効果なしと傷ついた少女
「できるだけ短期間で、多く稼げる仕事……ですか?」
「うん。ランクはどんなに高くてもいい。長くても10日以内に終わりそうな仕事で、何かないかな?」
冒険者ギルドに到着した僕らは、まっすぐにセルビアさんのもとへ向かった。
取り置きの期限は20日間だ。それにミースさんの衰弱ぶりも心配だし、急がないといけない。
「ランクを選ばないのなら、丁度いい仕事があります! Bランクのお仕事で、報酬は金貨10枚。それも、仕事を受けた人数分支払うそうです」
金貨10枚!?
僕がいつも受けているFランクの仕事とは桁違いの報酬だ。この仕事一回で足りない金額の大半が補えてしまう。
ただ、ランク的にこの仕事を受けられるのはユーリだけだ。
僕は一番低いFランクだし、道中聞いた話だとレスティアさんはDランクらしい。
「Bランクとしては十分な報酬だし、パーティごとに一括で支払ってもいいのに、それを人数分……ずいぶんと気前がいいけど、どんな内容なの?」
「ライラーク風穴の下層と上層で起きている異変の調査です」
ライラーク風穴と聞いて、身体が硬直する。
あそこでトカゲ型の魔物、シャランツに殺されそうになったのは僕にとってはトラウマだ。
「異変って……何が起こってるの?」
「魔物が極端に少ないんだそうです。実際に下層や上層から帰ってきた人の話だと、全くいないと言っても過言じゃない程だとか」
「あれ? 僕たちが行ったときは、ソーブとかシャランツとかがいたよな?」
実際、殺されかけているのだ。忘れようもない。
ギルドに調査が依頼されるということは、それなりの日数続いているのだろう。
僕たちが帰ってきた直後に異変が起こったのか?
「違うよセツナ。ライラーク風穴は上層、中層、下層に分かれていて、この間ボクたちが行ったのは中層なんだ。ライラーク風穴は強い魔物の生息地として有名だけど、中層はその中でも比較的危険度が低い。次に上層。最も強い魔物が多く危険なのは下層だって言われてる。たぶんこの仕事がBランクなのもそれが理由だと思うけど……それにしたってランクが高すぎる。調査の仕事はランクを低めにして人数を集めるのが定石なのに、Bランクじゃ一流とかベテランとか言われる一握りの冒険者しか受けられないじゃないか」
「それはですね……」
セルビアさんがカウンターから身を乗り出して、周りの目を気にしながら声を潜める。
「実は、数年前にも似たような現象が起きてるんです。そのときはライラーク風穴の上層だけだったんですけどね。ユーリさんのおっしゃるとおり、低めに設定されたDランクの仕事として調査してくれる人を募ったんですが……その仕事を受けたAランクの冒険者が、行方不明になったんです」
ユーリとレスティアさんの顔に驚愕の色が浮かぶ。
Aランクといえば、Sランクに次いで2番目に高いランクだ。
セルビアさん曰く、受注できる冒険者がほとんどいないSランクの仕事が出ることはまずないので、Aランクが実質的な最高ランクなのだという。
冒険者が仕事中に行方不明になるというのは、死んだというのとほぼ同義だ。
二人が驚くのも無理はない。
「数年前の異変はその後すぐに収まったのですが、だからといって今回依頼を出さないわけにはいきません。レークの街は周囲が魔物の生息地である中、奇跡的な立地で発展した経緯があるので、魔物たちの勢力バランスには敏感なんです。このお仕事も、レーク政府からの正式な依頼なんですよ」
「なるほど、どおりで報酬がいいわけだ。……じゃあ、ボクとセツナの二人で受けるよ」
「ちょ、ちょっと待って! 僕まだFランクだよ?」
Bランクの仕事を、最も低いFランクである僕が受けられるはずがない。
そう思ってユーリを止めると、僕以外の3人はきょとんとしていた。
「ああ、そういえばまだお教えしてませんでしたね。低ランクの方でも、仕事のランクより高いランクを持つ冒険者さんと一緒なら受けることができるんです。たとえば今回のように、Bランクのお仕事でもAランク以上の冒険者さんとパーティーを組むことで、Cランク以下の方でもお仕事を受けることができます。ただし、高ランクの冒険者さん1人につき、低ランクの方も1人までしか仕事は受けられません。もともと低ランクの方を守るためにあるのがランク制度ですから」
得意気な表情で説明するセルビアさん。受付嬢らしい仕事ができて嬉しそうだ。
「といわけだから、レスティアちゃんは一緒にいけないけど……大丈夫かな?」
「そうですね……私が受けた指示は『ユーリ様がレークの街にいる間、動向を監視する』というものですから、街の外に出るこの仕事なら問題ないでしょう。私も、無報酬で危険な場所には行きたくないですからね」
苦笑しながらレスティアさんが言う。
『ユーリがこの街にいる間』というのは、多分『滞在している間』という意味なんだろうけど、そこはあえて触れないでおこう。レスティアさんもわかってて言ってるはずだ。
「それでは、ユーリさんとセツナさんお二人の名前でお仕事を受け付けます。でも気をつけてくださいね? Aランク冒険者の件を抜きにしても、ライラーク風穴はこの辺りで最も危険な場所なんですから」
「うん。ありがとう、セルビアちゃん」
心配そうな表情を見せるセルビアさんにお礼を言い、僕たちはギルドを後にしたのだった。
「行かないでくださいっ!!」
夕食時。
ギルドで受けた仕事の話をした途端、突然ライオの様子がおかしくなった。
普段はおとなしいライオの大きな声に、辺りがしんと静まる。
「ら、ライオちゃん……?」
ユーリも驚いた様子で、ライオの様子を伺っている。
ライオは自分が注目されていることに気づくと、はっとした様子で頭を下げた。
「す、すみません……でも、お願いですからライラーク風穴へは行かないでください。あそこは駄目なんです。あそこに行ったら……」
不自然に揺れて途切れるライオの声。
顔を見ると、その頬を一筋の涙が伝っていた。
「……すみませんっ……!」
耐え切れなくなったのか、そう言って走っていくライオ。
後に残された僕たちは、わけもわからないまま黙っていることしかできなかった。
「フォード……ライオちゃんはどうしちゃったの? ボクたちなにかまずいことした?」
厨房から様子を見に来たフォードさんに、ユーリが尋ねる。
「……前にライオが仲良くなった冒険者がライラーク風穴で行方不明になった話はしたな?」
「うん。今でも引きずってるって……」
「お前達が聞いた『ライラーク風穴で行方不明になったAランク冒険者』っていうのは、おそらくそいつのことだ。Aランクなんてそうそういるもんじゃないから、まず間違いない」
ライオにとってライラーク風穴がどんな場所なのかは、この間のライオの反応からよくわかる。
しかも今の状況は、当時とよく似ているらしい。ライオが取り乱すのも無理はないかもしれない。
「もしかしてライオちゃんって、誰かがライラーク風穴に行くたびにあんな調子なの?」
「まあライラーク風穴に行こうとする奴自体、あまりいないんだが……そうだな。夕食時なんかにライラーク風穴の話題が出たり、あとは誰かが帰ってこなかったりって話を聞くと、ライオはいつも不安定になる」
フォードさんの言葉を聞いたユーリは、少し考え込んだ後、真面目な顔で言った。
「ちょっとライオちゃんと話がしたい」
「ここがライオの部屋だ」
フォードさんに連れられてやってきたのは、ルーフの宿一階の奥にある、フォードさんやライオが住んでいる部分。
今回のようなときは大抵、ライオは部屋に閉じこもるのだという。
まあ閉じこもると言っても呼べば出てくるらしいのだが。
「ライオちゃん。ちょっといいかな」
ドアの前に立って、ユーリが呼びかける。
すると少しの間を置いて、ドアが開いた。
「ユーリさん……?」
開いたドアから顔をのぞかせたライオの目は赤く、髪も少し乱れていた。
ライオは目の前に立つユーリと、少し離れて様子を伺っている僕、それからフォードさんを見て、目を擦った。
「あ……すみません。すぐ仕事に戻ります」
「ちょっと待って、そうじゃない。ボクはライオちゃんに言いたいことがあって来たんだ」
僕たちが仕事の催促に来たと勘違いしたのか、仕事に戻ろうとするライオをユーリが引き止める。
ライオの目線が自分に向いたのを確認すると、ユーリは胸に手を当てて言った。
「ボクはSランク冒険者なんだ。ライラーク風穴へは行くけど、無事に帰ってこれる。だから安心してほしい」
Sランクという言葉を聞いて、ライオの目が見開かれる。
けれど、安心してという言葉と裏腹に、ライオの目には再び不安の色が浮かんでいた。
「あの時も……あの時だって、Aランクだから大丈夫……そう言って、あの人は出て行ったんです! Sランクだからって、絶対に大丈夫だって保障はないじゃないですか!」
そう叫ぶライオの瞳は大きく揺れていて、今にも泣き出しそうだった。
そんなライオの様子を見て、ユーリは何かを言おうと開きかけた口を閉じる。
ためらうように視線をさまよわせ、何かを考えているようだった。
けれど、決心したように再びライオを見据える。
「ライオちゃん、ボクは……」
一瞬言葉を止めて、チラリと僕の方を見る。
ユーリの考えがわからず僕が首を傾げるそばで、ユーリは言った。
「ボクは魔王、ユーリ・ミノユイアなんだ」
ライオの目が先ほど以上に大きく見開かれる。
僕も驚いていた。あんなに魔王だとバレるのを恐れていたユーリが、自分から正体を明かすなんて……
「これが何かわかる?」
驚くライオに、ユーリがどこからともなく透明な玉を差し出す。
「物見の水晶……」
「それでボクのスキルが見られる。確認してみて」
言われたとおりにライオが物見の水晶を目にかざす。
当然そこにはユーリが魔王だという真実が映し出されるだろう。
「ボクは魔王ユーリ。『理不尽魔王』なんて呼ばれてる。ボクは理不尽なんだ。そんなボクが、ライラーク風穴なんかでやられるわけないでしょ?」
自信ありげに小さな胸を張るユーリ。
けれど、その顔はどこか強張っているように見えた。
きっと今ユーリが感じている感情は、優越などではなく、拒絶されることに対する『恐怖』だろう。
それでもライオに本当のことを言ったのは、ライオの不安を取り除いてあげたいという、ユーリの優しさゆえなのだろう。
そんなユーリの決死の告白を受けたライオは、その場にぺたんと座り込んでしまった。
そして、呆けたような顔でユーリを見上げると、ぽつりと口を開く。
「絶対に……帰ってきてくれますか……?」
それは拒絶でも恐怖でもなく、身を案ずる言葉。
ユーリが恐れていた事態にはならなかったという証明で。
「もちろん! 絶対に、だよ!」
そう答えるユーリは、清々しい笑顔を浮かべていた。