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効果なしとギルド

「おかえりなさいっ! セツナさん! ユーリさん! よかったです! 無事で本当によかったですっ!!」

 『ルーフの宿』の扉を開けると同時、ライオが涙目で駆け寄ってきた。

 僕たちが驚いていると、ライオは突然頭を下げる。

「私があんなこと言ったせいで、お二人を危険な目に……本当に、すみませんでしたっ!」

「え、えっと……」

 状況を飲み込めないでいると、奥のほうからライオの父親のフォードさんが出てきた。

「おう、帰ったのか。ライオのやつ、お前らがライラーク風穴に二人だけで入っていく所を見たって話を、知り合いの冒険者から聞いて、自分のせいで二人が危険な場所に行ってしまったって心配してたんだよ。俺はユーリなら何も問題ねぇって言ったんだけどな」

 フォードさんはやれやれといった具合にため息を吐く。

 改めてライオのほうを見ると、潤んだ瞳で今にも泣きそうな表情をしている。

「てっきり護衛を雇ったり装備を整えたりしてから行くのかと……着の身着のままでライラーク風穴に入るとは思わなかったので……」

 そう言って俯くライオ。

 しばらくの沈黙の後、顔を上げると、

「今日の御代はお返しします! 許していただけるとは思いませんが、せめてものお詫びに……」

 と言って銀貨を差し出してきた。

 ユーリが困ったようにフォードさんへ視線を向ける。

「俺はどっちでもいいぞ。その金はライオが自分の小遣いから出してるものだからな。店としての懐は痛まない」

 首を竦めながらそう言うフォードさんの言葉に、ユーリは「うーん」と苦笑いを浮かべた。

「それは受け取れないよ。風穴に向かったのはボク達が勝手にやったことだし、この通りピンピンしてる。情報をくれたライオちゃんには感謝こそすれど、責める理由なんてないよ」

「で、でもっ!」 

 なおも食い下がろうとするライオ。

 それを見かねたのか、フォードさんが言った。

「はぁ……じゃあこうしよう。もう貰っている分の料金はそのまま。ユーリたちが今日もうちに泊まるなら……というか戻ってきた時点で泊まるつもりなんだろうが、今日の分の食事代と宿代はタダ。明日以降は宿代は貰うが、ライオが作る分の食事に限って飯代は無しって事でどうだ?」

 その提案を聞いて、ユーリは「おー」と声を上げた。

「それはいい! 宿代を払うだけでライオちゃんのおいしいご飯が食べられるなんて、ボクたちには得しかないじゃないか! 君もそう思うよね? セツナ!」

「え? あ、ああ」

 突然話を振られて驚きつつもそう答えた。

 というかその条件でライオを納得させようとしているのだろう、ユーリの言葉はなんだかわざとらしく聞こえる。

「まぁ、ユーリさんたちがそれでいいなら……」

 ライオがしぶしぶと言った様子でうなずく。

 ユーリはそれを見て、小さくため息を吐くと、フォードさんに小声で話しかけた。

「ねぇフォード。ライオちゃん、いくらなんでも心配しすぎだと思うんだ。何かあったのかな?」

「ああ、それはな……」

 フォードさんもライオに聞こえないくらいの声で返す。

「ライオが昔仲良くなった冒険者が、ライラーク風穴で行方不明になったんだよ。まあ冒険者が出かけたきり帰ってこないとなれば、そいつがどうなったかなんてわかりきってるだろ? ライオはそれが少しトラウマになってるみたいだからな。不安になったんだろう」

 それを聞いたユーリは「そっか」と短く呟くと、それ以降何も尋ねなかった。

「ところでセツナさん。あの……記憶は、戻り、ました?」

 ライオが震える瞳で見上げてくる。

「えっと……」

 どう答えたものか一瞬考えた後、正直に答えることにした。

「ダメだったよ。びっくりするくらい心がすっきりしたけど、記憶は戻らなかった」

「そう……ですか。……その……本当に、すみませんでした……」

 途切れ途切れに言葉を紡ぐライオの顔は、青ざめているようにすら見える。

 今しがた聞いたフォードさんの話もあって、なんだか不安になってきた。

「だ、大丈夫だよ! ユーリの言うとおり怪我はしてないし、貴重な体験ができたと思うし!」

 ライオはきっと優しすぎるんだろう。どうにか責任を感じさせないようにしたい。

 でも貴重な体験ってどういうことだよ……

 自分にツッコミを入れながら、しどろもどろに取り繕う。

「とにかく、気にしないで! あと、また何か情報があれば教えて!」

 僕がそう言うと、ライオは少しの間僕を見上げて、そして微笑んだ。

「優しいんですね、セツナさんは」

 一言そう言うと、吹っ切れたようにいつもの表情に戻った。

「よしっ! それじゃあ今日の夕食は腕によりをかけて作らせてもらいますよ!」

 袖をまくりながら、意気込むライオ。

 その様子を見て、僕たちは安堵したのだった。




「……ここは?」

 昨日のちょっとした騒動から一夜明け、僕はユーリに連れられて街の中心辺りまで来ていた。

 目の前にはレンガ造りの大きな建物。様々な人が出入りしている。

「冒険者ギルド。仕事の依頼人と冒険者の仲介をしたり、冒険者のサポートをしてくれるところだよ」

「へぇー……そう言えばユーリも冒険者なんだよな。ちょっと意外だった」

「商人とか以外で旅をしてる人は、大体冒険者としてギルドに登録してるよ。お金を稼ぐのに、ギルドから紹介される仕事ほど手軽に受けられるのは中々無いからね」

 説明を聞きながら、ユーリの後に続いてギルドの扉をくぐる。

 ギルドの中は多くの人で賑わっていた。皆、服装どころか外見すら違ったりする。あの人の頭についてる猫耳、動いてるけどまさか本物……?

 奥にある、横に長いカウンターには一定間隔でしきりがあって、それぞれの場所で同じデザインの服を着た女性が長い列を捌いている。

「やっぱり朝方は混んでるね。日払いの仕事なんかは朝のうちにみんな無くなっちゃうから、朝は混むんだよ。ほら、セツナはこっち」

 ユーリに手を引かれ、カウンターの一番右端に連れて行かれる。

 そこにだけ行列はできていなかった。

「なあ、あの列に並んでるのって……」

「うん。みんな冒険者だよ。そして、これからはセツナ。君もね!」

 カウンターの前で、背中をトンと押される。

 よろけて前に足を進めると、他のカウンターと同じ服を着た女性がさわやかなスマイルで話してきた。

「おはようございます! ギルドへの登録ですか?」

「え? えっ?」

 僕が状況を飲み込めずにいると、後ろからユーリが、

「そうだよ!」

 と勝手に返事をしてしまう。

「かしこまりました。それでは、お名前を教えていただけますか?」

「『セツナ』でよろしく!」

「セツナさんですね? 何か他に登録する情報などはございますか?」

「うーん、そうだなぁ……」

 ……なんか、僕を抜きにしてどんどん話が進んでいくんだけど。

「ちょ、ちょっと待って! 登録って何?」

「何って、ギルドへの登録だよ。冒険者として」

 ユーリが「何を今更?」と言わんばかりの顔で告げる。

「冒険者って僕が!?」

「うん。身を守るなら、戦闘の心得よりも生活の術のほうが大切だからね。ギルドに登録しておけば、いろいろ役に立つことも多いし。冒険者とは言っても、日雇いの仕事をこなすだけの人もいるよ」

「そ、そうなんだ……」

 なんだか思っていたイメージとずいぶん違うみたいだ。

「ああでも、未開の地や危険な場所に入って功績を挙げる、文字通りの冒険者ももちろんいるよ。そういう人たちは、やっぱり周りから尊敬されてるね。セツナもそっちの意味の冒険者を目指してみる?」

「い、いや、僕は記憶が戻るまで、死なずにいられればいいよ」

 苦い笑顔を浮かべながら答えると、僕は受付の女性に向き直った。

「じゃあ、今言ったとおり、セツナで登録をお願いします」

 ユーリの言うとおり、冒険者になるといろいろ利点が多そうだ。

 ただ、登録するにあたって一つ、気になっていることがあった。

「あの、登録料とかって……」

「はい。カード代として、銅貨10枚を頂いております」

 ああ、やっぱりか……

 僕は今、一文無しだ。宿代はユーリが払ってくれてるけど、僕個人で持ってるお金は一銭も無い。

「大丈夫だよ。ちゃんとボクが払うから」

 そういうユーリの手には、いつの間にか小さな銅硬貨が握られていた。

「……ごめん」

「いいのさ! 君がこれからもボクと一緒に居てくれるなら……って、ボクが居なくても大丈夫なように冒険者ギルドに入るのに、なんかおかしいね」

 そう言ってユーリは笑う。

「それでは、セツナさんのギルド登録を致しますが、その前にご説明させて頂く事がございます。まずは――」




 受付の人の説明をまとめると、つまりはこういう事だった。


 ・ギルドに登録した人は『冒険者』と呼ばれ、ギルドが紹介する仕事を受けることができる。


 ・ギルドは世界各地にあるが、どこでも仕事は受けられる。


 ・冒険者には『冒険者カード』が渡され、冒険者カードには名前と、任意で記入できる個人情報、冒険者ランクが記載されている。


「……冒険者ランク?」

「はい。仕事を受けるたびにポイントが加算され、そのポイントによってFランクからSランクまで振り分けられます。登録された直後は0ポイントなので、みなさんFランクからのスタートになりますね」

「なるほど……ちなみにユーリは何ランクなんだ?」

 何気なく僕がそう尋ねると、ユーリは苦笑いを浮かべながら、てのひらサイズのカードを見せてきた。

「まあ……長いことやってるからね。こうなるよ」

「こ、これは……!」

 そのカードに書かれていたのは、


「……読めないっ!」


 僕の知らない文字だった。

「そ、そういえばセツナが使うのはボクの知らない文字だったね……」

 ユーリがさらに苦い笑いを浮かべる。

 けれど、そんな僕らの様子を見ていた受付の人は、全く違う反応を見せていた。

「そ、そんな……あ、いえ、勝手にカードを見るなんて、マナー違反なのはわかっているのですが……つい目に入ってしまって……」

 目を見開き、肩を震わせている。

 そして、確かめるようにポツリと呟いた。

「Sランクだなんて……生きてるうちに会えるとは思いませんでした……」

 その言葉で、僕はこの反応の意味を理解した。

 Sランクは、たった今聞いた、冒険者の最高ランクだ。

 きっとユーリのカードに表示されていたのが、そのSランクなんだろう。

「Sランクってそんなにすごいんですか?」

「すごいなんてもんじゃないですよ! 世界に30人ほどしかいないんですから!」

 若干食い気味に返される。心なしか呼吸も荒い。

「あ、し、失礼しました。それで、えぇっと……どこまで話しましたっけ?」

「ランクがFからSまであるってことです」

「ああ、そうでした。そして、ランクによって受けられる仕事に制限があります。危険な仕事を低ランクの人が受けられないようにですね。Sランクは……というか、実質Aランクから、受けられる仕事に制限はありません」

 僕がふむふむと頷いていると、受付の人は「最後に」と前置きして言った。

「冒険者カードに記載する内容に虚偽の申請はありませんか?」

 僕は即答で「ありません」と答えるつもりだった。

 けれど、何か引っかかるものを感じて、喉まで出かかったその言葉を飲み込む。

「もし登録後に嘘が見つかると、最悪の場合除名処分となります……と言っても、セツナさんは名前しか登録していないので、偽名じゃなければ問題ないんですけどね」

 受付の人が笑いながら言う。

 それを聞いて、何が引っかかっていたのか気づいた。

 

 ……セツナって本名じゃないじゃん。


 同じことに気がついたのか、僕とユーリは顔を見合わせる。

「えっと、あの、もしかして……」

 そんな僕たちの様子を見て、受付の人が不安そうに話しかけてくる。

 少し迷った後、僕の事情を正直に話すことにした。

「……実は――」

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