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効果なしと異変

 暗闇の中を白銀が駆ける。

 周囲が漆黒に覆われる中、白い肌に銀の髪という身なりのユーリはとても目立っていた。

 人系種族の中でも目がいいと言われる瞬生種だが、この暗闇の中では流石に明かり無しで走ることはできない。なので、ユーリの周りは魔法によって日光が当たっているかのような明るさになっていた。

 セツナと別れてから、ユーリはこの状態のまま風穴の奥へと足を進めている。

 まるで風のような速さで駆けるユーリに、暗闇の中から声がかけられた。

「そこで止まって」

 言われたとおり、ユーリが足を止める。

 声のしたほうに顔を向けると、暗闇の中から黒いコートの人物が現れた。

 立てられた襟と頭に被った大きな帽子で顔はかなり隠れているものの、その容姿は若く、整った精悍な顔立ちであることがわかる。

「久しぶり、ユーリ。こんなところで会うなんて珍しいね」

 現れた声の主に、ユーリが顔をしかめる。

「イラ……君がいるってことは、やっぱりここは……」

「ああ、我々の領域だよ」

 イラと呼ばれた人物は、ユーリの質問にそう答える。

「よかった……君達と戦いながらだと、セツナを守りきる自信が無いからね。別れて正解だった」

「我々も、ユーリと戦うことによって出る損害は許容できる範囲を大きく逸脱するだろうね」

 お互いにじっと相手の目を見据えながら話すユーリとイラ。

 二人の間に、沈黙が流れる。

 僅かな静寂の後、先に口を開いたのはユーリだった。


「領域内の通行許可をちょうだい」

「ああ、いいよ」





 えっと……

 これは、どういう状況なんだろう。

 僕はさっきまで翡翠色の瞳をした少女と話していたはずだ。

 はずなのに――


「イラ、この子がセツナ。今ボクと一緒に旅をしてるんだよ。といっても、まだレークの街にしか行ってないけど」

「へぇ、この子が……」


 ――なんで目の前にユーリがいて、僕を誰かに紹介してるんだろう。

「なぁユーリ。僕より先に進んでたはずのユーリが、なんでここにいるんだ?」

「ああ、それはね。そこにいる摸倣種の子に、セツナを転移魔法で運んできてもらったんだよ」

 摸倣種……?

 聞いたことのない種族だ。

 レークの街には僕の知らない種族もいたけど、少なくとも緑色の瞳の人はいなかったと思う。

「セツナが知らないのも無理はないよ。摸倣種は基本的に自分達の領域からは出てこないからね。その代わり、自分達の領域に侵入した者に対しては容赦しないんだ。ボクがさっきセツナと別れたのもそれが理由。摸倣種は『魔王殺し』なんて呼ばれる程の戦闘力を持ってるから、万が一戦闘になったらセツナをかばいきれないからね」

 ユーリの言葉に、僕は目を見開いた。

「魔王殺し……ってことは、ユーリもやられちゃうのか?」

「うーん……どうだろう。やってみないとわからないけど、もしかしたら負けちゃうかもね」

 冗談交じりなのか、笑いながら言うユーリの言葉に、僕は衝撃を受けた。

 僕の中で、ユーリは最強の存在だ。

 この世界に来てから聞いた話でもそうだったし、実際に自分の目で垣間見た姿もそれを裏付けていた。

 そのユーリが負けるかもしれない?

 横目で『魔王殺し』と呼ばれた少女を見ながら、戦慄する。

 さっきまで不思議な少女だと思っていたものが、なんだか得体の知れない生き物に見えた。

「摸倣種の恐ろしい所は、一度使った攻撃が二度と効かなくなることなんだ。摸倣種はその名の通り、相手の技を"模倣"する。魔法や技術、スキルですら一瞬で解析して自分の物にしてしまう。しかも摸倣種は種族全体で頭の中が繋がってるらしいから、一人が相手の技を使えるようになると、すべての摸倣種も同じ技を使えるようになるんだ」

「なんだよそれ……」

 一度受けた攻撃は効かず、複数人で模倣して自分の物にする。

 それは相手からしてみれば、自分の使った技が数倍になって返ってくるということだ。いくら魔王でも、それでは分が悪いだろう。

「特にボクなんかは魔法が使えない分、手数が少ないからね。余計に不利になっちゃう」

「いや、我々からしてみれば下手に多彩な攻撃手段を持った敵より、ユーリのような純粋に強い相手の方が厄介だったりするよ」

 そう言ってユーリの言葉を否定したのは、黒いコートを来た人物だった。

「えっと、ユーリ、この人は? この人も模倣種?」

 僕がここに飛ばされてきた時にユーリと話してた人だけど、瞳も黒いし口調も違う。いや、口調はあの少女独特の物か?

 でも立てられた襟の隙間から、首についている金属の装飾が見える。同じ村に住んでるとかそういう関係なんだろうか。

「ああ、イラもれっきとした模倣種だよ。ただ、模倣種の中でもイラだけは例外。瞳も黒いし、領域の外にだって出る。他の摸倣種の子は事務的な対応しかしてくれないから、こんな風に話せるのはイラだけなんだよ」

 ユーリが困ったように笑って言う。なるほど、やっぱり他の摸倣種も、さっきの少女のような感じらしい。

 紹介を受けたイラという人物は、僕の方に手を差し出してくる。

「はじめまして。ボクが摸倣種の魔王、イラだよ」

「あ、どうも……え?」

 差し出された手を握り返そうとして、聞き捨てならない単語があったことに気がつく。

「ま、魔王って……」

 動きを止め、目を動かしてユーリに説明を求める。

「ごめんごめん。別に隠そうと思ったわけじゃないんだけど、セツナがどんな反応をするのか見たくて…… イラはボクと同じ魔王。それも、唯一ボクが魔王になるより前からいる魔王なんだ。『最も旧き魔王』とか『魔王殺しの魔王』って呼ばれてる」

 ユーリと同じ魔王……

 この世界に来てから、魔王がいかに恐ろしいかという話は何度も聞いた。

 けれど、僕が魔王と聞いてイメージできる人物は今までユーリしかいなかったし、ユーリが優しい女の子であることは僕自身がよく知っていたから、別に恐ろしくはなかった。

 けれどこのイラという人物は違う。

 一体で世界すら滅ぼす。僕がこの人に対して持っているのは、そんな話に聞いた"魔王"のイメージだけなのだ。

「やっぱり魔王って聞くと抵抗があるのかな」

 手を握り返そうとしたまま動かない僕を見て、イラさんが苦笑を浮かべる。

 改めてその顔を見ると、見た目はずいぶん若く見える。僕と同じくらいだろうか。

 コートを着ているせいでわかりづらいけど、特に筋肉がついているというわけでもなさそうだし、顔立ちなんかは中性的で僕の中にある魔王のイメージとは結びつきそうにない。

 もしかしたらユーリと同じく、魔王という肩書きを持っているだけの普通の人なのかもしれない。

「い、いえ。こちらこそはじめまして」

 ここで僕まで怖がっては、ユーリに偏見をもつ人々のように、イラさんを傷つけてしまうのではないだろうか。

 そう思って慌ててイラさんの手を握り返す。

 イラさんの手は思っていたより小さくて、なんだか安心してしまった。

「イラと話してわかったんだけど、やっぱりこの異変の原因は摸倣種みたいだよ」

 僕とイラさんが打ち解けたのを見て、ユーリが話しかけてくる。

 それを裏付けるように、イラさんが説明してくれた。

「ああ。我々は他者が領域に侵入することを許さない。それは魔物に対しても同じだ。だけどそれでユーリたちに迷惑がかかるとは……面目ない」

 いや、迷惑というかイラさんたちが異変を起こしてくれたおかげで僕たちは報酬が貰えるわけだし、むしろ感謝したいくらいだ。

「いやー。でもこれで解決だね。ライラーク風穴の下層と上層の異変調査。数日はかかるものだと思ってたけど、まさかこんなにあっさり解決するとは……」

 伸びをするように腕を上げ、そう言うユーリ。

 けれど、それに異論を唱える声があった。

「ちょっと待ってくれ。我々が干渉したのはこの洞窟の下層だけだ。上層に我々は一切干渉していない」

「「……え?」」


 問題が解決したと思った矢先、告げられた言葉に僕とユーリは顔を見合わせるのだった。

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