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効果なしと魔物

「えぇっと……これはどういうこと……?」

 僕は今、レーク洞窟と街の間にある山道に来ていた。

 前に通ったときも思ったけど、結構傾斜があったりごつごつしていたりで歩くだけでもかなり疲れる。

 緑はほとんど無く、あるのは殺伐とした岩や崖くらいだ。

 手には剣。刃渡りは50cmくらいだろうか。もうちょっとあるかもしれない。

 さっき、ユーリから渡されたものだ。

 この状況は一体……

「ボクに身の守り方を教えて欲しいんだよね?」

「う、うん」

「じゃあ、その剣であいつを倒してみて」

 そう言いながらユーリが指差したのは、一匹のクモ型の魔物。確かネイトという名前だったはず。

「え!? 倒すって、僕が一人で!? いや、だって僕、魔物と戦ったことなんて一度も……」

「身の守り方を教える前に、セツナがどこまで戦えるのか知っておきたいんだ」

 ユーリの言葉に、僕は目の前の魔物を見つめる。

 ネイトは8本の足に灰色の身体をもつ、大きなクモのような魔物だ。大きさは僕の身長の半分くらいだろうか。

 一番手前の足をこちらに向け、身体を震わせて威嚇してくる。

「……一応聞くけど、そんなに強い魔物じゃないんだよね?」

「もちろん。この辺の魔物だと、スレムと並んで最弱の魔物だよ」

 スレムは確か、レークの洞窟で見たスライム状の魔物……というか、明らかにスライムだった。ユーリに名前を聞いたとき、スライムと聞き間違えたからよく覚えている。

 ファンタジーでスライムと言えば、最弱の代名詞だ。そしてスレムも最弱。

 そのスレムと並ぶほどなら、ネイトだって案外簡単に倒せるかもしれない。

 ……よし、覚悟は決まった。

 僕は改めて眼前のネイトを見据えると、声を上げながら突進していった。


「やぁぁぁっ!!」


 刃が届く範囲まで近づくと同時に、剣を振り下ろす。

 けれど、その刃がネイトを捉えることはなかった。

 ネイトは直前で大きく飛び跳ね、僕の頭上から襲い掛かってきたのだ。

「うわぁっ!」

 思わず剣を放り出し、横へ飛びのく。

 慌てて後ろを振り返ると、一瞬前まで僕の立っていた場所にネイトがいた。

 避けられたことに安堵していると、ネイトは向きを変えて再びこちらに飛び掛ってきた。

 突然のことに今度は反応しきれず、背中を向けるも押し倒されてしまう。

 ネイトはその8本の細長い足を使って、僕の身体にしがみついてくる。

 背中を何か冷たいものが駆け上っていく感覚がした。

「ひっ!」

 心臓が痛いほどバクバク鳴ってるし、悲鳴もまともに出せない。

 僕は無我夢中で身体を起こすと、さっき落とした剣を拾って背中にしがみつくネイトを切りつけようとした。

 けれど剣は意外に重くて思うように動かせず、焦りと恐怖はどんどん膨れ上がっていく。

 どうにか身体の前に回されているネイトの足を一本切り落とすと、ネイトのしがみつく力がいきなり強まった。

「う、うわぁぁぁっ!」

 もはや半ば錯乱状態になった僕は、近くにあった岩に身体ごと背中のネイトを叩きつける。

 その時、一瞬拘束が緩んだのを感じた僕は、何度もそれをくりかえした。

 やっとのことでネイトの拘束から抜け出すと、すぐに振り返ってネイトの様子を確かめる。

 ネイトは仰向けになって足をうねうねと動かしていた。

 はじめに比べるとかなり弱々しくなったその姿に、今ならいけるかもしれないと剣を逆手に持って振りかぶる。

 外れないように意識を集中しながら、その胴体に剣を思い切り突き立てた。

 ネイトは一瞬激しく足を動かして剣にしがみついた後、徐々にその動きを鈍くしていく。

 そして完全に動かなくなったのを見届けると、僕は息を吐いてその場に座り込んだ。


「や、やった……のか……?」


 突き立てた剣は完全にネイトの胴体を貫き、地面に刺さっている。

 4対8本の足は力なく開かれ、ピクリとも動かない。

 この状態で動き出したら、ホラー以外の何物でもないな……

「よし、倒したみたいだね」

 ユーリの言葉を聞いて安心する。

 胸に手をあて、収まってきた鼓動を感じると、初めて自力で魔物を倒したという達成感が沸いてきた。

 そんな僕を見て、ユーリが笑いながら手を差し出す。

「お疲れ様。ちょっと休憩しようか」




 初めて会ったときのように、ユーリが出してくれたスープを飲みながら並んで座る。

 薄く黄金色に輝くスープの温かさが、身体に染み渡るようだった。

「で、初めて魔物と戦ってみてどうだった?」

「最弱の魔物であの強さだなんて……僕、これからここで生きていけるのかな……」

 僕の言葉に、ユーリは苦笑いを返す。

「確かにネイト相手にあそこまで苦戦する人も珍しいね」

「やっぱりそうなんだ……はぁ……」

 ますます落ち込む僕に、ユーリは真剣な顔で言う。

「でも、センスがないわけじゃないと思うよ。最後の一撃なんか、ネイトの身体の真ん中を正確に貫いてた。セツナはただ、相手が見えてないだけなんだよ」

「見えてない?」

 僕が聞き返すと、ユーリは頷いて、話を続ける。

「最初にセツナが剣を振り下ろしたとき、一瞬ネイトを見失ったでしょ? 背中にしがみつかれたときも、目では見えていたけど頭が反応してなかったから、見えていないのと同じこと。セツナにまず必要なのは、相手を見失わないことなんだよ」

 そう言うと、ユーリは立ち上がる。

 そして、≪空間収納≫から木の棒を二本取り出すと、一つを僕に手渡した。

「それじゃあ、さっそく最初の訓練だ。ボクが剣に見立てたこの棒でセツナを叩こうとするから、セツナはそれを防ぐんだ。渡したその棒で弾いてもいいし、避けてもいいよ。とにかくボクを見失わないこと。いいね?」

「わかった」

 僕はしっかりと頷き、初めての戦闘訓練に気合を入れた。




 岩や傾斜の少ない、比較的開けた一角。

 そこで、僕とユーリは対峙していた。

 手には持ちやすい大きさの木の棒。両手で構えて、ユーリに向ける。

「それじゃあ最初は、ボクの戦闘時のスピードで行くよ。この速さについてこられるようになるのが目標だから、覚えておいてね」

「よ、よし。わかった」

 『魔王』のスピードか……

 当然僕に反応できるはずはないけど、目で追うくらいなら!

 ……そう思っていられたのは、一瞬だけだった。

「じゃあ……いくよ!」


 ユーリがそう言った次の瞬間には、目の前に木の棒があった。


「……え?」

 僕が呆けた声をもらすと、額に木の棒がコツンとぶつかる。

「これがボクのスピード。これに反応できるようになるのが、最終目標だよ」

 ユーリが笑顔で言う。

 ……今のって、瞬間移動か何かじゃないのか?

「こ、こんな速度に反応できる人間なんていないだろ」

「そんなことないさ。現に、フォードは防いでみせたよ」

 その言葉を聞いて、昨日ルーフの宿で見たフォードさんの姿が脳裏に浮かぶ。

 あの巨体でこの攻撃を防ぐのか……想像できない。

「まあこれは最終目標。動けなくて当然だね。次は、ずっと遅くするよ」

 そう言ってユーリが再び木の棒を構える。

 僕も同じように構え、今度は見逃すまいとユーリを見つめた。

「いくよ!」

 ユーリが叫び、こちらに向かってくる。

 宣言どおり、今度は僕の目でもはっきりと見えた。

 子供が駆けるような、ユーリの外見に似合った速さだ。

 このくらいなら!

「えいっ!」

 ユーリが振り下ろした木の棒を、下から弾く。

 コンというくぐもった音とともに、ユーリの腕が止まった。

「いいね! これからどんどん速くなるよ!」

「よし! ばっちこい!」




 アクセル全開の自動車のような速さで、ユーリが僕の背後へと回り込む。

 僕が振り返ると、木の棒を上段で振りかぶったユーリが飛び掛ってきた。

「くっ……」

 左手に持った棒でそれを防ぎ、上半身を回して受け流す。

 棒の軌道を逸らされたユーリは、僕の左側を通過し、地面に着地した。

「いい反応をするようになってきたじゃないか。今のは瞬生種の子供くらいの速さだよ」

「瞬生種ってこんなに速いのか……」

 僕が息を切らしながら答える。

「みんながみんなって訳じゃないけどね。瞬生種は個体差が大きい種族なんだよ。これより速い子もいれば遅い子もいる。とはいえ、成人した人間種より遅いって子は中々いないけどね」

 ユーリがそう説明してくれる。ちなみに、息は全く切れていない。

「さて、だいぶいい動きになってきたし、そろそろ行こうか」

「行くってどこに?」

 僕がそう尋ねると、ユーリは何も答えず、ただ楽しそうに笑って歩き出した。




「う……」

 僕は今、レーク洞窟と街の間にある山道に来ていた。

 結構傾斜があったりごつごつしていたりで歩くだけでもかなり疲れる。

 緑はほとんど無く、あるのは殺伐とした岩や崖くらいだ。

 手には剣。刃渡りは50cmくらいだろうか。さっき、ユーリから渡されたものだ。

 この状況は一体……


 ……というか、二回目だし大体わかってる。


「僕にまたあいつを倒せと?」

 指差した先にいるのは、さっき死闘を繰り広げた相手、ネイト。

「そのとおり。その剣で、もう一度ね」

 ユーリに言われ、ネイトを見ると、さっきと同じように前足二本をこちらに向け、身体を震わせて威嚇してくる。

 背中と脇腹に、しがみつかれたときの感覚が蘇ってきて鳥肌が立った。

「ちなみに、ギルドで受けた仕事は『ネイトの討伐』だからね」

「なっ……」

 逃げ道を潰すようにユーリが言う。

 セルビアさんが動揺してたのはそのせいか。やっぱり初仕事が魔物討伐なんて驚いたのだろう。


「…………」


 剣を構え、ネイトと対峙する。

 大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 よし、いける。

「やぁっ!」

 ネイト目掛けて剣を振り下ろす。

 ネイトは後ろに飛び跳ねてそれを躱すと、僕の顔に向かって飛び掛ってきた。

 僕は振り下ろした状態の剣を、今度は振り上げて、飛んできたネイトを切りつける。

 刃はネイトの足を一つ切り落とし、その身体を僕から数メートル離れたところまで飛ばした。 

 飛ばされたネイトはひるんだのか、よろよろと体勢を立て直している。


 ……あれ? 思ったほど速くない。


 足取りの定まったネイトが再び襲い掛かってきても、その動きはさっきまでのユーリに比べたらずっと遅く、目で十分追える速さだった。

 剣を横に一閃し、再度ネイトを弾き飛ばす。

 ボロボロになったネイトは、起き上がろうと必死に身体を持ち上げるけれど、ダメージが大きかったようで、中々うまくいかないようだ。

 今ならいけると思い、ネイトの目の前で振りかぶった剣を振り下ろす。

 最後に激しく足を動かすと、ネイトは動かなくなった。


「か、勝った……勝ったよ! ユーリ!」 


 僕がユーリの方を振り返ると、ユーリは笑顔を返してくれた。

「おめでとう、セツナ。今度はパニックにならなかったね」

「ああ、ユーリのおかげだよ。ありがとう!」

 僕がそう言うと、ユーリは笑顔のまま言葉を続ける。

「それじゃあ、もう少し頑張ってね」

「……え?」

 ユーリの視線の先には、大きなクモ型の魔物。

「ま、まだやるのか……」

 僕のそんな呟きは、土色の殺伐とした風景に吸い込まれて消えた。

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