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メランコリック・ヴァンパイア  作者: しーやん
第一章 目覚め編
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「……レイラ。当てられてるよ」


 瑠璃の声で意識が現実に戻る。自分は今何をしているんだっけと辺りを見回すと、そこはいつも通りの教室で、教壇には歴史の教師がた。


「おいおい次はお前かよ!?この一週間いつも寝るヤツがいなくて安心して授業ができてたのになあ」


「すみません」


「まあいいけどよ」


 レイラは小声で謝って、教科書に目をやる。彼女にしては珍しくこの一週間は心ここにあらずの状態が続いていた。なぜならこの一週間、小野純平が学校に来ていないからだ。担任によると、急な怪我で入院したということだった。相楽紅葉もまた病欠で学校に来ていない。


 そもそもあの転校生は何かがおかしかった。転校初日から純平にしつこく絡み、しかも純平は嫌々ながらも相楽について行くのだ。さらに恭弥まで取り込んで、お昼は食堂にも来なくなってしまった。


 二人が休みなのは偶然ではない。レイラは先週の土曜日、隣町で二人が楽しそうに買い物をしているところを偶然見てしまったのだ。レイラにとって相楽は邪魔な存在だった。突然現れてすべて台無しにされた。その上街で買い物をしている二人を目撃するなんてとんだ不幸だ。あまりのショックに買い物を諦めて帰宅したが、そこでテロがあったことを知ったのは家についてからだった。


 怪我とは本当だろうか。実はあのテロに巻き込まれたのではないだろうか。あの時あのまま買い物を続けていれば、そして相楽に構わず話しかけに行けばこうならなかったかもしれない。そんな思いを胸に秘めたまま一週間がたっていた。


「レイラ、今日はいつもよりぼーっとしてる。大丈夫?」


「え?ああ、大丈夫よ」


 お昼休み、いつも通り食堂で瑠璃と向かい合って席に座る。瑠璃はあまり表情が豊かではないが、それでも心配しているということがレイラにはわかっている。


「オレもまぜてー」


 恭弥がいつものオムライス定食をもって声をかけてきた。


「いやあ、純平がいないとさあーつまんないよね」


「だれも座っていいなんて言ってないんだけど」


「いいじゃんべつに!オレらのなかでしょ!」


 勝手に瑠璃の隣に座って、さっそくオムライスにスプーンを突き立てる。


 この三人は中学から仲が良い。レイラは幼稚園から私立に入っていたが、家が近かったためたまに遊んだりしていて、中学からは瑠璃も恭弥も私立に入ったため、三人でいることも多くなった。


「恭弥、純平くんがどうしてるか知らない?」


「あー、それがさ、ケータイつながらなくてどうしようもないんだよね」


 恭弥はなにか思うことがあるのか虚空に視線をやっている。オムライスにスプーンを突き刺したままだ。


「……相楽さんに聞けば?」


 レイラは内心ドキッとした。相楽にはできれば頼りたくない。もし彼女が純平のことを知っていたら、自分は絶対立ち直れない。


「残念だけど、オレは紅葉ちゃんの連絡先知らないんだ」


 あからさまに胸を撫で下ろすレイラ。


「大丈夫大丈夫、紅葉ちゃんも可愛いけど、レイラのが勝ってるぜ!」


「なによ、それ?慰めてるつもりだったら余計なお世話よ」


 相変わらず気が強くて負けず嫌いだな、と恭弥は苦笑いする。


「な、なんかごめん。そう言えばお前さ、昔よく言ってた王子サマはどうなったんだよ?高校入ってから、純平ばっかりでその話聞いてないけど」


「ッ!!」


 レイラは顔を真っ赤にすると恭弥を真剣にしばいた。


「いってえ!!」


「その話はしないでよ!!」


「はあ!?お前小学校からあんだけ聞かされてんのに急に何だよ!?」


「だまれ恭弥バカ!!」


 それはレイラが小学校に上がる前のこと。レイラは父親に買ってもらったばかりのランドセルが嬉しくて嬉しくて、入学式は明日でしょと止める大人達の隙をついて外に出た。ピカピカのランドセルは自分が少し大人に近付いた証拠だった。人とすれ違うたびに自慢して、その度に可愛いねと言ってもらえるのが嬉しかった。


 そうして歩いて行くと、近所の川沿いの道に出で、夕暮れが近いからもう帰らなければなんて思いながら、もう少しもう少しと先へ進む。父親と手をつながずに歩くのは新鮮だった。夕日が川面に反射しているのを見ていると、レイラは川上から何かが流れて来るのを見付けた。その小さな塊は、偶然にもレイラの近くで、生い茂る水草に引っかっかって止まる。


「ネコちゃん!!まって、いまたすけるから!!」


 前日は激しい雨だった。そのため川の水はいつもより多く、時たま不気味な渦を巻いていて。レイラは小さな手を必死に仔猫へと伸ばす。しかし、幼いレイラに届く範囲などたかがしれている。


「がんばって!!もう、すこし……!!」

 

 父親から、生き物は大事にしなさいと言い聞かされて育ったレイラは、もとより正義感の強い性格から自分の状況を考えられないほどに、仔猫を助けようと必死になっていた。


「もう、ちょっとッ!!」


 さらに手を伸ばす。あとほんの数センチ、というところでレイラは川に落ちてしまった。


「ッ、はあ、はあ、アプッ…」


 さっきまで夕日を反射するとても綺麗な川だったはずが、今は底無しの闇のように感じられる。幼いながらも、自分が取り返しのつかないことをしたとレイラは思った。あんなに嬉しかったランドセルは、もはや重石でしかない。助けたかったはずの仔猫も、レイラの横を為すすべもなく流れていく。


 だれか、助けて。そう強く願ったまさにその時。レイラの身体は、誰かに掴まれて岸へと引き上げられた。


「おい!大丈夫か!?」


 男の人の優しい声。肩を揺さぶる手は、少し控えめで。でも、自分を見つめる目は必死だ。


「ん、ケホッ、ケホッ」


「はあ、よかった、生きてるな」


 男の人は安堵の表情で肩の力を抜いた。


「お前の猫も元気だぜ」


 びちょびちょに濡れそぼっている白い塊が、元気そうにニャアと鳴く。


「あ、ありがとうございます……」


「いいよ。それより風邪ひくよ」


 レイラは身震いした。春といっても、まだまだ寒い。おまけに日が沈みかかっている。


「送っていってやる。立てる?」


 そういう男の人もびしょ濡れだった。レイラを助けるために、自分も川に飛び込んだのだろう。


「大丈夫。自分で帰れる」


 幼いながらに気を使ったつもりだった。でも、今になって恐怖で足がすくむ。涙が溢れてきて止まらない。本当に死ぬところだったのだ。


「ふぇ、えぐっ、えぐ」


「ほら、おいで。おんぶしてやるから、な?泣いてもいいけど、お前の家教えろよ」


 言われるがまま、レイラは泣きながら背負われ、何回か道を間違え、家につく頃にはもうすっかり暗くなっていた。


「お前明日から小学生なのか」


「そうよ!パパがね、ランドセル買ってくれて、嬉しくて」


「で、一人で見せびらかして歩いてたら、川に落ちたのか」


「み、見せびらかしてなんかないわ!それに、川にネコちゃんがいたから……」


「そか、お前は偉いな。猫もいい人間に出会えてよかったな!」


「ニャア!」


 家の前につくと、男の人から飛び降りて走って玄関をあける。案の定というか、いつの間にか居なくなって帰ってこない娘を心配して、両親は怒ったり泣いたり大変だった。


「こんなに濡れてどこ行ってたのよ!?」


「お願いだからもうこんなことしないと約束してくれ!」


「ごめんなさい。もうしないわ。それよりお兄ちゃんが助けてくれたの!」


 レイラは自分を救ってくれた人を両親に紹介しようと玄関に二人を連れていく。しかし、そこには濡れて泥だらけのランドセルと、濡れそぼった仔猫しかいなかった。


 そんなことが、今から十年ほど前におこった。レイラはこの時救ってくれた男の人が、自分の王子様だと信じて、たくさんの人にこのことを話していた。わかる範囲で探しもした。けれども子どもの記憶などどこまで信用できようか。まして夕暮れ時、ほとんど後ろ姿しか見ていない。しかしレイラは、顔を見ればわかると謎の自信に満ちているから、これに付き合わされる周囲の人間はウンザリだった。恭弥も瑠璃もそのひとりだ。


 この春、レイラは瑠璃と恭弥と高校に進学した。宮高では入試で最高得点だったものが、入学式で新入生代表の挨拶をするのが決まりで、レイラは自分が選ばれるだろうと思っていた。しかし、入学式前日になってもそんな連絡はいっさい来なかった。


 助けてもらった日から勉強も運動も、その他の習い事だって手を抜いたことはない。それも王子様に見合う女になるためだった。だけど、初めて自分より勉強のできるヤツが現れたのだ。新入生で一番は自分でなくてはならなかったのに!


 そうして迎えた入学式。椅子に座ったまま今か今かとその時が来るのをまった。どこのだれかしらないが、今後はもう一番になることは許さない。歯を食いしばっているのを隠しながら待つ。新入生代表の挨拶、と司会が言って一人の生徒がステージに上がる。レイラは彼を見た瞬間、全身に電気が走ったかと思うほどの衝撃を受けた。


 壇上でさわやかな笑顔とともにマイクに向かう彼は、まさしくあの時レイラを助けてくれた王子様だった。


 しかしそんなはずはないのだ。あれから十年はたっている。全く年を取っていないなんてあるはずがない。なにか変わったとしいて言うなら、髪の色が若干暗くなったことだろうか。でも確かに彼だ、あの時と同じ優しい笑顔は間違えるはずがない、とレイラは根拠のない自信に満ちていた。


 その後はあまり覚えていない。自分のなかで生まれるたくさんの疑問に答えが出せないまま、入学式がいつの間にか終わり、瑠璃につれられて教室に入ると同じクラスに恭弥がいて、なぜか恭弥は王子様と親しげに話していた。


 恭弥に言われるまま自己紹介や雑談を交わし、その時彼の名前が小野純平だと知った。新入生代表の挨拶のときも名乗っていた気がするが、正直それどころではなくて忘れていた。


 家に帰ってから、レイラはあの時の王子様だと改めて思った。自室のベッドにうつ伏せになり目をつむる。夕日の中でみた顔は、小野純平に間違いない。しかし、彼は覚えているだろうか。自分も十年でかなり大人びたし、今日話した感じでは気付いてないようだった。それか覚えているが初対面のように振る舞っていただけだなのだろうか。考えれば考えるほど謎だらけだ。


 こうしてレイラの高校生活に目標ができた。それは学年一位になることではなく、小野純平が何者か探ること。それからレイラは、学校ではできるだけ彼と接したし、それ以外では歳をとらない理由をしらべまっくった。が、未だに何もわかってはいない。


 わかったことと言えば、彼を本気で好きになったことだけだ。それを最近転校してきた相楽紅葉はぶち壊そうとしている。純平の隣にいようと、自分がどれだけ努力してきたかも知らないで。ギリッと唇を噛む。


「ご、ごめん。そんなに怒るとは思わなかった」


「え?なに?」


 レイラは恭弥の顔をきょとんとした表情で見た。


「え、じゃねえよ!マジで怒ったかと思った」


「ごめん、ちょっと思い出しちゃって」


 照れ笑いするレイラ。だが、例の王子様のことか、純平のことかはわからないが少し悲しそうだと恭弥は思った。


「そのうちなんとかなるよ。来週、ひょっこり出てくるかもしれないだろ?」


「そうね」


 レイラには待つことしかできない。純平が一体どんな存在で、一体何を抱えて生きていて、果たして自分のことを覚えていてくれるだろうか。できればもう一度、ちゃんとお礼がしたいとレイラは思っていた。


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