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効果なしと騒動

「これが僕の冒険者カードかぁ」

 結果から言うと、登録はできた。

 今、僕の手の中には見知らぬ文字の書かれたカードがある。

「でも、本当に問題ないんですよね?」

 少し不安になって聞いてみる。

「はい。自分でも本名がわからなくて、これからも登録した名前を使い続けるならば、登録は可能……みたいです」

 そう答える受付の人の前には、分厚い本が開いた状態で置かれていた。

 事情を話すと、「確認してみます」と言って、持ってきたのだ。

「マニュアルがあって助かりました……私、まだ新人なのでこういう時どうしたらいいかわからないんです」

 そう言いながら困ったように笑う。

「あー……なんかすみません」

「いえ! むしろいい経験になりました! あ、私セルビアっていいます。困ったことがあれば言ってくださいね! お手伝いしますから!」

 そう言って受付の女性、セルビアさんはにっこりと笑う。

 僕がお礼を言うと、セルビアさんが「それでは」と言ってカウンターの下から書類を取り出した。

「早速ですが、お仕事を紹介しましょうか? 初心者向けのお仕事がいくつかあるのですが」

 そう言うセルビアさんの目はやる気に燃えている。

 ありがたい申し出だし、そもそもここで断れるほど強いメンタルを僕は持ち合わせていなかった。

「それじゃあ、お願いします」

「はい! それではまず、こちらのお仕事なんですが……」

 言いながら差し出された紙を受け取る。

「報酬は少なめですが、危険がほぼ無いので初めての仕事には丁度いいと思いますよ」

「うん。何が書いてあるかさっぱりわからないや」

 紙にはやっぱり僕の知らない文字。

 読み書きもそのうち覚えないとなぁ……

「あ、そういえば文字が読めないんでしたね。失礼しました。それでは口頭で説明させていただきますね。この仕事は『素材回収』のお仕事で、ライラーク山脈の――」




「初めてのお仕事として紹介できるのは、このくらいですかね」

「うーん……いろいろあるなぁ……」

 セルビアさんの紹介してくれた仕事は、薬草の採取や荷物の運搬など、確かに簡単なものばかりだった。

 僕がどの仕事にしようか迷っていると、ユーリが一枚の紙を手にとって言う。

「お、セツナにはこれがいいんじゃないかな」

 それは、セルビアさんがカウンターの上に出しておきながら、僕には紹介しなかった一枚だった。

「え、でもそれは……」

 セルビアさんが動揺する。

「大丈夫大丈夫! いざとなったらボクがついてるし!」

「そう……ですね。それなら心配ない……のかな?」

 首を傾げるセルビアさん。

「それじゃあセツナ、さっそく行こうか!」

 ユーリはそれを納得とみなしたのか、僕の手を引いて出口へ向かおうとする。

「ちょ、ちょっと待って! 一体何の仕事なの?」

「それは実際にやってみてのお楽しみだよ。ボクに身の守り方を教えて欲しいんでしょ?」

 そう言って首を傾げながら笑うユーリ。

 なんかすごく嫌な予感がする。

 それでも、自分ではあの紙になんと書いてあるのか読めない以上、ユーリに従うしかないわけで。

 ユーリの後についてギルドを出る。

 すると、辺りの様子がなんだかおかしかった。

 ギルドに入る前はにぎやかだった通りが、今はなんだかギスギスした雰囲気になっている。

 周囲の人々は皆、不快そうな表情で、ある一点を見つめていた。

 僕もその視線の先を追っていくと、


「おらっ! 悲鳴ぐらい上げたらどうなんだっ!」

「…………」


 1人の少女が殴られていた。

「なに……あれ……」

 殴っているのは、赤を基調とした豪華そうな服を着る男。

 殴られているのは、ぼろぼろの服を着た薄汚れた少女。

 これは、どう見ても……

「奴隷、だね」

 僕の考えを肯定するかのように、ユーリが言う。

「奴隷は知ってる……?」

「ああ、知ってる」

 奴隷は、僕の元いた世界にもあった制度だ。

 ただし、僕の生まれるずっと前に廃止されたものでもあったはず。 

 それがこの世界では残っているということだろう。

「そっか……あの子、獣人種みたいだね。目が赤いから瞬生種の血も入ってるかもしれない」

 奴隷の少女を見ながら、ユーリが言う。

 少女の肌は白く、頭には猫のような耳が生えていた。

 髪は銀髪というより水色に近く、瞳は確かにユーリのような赤い色をしている。

 その瞳に、光は映っていなかった。

「あれ……どうにかならないのかな……」

「…………」

 僕の問いに、ユーリは答えない。

 道を行く人々は皆、遠巻きに眺めるだけ。

 そんな人の群れが作り出す輪の中で、少女は悲鳴も上げずにひたすら殴られ続けていた。

「ねぇ! ユーリ!」

「……この場でだけ」

 ユーリがポツリと呟く。

「……え?」

「この場でだけ……一時的にだけなら、あれを止められるよ。もし、セツナが望むなら……ね」

「ど、どうやって……?」

「…………」

 再び黙り込むユーリ。

 僕は少しの間悩み、口を開いた。

「……頼む。ユーリ、あれをとめて欲しい」

「わかった」

 ユーリは短くそう答えると、人々が作る輪の中へと足を進めていく。

 そして人ごみを抜け出すと、奴隷少女の前で、その足を止めた。

 周囲の人々のざわめきに、少女を殴っていた男は手を止める。

 男の護衛と思わしき数人が、ユーリのもとへ駆け寄った。

「おいお前、何をしている」

 そう語りかける護衛を無視し、ユーリは男に言った。

「やめてくれないかな」

「なに?」

 突然話しかけられた男が、眉をしかめる。

「やめてくれないかなって、言ったんだ」

 ユーリが繰り返す。

 それを聞いた男は、ユーリを見下して笑った。

「はっ! 突然出てきて何を言うかと思えば、私に向かって『やめろ』だぁ? 私はラスティアート公国の貴族、オーガン・レガード・ラウラエルだぞ? そこの奴隷は私の所有物。貴様のような子供1人にどうこう言われる筋合いはないわ!」

 オーガンと名乗った男は仰々しい仕草でそう言うと、近くに居た護衛の1人に、ユーリをつまみだすよう指示する。

 指示に従ってユーリを連れて行こうと伸ばされた護衛の手を振り払うと、ユーリは息を吸い込み、言った。


「ボクは瞬生種の魔王、ユーリ・ミノユイア。最後にもう一度だけ言う。やめてくれないかな」


 その言葉に、辺りの人々がどよめいた。

 オーガンは目を見開き、数歩後ろに下がる。

「ユーリ・ミノユイア……だと……」

 普通なら、こんな小さな子供が魔王だなんて何かの冗談だと思うだろう。

 けれど、今のユーリを見て、そんな事を言える人はいなかった。

 他者を圧倒する恐怖。僕がライラーク風穴で感じた物を、今のユーリは放っていた。

「う、うわ、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ユーリを取り押さえようと近寄ってきていた護衛たちが、悲鳴を上げながら逃げ出す。

 辺りを取り囲む人々の中からも、逃げ出す人がいた。

「見たところ、その娘には瞬生種の血が入っている。これ以上その娘に何かするなら、瞬生種の魔王として……」

「わ、わかった! い、いや、わかりました! 申し訳ありませんでしたっ! どうか、どうかお許しを!」

 さっきまでの態度と打って変わって、地面に額をこすりつけるオーガン。

 その身体は遠目でもわかるほどに震えていて、どれだけの恐怖を感じているのかがよくわかった。

「とにかく、ボクの前からいなくなってくれ。今すぐに」

「は、はいっ!」

 オーガンはよろけながら立ち上がると、おそらく乗ってきたのであろう豪華な馬車に乗り込む。

「おい! さっさと乗れ! ……はっ」

 ダメージが大きかったのか、中々起き上がらない奴隷の少女を怒鳴りつけ、直後「しまった」という顔でユーリのほうを見るオーガン。

 明らかに不愉快な表情のユーリに、一層恐怖した様子を見せる。

 少女がもう一つの、おそらく奴隷用に用意されただろう馬車に乗り込んだのを確認すると、オーガンは御者に指示して馬車を走らせた。

 ユーリはそれをしばらく眺め、馬車が見えなくなると、僕のほうに戻ってきた。

「さあ、行こうか。セツナ」

 そう言って自嘲気味な笑みを浮かべるユーリ。

 僕はそんなユーリの様子を見て、口を開いた。

「よかったのか……? ユーリ、僕のときはあんなに魔王だってバレるの怖がってたのに、こんな大勢の前で……」

「いいんだよ」

 ユーリが少し食い気味に答える。

 僕が戸惑っていると、ユーリはさっきとは違う、明るい笑顔で言った。

「セツナが望むなら、それでいいんだよ」

 その言葉に僕は息を呑む。

「そっか……ありがとう。ユーリ」

 僕がそう言うと、ユーリは「それじゃあ行こうか」と言って歩き出す。

 ユーリの後を追って歩く僕の視界に、さっきまであの少女の倒れていた場所が映った。

 周りにいた人々もだんだんと少なくなっていく中、そこだけ人が寄り付かない。


 ……ユーリのおかげで、今この場での少女に対する暴力は無くなった。

 けれど、あの少女が奴隷であることに変わりはない。これからも彼女はきっと、あんな仕打ちを受け続けるのだろう。

 ぼろぼろの服を着た幼い少女。

 光を映さない赤い瞳が、頭から離れなかった。

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