プロローグ
雪の朝
白く凍えた
山宮を
仰ぎみたりて
涙落ちまし
プロローグ
突き刺すような寒さの中、大地を真白く染めた雪がハラハラと未だ舞っていた。
その中を、雪のように白い肌の娘が、雪を掻き分けながら進んでいく。娘が纏っているのは、寒さを防ぐにはまるで役に立たないであろう薄く白い布だ。肌の白さと相まって、娘は、雪の精にも見える。そして、確かに、娘は普通の子どもではなかった。
山奥の開けた場所までやって来ると、娘は息を止め、目を閉じた。山頂から吹き降ろされた風が、娘の長い髪を揺らしていく。ごうごうと激しい風が吹き抜けると、娘はたたらを踏んだ。風に吹かれた雪が、娘の姿を覆い隠す。娘は、人ではないけれど、寒さを感じない訳ではない。遠くなる意識の中、幾度も聞いた村人の話が頭に浮かんだ。
冬のある朝、村の一番大きな木の根元で、赤ん坊が泣いていた。赤ん坊は、村人が見たことがない真っ白なおくるみに包まれていた。村人達は、赤ん坊を神の子として大事に育てることにした。何しろこの赤ん坊の目は、まるで藤の花のような色をしていて、大勢に囲まれても泣きもせず、微笑んでいたのだと。
狼の遠吠えが近くで聞こえた。娘が目を開けると、真っ白な狼が娘を真っ直ぐ見つめていた。母親のようなまなざしに娘は微笑みを浮かべた。狼は、その大きな体で娘を温めていてくれていたのだ。先ほどの遠吠えは、この狼の群れの呼び声だろう。娘は立ち上がり、狼の首筋に腕を回した。
「山の古き主よ、温めて頂き感謝します。どうぞ、皆様の元へお帰り下さい。私も村に帰りますから、安心して下さい」
言葉とは裏腹に、首筋に回した腕の力は弱まらなかった。娘は視たのだ。本来の目的であった冬の終わりの時期とは別に、己の運命がちらりと。これから歩むであろう道のりに、娘は、今はただ、優しい山の主にすがりつくことしか出来なかった。
白い狼は小さく唸った。声を押し殺して泣く娘を、この先、温めてやることが出来なくことを古き狼は知っていたのだから。




