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恭弥はその日、他校の友達と街を徘徊していた。土曜日の昼下がりだ。それなりにたくさんの人が出歩いている。最近、駅前の町並みが変わって賑やかになった。寂れた商店街という雰囲気をガラリと変え、おしゃれなショップや大企業のオフィスなどが入る大きなビルが建った。それにともなって、この駅前ロータリーは気軽にショッピングが楽しめる若者に人気の街となった。
「恭弥さー、かわいい子知り合いにいない?」
そんな街の一角で、恭弥たちはたむろしていた。いつもならもう少し人数が多いグループなのだが今日は三人だけだ。彼らは所謂街の不良グループといった感じだが、何か犯罪に関わっているとかそういう類いの話はなく、せいぜい真面目に学校へ行かないなどのかわいらしいものだった。
「オレに言われてもなあ」
ワックスで立たせた金髪をショウウィンドウで整えながら、恭弥に話しかけるのは高山彰斗だ。恭弥と同じ歳で中学からの知り合いだが、特別接点があったわけではなく、ある時街で知り合ったのがきっかけだ。恭弥にはそうやって人と付き合いを増やしていくことができる才能があった。だから、この駅前が商店街だったころから、少し歩けば顔見知りに会うなど交友関係が幅広かった。このグループ連中も、そんな付き合いの中の一つで、暇があればつるんでいたりする。
「あ、ほら、お前の学校で有名なレイラちゃん紹介しろよ!!」
「あー、ムリムリ。絶対ムリ」
恭弥はあきれて溜息をつく。その反応に、彰斗はムッとしてさらに言う。
「なんでだよ?俺だって結構顔はいい方だと思うぜ」
「……そういうところがもうダメなんだよ。レイラはお前みたいなタイプが一番嫌いだと思うな」
「ちょっと同じ学校だからって呼び捨てかよ」
同じ学校どころか同じクラスだし中学も一緒だ、とは面倒で言わない。恭弥はまた溜息をついて言う。
「だいたいレイラにはお気に入りがいるぜ?」
「え、マジか!?」
彰斗がショックを受けた顔で恭弥の方を向く。
「ああ、小野とかいうやつだっけか」
恭弥の横で地べたに座って、スマートフォンをいじっている少年が顔も上げずに言った。
「知ってんのか、晶」
池ケ谷晶は眼鏡をかけ直しながら答える。
「宮高のアイドルだろ?ここら一体の女子中高生に人気の」
宮高のアイドル、なんて聞いたことのなかった恭弥は思わず吹き出した。
「アハハハッ、純平のやつ、そんなこと言われてるのか?」
「ああ、女子どものブログによく出てくる」
「そいつどんなやつなんだ?俺よりイケメンか?」
晶は無言でスマホを彰斗に差し出す。
「……あー、確かにかっこいいわ」
誰かのブログに載せられているその写真には、笑顔で手を振る純平の姿が写し出されている。いささか整い過ぎとも思える、気品すら感じさせる顔立ちに、年相応のさわやかな笑顔がまた女子の心をつかむのだろう。
「ま、そういうこと。ぜんっぜんレベルが違うのさ」
あきらめろ、と彰斗の肩に手を触れる。が、
「いや、これはあくまで写真じゃん?写真写りがめちゃくちゃいいだけかも」
「お前マジでめでたい頭してるよな。恭弥の方がまだいい線いってるぞ」
またスマホに視線を落としながら晶が言う。
「オレ!?」
「あくまでお前ら二人のどちらがかっこいいかと聞かれたらの話だ」
まわりから見れば恭弥は確かにモテる方ではある。しかしそれをいうならこのオタクでネットばかりしている晶も、なぜか女子からかなり人気があった。
「そして残念だが俺をランキングに入れた場合、彰斗、お前は間違いなく一番モテない」
「うるせぇ!だまれこのオタク眼鏡!!」
「オタクに眼鏡のなにが悪い?お前は眼鏡をかけている人はオタクだと決めつけ罵るのか?」
「そ、それは違うけど!!」
「確かに俺はオタクだが眼鏡に罪はないだろう」
確かに、と納得する彰斗を傍目に、恭弥は苦笑いする。こうして毎回くだらないことで二人は言い合いをするが、これまた意味不明な受け答えで丸め込まれるのはいつも彰斗だ。
ぐうの音も出なくなった彰斗が、気を取り直して言う。
「ともかく!!俺は実際に小野を見るまでは認めないからな!!」
「なにを認めないんだ?お前がイケメンじゃないってか?大丈夫だ、お前が認めなくても世間はよく知っている」
彰斗はまたも晶に食って掛かろうとしたが、それを恭弥が止める。
「まあまあ落ち着けよ。そんなに純平にあいたいんなら、今度オレが連れてきてやるよ。アイツが来る保証はねえけど」
「なんだよそれ?」
「なんというか、気分屋なんだよ、多分」
宮高に入学してから恭弥は純平が一番の友達だと思っていた。でも、一度も学校以外であったことはないし、そもそも純平は自分の話をしないのだ。それに、輪の中心にいるようで、実際はまわりの話に合わせているだけで決して自分から近付こうとはしない。話すようになったのはほとんど偶然だったけど、友達だと思っているのは自分だけではないか。そんなふうに思うこともしばしばあった。
そしてこの一週間でそんな思いに拍車がかかる。転校生の相楽紅葉と話す純平は、自分と話す時やその他のクラスメイト、さらにはレイラと話すときでさえ見せたことない表情をするのだ。そりゃ転校生は可愛いけれど。恭弥は純平がそんな理由で態度を変える人間だとは思っていなかった。
「あ。あのさ、そのイケメン気分屋君なんだけど」
物思いに沈む恭弥を尻目に、晶が片手を上げて言った。
「なんだ?」
彰斗も興味を示す。
「たった今、目撃情報が入りましたー」
そう言ってスマホの画面を見ながら、そこに書いてある内容を読み上げる。
「キャー♡宮高のアイドルハッケーン♡嬉しー♡」
感情などいっさいのせずに読み上げられた内容だけど、恭弥も彰斗も脳裏にハートマークが浮かぶ。
「で、これ」
晶のスマホにはSNSに投降されたであろう画像が写し出されていて、その場所は恭弥達がいるところから五分と離れていないカフェだった。
「うわー、こんな高そうなとこ、よく気後れせずに入れるな」
冷めた表情で晶が言う。そう言えば昨日紅葉と純平が買い物に行く約束をしていたことを思い出した。人気の店がたくさんあるこの街まで足を伸ばすのも当然か。しかしこんな画像、レイラが見たら怒るだろうな。恭弥は想像して身震いする。相楽紅葉が転校してきてから、レイラは誰が見てもわかるくらいに不機嫌だ。
「……見に行くぞ」
「は?」
「マジかよめんどくせえ」
彰斗は張り切って拳を上げる。
「なんだよお前らノリが悪いぜ?」
ノリが云々と言われても、恭弥はクラスメイトだし、晶は単純に興味がない。
「今じゃなくていいだろ。あっちはどうやらデート中みたいだし。なあ、恭弥?」
「デートってわけじゃないと思うけど。相楽さん転校生で、純平とは昔海外に住んでたときの知り合いなんだって」
「海外、だとッ!?」
クッソーと彰斗がうなる。
「へえ、ホントに全然スペックが違うんだな。ますます相手になんねえよ彰斗」
「もーいい加減にしろよ晶」
フン、と鼻を鳴らす晶に、恭弥は何度目かの溜息が出る。よくこんなに減らず口が叩けるな、といつも思うが、これで三人とも意外と仲が良い。
「ともかく、俺は行く!!この目で確かめてやる!!そしてレイラちゃんを俺のモノに!!」
「……だってさ。行くぞ恭弥」
「はいはい」
ものすごく不本意だが、もし彰斗が純平になにかしたら自分が間を持たなくてはいけないだろう。そんなことにならなければいいが。
三人は純平がいるらしいカフェ目指して歩き出す。その間も彰斗と晶がくだらない言い合いをしていたが、恭弥は聞こえない振りをする。
ガッシャーンッ!!!!
いきなり、後方のビルからガラスの砕ける凄まじい音がした。
「な、なんだ!?」
辺りにいる人たちが、何事かと後ろを向く。もちろん恭弥と彰斗も驚いて振り向いたが、晶だけはいつもと変わらない気怠げな表情でスマホを見ていた。
「……最近流行のテロらしい」
晶が言うのと同時に悲鳴が聞こえだす。
「せっかくだから見に行こうぜ!!」
「俺もあっちの方が興味ある」
彰斗と晶がビルの方に向かって走って行く。
「ちょ、待てって!!」
伸ばした片手はむなしく空をかいた。
「ああもう!こういう時だけなんで仲が良いんだよ!?」
後を追おうというとき、誰かが背中にぶつかってきた。
「すみませんっ!」
そのまま走り去る人影を、恭弥はどこかで見たことがあるような気がした。まあ、きのせいだろう。似た人間なんて五万といるだろうし。そう考え直した時、またも誰かが背中にぶつかってきた。
そんなに自分は道の真ん中に立っているのだろうか、と反省するが、ぶつかってきた人影は、慌てているのかそのまま行ってしまう。しかし、今度こそ恭弥は確信した。今のは純平だった。ということは、最初にぶつかってきたのはやはり紅葉だったのだ。
「あいつら、どこへ行くんだ?」
恭弥も後を追って走り出す。かろうじて見失わずに済んでいるが、二人ともかなり速い。純平はこんなに足が速かっただろうか。恭弥も純平も運動はできる方だが、普段の体育ではここまで速くなかったはずだ。
二人を追ってたどり着いたのは、テロの現場と思われるビルだった。三階から煙が出ていて、その下の地面にはガラスが飛び散っている。紅葉はビルの入り口に吸い込まれるように入って行き、その後を追って純平もビルに入る。恭弥はそこで少し気後れしてしまった。
このままビルに入って、自分は無事でいられるのか?そもそもなぜ二人はビルに?本当にテロだったらどうする?そうやって考えている間に、パトカーや救急車が到着してしまった。手際よくビルのまわりを包囲し野次馬を追いやる。同時に救急隊員が怪我人を救急車に乗せる。
「恭弥!」
彰斗が野次馬をかきわけ、恭弥のところまで来る。その後ろに晶もいる。
「……どうした?」
本当に純平だったのだろうか。時間が経つにつれ、自分の記憶に自信がなくなってきた。
「あ、あのさ、さっき二人ビルに入ってかなかったか?」
「……いや、なにも見ていないが」
「そっか」
そうして話している間も、警察車両などがどんどん増えてくる。ひときわ目立つ黒塗りのバンが到着すると、その場の空気が緊張する。日本を代表する特殊部隊のバンだ。彼らは統率のとれた動きで隊列を組むと命令を待つ。
その時、ビルから銃声と思われる音が響いた。だんだんと薄れる白い煙の合間から、幾度となく閃光か漏れる。それと同時に、特殊部隊がビルへと突入する。
「すげぇ……」
彰斗は非現実的な事件に声を漏らし、その横で晶がスマホでムービーをとっている。
「晶!それはまずいだろ!?」
「なんで?みんな撮ってる」
そう言われてみると、確かにカメラ片手に事態を見守る人が多かった。不謹慎だと思わないのか、恭弥は納得がいかないが反論もできなくなる。
二度目の銃声が鳴り響く。今度はさっきとは違い連続的だ。が、これはあまり長くはなくすぐに鳴り止んだ。
「さっきの特殊部隊が突入したのかな?」
「いや、今の銃声は部隊が持っていた銃とは違う」
「なんでそんなのわかんだよ!?」
「お前より頭がいいから?」
「んだとコラア!!」
彰斗も晶もこんなときにまでよく言い争いができるものだ。恭弥はいつものように仲裁しようとした、その時。
ガッシャーンと大きなおとがした。白い光がビルの三階から溢れ出し、残っていた窓ガラスがすべて地上に降り注いだ。下から見ていた人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。
「い、今のなんだ?」
「……」
晶はムービーを撮り続けるが、その顔は青ざめている。
「晶?大丈夫か?」
恭弥の言葉にハッとすると、大丈夫、と一言答える。しかしそんな晶に恭弥はなにか違和感を感じたが、ビルの方から人が出てきたため、すぐに忘れてしまった。
ビルから特殊部隊の黒ずくめの姿と、救急隊、それに担架が出て来る。報道関係だろうか、ヘリコプターが頭上を旋回し始め、だんだん騒がしくなってきた。ビルの入り口も警察官によってビニールシートで囲われる。
だが、恭弥は見てしまった。ビニールシートで囲われる寸前、運ばれている担架の後を追う紅葉の姿を。