効果なしと初めての街
「あ、見えてきた。あれがレークの街だよ」
ユーリが前方を指差して言う。
日はすでに沈みかけていて、やっと着いたのかと安心する。
ごつごつとした山道を歩くのは想像以上に大変だった。
街の中に入ると、この世界で初めての喧騒に少し感動してしまった。
僕たちが進む大通りには、服装も見た目も様々な人が歩いている。
「魔物の巣窟ライラーク山脈にありながら、奇跡の発展を遂げた独立都市国家レーク。うん、初めての街としては申し分ないね」
ユーリがどこか満足気に言う。
その後も歩きながらユーリにいろいろな話を聞いた。
道中で聞いた話とも合わせると、こんな感じだ。
この辺りに大きな町は二つしかなく、その片方がこのレークの街。
周囲は魔物の生息地で、魔物自体は特別強いわけではないものの、数が多いために人類の住める環境ではないらしい。
そんな中、レークの街は魔物の生息地の隙間で旅人の休息の場として発展した、ある意味奇跡の街なのだという。
魔物を討伐して素材を得るために冒険者が集まり、交易の中継点とするために商人が集まる。そして、人が多い場所にはさらに人がやってくる。
そうやってこの街は栄えているらしい。
「さ、ここが今日泊まる宿だよ」
しばらく歩いていると、ユーリが立ち止まって言った。
そこは大通りから少し外れた、人通りの少ない道の宿屋だった。
「いらっしゃいませ! 民宿『ルーフの宿』へようこそ!」
出迎えてくれたのは綺麗な金髪の少女だった。
僕より頭一つ分低いくらいの身長で、首の後ろ辺りまでの長さでそろえられた髪が、明るい笑顔とよく似合っている。
「ご宿泊ですか?」
「うん。とりあえず一泊分。夕食と朝食つきで二人部屋をお願いできるかな」
「わかりました! お二人で銀貨5枚になりますが、よろしいですか?」
「うん。それでお願い。ところで、前に来たときはもっと大きな男の人が接客してたと思うんだけど」
ユーリが銀色の硬貨を手に出現させて支払う。やっぱ便利だな、≪空間収納≫。
「ああ、多分それは父だと思います。冒険者でもあるので、今は確か依頼でライラーク風穴のほうに行ってたはずです」
「そうなんだ。じゃあ君はフォードの娘さんなんだね」
ユーリの言葉に、少女が驚いた顔をする。
「父を知っているんですか?」
「ボクも一応冒険者ではあるからね。フォードとは前に一緒に仕事したことがあるんだ」
フォードというのは多分、目の前の少女の父親だろう。
というか、ユーリが冒険者だったなんて初耳だ。あとでもう少し詳しく聞いてみよう。
「そうだったんですか。私は娘のライオと言います。どうぞよろしくお願いします」
ライオと名乗った少女が頭を下げる。
短めの金髪がサラリと流れた。
「それではお部屋へご案内しますね」
そう言いながら、僕らを建物の奥にある階段へ連れて行く。
2階に上がると、廊下の左右にドアが3つずつあった。全部で6部屋か。あまり大きな宿じゃないみたいだ。
僕たちは左側一番手前の部屋に案内された。
「食事は一階でお出ししますので、時間になったら降りてきてください」
そう伝えると、彼女は一礼して去っていく。
僕は二つあるベッドの片方に腰掛けると、ふぅと息を吐きながら身体を倒した。
身体中が痛い。一体何キロ歩いたんだろうか。
レーク洞窟を出た後も、得体の知れないクモやトカゲのような魔物が蠢く山道を延々と歩いてきて、身体が悲鳴を上げている。
少し硬めのベッドが、物凄く心地いい。
身体の力が抜けて、代わりに頭がいろいろと考えるようになってくる。
「……なあ、ユーリ」
もう一つのベッドに腰掛けてくつろいでいるユーリに話しかける。
「ん? なに?」
「もしユーリがいなかったら、僕は日が暮れる前に人のいる場所まで来ることなんてできなかった。それどころか、自分のいる場所もわからないまま野垂れ死んでたかも知れない」
僕の目が覚めたとき、目の前にユーリがいたことはきっと物凄い幸運なのだと思う。
ユーリは自分が魔王であることを気にしてたけど、僕にとっては些細な問題だ。
「本当にありがとう」
心の底から、感謝してる。
ユーリはそんな僕の言葉に少しの間驚いて固まっていたけれど、すぐに優しく微笑んで、
「ボクの方こそ、お礼を言いたいくらいだよ。こんなに楽しい時間は久しぶりだった。誰かが隣にいるだけでこんなに変わるんだ、って改めて驚いた。だから、これからもよろしく。セツナ」
そう言って、ユーリが手を差し出す。
僕はその小さな白い手を握り返して言った。
「こちらこそ。ユーリ」
「おいしい! こんなにおいしい料理、初めて食べた!」
「それはよかったです! そんなに喜んでいただけると、私も作り甲斐があるってものです!」
夕食時。僕とユーリは一階で食事をしていた。
今日のメインは鶏肉を塩コショウで焼いたものみたいだ。ほんのりと香るハーブが味を引き立てている。
疲れと空腹の効果もあってか、人生で一番おいしく感じた。まあ、今までの人生の記憶は無いんだけども。
「確かライオさんだったよね。これ、君が作ったの?」
「ライオで結構ですよ。これでも料理には結構自信があるんです!」
そう言いながら、ライオが腕を捲くる仕草をする。
「フォードも料理は上手だったけど、ここまでじゃなかったはずだよ。流石だね」
ユーリも絶賛する。
「そ、そんな、二人して褒められると流石に照れますね……」
ライオが恥ずかしそうに顔を赤らめる。
その時、入り口のドアが開いて、一人の男が入ってきた。
筋骨隆々という言葉がよく似合う、大男だ。
「あ、お父さん! おかえりなさい」
「おう! ただいま!」
ニカッといい笑顔で答える大男。
ライオはふと気づいたように、口を開いた。
「あ、そういえばお父さんの知り合いの方がいらっしゃってるよ」
そういいながら、僕たちの座るテーブルの方を示すライオ。
ライオの父親は、その方向を見て、目を見開いた。
「お前、まさか……ユーリか?」
「久しぶりだね、フォード」
ユーリが片手を軽く上げて挨拶する。
「驚いたな……10年ぶりくらいか?」
「え〜? もう少し短くなかったっけ」
「いやいや。ライオが生まれる前だから、むしろもっと前だろう。……まあ何にせよ、よくきたな!」
そう言いながら大口を開けて笑う。
そんな二人の会話を聞いたライオが、小声で僕に尋ねてきた。
「あの……ユーリさんって何才なんですか? 私より年下に見えるのに、私が生まれる前からお父さんと仕事してたって……」
「いや……僕もわからない。年齢を聞いてもはぐらかされたし、何才なんだろう……」
楽しそうに笑うユーリを見て、僕は不思議に思いながら夕食を終えたのだった。