効果なしと魔王
「えっと……魔王って、どういうこと?」
僕の問いに答えたのは、ユーリではなく盗賊のレキだった。
「お前、知らずに一緒にいたのかよ! 魔王ユーリ・ミノユイアって言ったら、13体いる魔王の中でも別格の強さを誇る、最古参の魔王だぞ! ……ははっ。そりゃ≪捕縛≫が効かなくて当たり前だわな……」
達観したようにどこか上のほうを見上げる彼を背に、ユーリが言う。
「……レキくんの言うとおりだよ。ボクは瞬生種の魔王、ユーリ・ミノユイア。怖がらせちゃうかと思って黙ってたんだけど、こんなに早くバレちゃうとは思わなかったな」
そう言って自嘲気味に俯くユーリ。
その姿は幼い外見に見合わない哀愁を漂わせていて、なるほど確かにどこか魔王らしい雰囲気を感じさせた。
「騙すつもりは無かったんだよ? ただちょっと一人旅が寂しいと思ってたところに、魔王どころかスキルのことすら知らない君が現れて、もしかしたら魔王だって気づかれないまま一緒にいられるかもって思ったんだ。だからその…………ごめん」
ユーリが申し訳無さそうに頭を下げる。
その肩から白銀の髪がサラリと流れ落ちた。
「えぇっと……」
気まずい雰囲気の中、僕は口を開く。
「魔王って正体がバレたら一緒にいられなくなるのか?」
「セツナが望むならすぐにでも……」
「いや、そういうことじゃなくて!」
僕の言葉を違う意味に捉えてそうなユーリを、慌てて制止する。
「確かにユーリが魔王って聞いて驚いたけど、正直魔王とかよくわからないし、僕としては右も左もわからない場所に置き去りにされるほうが問題なんだけど……」
その言葉にユーリが顔を上げる。
「じゃあ、これからもボクと一緒にいてくれるってこと?」
「むしろお願いします」
僕の返事を聞いたユーリの顔が、パッと明るくなる。
「そっか! そっかそっか! よかったぁ、もうダメかと思ったよ。今までボクが魔王だって知った人は、みんな怖がって逃げていっちゃったからね。また化け物呼ばわりされるんじゃないかと心配で心配で……」
心底安心したという風にユーリが胸を撫で下ろす。
「それにしても、よく『物見の水晶』なんて高級品を持ってたね。相手のスキルを見ることのできるあの水晶があれば、ボクが魔王たる証、スキル≪魔王≫を持ってることもわかっちゃうもん。本当に焦ったよ」
そう笑いながら語るユーリとは対照的に、盗賊のレキはどんどん青ざめていく。
「も、申し訳ありませんでしたっ! まさか、大魔王ユーリ様とは知らず、とんだご無礼を……」
「……ボクってそんなに怖いかな……?」
ユーリが少し傷ついたように僕に問いかける。
それに追い討ちをかけるように、
「『理不尽魔王』と呼ばれ、七災の一人に数えられる大魔王が目の前にいるのに、怖くないほうがおかしい!」
レキが僕を指差しながら言った。
「う……うわぁぁぁん! セツナぁ!」
泣きついてきたユーリの頭をなでる。
僕の胸に顔をうずめる姿は、見た目相応の少女だ。
……まあ、駆け寄ってくるときの動きが速すぎて見えなかった事については、深く考えないようにしよう。
「ところで、俺ってやっぱり殺されるのか……?」
恐怖で僅かに声を震わせながら、レキが言った。
その様子は、さっきまでとは正反対のしおらしい印象を与える。
外見から考えて、おそらく僕より年下だろう。低めの身長も、小動物的な雰囲気を感じさせるのに一役買っていた。
「だからボクはそんなことしないってば!」
ユーリが発したその言葉にさえビクッと身体を反応させる姿は、流石にちょっと可愛い……じゃなくて、可哀想だった。
というかユーリのあれは嘘泣きだったのか? 何事も無かったかのようなユーリの態度に、実はあまり気にしてないんじゃないかと疑いを抱いてしまう。
「それに、レキくんの水晶も壊しちゃったしね。何か代わりになるものはあったかな……?」
そう言いながら明後日の方向を見るユーリ。きっと≪空間収納≫を探っているんだろう。
「……ああ、これなんかいいかも」
何かを見つけたのか、そう呟いたユーリの手元には透明なレンズが握られていた。
「それは……?」
「『真透の魔鏡』っていう、まあ『物見の水晶』の高性能版みたいなものだよ。形は違うけど使い方は水晶と同じで目に翳して相手をみるだけだからね」
そう説明して、レキの手に魔鏡を握らせる。
「これは中々にレアなアイテムだよ〜。ちょっとやそっとの隠蔽スキルじゃその『真透の魔鏡』には効かないからね。それで水晶を蹴り飛ばしたことはチャラにしてくれると嬉しいんだけど……」
座り込んだままのレキに、優しく語りかけるユーリ。
対するレキは、自分の掌に置かれているそのアイテムを見て、
「あ……」
「あ?」
「姉御と呼ばせてくださいっ!!!」
洞窟中に反響する大きな声で、そうのたまった。
「あ、姉御……」
ユーリがなんとも言えない表情で、レキの言葉を反芻する。
「魔王に手を出したのにこんな……俺、こんな風に誰かから物をもらったことなんてなかったから、なんて言ったらいいかわかんないけど、とにかくその……姉御っ!」
「は、はひっ!」
ユーリが間の抜けた返事をする。
「このご恩は一生忘れません! ありがとうございました!」
「こ、こちらこそっ!」
慣れない呼ばれ方で完全に調子が狂っている様子のユーリ。
それがなんだかおかしくて、思わず笑ってしまった。
「むぅ……何も笑わなくても……」
頬を膨らませるユーリ。
「ほら! さっさといこ!」
そのままごまかすように歩き出す。
苦笑しながら後を追うと、ユーリはふと思い出したように振り返って言った。
「じゃあね、レキくん。もし何かの縁があれば、また会えるかもね」
少女らしい笑顔で小さく手を振るユーリに、レキも照れたように手を振り返す。
この世界にやってきて初めてのアクシデントはどうやら平和的に解決できたようだと、僕は嬉しそうな表情で隣を歩く少女を見て思ったのだった。