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効果なしとライラーク風穴上層

 昨日、宿の仕事を一人で任されると聞いたリックさんは、絶望にも似た表情をしていたが、フォードさんに今月の給料を3倍にすると言われると「じゃあ仕方ないっすね」と両手を挙げ、困ったように笑った。

 どうやらリックさんもライオの抱えるトラウマをどうにかしてあげたいと思っていたらしい。

 今朝、ライラーク風穴へと出発する僕たちを見送るリックさんの服装は、腕まくりした動きやすそうな服に固く締めたハチマキと、とても気合が入っているようだった。




 リックさんに感謝しながらやってきたライラーク風穴上層。依頼を受けたときにも言われたとおり、魔物はこれまで一度も見かけていない。

 けれど異変が起きているのは上層と下層だけ。僕とユーリが行った中層には普通に魔物がたくさんいたから、油断は禁物だ。

 

 どこから魔物が襲ってきても対応できるように、僕たちは陣形を組んで歩いていた。

 道幅の広いところでは、前をユーリ、右後方をフォードさん、左後方をレスティアさんが守り、その三角形の中に僕とライオ、ミースさんとマオが入るという形。

 道幅の狭いところでは前をユーリ、殿(しんがり)がフォードさん、その間に僕たちとレスティアさんが入るという形だった。

 今は道幅が狭いので、後者の陣形だ。

 僕たち「守ってもらう組」は、全員装備を新調していた。

 まず、全員に背中に背負うタイプのかばん。今まで持ち物はユーリの≪空間収納≫で保管してもらっていたけど、これからは自分で管理することができる。丈夫そうな素材で、容量もなかなかだ。

 僕とミースさん、マオは厚革の胸当て、手には剣を握りやすいようグリップの効いたグローブをつけている。

 いかにも新米冒険者という風体で、なんだか少しこそばゆい。

 ミースさんとマオには、短剣も渡してある。ミースさんは「奴隷に武器を持たせるなんて……」と複雑な表情をしていたけど、いざというときに自分の身を守るためだと言って納得させた。

 こうして見てみると、僕らの装備はずいぶん軽装だ。

 装備を見繕ってくれたユーリ曰く、僕は唯一の長所である反射神経を生かすため、元々奴隷で戦闘能力の低いミースさんとマオは、戦うことよりも逃げることを優先したらしい。

 そんな僕らと比べると、ライオは重武装だった。

 胸当ては金属製。そして、同じく金属の肩当て、膝当て、すね当て、籠手。剣は元々フォードさんが持っていたものを使っているらしく、刃渡りは1m近くあるんじゃないだろうか。

 ライオの装備を見繕ったのはフォードさんで、どちらかというと防御力を高めようとしたらしい。

 けれどライオの装備は中々高価な素材を使っているらしく、ユーリもその奮発ぶりに少し驚いていた。持たせてもらうと想像よりもかなり軽かったから、走るときもあまり支障は無さそうだ。

 そんな新しい装備のおかげか、僕たちの間にはいつ魔物が襲ってくるかわからないなんて緊張感はあまりなく、道中ではいろいろと会話が弾んでいた。


「ミースさんって大人っぽいですよね。奴隷だったのにどこか気品も感じられるし……いったい何歳なんですか?」

 ライオが自然に使った「奴隷だった」という言葉に違和感を覚えたのか、眉をひそめるミースさん。

 けれど質問に答えることの方が重要だと思ったのか、特に聞き返すこともせず口を開く。

「申し訳無いのですが、自分がいつ生まれたのか記憶にございませんので……ただ、数代前の主人が私を奴隷商の方からお買い上げになるとき、『この奴隷は334年に生まれた』と説明を受けていました」

 ミースさんの言葉に首を傾げるライオ。

 そういえば、この世界の暦だと今は何年なんだろう。

 ユーリは列の前の方を歩いているので、目の前にいるライオへ質問する。

「今年は共暦2500年です。世界最古の国、レストヴァーロード王国の建国された年が元年になってるんですが……334年生まれだと、ミースさんは物凄いおばあちゃんって事になっちゃいます。≪不老≫のスキルを持っているわけでも無いのに、人間種がそんなに長生きすることなんてあり得るんでしょうか……」

 考え込むライオに、僕の後ろからレスティアさんが話しかける。

「東方に住む一部の森棲種の間では、最後の魔王大戦が終戦した年を元年とする暦が使われているらしいですよ。もしかしたら奴隷商が使っていたのはその暦かもしれません」

 レスティアさんの言葉に、ライオはなるほどと手を打つ。

「新森暦のことですね! 学校に通っていた頃、授業で習いました! 確か最後の魔王大戦が終わったのが、共暦2152年だから……今年は新森暦だと348年ですね。となるとミースさんは……14才!? 私と同い年じゃないですか!」

 ライオが驚きに目を見開く。

 僕も少し驚いていた。

 ミースさんは身長こそライオより低いが、顔立ちやその雰囲気からもっと大人だと思っていた。

 ところどころ幼さが垣間見えることもあったけど、ライオと同い年だったのか……

「でしたらやはり、私のことはミースと呼び捨てにしてください。奴隷に敬称を使うなど、あってはならないことです。セツナ様やライオ様は私などより身分の高い方々なのですから」

 ミースさんの言葉に、僕とライオは顔を見合わせる。

「何言ってるんですか。ミースさんはもう奴隷じゃないんですよ? 新しく可愛いお洋服も買ったし、その背中に背負ってるかばんだって、昨日買ったばかりの私達と同じものです。お金だって入ってますから、やろうと思えば一人で旅だってできますよ」

 その言葉を聞いたミースさんが、慌ててかばんの中を探る。

「こ、これはまさか……金貨? じゃあこっちは銀貨? こ、こんなに……いけません!」

「いけなくないですよ。それでいいんです。ミースさんだって一人の女の子なんですから。今までがおかしかっただけです」

 どこか強い意志を感じさせる口調で押し切られ、ミースさんも口をつぐむ。

「それに、僕たちに自分を呼び捨てにしろって言うなら、ミースさんも僕のことは呼び捨てにしてよ」

「そうです! 同い年なんですし、私のこともライオと呼んでください」

 僕の言葉に、ライオも同調する。

「そ、そんなことできるはずが……!」

「ミースさんはもう奴隷じゃない。僕たちと同じ立場の、一人の人間なんだ。マオだってそう。二人とも僕たちと同じものを食べて、同じものを身に付けてる。だから、僕たちのことを嫌いじゃなければ、様付けなんてやめて欲しい」

「私からもお願いします。み、ミース……」

 ライオが慣れなそうにしながらも、ミースの名を呼ぶ。

 それを聞いたミースさんは、しばしの逡巡の後、ゆっくりと口を開いた。

「せ、セツナ……さ、さん。ライオ……さん」

 つっかえながらも紡がれた言葉は、期待してたものとは少し違ったけど。

「うーん……まあさん付けくらいならいいか。それじゃあ改めてよろしく、ミース」

「よろしくお願いします! ミース!」

 今までさん付けだった人を呼び捨てにするのはなんだか変な感じだけど、恐らくそれはミースも同じだろう。

 ずっと呼んでいれば慣れるだろうし、それまでの辛抱かな。


「それじゃあ次は、マオも僕たちのことを……」

「…………」

 

 マオとも仲良くなるために声をかけようとすると、マオはこちらを真っ直ぐに見つめ返してきた。

 無言の圧力のようなものを感じて、口をつぐむ。

 少しの間を置いて、マオが口を開いた。

「……ミース、セツナ、ライオ」

 それぞれの顔を見ながら、名前を呼ぶマオ。

「……レスティア、フォード、ユーリ」

 どうやらマオは僕たちを呼び捨てにすることについて、なんら躊躇いはないようだ。

 ……まあ、話が早くて助かる。

「よろしくな。マオ」

「…………」

 僕の言葉にマオが返した無言は、きっと承諾と取ってもいいものだろう。




 その後もいろいろな会話をしながら、しかし洞窟内をしっかりと観察することは忘れずに、僕たちはライラーク風穴を進んでいった。

「また魔物同士の争った跡だ……魔物の棲んでいる場所ならどこでも見られる光景だが、ここまで多いのは不自然だな」

「下層ではこんな跡は無かったよ。やっぱり何か起こってるみたいだね」

 風穴の上層に入ってから、ところどころで魔物同士の争った形跡があった。

 お互いの喉に噛み付いたまま息絶えている狼のような魔物や、原型をとどめないほどグシャグシャになった何かの死骸など、目を背けたくなるような光景ばかりだ。

 それを気にした様子も無く眺めながら、議論を交わすフォードさんとユーリ。レスティアさんも平気な顔をしている。流石に冒険者だけあって、こういう光景は見慣れているのかもしれない。


「上層に魔物がいなくなった理由は、魔物同士の抗争が原因でしょうか?」

 レスティアさんの言葉に、フォードさんが首を横に振る。

「いや、それにしては数が少なすぎる。普通じゃこんなに死骸が見つかることはないが、それでもこの上層には死骸の数を遥かに超える魔物が生息していたはずだ。魔物同士の争いが異変の直接の原因だとは思えないな」

 フォードさんの答えに、みんな考え込んでしまう。

 その空気を振り払うように、ユーリがパンと手を叩いた。

「イラの言ってた大規模魔法と上位スキルってのも気になるね。とりあえず風穴を抜けて山頂まで行ってみよう」




 ライラーク風穴の中層が、山の中腹にある箱庭に繋がっていたように、上層を抜けた先は山の頂上付近だった。

 しばらく暗いところにいたおかげで、日差しがやたらと眩しく感じる。

 辺りを見渡すと、周囲には急斜面の岩壁が僕らを囲むようにそそり立っていて、僕たちが出てきた風穴の出口はその岩壁の一部に空いているようだった。

 例えるなら巨大なボウルの中にいるような感じだ。火山の火口のような形だけど、この山は火山じゃないはずなのできっと偶然この形になったんだろう。

 そして、何より目を引いたのが――


「あれって、魔法陣か……?」


 僕たちの前方、少し離れた地面を埋め尽くすように描かれているのは、大小様々な円と直線。複雑で巨大な幾何学模様だった。

 茶色の岩肌に引かれた白い線がよく目立っていて、心なしか発光しているようにも見える。

「そうみたいだね。しかもあの大きさにあの細かさ、イラの言ってた大規模魔法の正体はあれかもしれない。もうちょっと近くで見てみないと」

 そう言ってユーリが魔法陣に向かって歩き出そうとしたとき、僕たちの右後方を守っていたフォードさんが突然叫んだ。

「右! 魔物だ!」

「左からもです! かなりたくさん!」

 続いてレスティアさんの声も聞こえて、言われた方向を振り向いてみると、僕はその光景に息を呑んだ。

 僕たちを囲む岩肌には、僕たちが今出てきたような穴が他にもいくつか開いていて、そこから風穴では一匹も見なかった魔物たちがぞろぞろと出てくるのだ。

 正確な数はわからないけど、ざっと見ただけも50匹……いや、100匹くらいいるかもしれない。

 その中には当然、僕に軽いトラウマを植え付けたトカゲ型の魔物シャランツや大グモのネイトもいた。

 魔物たちは威嚇しながら岩肌を降りてくると、僕たちの逃げ道を塞ぐかのように、風穴の出口の前へ陣取る。

 どうしよう……いくらユーリやフォードさんが守ってくれているとはいえ、相手はあの数だ。一斉に襲い掛かってこられたら、ユーリたちだけでは捌ききれないかもしれない。

 一気に高まった緊張感の中、一歩前に出ながら言葉を発したのはレスティアさんだった。


「私が出ます」





2016年4月1日に投稿された、別ルートの27話

あるいは、本当にあったかもしれない26.5話へ飛ぶURLです

http://ncode.syosetu.com/n9317dg/

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