効果なしと準備
間が空いてしまったので、これまでのあらすじをざっくりと。覚えている方、「自分で読み返すからいいよ!」と言ってくださる方は、読み飛ばして構いません。
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記憶喪失の主人公セツナは、草原で倒れているところをユーリという少女に助けられる。
しかしその少女は、世界に13体いるといわれる魔王の一柱だった。
その事実に驚きはしたものの、ユーリと行動を共にすることにしたセツナは、最寄の街レークで、ユーリの古い知り合いだというフォードとその娘ライオが経営する宿に宿泊する。
レークの街ですごしていたユーリとセツナは、街中で奴隷を虐待している貴族と出会い、奴隷の少女を助ける過程でユーリが自分の正体を人々に明かしてしまう。
その後、奴隷の少女とはレーク付近の森の中で再会。衰弱しているところをユーリ達が保護。少女が口にした言葉を受け、ミースという人物を探す。
同じ頃、街に魔王がいると知ったレークの守備隊は監視役として、冒険者ながら守備隊の手伝いをしているレスティアを派遣。レスティアの情報を元に奴隷の少女ミースを探し出すが、奴隷商に売られており、助けるには金貨42枚という大金が必要だった。
所持金では足りないので冒険者ギルドで仕事を探し、「ライラーク風穴上層と下層で起きている異変の調査」という仕事を受ける。
ライラーク風穴の下層でセツナとユーリは、摸倣種の魔王イラと出会い、下層で起きている異変の原因は摸倣種だと知らされる。
摸倣種とレーク政府の仲介をしたユーリ達は、報酬を2倍、半額を前払いする代わりに上層の調査も引き続き受ける事になる。
受け取った報酬でミースを購入したユーリ達は、冒険者ギルドとの約束どおりライラーク風穴上層に向かうことにするのだが、その話を聞いたライオは突然「自分も連れて行ってほしい」と言い出したのだった。
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「お願いっ! お父さん!」
「…………」
ライオの叫びに、フォードさんは無言を返す。
ルーフの宿は営業を終え、一階には僕たちしかいない。
ミースさんは身体が限界のようだったので、少女と一緒に二階の部屋に寝かせておいた。
突然のライオの懇願に対して、ユーリの答えは「ボクには判断できない。判断するのはフォードだよ」とのことだった。
「どうしてもライラーク風穴に行きたいの!」
「……ライオ、お前の言いたいことはわかる。確かにあいつは上位スキルの保持者だったし、一人で大規模魔法を発動できるような馬鹿げた魔法センスの持ち主でもあった。あいつが消えた場所で上位スキルと大規模魔法の発動……もしかしたら、なんて思うのも無理はない。だが、逆に考えてみろ。7年前、ライラーク風穴ではあいつが、Aランク冒険者が消息不明になるような"何か"があったんだ。そんなところに、俺の大事な一人娘を行かせるわけにはいかない」
フォードさんの言葉は正論だった。
そもそもあの風穴は、経験を積んだ冒険者ですら命を落としかねない危険地帯。
僕のようなFランクがあの風穴に立ち入ってもこうして生きているのは、ユーリという圧倒的な力の持ち主に付きっ切りで守ってもらえたからだ。
もしここにライオが加わって守る対象が二人になったとしたら、ユーリが片方を守っている間、もう片方は無防備になってしまう。
というかそれ以前に、いくら守ってくれる人がいるからといって、娘を危険地帯に行かせたがる父親なんていないだろう。
「でも……もう嫌なの! 無事に帰れるかわからないような場所に誰かを送り出して、その帰りを待つのは! 今回だってずっと不安だった……ユーリさん達のいない部屋を見て、もしかしたらもう戻ってこないんじゃないかって……もう見たこともない場所に恐怖を抱いて生きていくのは嫌なの。7年前に何があったのかはわからない。でも、せめてそこがどんな場所なのかくらいは知りたいの! そうすれば、いくらかは気持ちの整理ができると思うから……」
今まで溜め込んでいた物を吐き出すかのようなライオの言葉を、フォードさんは腕を組んで聞いていた。
その手を眉間に当て、しばらく何かを考えていたようだったが、やがてフォードさんはゆっくりと口を開いた。
「ライオ。生まれてから14年間ずっと見てきたが、お前は本当にいい娘に育ってくれた。年頃の娘だってのに反抗らしい反抗もしない。少し不安になったくらいだ。そんなお前が言う初めてのわがままだからな。聞いてやりたい。だがお前がユーリ達をライラーク風穴に行かせたくなかったように、俺もお前を行かせたくないんだ。もしお前が帰ってこなかったら俺は俺を許せなくなる」
フォードさんの目はこれ以上ないほど真剣で、ライオも押し黙るしかないようだった。
フォードさんと知り合ったばかりの僕でさえ、どれだけ娘を大切に想っているかが伝わってきた。ましてや当の本人なら、それは痛いほど理解できるだろう。ここで自分の要求を取り下げれば、フォードさんがどれだけ安心するのかも。
それでも過去の真実を知りたいという想いを捨てきれないのか、ライオは下唇をかみ締め、俯いてしまった。
そんなライオに、フォードさんは深くため息を吐くと言った。
「だから、俺も一緒に行く。それが条件だ」
俯いていたライオが顔を上げる。
「じゃ、じゃあ……」
「この辺りで一番の危険地帯に行くんだ。明日は丸一日使って準備しないとな。仕事は全部リックに押し付けることになるが……まああいつならなんとかするだろう」
その言葉を聞いて、ライオの表情がぱっと明るくなる。
「ありがとうっ! お父さん!」
そう言って抱きつくライオの頭を、フォードさんは優しく撫でるのだった。
そんなことがあって、次の朝。
いろいろと準備をするためにルーフの宿を出発したわけだけど……
その人数は当初の予定よりだいぶ多くなっていた。
僕、ユーリ、ライオ、フォードさんの4人はもちろんのこと、そこにレスティアさん、イラさんとミースさん、それからあの少女という計8人の大所帯だ。
こうなってしまった原因は昨日の夜、ライオとフォードさんの話し合いが終わった直後にある。
「ところで、ライラーク風穴に行くのはいいんだが、上で寝てる二人はどうするんだ?」
フォードさんの言葉に、僕ははっとなる。
そういえばあの二人の面倒を見ていたのは主にライオだった。
お店の仕事をすべて任せることになっているリックさんに、二人の面倒まで見てもらうのは流石に無理があるだろう。
となると……
「レスティアちゃん、お願いできる?」
僕と同じ考えだったのか、ユーリがレスティアさんに言う。
けれどレスティアさんは申し訳なさそうに首を横に振った。
「私もそうしたいのですが、今回の件でユーリ様について行かなかったことを上に咎められまして……ライラーク風穴へは私も同行させていただきたいと思っています」
本来レスティアさんはユーリの監視役だ。
今日僕たちと一緒に行かなかったのは、「ユーリが"街にいる間"その動向を監視する」という上からの司令を都合よく解釈していたからだ。
それを咎められた以上、街に残って二人の面倒を任せることはできない。
「そっかぁ。うーん……イラはどう? ダメかな?」
ユーリがイラさんに尋ねる。
世界最古の魔王が果たして引き受けてくれるのだろうかと思ったが、答えは案の定ノーだった。
「すまない……ライラーク風穴の仲間達はまだ目覚めたばかりでね。あそこを拠点とする準備に、摸倣種を束ねる存在であるボクがいないと何かと都合が悪いんだ。この国との交渉や、久々に会ったユーリと話したかったからここにいるけど、明日の昼には戻ろうと思ってる」
一種族を纏めているイラさんを留めておくわけにもいかず、ユーリが「そっか」と引き下がる。
フォードさんも困った様子で唸った。
「今はレークの建国記念祭が近いからな。どこも忙しくて声をかけられそうにない。ましてやあの二人は奴隷だからな……忙しいところを無理に預かってもらって、誰かに盗まれたら目も当てられない」
「ぬ、盗まれる……?」
あの二人の話をしてるんだよな?
聞き間違えかと思って尋ねる僕に、ユーリが答える。
「ボクたちがミースちゃんを探していたとき、貴族のオーガンくんは「帰国のための資金として売った」って言ってた。つまり奴隷は、比較的身近にあって高く売れる"物"なんだ。だから、泥棒の格好の的になる。盗んだ奴隷は足がつかないように遠くの町で売るのが定石だから、盗まれると相当厄介なことになるね」
複雑な顔で言うユーリに、僕もなんとも言いがたい気持ちになる。
人を物として扱う……奴隷制の滅びた世界から来た身としては、なんとも受け入れがたい話だ。
けれど世界が違えば常識も違うらしい。
とにかく、二人を誰の保護も無い場所に置いておくのは危険だと言うことはわかった。
「やっぱり連れて行くしかないね」
「そうだな。明日の準備は念入りにしなきゃならんな」
冒険者ですら危険な場所に二人を連れて行くというのは抵抗があるけれど、仕方ないのだろう。
こうして、ライラーク風穴に向かう7人が決まったわけだけど……
「ミースさん、可愛いです!」
「いや、あの……」
「こっちも着てみてください!」
レークの街のとある服屋。
僕の心配をよそに、目の前ではミースさんが着せ替え人形になっていた。
「なんかこの風景を見てると、これから危険な場所に向かうって実感が沸かないな……」
そう呟く僕に、レスティアさんが苦笑しながら答える。
「仕方ないですよ。女の子は可愛い物には目がないですから。それに……このメンバーなら、下手な街中よりも安全そうですしね」
そう言ってレスティアさんが視線を向けた先には、ユーリとフォードさんがいた。
「ユーリ様は言わずもがな。フォードさんもランクこそBですが、実力はAランクと比べても全く引けをとらないベテラン冒険者だそうで、この辺りで活動する冒険者の間ではそれなりの有名人なんですよ」
「へぇ……」
フォードさんも昔はユーリと行動を共にしてただけあって、やっぱり相当な実力者なんだな……
それにレスティアさんもランクはD。冒険者としては中級者で、僕なんかよりずっと戦闘慣れしている。
ライラーク風穴も下層に行った感じだと魔物は本当にいなかったし、確かに戦力は多すぎるくらいかもしれない。
「やっぱりこっちも可愛いです! いや、でもさっきのワンピースも可愛かったし……どう思います? セルビアさん」
ライオが振り向いて尋ねたのは、ギルド受付嬢のセルビアさん。
この服屋で偶然出会ったんだけど、僕たちが紹介するまでもなく初対面のはずのライオと瞬く間に意気投合してしまった。
「いいですね……でも風穴に行くならもっと動きやすい服、それでもって可愛い服だったら、ミースさんは黒髪ですからそれを活かして……こんな感じの服はどうでしょう」
「こ、これは……さすがです!」
ライオのセルビアさんへと向けるまなざしが、徐々に尊敬の色を濃くしていく。
その一方で、当のミースさんは困惑していた。
「奴隷の身にこんな……もったいな」
「次はこれを!」
恐縮するミースさんの言葉を遮って、ライオが次の服を取り出す。
低身長の割に大人っぽい雰囲気のあるミースさんだけど、うろたえている姿はやっぱりどこか幼げだ。
結局、ミースさんの服が決定したのはしばらく時間が経ってからだった。
「よし、ミースさんの服はこれで決まりっと。次はあなたの番ですよ! えっと……」
ミースさんに買う服を決めたライオが、少女へと振り向く。
「……そういえば、まだ名前、知りませんでした」
名前を呼ぼうとして気付いたのか、ライオは少し呆けたような表情で言う。
「言われてみれば確かに。ミースちゃん、この子の名前ってわかる?」
「申し訳ありませんが、存じ上げません。……ねぇ、あなたの名前、教えてくれるかしら?」
ミースさんが少女に尋ねる。
少女はミースさんの方を向き、それから僕たちの方を向いて、
「…………」
そして無言を返した。
「……もしかしたら、この子には名前が無いのかも。たまにいるんだよ。名前を付ける前や、自分の名前を覚える前に奴隷にされる子がね」
ユーリの言葉を聞いて、僕たちの間に気まずい空気が流れる。
なんと声をかけようか僕が迷っていると、少女が口を開いた。
「……まお」
「え?」
その場にいた誰もが首を傾げる。
「……まお、の、なまえ」
再び少女が口を開いて、やっと僕たちは理解した。
「それがあなたの名前なのね。マオ」
ミースさんの言葉に、少女はこくんと首を縦に動かした。
「マオちゃん……いい名前ですね!」
ライオがマオの手を握って言う。
一瞬重くなりかけた空気が無くなって、みんなほっとした様子だった。
「それじゃあマオちゃん……さっそくですけど」
マオの手を握ったライオが、もう片方の手で服を取り出す。
「マオちゃんに似合うお洋服、選びましょう!」
その日僕は、女の子の服選びに費やされる時間がどれ程の物なのかを、身を以って知ることになった。




