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効果なしと監視

 朝日の差し込む宿屋の一室。

 まどろみから浮かび上がるように、僕は目を覚ました。

 ぼやける視界も、何度かまばたきをすると鮮明になっていく。

 だんだんと周囲を認識し始めた僕の目の前には、白銀の美しい髪とユーリの寝顔があった。

 幼いながらも整った顔立ち。いつもはツインテールにしている髪も、今は解かれている。あどけなさの中にかすかに見える大人っぽさが、将来はより美しい女性になることを予感させた。

 恐怖の魔王も、寝顔はまだ子供だな……


 ……ってそうじゃないだろ。


 なんでユーリが僕のベッドに!?

 やっと動き始めた脳が、朝っぱらから高速回転する。

 昨日寝る前に何があった。どうしてユーリが僕のベッドに……あ。

 そうだ、思い出した。

 ユーリを起こさないよう、そっとベッドから抜け出す。

 本来ユーリが寝ているはずのベッドに行くと、そこには銀色の猫耳がいた。

 そうだ。ユーリのベッドはこの少女がいて使えなかったから、ユーリが床で寝るとか言い出したんだ。

 さすがにユーリを床で寝かせるのは気が引けるので、僕が床で寝ると言ったら今度はユーリが反対して、なんやかんやで一緒に寝ることになっちゃったんだ。

 まあ見た目だけならユーリはどう頑張ったって小学生くらいにしか見えないから、妹みたいなものだと思えば普通かもしれないけど、実際は14才のライオより年上なのだ。それを考えるとどうしたって緊張する。

「……起きるか」

 朝から思い切り頭を回転させたので、とても二度寝するような気分じゃないし、なによりユーリが寝てるベッドに再び潜り込むだけの勇気を僕は持ち合わせていない。

 すーすーと寝息を立てる二人の少女を起こさないようにそっと部屋を出ると、偶然、隣の部屋のドアも開くところだった。

 今まで隣の部屋には誰も泊まっていなかったはずなので、昨日の夜あたりに誰かがチェックインしたのかもしれない。

 せっかくだし挨拶でもしようと思い、開いた扉の方を向く。

「おはようございま……」

 けれど出てきた人物を見て、僕は言葉の途中で固まってしまった。

 隣の部屋から出てきたのは、僕とユーリが昨日出会ったばかりの人物。

「レスティアさん……?」

 青髪の冒険者、レスティアさんだった。




「なんでレスティアさんがここに?」

 夕食のときに使う一階のテーブルで、向かい合って座るレスティアさんに尋ねる。

 今はライオもリックさんも仕事の最中なのか、ここにはいない。朝早い時間なので他の宿泊客もおらず、僕とレスティアさんの一対一だ。

「私も、この街にいる間はレーク守備隊に所属していますが、一応は冒険者の端くれですので宿泊場所は街の宿です。ユーリ様やセツナ様とこうして会えたのも何かのご縁。どうせならご一緒させていただきたいと思いまして……」

 なるほど。昨日の話し合いで僕達の泊まっている場所は教えてあったので、こうしてやってきたってわけか。

 納得する僕だけど、そこに横から割り込んでくる声があった。

「要するに、監視役だね」

 声の主は、いつものツインテールで階段を下りてくるユーリだった。

「おはよう、ユーリ。今日は早いんだな」

「セツナのおかげでぐっすり眠れたからね」

 そう言って、笑いながら僕の隣に座るユーリ。

 そこに、レスティアさんが慌てて反論する。

「ゆ、ユーリ様! これは決して監視というわけでは……」

「違うの?」

 食い気味にユーリが尋ねる。

 言葉を失ったレスティアさんとユーリは少しの間じっと見つめ合っていた。

「……何か問題があれば報告するように、という指令は……受けております……」

 あ、折れた。

 耐えられなくなったのか、目をそらしながら言うレスティアさんをユーリは優しげな顔で見ている。

 その表情はまるで子供を諭す母親みたいだった。まあ見た目的には諭されてるのは母親の方なんだけど。

「その……やはり認めていただけませんでしょうか……?」

 おそるおそるといった感じでユーリの方を向くレスティアさん。

「認めない。……って言ったら、困るのはレスティアちゃんでしょ? いいよ。下手にスパイとかを送られるよりずっとマシさ」

 ユーリはそう答えると、優しく微笑んだ。

 それを見て、ほっと息を吐き出すレスティアさん。

 けれど、ユーリの言葉はそこで終わりではなかった。

「ただし、一つお願いがあるんだけど……」

 表情を強張らせるレスティアさんに、ユーリは口を開いた。




「着きました。ここです」

 朝食を食べた後、僕達はレスティアさんの案内でとある宿屋の前にいた。

 ユーリのいうお願いというのは、「ミースという人物について調べて欲しい」というものだった。

 確かに、レークの街の治安を守っている守備隊の力があれば、今まで以上に『ミース』探しがはかどるだろう。

 そんなユーリの頼みを快く引き受けてくれたレスティアさんに連れてこられたのが、この宿屋なのだ。

「ミースという人物については存じ上げませんが、例の少女と面識がある以上、少女の所有者であるラウラエル家の当主が何か知っていてもおかしくないでしょう」

 つまりここが、ギルド前で少女に暴力を振るっていたあの貴族が泊まっている宿屋ってわけか。

 貴族が泊まっているという割には、ぱっとしない……良くも悪くも「普通」の宿だ。

「ラウラエル家の当主、オーガン・レガード・ラウラエルはユーリ様のお怒りを買った重要人物として、監視対象となっていました。先日、馬車で街を出たのですが盗賊に襲われたらしく、馬車も壊れてしまいやむを得ずこの街に戻ってきたそうです。保護という名目で、彼にも私のような監視役がついています」

 あ、もう監視役だってことは隠す気がないみたいだ。

「今、彼の監視を担当している者と話を通してきますので、少々お待ちください」

 そういうとレスティアさんは、一人で宿の中へと入っていった。




「私に会いたいというから誰かと思えば、ただのガキと……ま、魔王ユーリ……様!?」

 うわぁ、いかにも後付けっぽい「様」だな……

 戻ってきたレスティアさんに連れられて部屋に入ると、そこにはギルド前で見たあの貴族、オーガンがテーブルに座ってこちらを見ていた。

 ……正直、あんな光景を見せられたおかげで僕がこの人に対して抱いている印象は最悪だ。あまり好き好んで会いたい相手ではないけど、情報のためだし、こればっかりは仕方ない。

 僕の後に続いて入ってきたユーリを見て、オーガンは隣に立つ監視役と思わしき男性に詰め寄る。

「ど、どういうことだっ! 私を保護してくれるんじゃなかったのか!」

 監視役の男性はレスティアさんと違い、他のレーク守備隊の人と同じ服装をしていた。どうやらレスティアさんの本業が冒険者というのは本当らしい。

「大丈夫。別に君をどうこうしようと思って来たわけじゃないよ、えっと、オーガンくん……だっけ? 今日は君に聞きたいことがあってきたんだ」

 両手を広げて、危害を加えるつもりはないとアピールするユーリ。

 そんなユーリの様子を見て、オーガンはしぶしぶといった様子で再びテーブルに戻る。

「オーガンくん、ミースって名前に聞き覚えはない?」

「知ら……知りません」

「本当に?」

「本当だ! い、いや、本当です! 嘘をつく必要なんてないでしょう!」

 必要以上に怯えた様子で話すオーガン。

 魔王としてのユーリを間近で見た以上仕方ないのかもしれないけど、ユーリの優しい少女としての一面を知っている僕としては、ここまであからさまに怯えられるとちょっと腹が立つ。僕の抱いてる第一印象が悪いせいなんだろうけど、やっぱりこればかりは仕方が無い。

「君が一緒に旅してきた人の中にも、ミースって名前はいなかった?」

「ぶ、部下の名前などいちいち覚えてはいません。ああそうだ! そういうのを任せている者を呼びましょう! お、おい! 早く来ないか!」

 オーガンが隣の部屋に向かって叫ぶと、間もなくして部屋の扉が開いた。

「お呼びでしょうか。旦那様」

 入ってきたのは、黒い服で全身を固めた、いかにも執事といった感じの男性だった。

 元々高齢なのだろうが、やつれているようで余計に老けて見える。

「ユーリ様が、ミースとかいう人物を探しているらしい。知っていることをすべて教えて差し上げろ」

「はぁ……私の知る限りでは、ミースというお方に心当たりはございません。今回、旅に同行している者、護衛の者、そして国に残してきた者の中にもミースという名前の者はおりません。オーガン様の周囲で私も名前を知らない者がいるとしたら、奴隷くらいしか心当たりがございませんが……」

 奴隷か……

 確かに、あの少女がオーガンの奴隷である以上、ミースもオーガンの奴隷である可能性は十分ある。

 あれ? そういえば、あの少女はオーガンの奴隷のはずなのに、なぜレークの森にいたんだろう。

 ……まあいいか。とにかく、オーガンの奴隷を一人ずつ確かめていけば、ミースという人物も案外すぐ見つかるかも知れない。

 けれど、そんな僕の期待は次の言葉であっさり砕かれることになった。

「ただ、仮に奴隷の中にミースなる人物がいたとしても、奴隷の大半は先日盗賊に襲撃された際に逃げ出してしまいましたので確かめる術はこざいません。残ったわずかな奴隷も、帰国のための資金として奴隷商に売却してしまいましたので……」

 そうか、あの少女もその時逃げ出した奴隷の一人ってわけか。

 でも、もしミースも逃げ出した奴隷の一人だとすると、探すのはかなり骨が折れそうだ。

 少女を治療したときのフォードさんの口ぶりや実際入ってみた感じから、レークの森はだいぶ広い森なんだろう。

 あの少女を見つけたのも偶然だったし、少女と同じくらいミースも衰弱しているとしたら、僕達が見つける前に力尽きてしまうかもしれない。

 ユーリもそれがわかってるのか、難しい顔をしている。

「奴隷を売却した場所ならお教えできますが、いかがいたしましょう?」

「そうだね……お願いするよ。話を聞いた限りだと、しらみつぶしに探さないといけなそうだ」

「左様ですか。では、紙に書いてお渡ししましょう。少々お待ちください」

 そう言って部屋を出て行く執事さん。

 その様子を見ていると、再びオーガンが口を開いた。

「さあ、これでお教えできることはすべてです。紙を受け取ったら、もうお帰りになられるのですよね?」

「うん、そうだね」

 ユーリの返事に、安心したという表情を見せるオーガン。

 ……やっぱり僕、この人が嫌いだ。

 そんな不快感を胸に、僕は宿屋を後にしたのだった。




 オーガンの泊まっている宿屋を出てすぐ、僕達はもらった紙に書かれている奴隷商の場所へと足を運んだ。

 もし誰かに買われてしまった後だとやっかいなことになるので、できるだけ早いほうがいいというユーリの判断だ。

 奴隷商というからには、スラム街のような場所にあるのかと思っていたけど、僕の予想に反して、立地はいたって普通だった。

 見た目も決して汚いわけではなく、むしろ他の店と比べてきれいなくらいだ。

「レークの街に住んでいる人々の多くは、奴隷という制度にあまり肯定的ではないのですが、貿易で栄えた土地である以上やはり奴隷の売買も盛んになってしまうようで……」

 そう言うレスティアさんの顔も、不快な思いを抱いているのが伝わってくる。

 元いた世界の感覚から、奴隷というものをなかなか受け入れられない僕だけど、この世界でも同じような思いを抱いている人は多いみたいだ。

 どこか安堵する気持ちを感じながら、店の扉を開く。


「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でしょうか」


 僕達を出迎えたのは、これまた奴隷商というイメージに合わない爽やかな男性だった。

 まあイメージに合わないという点では、幼い少女に世間知らずの少年、レーク守備隊所属の女冒険者と、僕達も大概なんだけど、奴隷商の男性がそれを気にしている様子はなかった。

「ミースという名前の奴隷を探してるんだけど、ここにはいないかな?」

「はぁ、名前でのご指名とは珍しい。そうですね、ミースという名前の奴隷でしたら一人だけおります」

「ほ、本当に!?」

 僕が思わずそう尋ねると、奴隷商は少し驚いた様子で答えた。

「え、えぇ。先日入荷したばかりの奴隷なのですが、なにぶん傷がひどく……よろしければ、ごらんになられますか?」

 僕は二つ返事で頷くと、奴隷商に案内されて、店の地下室へと入っていった。

 



 地下室は、僕のイメージしていた通りの奴隷商といった感じで、冷たい石と鉄格子で仕切られた牢屋に、奴隷達が数人ずつ閉じ込められている。

 奴隷達は男や女、子供や大人などの違いで牢屋ごとに分けられているようで、そのほとんどが生きた屍のような表情をしていた。

 そんな奴隷達を横目に見ながら歩いていると、一つの牢屋の前で奴隷商が足を止めた。

「こちらの奴隷がミースになります」

 牢の中を見ると、満身創痍といった状態の少女達が数人、横たわったり壁にもたれかかったりしていた。

 その中でも奴隷商が示したのは、一際怪我の目立つ黒髪の少女。

 焦点の合わない目を虚空に向けながら横たわる姿は、本当に生きているのか怪しくなるほどだった。

「あの、ミース……さん」

 僕が呼びかけると、少女の視線がこちらに動く。

 よかった……ちゃんと生きてるみたいだ。

 この少女が僕達の探していた『ミース』なのだろうか。

「ミースさん。あなたは銀髪の少女を知っていますか? 元オーガンの奴隷で、獣人種と瞬生種の混血の……」

 今思うと僕があの少女について知ってることも本当に少ないけど、あの少女を知っているならこれで伝わるだろう。

 そう思って反応を見ると、黒髪の少女は大きく目を見開いた。


「……あの子は、生きてるの……?」


 そう言いながら少女は全身傷だらけの身体を起こすと、どこかすがるような目でこちらを見つめた。

 奴隷である彼女たちの間に何があったのか僕にはわからないけれど、その問いに対して僕が伝えるべき言葉は一つだ。

「生きてます」

 僕の言葉を聞いた少女は、身体が限界だったのかその場に崩れ落ちる。

 けれど、その表情にはさっきまで微塵も感じられなかった生気が宿っていた。


「よかった……本当に……」


 弱々しくも、曇りの無い純粋な笑顔。

 それは、目の前の少女が僕達の探していた『ミース』であるという何よりの証明だった。

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