効果なしと暗闇の中
日光があまり差し込まないライラーク風穴。
その下層ともなると、辺りはもはや完全に暗闇と言ってよかった。
「やっぱり暗いね。さすがに明かり無しじゃ進めないや」
「空間収納には何か明かりになるものは入ってないのか?」
僕が尋ねると、ユーリは笑いながら言った。
「まあ明かりになるものは当然持ってるんだけどね。今は別の方法を使おうと思う」
「別の方法?」
「まあ見てて」
そう言ってユーリは目を閉じる。
すると、今までユーリの表情がやっと見えるほどの暗さだった洞窟が、僕たちの周りだけ日向のように明るくなった。
「えっ、明かりもないのにどうして……」
「魔法だよ。セツナが知らないだろうと思って使ってみたんだ」
「これが魔法……」
"魔法"というこの上なくファンタジーらしい言葉に、改めて自分が異世界にいるのだと思い知らされる。
「魔法って言っても詠唱したり魔方陣を描いたりはしないものなんだな」
「あれ? もしかしてもう魔法のこと知ってる?」
僕の言葉に、ユーリが首を傾げる。
「いや、僕は違う世界から来たって言ったろ? 僕のいた世界では、魔法は架空のものだったんだ。だから、そういうイメージがあったんだけど……」
「へぇ、不思議な世界もあったものだね。でも、セツナが言うような詠唱や魔方陣を使う魔法もあるよ。詠唱をするのは、精霊の力を借りる"精霊魔法"。魔方陣を描くのは、世界の法則を限定的に改変する"改変魔法"。ボクが今使ったのは、自分の体内の魔力を使う"体内魔法"。通常魔法とも呼ばれてる」
「へぇ……」
一言で魔法と言っても、いろいろ種類があるんだな……
僕もいつか使えるようになるだろうか。
「でも実はボク、魔法の扱いが苦手なんだ。それも致命的にね。この魔法だってかなり簡単なものだけど、覚えるまで結構大変だったんだよ。だからセツナに魔法は教えてあげられそうにないかな」
申し訳なさそうに言うユーリ。
そうか……ユーリは魔法が苦手なのか。
なんとなくユーリは何でもできそうなイメージがあったけど、誰にだって得手不得手はあるもんな。
「いいよ。戦闘訓練だけでもすごく助かってる。ユーリがいなかったら、ネイトにだって勝てなかったしね」
「そっか。ならよかったよ……それじゃあ先へ進もうか」
僕が前回ライラーク風穴に来たときは、ユーリとはぐれてシャランツに殺されそうになった。
その時に、もうはぐれないようにと取った行動。それは、手を繋ぐことだった。
というわけで、今回も僕とユーリは手を繋いでいる。
見た目だけならユーリは幼い子供だけど、実年齢は14才以上。つまり僕と同世代という可能性も無くはないわけで。
それを意識すると、やっぱりこうしているのは恥ずかしい。
「それにしても、本当にいないな。魔物」
「そうだね……確かにこれは、何か起こってるとしか思えないね」
気を紛らわすために、話題を振る。
とは言っても、実際気にはなっていた。
中層では上を見れば結構な確率でコウモリ型の魔物、ソーブがぶら下がっていたり、遠くの壁をシャランツやネイトが這っていたりしていたんだけど、ここではそれが全くない。
耳を澄ましてみても、聞こえるのは僕とユーリが洞窟内を歩く足音だけだった。
遠くの方を見ても……
「……あれ? 今、向こうで何か光らなかったか?」
「え?」
視線を向けた先、暗闇だったところが一瞬、赤く光ったような……
僕の言葉に、ユーリも洞窟の奥の方をじっと見つめる。
すると次の瞬間、目の前に赤い光の壁が現れた。
現れた赤い光の壁は、ぐんぐんとこちらに近づいてくる。
「え、ちょ」
ろくに身構えることもできないうちに、光は僕たちを飲み込むと、そのまま風のように後方へと去っていく。
後には再び、暗闇が残っていた。
「……なんともないな」
自分の身体を触ってみても、特に異常はない。
一応害のあるものじゃなかったみたいだけど……一体何だったんだ?
「今のってもしかして……」
けれどユーリは、何かに気づいた様子で考え込むと、突然顔を上げて言った。
「ボク、この先は一人で見てくるよ。セツナはここで待ってて」
ユーリはそう言って、僕の手に光を発する水晶と、紙に包まれた3つの玉を渡してきた。
「それがあれば、ボクがいなくても明かりは大丈夫。3つの玉は、危なくなったときに使って。閃光玉といって、地面に叩きつけると強い光と音が出るんだ。万が一魔物が出ても、普段暗闇で暮らしてるここの魔物相手なら、その玉は有効だよ」
「ちょ、ちょっと待って。なんで急に……」
突然早口でまくし立てたユーリに、僕がわけを聞こうとしたときにはもう、ユーリは洞窟の奥へと足を進めていた。
「……行っちゃった」
ユーリに置いてかれた僕は、動くわけにもいかないので、じっとユーリの帰りを待つことにした。
いくら魔物を見かけないからって、全くいないと決まったわけではないのだ。
レークの森のシャランツには勝ったが、あれは最弱クラスの魔物。ここの魔物と相対して無事でいられるほど、僕はまだ強くない。
「ユーリ……急にどうしたんだろう」
ユーリの駆けていったほうを水晶で照らす。
どういう原理で光っているのかわからないが、この水晶もユーリの魔法のように、僕の周りを日向のような明るさにしてくれていた。
その代わり、光の届かない通路の奥はより一層深い闇に包まれる。
そんな暗闇の中に目を向けていると、ふと足音が聞こえてきた。
「ユーリ……?」
僕の問いに、足音の主は答えない。
まさか……魔物!?
とっさに閃光玉と、腰に下げていた黒い剣を取り出す。
前回と違って、武器も道具も、未熟だけど戦闘技術もある。勝てはしなくとも、閃光玉の音を聞いたユーリが駆けつけてくれるまでの時間稼ぎはできるだろう。
けれど覚悟を決めた僕の予想とは裏腹に、暗闇の中から現れたのは不思議な格好をした少女だった。
少女はまっすぐ僕を見つめると、口を開く。
「あなたは我々に敵対しますか?」
……は?
一瞬意味がわからず固まってしまう。
こんな洞窟の中で、初めて出会った人に向かって突然「敵対しますか?」なんて尋ねるものだろうか。
改めて少女の顔を見ても、無表情で何を考えているのかわからない。
対応に困って黙ったままでいると、再び少女が口を開く。
「返答がありません。精霊語での呼びかけに切り替えます」
僕が首をかしげていると、少女の口から聞きなれない言葉が紡がれる。
「レイアメアネイ、カリアタキメルトウア」
……駄目だ。今度は聞き取ることすらできなくなった。
とりあえず敵対の意思が無いことだけは伝えておこうと、口を開く。
「えっと……よくわからないけど、敵対するつもりはないよ?」
「現共通語での応答を確認。敵対の意思が無いことを了解しました」
ちゃんと伝わるか不安だったけど、一応わかってくれたようだ。
余計な誤解を生まないよう、閃光玉をしまい剣を腰に戻す。
ファッションなのか少女の身体には金属の装飾がついていて、淡々とした口調とも相まってどこかサイボーグのような雰囲気を感じさせる。
そんな不思議な少女は、相変わらずの無表情で僕に言った。
「これより先は我々の管理する領域です。引き返してください」
「えっ……」
我々の管理する領域? この先に集落でもあるのだろうか。
でもそんな話は一度も聞かなかったし、こんな危険な場所に人が住んでいるとも思えない。
なにより、もうユーリがこの先に進んでしまっているのだ。僕だけ戻るというわけにもいかない。
そのことを少女に伝えると、返ってきたのは信じられない言葉だった。
「領域内に魔王ユーリ・ミノユイアの存在を確認しました。あなたの同行人はユーリ・ミノユイアであると推測します」
驚きのあまり言葉を失う。
……なんでこの子、ユーリが魔王だと知ってるんだ?
動揺する僕と裏腹に、少女の翡翠色の瞳は何の感情も映していなかった。




