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効果なしと増えた同行人

 摸倣種の魔王イラさんの話によれば、ライラーク風穴下層の異変は、確かに摸倣種が周辺の魔物を掃討したのが原因らしい。

 でも、上層の異変はまた別の理由。摸倣種は一切干渉していないという。

 上層になぜ魔物が出なくなったのかはまだわからないけど、今日のところはレークの街へ帰ることにした。

 街の入り口で待っていてくれたレスティアさんも連れて、ギルドへ向かう。




「というわけで、こちらが摸倣種の魔王イラさんです」

「ええええええええええっ!?」


 受付でセルビアさんにイラさんを紹介すると、セルビアさんはギルド中に響き渡るような大声を上げて驚いた。

 あまりの驚きように、夕方のラッシュでざわついていたギルド内が一瞬静かになる。

「とと、とにかく上の者を呼んできみゃふ。少々おまちくだしゃい!」

 よほど動揺しているのか、盛大に噛みながら奥の方へと駆けていくセルビアさん。

 それを苦笑いで見送ると、後には妙な静寂だけが残った。

 ああ、周囲の視線が痛い……




 やがて戻ってきたセルビアさんに連れられて、僕たちはギルドの会議室へと向かった。ユーリが魔王だとバレた時にも来た部屋だ。

 そこでしばらくの間、ギルドの人と話をする。

 僕とユーリは調査の報告。ライラーク風穴下層の異変は摸倣種が原因だということを伝え、そのときの状況などを聞かれた。

 イラさんの方はもっと外交的な交渉をしているようだ。ユーリ曰く、摸倣種は領域を侵されることに敏感なだけで、他種族との交流を拒んだりはしないのだと言う。

 相手方もセルビアさんやレスティアさんという見知った顔の他に、お偉いさんと言った風貌の人が何人か。

 僕なんかがここに居てもいいのか不安になりながらも、数時間ほど話した結果をまとめるとこんな感じだ。


 まずイラさんたち摸倣種関連。

・レーク政府からは、摸倣種のいるライラーク風穴下層に対して不可侵領域宣言を発令する。

・摸倣種は自分達の領域の周囲に生息する魔物たちの勢力バランスを調整する。


 内容がもはやギルドの権限を超えている辺り、横に居たお偉いさん達はギルド職員じゃなかったのかも知れない。

 僕達は報告がほとんどだったから、ギルド側から直接言われたことは一つだけ。

・ライラーク風穴上層の調査も引き続き行うなら、報酬の金貨10枚はただちに支払い、上層の異変の原因も突き止めた場合はさらに金貨10枚を支払う。


 ギルド側としては、摸倣種と平和的に交渉できたというのは想像以上に喜ばしい出来事らしく、事実上報酬を2倍支払うという大判振る舞いをしてくれた。

 Sランク冒険者に引き続き調査をして欲しいというギルドの思惑もあるのだろう。

 ミースさんを買い取るためにも早くお金を集めなければいけない僕達は、当然この提案を受け入れた。




 セルビアさんから仕事の報酬である金貨10枚を二人分、つまり20枚受け取って、その足で奴隷商店へ向かう。

 店に入ると、出迎えてくれたのはあの奴隷商の青年だった。

 相変わらず職種に見合わないさわやかさで、僕たちに声をかけてくる。

「これはユーリ様。いらっしゃいませ。例の奴隷でしたら、お譲りする用意は整っております」

「じゃあお願い。このまま連れて帰るよ。これが代金」

 ユーリが金貨の入った袋を手渡す。

 中身は元の値段である金貨42枚に、取り置き料2日分を追加した金額、金貨43枚だ。

 大量の金属が入っている以上、その重量も中々のもの。

 奴隷商はそれを両手で受け取ると、中身を確認するようなことはせずに僕たちを応接室へ案内した。

「ただいま連れてまいりますので、少々お待ちください」

 そう言って去っていく奴隷商。

 ユーリによれば、貴族や金持ちを相手にしている奴隷商では奴隷を引き渡すときに水浴びをさせ、簡素な貫頭着を着せて最低限の身だしなみは整えてくれるのだという。

 10分ほど待っていると、やがて奴隷商の青年がミースさんを連れて部屋に入ってきた。

 新しい服と水浴びのおかげか前に見たときよりも綺麗になっている。

 しかし、手首足首には鎖が付けられていて、華奢な身体には重たそうだ。

 相変わらず身体にある生傷も痛々しい。水浴びのときはさぞかし染みただろう。

「……鎖はいらないから外してもらえるかな?」

「これは失礼いたしました。ただいま鍵を持ってまいります」

 ユーリの言葉に、奴隷商はそう言って部屋を出て行く。

 残されたミースさんは、僕たちの方を向くと頭を下げた。

「ミースと申します。よろしくお願い申し上げます」

 ミースさんが頭を下げるのに合わせて、手足についた鎖がじゃらりと音を立てた。

 こうして立っている姿を見るとミースさんの身長は思っていたよりも低く、僕の首くらいまでしかないのがわかる。

 大人びていると思っていた顔も、よく見るとあどけなさが抜けきっていない。

 その表情は貼り付けたような無表情で、少女のことを伝えたときとはまるで別人のようだ。

「こちらこそよろしく。ミースちゃん。鎖を外してもらったら出発しようか」

 慣れているのか自然体で言うユーリに、ミースさんは無言で頭を下げるのだった。 




「ただいま!」

 ユーリがルーフの宿の扉を開けると、夕食時だったのか店内はそれなりに賑わっていた。

 ユーリに続いて僕、レスティアさん、イラさん、そしてミースさんという順番で宿の扉をくぐる。

「ユーリさん! よかった……怪我はありませんか?」

 ユーリを見つけたライオが、安堵の表情を見せる。

「うん! この通りだよ」

 ライオの言葉を聞いたユーリはその場でくるりと回ってみせた。

 それを見たライオは、何かを懐かしむような表情を見せる。

 もしかしたら例のAランク冒険者のことを思い出しているのかもしれない。

「ところで、あの子はいる?」

「はい、二階にいますよ。丁度夕飯を持っていこうと思っていたところです」

「そっか。実はあの子に会わせたい人がいるんだ」

「あっ! じゃあもしかしてそちらの方がミースさんですか?」

 ユーリの後ろに控えているミースさんを見て、ライオが表情を明るくする。

 ライオもあの少女が泣きながら紡いだ願いを聞いているのだ。

 その願いが叶うと知って嬉しいのだろう。

「はじめまして。ライオといいます。よろしくお願いしますね」

 ライオがミースさんに手を差し出す。

 その手を見て困惑した様子のミースさん。

 どう反応したらいいのかわからないようだ。

「大丈夫だよミースちゃん。ライオちゃんは奴隷を毛嫌いする人じゃない。手を握っても汚いと思われることはないよ」

 ユーリの助言を聞いて、ミースさんが恐る恐るといった様子でライオの手を握る。

 上目をつかって様子をうかがうミースさんに、ライオは笑顔を返した。

「それにしても酷い傷ですね……あの女の子といいミースさんといい、奴隷だからってこんな扱い、酷いです。……お父さん! ちょっと来て!」

 ミースさんの傷を見たライオは顔をしかめると、厨房の方を向いてフォードさんを呼ぶ。

 ライオに呼ばれてやってきたフォードさんは、ミースさんの傷を見るとライオと同じく顔をしかめた。

「痛々しいな。この怪我じゃ立っているだけで辛いだろう。食事はちゃんと摂っていたか?」

「奴隷商から買ってきた子だから、最低限の食事は摂ってたはずだよ」

 フォードさんの質問にユーリが答える。

「そうか。なら少しなら大丈夫だろう。ライオ、治してやれ」

「わかった」

 フォードさんの言葉を聞いて、ライオが真面目な表情でミースさんの腕を掴む。

 すると、ミースさんの身体にある傷がゆっくりと、けれど目に見えてわかる速さで消え始めた。

「……なるほど。ライオちゃんは≪治癒≫のスキルを持ってるんだね」

「はい。あまり使いこなせてはいないですけど」

 ユーリの言葉に、ライオが苦笑しながら答える。

 その間にもミースさんの傷はじわじわと少なくなっていた。

「これがライオのスキル……すごいな」

 思わず感嘆の声が漏れる。

 そんな僕に、フォードさんが注意するように語りかけてくる。

「ライオにも言ったが、一応お前にも伝えておこう。ライオの≪治癒≫は確かに傷を治すことができる。だが、実際に傷を癒しているのはライオではなく、怪我をしている奴自身。≪治癒≫のスキルは相手が元々持っている傷を治す力を高めているだけだ。当然傷を治すのに使われるエネルギーも怪我人持ち。だから今回のような栄養失調気味の奴に対しては……」

 フォードさんがそこまで言ったとき、いままでライオの治療を受けていたミースさんが突然よろめく。

 倒れかけた身体をライオが慌てて支えた。

「こんな風に栄養が足りてない奴に対してはあまり長時間使えない。……ライオ、そこまでだ。そいつを二階に連れて行ってやれ」

 ふらつくミースさんを見てどこか申し訳なさそうなライオは、フォードさんの言葉に従ってミースさんの手を引く。

「お前らもだ。夕食は持っていってやるから、さっさと二階に上がれ。……リック! 俺は厨房に入るからお前は客の対応をしてくれ!」

 忙しく動き始めたフォードさんを横目に、僕たち4人は少女の待つ二階の部屋へと向かうのだった。

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