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効果なしと記憶

 月の明かりが差し込むベッドの上。

 慣れない環境だからか、僕はなかなか眠ることができずにいた。

 ユーリはもう寝ただろうか。

 そんなことをとりとめもなく考えながら、天井を眺める。

 今日一日、いろいろな事があった。

 目が覚めたら記憶が無くて、たまたまユーリが拾ってくれた。

 セツナという名前も、まあ不本意ながら手に入れることができた。

 盗賊に襲われて、ユーリが魔王だということを知った。

 魔物が跋扈する山道を、悲鳴を上げる身体に鞭打って歩いた。

 そして僕は今、屋根のある場所で布団をかぶって眠ることができる。

 たった一日で、忘れがたい経験をたくさんした。

 けれど、僕の心には拭いきれない不安がある。

 明日からの生活もそうだけど、それ以上に、自分の過去。


 僕は一体何者なのか。


 僕には記憶がない。

 それでも、僕が元いた世界がどんなところなのかは思い出せる。

 ここは僕のいた世界じゃない。

 だからだろうか。

 どうして記憶がないのか、どうしてこの世界に来たのか。

 その答えがないことが、自分で自分がわからないということが、一種の恐怖ともいえるような感情になって僕の心に渦巻いていた。


 記憶を取り戻したい。


 それが、何も覚えていない僕にとって唯一の願いだった。 




 日の光が差し込む部屋。

「……朝……?」

 澄んだ空気と柔らかい光に包まれながら、僕はそう呟いた。

 ゆっくりと身体を起こす。

 部屋の反対側に目を向けると、小さく寝息を立てるユーリが見えた。

 起こさないようにそっとベッドを抜ける。

 眠気はまだ残っているけど、妙に目が冴えていて二度寝はできそうになかった。

 部屋を出て階段を降りる。

「あ、セツナさん。おはようございます!」

 そこにいたのは、テーブルをふいているライオだった。

 昨日の夕食のときに少し話したので、お互いの名前はわかっている。

 僕に気づくと、笑顔で挨拶してくれた。

「朝、お早いんですね。すみません、朝食はまだできてないんですよ」

 ライオが申し訳無さそうに言う。

「いや、たまたま早く目が覚めただけだよ。普段はこんなに早くない……と思う」

 僕の曖昧な言い方に、ライオは首を傾げる。

 昨日はなんとなく避けていたので、ライオは僕が記憶喪失だということを知らないのだ。

 でも、記憶を取り戻すためには隠すよりも積極的に話したほうがいいのかもしれない。

 そう思って口を開く。

「その……実は僕、昨日以前の記憶が無いんだ。草原で倒れてるのをユーリに助けてもらったんだけど、普段の自分がどんな生活をしてたのか、覚えてなくて……」

 僕がそう言うと、ライオは驚いたように目を見開いた。

「そ、そうだったんですか……」

「何か記憶を取り戻すのに役立ちそうな情報とか無いかな?」

 僕の問いにライオは腕を組んでうーんと唸り始める。

「あ、そういえば。ライラーク風穴の奥、ライラーク山脈山頂の手前にある湧き水は、精神の病に効果があるって聞いた事があります! ……記憶喪失が精神の病なのかはわからないですけど」

 顔を上げたライオが、そう教えてくれる。

 なるほど、湧き水か……

 『物見の水晶』みたいなものがある世界だし、そういう不思議な効果のある水があってもおかしくないのかもしれない。

「すみません、このくらいしかわからなくて……」

「いやいや! ありがたい情報だよ。これで、とりあえずの目的ができた」

「そう……ですか? それならよかったです」

 胸を撫で下ろしながら微笑むライオ。

「それじゃあ朝食を作ってきますね!」

 そう言いながらカウンターの奥へ駆けていく。

 僕はその後ろ姿を見送ると、小さく息を吐いた。

 ……ライラーク風穴の奥の湧き水か。

 聞いてみると案外情報ってのは手に入るものだな。

 やっとこれからの行動の方向性が決まってきたことに小さくガッツポーズをしていると、ユーリが目を擦りながら降りてきた。

「あれ……? セツナ、起きるの早いね……」

「あ、ユーリ。丁度よかった。あのさ、ライラーク風穴ってところに行きたいんだけど……」




「うわ……レーク洞窟よりずっと暗いな……」

「セツナ、はぐれないように気をつけてね」

 朝食後、僕とユーリは件のライラーク風穴にやってきた。

 ここも日の光が差し込むため、日が出ている間は明かりが無くてもある程度周りが見えるのだという。

 でも、昨日通ったレーク洞窟に比べるとなんだか薄暗くて歩きにくい感じだ。

 道も複雑で、今まで自分がどんな道を通ってきたのか思い出せない。確かにはぐれたら大変そうだ。

 ここの魔物はレーク洞窟よりはるかに強いらしいから、もし1人になってしまったらなんて考えるだけでもぞっとする。

 ライオの父親であるフォードさん曰く、ここの魔物は一匹で並の冒険者と同等かそれ以上の強さを持つのだという。

 魔物との戦闘経験なんて皆無の僕がそんな魔物に太刀打ちできるわけがない。

 ふと天井を見上げると、コウモリ型の魔物であるソーブがぶらさがっていた。

 できるだけ直視しないように視線を前に戻して、たった今ユーリが曲がった角を曲がる。


「あれ……?」


 そこにユーリはいなかった。

 目の前には、二つに分かれた道。

 きっとユーリはどちらかに進んだのだろう。

 慌てて両方の道を覗き込んでみるが、どちらもすぐにまた曲がっていて、ユーリの姿は見えなかった。


 まずい……! はぐれたっ!!


 名前を叫んだら聞こえるか?

 そう思って息を吸い込み、直前でやめた。

 頭上にいる魔物の存在を思い出したからだ。

 一匹で僕の命を刈り取るかもしれないような魔物の前で大声なんて出せない。

 どうする? 一か八かどっちかの道に進むか? いや、でも間違えたときに取り返しのつかないことになるし……

 この世界にきてから最大のピンチに頭をフル稼働させていると、突然頭の上から「キッ!」という短い鳴き声が聞こえた。

 心臓が跳ねる。

 恐る恐る声のするほうを見ると、顔のすぐ近くをソーブがすり抜けていった。

「わっ!」

 小さく悲鳴をあげ、しりもちをつく。

 飛び去っていくソーブを見ながら、襲い掛かってきたわけではないことに安堵した。

「びっくりした……」

 土を払いつつ立ち上がる。

 気を取り直してもう一度どうするか考えようとしたとき、ふと何かの気配を感じた。

 後ろを振り向くと、大きなトカゲ型の魔物とバッチリ目が合う。

 頭から血の気が引いていくのがわかった。

 レークの街へ向かう途中、山道でみたのと同じ魔物だ。名前は知らないけど、ここにいる時点で強い魔物なのは間違いない。

 心なしか怒っているように見える。実際はどうなのかわからないが、僕から目を離さないところをみると間違いではないのかもしれない。

 体長は僕の身長と同じくらいで、当然のことながら、戦って勝てる気はしない。

 逃げるしかないと、適当に分かれ道の右側を選んで大トカゲに背を向ける。

 すると大トカゲはすばやい動きで僕の前に回りこんで、シャーと威嚇してきた。


 あ、どうしよう。詰んでるかもしれない。


 僕が一歩後ずさりすると、大トカゲは一歩前に踏み出す。逃げようとすると、回り込まれる。

 何か打つ手はないかと考えてみても、武器も防具も無く、スキルは『効果なし』。

 結局何も思い浮かばないまま、その時はやってきた。

 大トカゲが口を広げながら飛び掛ってくる。

「う、うわっ」

 驚きで悲鳴もろくに上げられず、後ろに倒れこむ。

 もうダメだと思ったとき、突然大トカゲの姿が掻き消えた。


「…………あれ?」


 動き出した頭が最初に認識したのは、白銀のツインテール。ユーリの後ろ姿だった。

 助かったと胸を撫で下ろすも、だんだんと整理されてきた思考は、ユーリの足元に転がっているものも認識してしまう。

 それは、目も当てられない状態になった大トカゲの死体。

 視線を上に戻すと目に入ってきた光景に、僕は息を呑む。

 僕の方を振り返ったユーリは、瞳孔の開いた赤い目を光らせ、上半身に返り血を浴びていた。

 その姿を見て僕が感じたのは、大トカゲなんて比較にもならない程の"恐怖"。


 『魔王』がそこにいた。


 何か言おうとしても身体がすくみ、声も出ない。

 ただ目の前の存在を眺めることしかできなかった。

「セツナ! 大丈夫だった!?」

 そんな僕の様子を知ってか知らずか、普段の調子に戻ったユーリが駆け寄ってくる。

 一瞬前までの光景が嘘のように、その姿は幼い少女のものだった。

 ……まあ返り血はそのままなんだけどね。

「ユーリのおかげで無傷だよ。ありがとう」

「よかった……後ろを見たらセツナがいなくなってて、心臓が止まるかと思ったよ。無事で本当によかった」

 そう言って笑うユーリに、僕も笑い返す。

 僕の反応にユーリも安心したのか、僕たちはユーリがやってきたという左側の道へと足を進めた。

 ユーリは数歩歩くごとに僕がいるか確認するような勢いだったけれど、ふと思いついたように「こうすれば絶対にはぐれない」と言って、僕の手を握ってきた。

 少し恥ずかしい感じもしたけど、僕がその手を握り返すとユーリは満足そうに笑うので、そのまま二人で手を繋いで歩く。

 ユーリの手は小さくて、僕の手に収まってしまう大きさだ。

 それでも、僕の脳裏には返り血を浴びたユーリの赤い瞳が焼きついて離れなかった。

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