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効果なしと旅の理由

「あ、セツナさんにユーリさん! お帰りなさい!」

 ルーフの宿の扉を開けると、僕たちの姿を見たライオが駆け寄ってくる。

 それを横目に見ながら何気なくテーブルのほうに目を向けると、なるほど確かに宿泊客以外の人が何人か食事をしていた。

 これから夕食時だし、もっと増えるだろう。

 これじゃ宿屋というより飲食店だと僕が苦笑いを浮かべていると、ユーリから今夜分の宿代を受け取ったライオが思い出したように言う。

「そういえば、お二人ともお怪我はありませんでしたか? なんでもギルドの辺りに魔王が現れたとか――」

 またその話か!

 外の様子といい、どうやら街中の噂になっているみたいだ。

 どう誤魔化そうかと僕が身構えていると、店の奥からフォードさんが顔を出して言った。

「ライオ、そろそろ忙しくなりそうだ。厨房に入ってくれ。ユーリたちも、もう飯にするだろ?」

 ユーリが頷き、ライオが店の奥に消えていく。

 た、助かった……僕が受け答えしてたら、いつか絶対ボロが出る。そんな自信がある。

 ほっと胸をなでおろし、適当に人のいないテーブルを選んで座る。

 そこで、ふと気になることが出てきた。

「そういえばフォードさん、ユーリが魔王だって知ってるのか?」

 顔を寄せて小声で尋ねる僕に、ユーリも声を潜めて答える。

「いや、ボクは話してない。でも、ボクがただの瞬生種じゃないってことは、一緒に仕事してた頃から薄々気がついてるみたいだよ」

「そうなのか……」

 フォードさんはユーリが只者じゃないと知りながら、それでも普通に接している。

 きっとみんなが怖がっているのは『ユーリ』じゃなくて『魔王』なんだ。

 テーブルの向かいに座るユーリは、どう見てもただの幼い少女だ。性格だって優しいのを僕は知っている。

 なのに、少し姿を現しただけで兵士まで出てくるような大騒ぎだ。

 ユーリが正体を隠さなくても、普通に人と接することができるようになってほしい。僕を救ってくれた優しい少女を、もっとみんなに理解して欲しい。

 そんな想いが僕の中で渦巻いていた。だけど――

「ん? セツナ、どうかした?」

 じっと顔を眺めていたせいか、ユーリが首をかしげながら尋ねてくる。

 なんでもない、とごまかして顔をそらす。

 ユーリの赤い瞳。瞬生種の特徴らしいその瞳は、僕が見てしまったユーリの別の姿を思い出させる。

 ライラーク風穴や今朝のギルド前で見せた、相手に恐怖を植え付ける魔王然とした姿。

 たしかにユーリは、人々が恐れる『魔王』だ。

 でも、きっとその力が僕たちに向けられることはない。

 ユーリは魔王である以前に、一人の女の子なんだ。

 優しいユーリを知って欲しい自分と、恐ろしい魔王を知ってしまった自分が反発しあって、僕の頭をかき回す。

 そんな僕の葛藤は、夕食が終わってからもずっと続いていた。




「なあユーリ」

 夜。夕食後、部屋でくつろぎながら、ユーリに声をかけた。

「ユーリはどうして旅をしてるんだ?」

 今までは自分のことで精一杯で、してこなかった質問。

 でも今日の街の様子を見たら、疑問に思わずにはいられなかった。

 ただ住人の前で名前を言っただけ。姿を見せただけなのだ。なのに、ここまでの大騒ぎ。

 外套を準備していたということは、これが初めてではないのだろう。

 正体がバレると人々から拒絶される。それがわかっているのに、なぜ旅を続けるのか。

 それが無性に気になった。

「ボクが旅をしてるわけ……か……」

 遠い目をして、ユーリがつぶやいた。

 少しの沈黙の後、ユーリは口を開く。

「ボクが旅をするのは、なんとなく……かなぁ」

「……なんとなく? わけも無く旅してるのか?」

 あまりに拍子抜けな答えに、思わず僕が聞き返すとユーリは慌てて手を振った。

「ああ、違う違う! 目的が無いってだけで、理由はちゃんとあるんだよ。ボクの旅の理由……ボクが生きている理由と言ってもいいかな」

 真剣な顔でユーリが言う。

 こういう顔をするときのユーリはいつも大人びているというか、本当に外見に見合わない雰囲気を纏っている。

「セツナは知ってる? この世界はさ、すごく広いんだ。ボクはいろんなところを旅して、いろんな物を見た。星の降る丘、空を飛ぶ船、海の上の街……話し始めたらキリが無い。でも……」

 そこでユーリは一旦言葉を切る。

 わずかに俯くその顔には、浅く翳りが差していた。

「でも、そんな景色を見たくて見たくてたまらなくて、それでも見られずに死んでいった人たちがいるんだ。まだ見ぬ世界に夢を見て、夢のまま終わらせてしまった人が。最期の瞬間まで、この世界に思いを馳せていた子が……」

 ユーリの声はだんだん小さくなって、やがて消えてしまった。

 その表情は白銀の髪に隠れてわからないけれど、ユーリが語っているのは誰か特定の人物のような気がした。

 しばらく何も話さない時間が続いて、ユーリが思い出したように再び口を開く。

「つ、つまりボクは、生きたくても生きられなかった人たちの代わりに、この世界を旅してるんだ。それが、今を生きてるボクのするべきことだと思ってる」

 顔を上げてそういうユーリの表情には、さっきまでの沈んだ様子は残っていなかった。

 それは幼い少女でも、恐怖の魔王でもない、ユーリ本来の姿なんだろうと、そう思った。

「まあ、そういうわけで旅の目的地とかそういうものはないから、今はセツナの記憶を取り戻すための旅かな」

 そう言ってユーリは笑顔を見せる。

 ユーリの言葉は嬉しいけど、なんだか複雑な気持ちになって僕は曖昧な笑みを返した。

「さ、そろそろ寝ようか。明日も特訓しないと、ネイトを倒せるくらいじゃまだまだ冒険者としてはやっていけないよ!」

 そう言いながら寝る準備を始めるユーリに倣って、僕も立ち上がる。

 明かりを消してベッドに入ると、辺りはとても静かになった。

 窓から入ってくる薄明かりに照らされた、何の変哲も無い天井を眺める。

 今日は、ユーリの意外な一面をいくつも見た。

 ユーリは具体的なことを何も語ってくれなかったけど、きっとその小さな身体にたくさんの想いを抱えているんだろう。


 僕はまだ、ユーリのことを何も知らないんだな……


 波のように静かなまどろみの中で、僕はずっとそんなことを考えていた。




 そして翌朝。今日も今日とて妙に早く目が覚めた僕は、することもないので、またライオに何かしらの情報でも貰おうと思って宿の階段を下りる。

 でも、一階に下りてみると、そこにいたのはライオではなく、

「あ、ども。おはようございます」

 見知らぬ男の人だった。

 見た感じだと僕よりも少し年上、眩しい笑顔が茶髪に映える爽やかな青年だ。

 その手にはほうき、傍らには水の入った桶がある。宿の従業員なのだろうか。

「えっと……ライオいますか?」

 この宿にフォードさんとライオ以外の人がいるとは思わなかったので、少し動揺しつつ尋ねる。

 まあよく考えれば、いくら小さいとはいえ二人だけで宿を経営していくのは厳しいものがあるだろう。

 僕の質問に、青年は手に持っていたほうきを壁に立てかけてから答える。

「お嬢なら朝食の準備中っすね。呼んできましょうか?」

「いえ、ならいいです。特に用があるわけでもないので」

 お嬢という呼び名に若干違和感を覚えながらも、仕事中らしいライオの邪魔をするわけにはいかないので、青年の申し出を断って手近なテーブルに腰掛ける。

 朝の澄んだ空気を味わいながら、やはりすることがないので掃除を再開したらしい青年の様子を眺めていると、僕の視線に気づいた青年が声をかけてきた。

「もし暇なら、話し相手になるっすよ? あ、ちなみに俺はここで働かせてもらってるリックっていう者っす」

 にこやかに言う青年もといリックさん。

 ライオ以外からの情報も必要だと思ったのと、なによりその爽やかな笑顔に好感が持てたので、僕はリックさんに自分が記憶喪失なのを話すことにした。




「なるほど、それは大変っすね……でも申し訳ないっすけど、記憶喪失の治し方について知ってることは無いっす」

 ユーリの正体のことと、僕が異世界から来たことの二点を省いた今までの経緯を話すと、リックさんはそう言って首を横に振った。

 まあ記憶喪失の治療法なんて、知っている人の方が少ないだろう。

「でも倒れていたのがセーク平原でよかったっすね。セーク平原はあの辺りで唯一の安全地帯っすから。すぐ近くのアルミレア樹海なんかで寝てたら、数時間も持たずに死んでたかもしれないっすよ」

「そ、そうなんですか……」

 リックさんの言葉に、今更ながらゾッとする。

 そういえばユーリも初めて会ったときに「寝てた場所が安全なところでよかったね」と言っていた。

 どうしてあの場所で倒れていたのかの記憶は無いけど、まさかそこまで幸運なことだったとは。

 魔物といい盗賊といい、この世界はいちいち死の危険と隣り合わせで困る。

「あ、そういえば……」

 今の話題で、昨日疑問に思っていたことを思い出した。

「魔王の関係で、人が死ぬことってあるんですか?」

 昨日、ユーリが旅をする理由を聞いてから、気になっていたこと。

 ユーリは死んでいった人たちのために旅をしていると言った。

 ユーリの……魔王の周りで、何があったのだろう。

「そういえば今この街に魔王が来てるらしいっすし、そりゃ気になるっすよね」

 リックさんは少し勘違いしてるみたいだけど、都合がいいのでそのままにしておく。

「まあ……魔王も"王"っすからね。国を治めてる以上、人の死とも関わりは深いんじゃないっすかねぇ……実際、今も戦争中の魔王領はあるっすよ」

「えっ、魔王って国を治めるんですか!?」

 当たり前のように新事実を語るリックさんに、僕は声を大きくする。

「そうっすよ。あー……記憶喪失だとその辺りの記憶も消えちゃうんすね。魔王は世界に13体いて、国を治めていないのは3体だけっす。今この街に来てるのは、その国を治めていない少数派の魔王っすね」

「ああ……魔王全員が王様ってわけじゃないんですね」

 ユーリがどこかの国を治めてるのかと一瞬びっくりしてしまった。

 まあ本当に王様なら、旅なんてできないよな。

「あとは魔王関係で人が死ぬって言ったら、やっぱり魔王大戦っすかね」

「魔王……大戦?」

 今まで以上に物騒な『大戦』という言葉に、ゴクリと喉を鳴らす。

「その名の通り、魔王がきっかけで起こる世界を巻き込んだ戦争のことっす。きっかけはどこかの魔王が他領に攻め込むとか、新しい魔王が誕生したとかいろいろあるんすけど……1体で世界すら滅ぼすなんて言われる魔王が、世界中で同時に何体も戦うわけっすから、そりゃあ物凄い数の人が犠牲になるんすよ。実際、世界が滅んだって言えるほど荒廃したことは何度かあるらしいっす」

「…………」

 リックさんの話に、返す言葉が思い浮かばない。

 魔王が恐ろしいという話は何度も聞いていたけど、流石にこれは予想外だった。

 そもそも魔王が一人で世界を滅ぼすという言葉に驚いた。ということはつまり、魔王の中でも最強なんて言われてるらしいユーリにも、それくらいの力があるのだろう。

 あの小さな身体にそんな力が宿っているなんてちょっと信じがたい。

「その魔王大戦っていうのは、今は起こってないんですよね?」

「当たり前じゃないっすか! もし今が大戦中なら、この街だってただじゃ済まないっすよ! 最後の魔王大戦は、もう300年も前の話っす」

 300年か……ならユーリとは関係ないかな。

 いや、でもあの外見でライオより年上らしいし、ライオが生まれるより前にフォードさんと仕事をしてたってことは、下手したら僕よりも年上かもしれない。

 ならもしかしたら魔王大戦の経験も……?


 ――まさかね。


 あり得ないと頭を振る。

 でも、ライオより年上という時点でユーリが見た目どおりの年齢でないのは確かだ。

 時折見せる雰囲気といい、ああ見えて人生経験は豊富なのかもしれない。

「ほんと、何歳なんだろうな……」

「セ〜ツ〜ナ〜?」

 突然背中から聞こえた声に、油の切れたロボットのような動作で振り返る。

「ゆ、ユーリ……」

 振り返った先には、満面の笑みを浮かべるユーリ。

 けれど、その笑顔はなんだか顔に張り付いているようで、どこか不気味だった。

「誰の年齢が気になるのかな? もしかして……ボク?」

 顔に笑顔を貼り付けたまま、ユーリはコクンと小首を傾げる。

 その動作は可愛い。でも、周りに漂う空気は恐ろしい。

 そんなギャップが、僕の額に冷や汗を浮かばせた。

「女の子の年齢を気にかけるなんて失礼……だよ?」

 その言葉に、僕は「あはは……」と曖昧な笑いを返す。

 ユーリの有無を言わさない迫力に、僕の疑問は封印せざるを得ないのだった。

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