其之陸-ろうばのこうだん-
昔々そのまた昔、山に住まう民がいた
彼らは山から恩恵を受けて何不自由なく暮らしたとさ
新鮮な山菜を食べて清い川の水を飲む
山から恵みを貰い、死すれば貰ったものを山へと還す
そうして彼らは生きてきた
ある時、遠く離れた都から武士が現れ山を盗る
化け物退治と名を打つ彼らに愛おし故郷を奪われて彼らは静かに山の奥
崖に川に、隠れた小さな洞窟に
散り散りになりながらも彼らは何とか生きていく
武士たちは慣れぬ山に四苦八苦
畑を耕し育てることも獣を取るのもままならない
それでも何とかやり遂げて、しばらくすれば小さな村を作り上げて見せたのです。
それから行年過ぎてゆき、山が眠りにつく季節
今までにない不毛の事態に見舞われた!
草木は枯れ、川の水も濁って飲めたもんじゃない。
土地に慣れた山の民たちは何とか飢饉から免れたが
村の者達は大勢の仲間を失った。
「奴らが平気なのは何故なのか」
あの巣窟が怪しいと村の誰かが呟いた
あそこに奴らが崇めてる神か仏がいるやもしれぬ
在らぬ話に華は咲き、次第に華は嫉妬に変わる
我らのモノにしようぞと村の者は刀を持って洞窟へと向かったのでございます。
逢魔が時の赤の空。響くは人の悲鳴の音
奪い取ったは小さき童。可愛い我が子に両親は、はるか遠くを見据えている
「これが山ガミ、恐ろしや」と村人が
「コレをカミと申すかバケモノめ」と武士の者
見るもおぞましその姿、まるで蜘蛛だ鬼の子だ!
――――そして
山の民の屍はそのまま野ざらし腐りゆく
童は橋の石垣に柱になって生き埋めに
気づけば山は笑っており、畑の芽吹きを夢見てた
しかし不毛の日々続く。土も黒く腐っていた
これは祟りか呪であるか。
手厚く彼奴の供養をしよう。でなくては我らも祟りで滅ぶ。
滴る山に踏み込めば、転がる白い骨の山。
拾って埋めて己らの、したこと今更恐怖する
そして洞窟へ着いてみると、そこには何と山菜豊かな畑があるではないか!
ここがまほろば、トコヨであるか!
喜び手を付けようとした時だ
きっとこれは帰らぬ童の為にと作られた畑
手を付ければ祟られ殺される
誰かがそう小さく囁けば、誰もが顔を青く染めた
それでも腹を空かせた村人は急いで童を返そうと
橋を壊して屍を掘り起こしたのでございます。
不思議な事に童の姿は葬られた時のまま
長く青い腕先が手招くように手を振るう。
陶器のように白い顔、笑って眠るその顔が最後に見た夢
良きもだったとうかがえる。
動かぬ童を不思議がり
死んだと知れば祟られ殺される
一人の村人刃物持ち、童の耳の後ろを刺し切った。
童の皮を顔にかけ、村の小さな子が一人
静かに洞窟歩み寄り、有りもしないトコヨに語りかける
「おっとう、おっかあ。私は元気です」
<つづく>
お付き合いいただきありがとうございました。次回、最終回