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効果なしと黒い剣

 打ち合いの音が鳴り響く剣戟。

 まあ持っているのは剣ではなく木の棒なんだけど、剣の訓練であることは確かだ。

 物凄い速さで迫ってくる木の棒を、横から叩くようにして弾く。

 軌道の逸れたユーリは、勢いはそのままに僕の背中側へと回り込む。

 僕が振り向くと、ユーリの放った枝先は既に僕へと向かってきていた。

「……っ!」

 半ば脊髄反射的に、木の棒を持った右手を一閃する。

 コン、と小気味いい音が響いて、驚きの表情と共にユーリが体勢を崩した。

 反撃するなら絶好の機会だろう。

 けれど、僕は攻勢には転じず力を抜く。

 元々これはユーリの繰り出す攻撃をかわす訓練なので、反撃してもいいのか迷ってしまったのだ。

「……驚いたな。まさかここまでやるとは思わなかったよ」

 同じく力を抜いたユーリが、困ったように笑いながら言う。

「今のは瞬生種でもエリートって呼ばれるレベルのスピードだよ。それをたった数日の訓練でギリギリとはいえ防いでみせるなんて、かなりの才能だと思う」

 最強の魔王から送られる称賛の言葉に、少し照れてしまう。

 こんな危険だらけの世界でやっていけるのか不安だったけど、なんだか自信が出てきた。

「ただ、力がだいぶ弱いかな。今はボクが力をあまり入れてないからいいけど、実際に打ち合ったらいくら反応が早くても力で押し負けちゃうよ。それに技量も足りてない。あと息が切れるのもちょっと早いね」

「……上げて落とすとか酷くないかな」

 手のひらを返すように浴びせられる指摘の嵐に、がっくりとうなだれる。

 落ち込んだ僕の様子に、ユーりが困ったような笑みを浮かべた。

「ああごめんごめん。でも、反応速度は本当にすごいよ。天才と言っても過言じゃない。筋力とか体力とか基礎的なところがまだまだ不十分だけど、逆に言えばそれだけ伸びしろがあるってことだよ」

「……そ、そうなのか」

 ユーリのフォローで、また少し自信が出てきた。我ながら単純だと思う。

 僕が気を取り直したのを見て、ユーリが手を差し出してくる。

 次の瞬間、その手には剣が握られていた。

「さあ、次は実戦だよ。いつまでもネイトばかりじゃ成長できないからね。今日はいつもと場所を変えよう」




 ユーリにつれられてやってきた場所は、森だった。

 森とは言ってもまだ入り口なので、後ろを振り返ると今まで訓練をしていた山道が目に入る。

「ここはレークの森。昼間は明るいし、出てくるのは弱い魔物ばかり。まあ弱いとは言ってもネイトほどじゃないから、気をつけないと怪我するよ」

 ユーリが僕の方を向いて説明してくれる。

 なるほど……ここでネイトより強い魔物と戦うのか。

 自然と剣を持つ手に力が入る。

 今は鞘に入っているけど、ここ数日、この剣で何匹もネイトを倒してきた。

 初めは一匹倒すのも全力で、それなりに時間もかかっていたけど、最近では調子がよければ一撃で倒せるようになった。

 今ならネイトより多少強い魔物が来ても倒せる気がする。いや、きっと倒せる。

「……よし、行こう。ユーリ」

 しっかりと決意を固めて、森への一歩を踏み出した。




「…………」

 僕は無言だった。

 森の中に入って間もなく。僕は早速第一の魔物と出会った。

 本来なら気合十分に剣を構え、相手に斬りかかっているはずだ。

 はずだったのだが……

「…………」

 剣を持つ手は僅かに振るえ、鞘から抜くことすらしていない。

 僕の額を、一筋の汗が伝っていった。

 そんな僕の様子を見たユーリが、怪訝そうな顔をする。

「セツナ、どうしたの?」

「いや、だってあれ……」

 僕の言葉を聞いて目の前の魔物を眺めたユーリが、思い出したように言う。

「ああ、そういえばライラーク風穴で……」

 そう、今僕の目の前にいるのは、ライラーク風穴でユーリとはぐれたときに出会ったトカゲ型の魔物だ。

 こいつが飛び掛ってきたとき、僕は死を覚悟した。事実、ユーリが来なかったら死んでいただろう。

 あのときの感覚が蘇ってきて、身体がどんどん緊張していく。

「この魔物はシャランツ。この辺りでは割とどこにでも生息してる魔物だけど、生息してる場所によって強さが全然違うんだ。ライラーク風穴のシャランツは身体も大きいし動きもすばやい。おまけに毒まで持ってるけど、ここレークの森のシャランツはそれとは比べ物にならないほど弱いよ。ボクは、今のセツナなら十分倒せる相手だと思う」

 僕の脇に立ってユーリはそう解説してくれる。

 言われてみれば、確かにライラーク風穴で見たのよりも小さい気がする。

「どうする? やめておく?」

「……いや、やる。倒してみせる」

 大丈夫、今は武器もあるし、ユーリに訓練も受けた。

 剣を鞘から抜き、身体の前で構える。

 大きく深呼吸をして、一瞬息を止めた後、

「やぁぁぁっ!」

 声を上げながらトカゲ型の魔物、シャランツに向けて突進していった。

 僕がもといた世界のトカゲなら、こんなことをすれば驚いて逃げていくだろう。

 けれど人間の子供程もある目の前の大トカゲは、逃げるどころか口を開いて威嚇してきた。

 大口を開けるその頭へ、剣を振り下ろす。

「おりゃあっ!」

 掛け声とともに振り下ろした剣は、シャランツのいかにもトカゲらしい動きですばやくかわされてしまった。

 意外と重い剣を空振りしたおかげで、身体が前へと持っていかれる。

「おっと」

 僕が体勢を整えている間に、横に回りこんだシャランツは僕へと飛び掛ってくる。

 剣を振り上げることによってそれを弾き飛ばすと、シャランツはわき腹に切り傷を負いながら地面へと落ちた。

 そこへ追撃、あわよくばとどめを刺してしまおうと剣を振りかぶる。

「……っ」

 けれど、鉄の塊である剣は思った以上に重く、実際に振り下ろす動作に入ったのは自分の思っていたタイミングより大幅に遅れた後だった。

 その遅れた攻撃をシャランツは間一髪でかわす。そして次の瞬間には、僕に向かって牙を見せながら飛び掛ってきていた。

 再びの空振りで前のめりになっていた僕に、それをかわすことなんてできるはずもなく。


 噛まれる!


 そう思って身構えていた僕の耳に、ドンという破裂音が聞こえた。

「……え?」

 風が駆け抜けたかと思うと、僕に迫っていたシャランツの姿は消えていて、そこに白銀の髪がたなびいていた。

 目だけを動かして左の方を見ると、木に叩きつけられて息絶えているシャランツの姿。

 またユーリに助けられたのだと理解するまでに、少し時間がかかった。

「……セツナ、その剣って重い?」

 こちらを見ずにユーリが尋ねる。

「ああ……ちょっと、重いかな」

 僕がそう答えるとユーリは一つため息をつき、困った顔で僕の方を向いて言った。

「そっかぁ……武器の重さまでは気が回らなかったな。他の剣もいくつか出してみるから、セツナにあった剣を探してみようか」

 そう言って次々と剣を出現させては地面に置いていくユーリ。

 その様子を見ながら、僕は内心悔しさを感じていた。

 ユーリが僕でも十分勝てると言った魔物に勝てなかった。またユーリに助けられてしまった。

 最弱の魔物(ネイト)に勝てるようになったくらいで、何を強気になっていたんだろう。

「……はぁ」

 意図せずため息が漏れる。

 そんな僕の様子を見たユーリが、剣を出す手を止めて僕の方を向いた。

「そんなに落ち込まないでよ。セツナはまだ冒険者になって数日なんだよ? 普通なら植物採集とかから始めるところをいきなり魔物と戦ってるんだし、勝てなくたって仕方ないんだよ」

「うん……ありがとう。ユーリ」

 必死に僕を励まそうとしてくれるユーリに、沈んでいた心がいくらか軽くなる。

 ちなみに、ユーリが僕を助けてくれるときの動きが速すぎて、訓練を受けた僕の目でもほとんど追えなかったことも僕が落ち込む理由の一つなんだけど、それは黙っておいた。




「どう? いいのあった?」

「うーん……どれもイマイチしっくりこないなぁ……」

 ユーリが≪空間収納≫から出した数十本の剣。

 なんでそんなに持ってるんだとツッコみたい気持ちを抑えながら、それぞれ手に持って素振りしてみたけれど、どれも決め手にかけていた。

「ユーリが持ってる剣って、これで全部なのか?」

「うーん……あとはこういうのかな」

 そうユーリが言った直後、その手に僕の身長を超えるほどの大剣が現れる。

 刀身が地面につくと、ズンという振動が足元から伝わってきた。

 重みで剣の先が地面にめり込んでいる。

「……遠慮しておくよ。僕の方が潰されちゃいそうだ」

「あはは……だよね」

 ユーリも苦い笑いを浮かべて手に持った大剣を消すと、腕を組んで明後日の方向を見た。

 これはユーリが≪空間収納≫を探っているときによくやる仕草だ。

 ユーリはしばらくその状態でいたけれど、突然驚いたように目を見開いた。

「これは……」

 そう呟くユーリの手には、今までのものよりも小ぶりな一本の剣が握られていた。

「そっか……これがあったか」

「ユーリ?」

 剣を見つめたまま動かなくなったユーリに声をかけると、ユーリははっとした様子で僕の方を振り向いた。

「ああごめん。なんでもないんだ。セツナ、この剣も使ってみる?」

 そう言ってユーリが剣を差し出してくる。

 僕はそれを受け取ると、その軽さに驚いた。

「なんだこれ……すごく軽い」

 黒色で光を反射する刃を触ってみると、感触は確かに金属だ。だけど、まるで全体がプラスチックでできているかのように軽かった。

 刃渡りは僕の脇と脇の間くらいで、さっきまで使っていた剣に比べるとだいぶ短い。

 振り回してみてもかなり手に馴染む。

「……よさそうだね。じゃあその剣でもう一度シャランツと戦ってみようか」




「……よし。いってくる」

 新しい剣を手にシャランツを探すと、数分とかからずに見つかった。

 今度は怯えることなく、すぐに剣を構えてシャランツと対峙する。

 剣のリーチが短いのが不安だけど、おかげで空振りしても身体が持っていかれることはないだろう。

「やぁっ!」

 掛け声とともに、シャランツへと駆けていく。

 シャランツも僕を敵と認識したのか、先程と同じく口を広げて威嚇してきた。

 その口へ向けて、剣を振り下ろす。

 リーチが短いのでかなり近づくことになるけれど、ユーリに褒められた僕の反応速度なら反撃されても大丈夫だ。そう自分に言い聞かせて恐怖を押さえ込んだ。

 僕に威嚇が効かないと悟ったらしいシャランツは、僕の斬撃を避けようとすばやく横へと逃げる。

 攻撃が空振りに終わった僕は、今度は剣につられてよろけることもなく、すぐに体勢を立て直すことができた。

 すばやくシャランツが逃げたほうを向き、再び対峙する形になる。

 数瞬の間睨み合うと、シャランツは僕の顔めがけて飛び掛ってきた。

「くっ……」

 突然の顔への攻撃に、思わず避け方が大げさになってしまう。

 よろけながらもシャランツに向けて剣を持った右手を一閃すると、確かな手ごたえがあった。

 地面に落下したシャランツを見ると、人間でいうわき腹の位置に深い切り傷ができていて、動きもだいぶ鈍くなっている。

 とどめを刺すなら今だと、一気に距離を詰めてその首に剣を突き刺した。

 その瞬間、シャランツの動きが激しくなる。

 口を開き、手足を動かして暴れようとするのを、必死で押さえつけていると、だんだんと動きはゆっくりになり、やがて動かなくなった。

「…………」

 本当にもう動かないか確認しながら、恐る恐る剣を抜く。

 そして数歩後ずさりしてから、やはり動かないようだとわかると大きく息を吐いた。

「はぁー……」

「お疲れ様。お見事だったよ」

 ユーリが労いの言葉をかけてくれる。

 その言葉を聞いて、勝ったという達成感とともに一つの疑問が浮かんできた。

「ユーリ、この剣って何なんだ?」

 切れ味もよく硬いのに、とても軽い剣。

 あまりの使い勝手のよさに、尋ねたくなってしまった。

「その剣は……ボクの大切な人が使ってた剣なんだ」

 ユーリが僕の手の中にある剣を見ながら言う。

 その目は何かを懐かしむような目で、なんとなくここではないどこかを見ているような気がした。

「じゃあ、この剣は返したほうがいいか」

「いや、それはセツナに使ってほしい。ボクにはその剣は軽すぎるんだ。その剣でセツナが自分を守れるなら、その剣はセツナに持っていてほしい」

 ユーリにそう言われて、僕は自分の手元に視線を落とす。

 黒く輝く刀身。この剣の持ち主だった人は、ユーリの旅の理由になった人だろうか。

 名前も知らない誰かに、思いを馳せてみた。




 シュランツを倒した僕は、ユーリと一緒に森の出口に向かって歩いていた。

 共に戦ったあの黒い剣は、今は僕の腰につけてある。

 今までよりも強い相手に勝利し、新しい武器を手に入れた僕は足取りも軽く、森の景色を楽しむ余裕すらあった。

 そうしてしばらく森の中を進んでいると、ふと左の草むらから少し白い布のようなものがはみ出しているのを見つけた。

 興味本位で近づいてみると、白い布はボロボロだけど、どうやら服のようだった。

 そして、草むらの中にはそのボロボロの服を着た一人の少女。

「ゆ、ユーリ! 人が倒れてる!」

 慌ててユーリを呼ぶと、とりあえず首に手を当てて脈を確認する。

 ……よかった。どうやら生きてるみたいだ。

「あれ? この子って……」

 僕の声を聞いてやってきたユーリが、少女の顔を見て言う。

「あっ!」

 僕も思わず声を上げてしまった。

 少女は水色の髪に猫のような耳を持ち、白い肌をしている。


 この子は確かに、ギルドの前でユーリが助けた奴隷の少女だった。


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