記されている。結局男の身元は不明のまま。

少年との繋がりも見つからず被害者の一人として片づけられた。


 結局、少年は遺書に書いてあった「俺の手で終わらせよう」という文通りに

自殺したのだと当時の警察はそう判定した。


 遺書に書かれてある『姉』の遺体は最後まで発見されなかった。

しかし、少年の家の居間には割れたお面の欠片だけが散らばっていた。

おそらく犯人の言う『姉』とはこの村の土着信仰で使われる

お面の事だったのだろうと、最終的にそうまとめられてしまった。



▽近年

 村の生き残りたちは次々と村を捨てて各地に引っ越していった。

この村に居ると事件の日の夜を思い出すと言い、

最後の住民も事件から一年と経たないうちに遠くの親戚の家へと引っ越した。

2009年ごろに村の跡地は貯水湖となり、全て湖の中に沈んでしまった。

当時の村の記録は、各地に散ったかつての村人の子孫か警察が

調べた事件簿にしか存在しなくなった。

(ウィンクロネットより抜粋)



26:以下、匿名さんです:2012/10/18

この事件は解決してね?



27:以下、匿名さんです:2012/10/18

注意事項をちゃんと読みましょう



29:以下、匿名さんです:2012/10/18

あぁ、この事件も悲惨だったらしいね



30:以下、匿名さんです:2012/10/18

これの怖いところは、この村があった場所が今はダムになっているところ



31:以下、匿名さんです:2012/10/18

皮って死んだ後じゃ、上手く剥げないんだろ……ガクブル(((。Д。



33:以下、匿名さんです:2012/10/18

俺思うにだいぶ前にオカルト掲示板に現れた

アオオビ様のお祓いと関係してると思うんだよね。



34:以下、匿名さんです:2012/10/18

そういうのはオカ掲に書き込め



35:以下、匿名さんです:2012/10/18

カーエーレ



37:以下、匿名さんです:2012/10/18

あの書き込み釣りだろ



38:以下、匿名さんです:2012/10/18

俺は初めから気づいてたけどな



40:以下、匿名さんです:2012/10/18

やっぱ釣りか



41:以下、匿名さんです:2012/10/18

この話は終わり、解散



44:以下、匿名さんです:2012/10/18

お疲れ




<完>

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