底の見えない暗闇
本当に長らくお待たせしました。
最後の更新から約4か月、自身のことで体調を崩すほど悩んだり、試験期間や空前の課題ラッシュで寝不足の日々が続いたり、いろいろなことがあったのですが、どうにか落ち着いてきた今日この頃です。
久々の更新でブクマなんかも減っているかなーと思ったら、むしろ増えていて、驚きを隠せません。本当にありがとうございます。
2章もまだ始まったばかり。頑張って書いていきますので、どうかよろしくお願いします。
「ミース! ミースなんだよな!?」
『セツナ様!? ……じゃなかった、セツナさんも! よかった……』
壁越しで声がくぐもってはいるが、どうにか会話はできるようだ。
「ミース、どうしてそんなところに……」
『わかりません。目が覚めたらここにいて……外に出られないかと思ったんですが、中は薄暗いし物がたくさんあってよくわからないんです』
転移先が閉鎖空間とは、なんて運が悪いんだろう。
どこかに出入り口が無いか建物の周りを一周してみるが、それらしきものは見当たらなかった。
「入口は無いみたいだ。中の方でも、ドアノブとかが無いか探してみてくれ」
『わかりました。手探りでやってみます』
ミースの返事を聞き、僕ももう一度建物の壁を観察してみる。
材質はわからないが、触った感じから金属なのかもしれないと思った。
造られてから相当な時間が経っているようで、壁に付着した土や砂が固まって岩のようになっていた。
壁の少しへこんだ部分は、どことなく自動ドアのように見えなくもないが、前に立っても開かないし、そもそもこの世界にそんなものがあるとも思えない。
それでもどうにかミースを外に出す方法が無いか探し続けて、しばらく時間が経った頃、それは起こった。
僕と一緒に壁を調べていたマオの耳が、またピクピクと反応した。
三度目ともなれば流石の僕も、それが何かしらの異変を知らせるサインだと認識できる。
「マオ、どうした?」
例のごとく、またたっぷりと間を置いて、マオが答える。
「…………なにか……うごいた……」
その言葉に、僕はバッと後ろを振り向く。
また襲撃者か!?
しかし、異変は僕の背後、壁の向こうで起こった。
『あ、あれ? 急に明るくなって……きゃっ!』
聞こえてきたのは、ミースの短い悲鳴。
僕は慌ててミースに呼びかけた。
「ミース!? どうした! 何があった!」
しかし、壁の向こうから声は返ってこない。
「ミース! ミースっ!!」
壁を叩きながら悲痛な叫び声をあげるマオ。
何があったのか、中の様子はわからない。それが不安を余計に大きくさせた。
とにかく、早く中の様子を確かめないと……
ダメもとで近くにあった大きめの石を壁に叩きつける。
ごっ、という鈍い音とともに砕けたのは、投げつけた石の方だった。壁には傷一つついていない。
「くそっ……ミースッ! 返事してくれ!」
突然こんなところに飛ばされて、不安と恐怖に押し潰されそうな中、やっと見つけた仲間なのだ。絶対に助け出したかった。
だから、唐突に返事のなくなったミースを憂うあまり、僕は自分の背後に誰かが立っていることに気が付かなかった。
「あなたたち、何してるの?」
思いがけない方向からの声に、心臓が跳ねる。
振り返ると、そこには冒険者然とした姿の男女が三人立っていた。
今の声は、真ん中に立つ真紅の髪の女性から発せられたものらしい。
「あ、えっと……」
あれほど望んでいた他者との邂逅。誰かと会えたら聞こうと思っていたことはたくさんあるのに、上手く言葉がでてこない。
当たり前だ。他人と会おうとしていたのも、元をたどれば仲間と合流するため。
僕が口に出すべき言葉は、ここがどこなのかという確認でも、この森から出る道の質問でもなかった。
「ミースを……仲間を、助けてください!」
「なるほど。≪魔性≫に襲われて、転移魔法で……ね」
僕が事情を話すと、赤髪の女性冒険者は口に手をあて何かを考える仕草を見せた。
「エルディ、中はどう?」
「おそらくビンゴ。それと、その男の言う通り中にはさっきまで人がいた形跡があるな。だが、今は誰もいないらしい」
「誰もいない? じゃあ、ミースはどこに……」
「わからん。だが出口がない以上は、この奥だろう」
エルディと呼ばれた若い男の冒険者は、建物に手を当てて何かを探っている様子だった。もしかしたら何かのスキルを使っているのかもしれない。
その返答を聞いた女性冒険者は、再びむむむと何かを考え込むと、僕の方に向き直った。
「いいわ。助けてあげる。ただし、一つ条件があるわ」
「条件?」
僕の言葉に、女性冒険者は「ええ」とうなずくと、建物の壁を叩いて言った。
「この"ダンジョン"を、私とあなたが共同で発見したことにして。それが条件よ」
「なんだ、そんなこと……」
ダンジョンというのは、おそらくこの建物のことだろう。
もっと無理難題を吹っ掛けられるものだと思っていた僕は、思わず気が抜けてしまう。
「この壁を壊してくれるなら、共同どころかそっちが自分で発見したことにしたって構わないですよ」
ダンジョンの発見者になるとどんなメリットがあるのかわからないが、少なくとも僕はミースさえ助けられればそれでいいのだ。
そう思っての提案だったのだが、女性冒険者は首を横に振る。
「それじゃ駄目よ。私のプライドが許さない。私たちは、あなたが木に彫りつけた印をたどってここまできた。もしあの印が無かったら、発見はもっと遅れていたわ。でも、あなたたちだけではダンジョンの壁を壊すことはできない。だから、共同で発見した。そういうことにするのよ」
「な、なるほど」
反論を許さない強い口調に、思わず首を縦に振ってしまう。
とにかく、壁は壊してくれるようだ。
「そういえば名前を聞いてなかったわね。私はリア。向こうで壁に手を当ててるチャラそうなのがエルディ。こっちの白髪の生えたダンディズムがハル爺よ」
「僕はセツナ。こっちがマオです」
「敬語はいらないわ。危ないから少し離れていて」
お互いの自己紹介を終えると、リアさんはダンジョンの方に手を向けて、僕たちを遠ざけた。
そういえば、リアさんはどうやってこの壁を壊すつもりなんだろう。
「アウラ。ノルウィートロート、ノルイティファライル、ディルタキレグア、ミリアテイトーイ――」
腕をダンジョンの方に向けたリアさんは、何やら長々と語り始めた。
どことなく聞き覚えのあるその言葉の羅列はしばらく続き、やがて唐突に終わりを告げる。
「――アルフラウ、アンファギリア!」
最後にそうリアさんが叫んだ瞬間、ダンジョンの壁が炎に包まれた。
突然現れた巨大な火球が、壁にめり込むような形で燃え盛っている。
「なっ……魔法!?」
驚く僕の傍らに、エルディさんがやってくる。
「その通りだ。リアが契約している精霊アウラは火の単属性精霊。単属性精霊をこのレベルで使役できる精霊使いは、世界中探したってそういな……」
「エルディ、お喋りが過ぎるぞ」
突然饒舌になって話し始めたエルディさんを、ハル爺が諌める。
エルディさんは気まずそうに目をそらした。
「じゃあ、これが精霊魔法なのか……すごいな」
この世界に存在する三種類の魔法のうち、僕が今までに見たことがあるのは、ライラーク風穴でユーリが使ってくれた体内魔法と、僕をこんな状況に追い込んだ原因でもある、魔性たちの使った改変魔法だ。
いまリアさんが使ったのが、三つ目の魔法。詠唱によって精霊の力を借りるという精霊魔法だろう。
「あら。精霊魔法を見るのは初めて? じゃあ隠すまでもなさそうね。よく見てるといいわ」
ダンジョンの壁面に手を向けたまま、リアさんが視線だけこちらに向けて語り掛けてくる。
そういえば、こんな近距離で巨大な火球が燃え盛っているのに、全然熱くないな。
頭に浮かんだ疑問をリアさんにぶつけると、
「それは詠唱の時に、周囲へ影響を与えないように精霊に指示したからよ。精霊との相性にもよるけど、理論上は契約している精霊が司る現象ならどんな事でも詠唱で指定できるわ。私の契約精霊アウラなら、火や熱に関することね。体内魔法よりも少ない魔力量で、改変魔法のように事前準備もいらない。これが精霊魔法の強みよ」
魔法を使ったまま、リアさんはそう答えてくれた。
「逆に弱みとしては、精霊を扱うための資質がないと使えなかったり、詠唱に使う精霊語の翻訳が完璧じゃなかったりと、いろいろあるんだけど……その話はまた後ね。壁に穴が開いたわ」
リアさんがそういうと同時、巨大な火球は跡形もなく霧散し、代わりにぽっかりと大きな穴が口を開けていた。
周りの壁を触ってみても熱くなってないし、本当に熱に関することなら自由自在みたいだ。
そして、念願の壁の向こうには、
「床が……無い……」
下方向へ、ひたすら暗闇が続いていた。
「そんな、まさかミースはこの下に……」
光水晶で照らしてみても、穴の底は見えない。こんな高さから落ちたら、無事ではすまないだろう。
「まだ諦めるのは早いわ。あなたたちがそのミースって子とさっきまで話してたなら、確かにここには床があったはずだけど、見た限り何かが壊れたりした形跡はない。ここから落ちた可能性も十分あるけど、ダンジョンには不思議な仕掛けがあったりするから、それが動いただけなら生きてる可能性はまだあるわ。希望を持ちすぎるのはよくないけど、希望を捨てるのもよくないことよ」
真剣な顔でリアさんに言われ、頷く。
確かに、まだ諦めるのは早い。というか、諦めたくない。
それに、床が無いことに気を取られて見落としていたけど、よく見ると穴の底に向かって太いロープのようなものが垂れ下がっている。
さっきはファンタジー世界にそんなものがあるわけないと否定したけど、この壁のくぼみや刻まれた線が本当に自動ドアなのだとしたら、これは――
「……エレベーター?」
その言葉が、僕の目の前にある構造物を表すのに最も適していると思った。




