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メランコリック・ヴァンパイア  作者: しーやん
第一章 目覚め編
6/36

吸血鬼、共闘

 謎に包まれた転校生、相楽紅葉がヴラドのクラスに転校してきた、はや一週間が過ぎようとしていた。


 この一週間はヴラドにとってとてつもなく大変な日々だった。紅葉は学校ではもちろん、登下校までひたすらヴラドに付きまとった。いつも二人きりで歩く姿は瞬く間に学校中に広まり、月島レイラはもちろん他のこっそり純平に思いを寄せている女子生徒がこぞって憤慨した。


 噂の種である紅葉はその無愛想な態度を隠しもせず、クラスメイトから話しかけられるたびに淡々と答えるキャラクターが逆にウケたようで、すっかり人気者になっていた。


「ヴラドさん、それでですね、この問題なんですが……」


「いやだからそれやめろよいい加減」


 本気で何のことかわからないとでも言いたげに首を傾げる。彼女は転校初日に”小野くんと呼びます”と言っておいて、あのあと教室に戻ってすぐに”ヴラドさん”に戻っていた。仕方なく、まわりには”幼い頃海外に住んでいて紅葉とはその時に知り合ったが記憶にない。ヴラドというのはその時のニックネームだ”と、苦し紛れに説明したが幸い紅葉もヴラドも英語ができるため、疑われずにすんだ。


「はあ。その問題は、この公式を使って……」


「なるほど、できました」


 四時間目の授業は数学だった。紅葉はいかにも賢そうな見た目にも関わらず、あまり勉強が得意ではないようで、この日の数学もヴラドが教えてなんとか問題を解いていた。


「これがわかるなんて、あなた本当に人間ですか?ますます怪しいです」


 訝しむ紅葉の言葉に、ヴラドは呆れながら言う。


「なんでそうなるんだ。こんな問題、ちゃんと予習復習しとけばできるだろう」


「……吸血鬼のヴラドさんが予習復習しているところを想像すると笑えますね」


「……それは俺がもし吸血鬼のヴラドだったら傷つくぞ」


 チャイムがなって昼休みに入ると、恭弥がやってきた。


「純平、お昼はどうする?また屋上か?」


「そうだな、今日も天気がいいから屋上にしよう」


 紅葉はもちろん昼休みも離れない。当初はクラスの女子から誘われていたが、ヴラドから離れることはなく、ずっとヴラドと恭弥と一緒に食べている。最初は食堂に行っていたのだが、他の女子からの視線にたえられず晴れの日は屋上、雨の日は教室でとることにしている。屋上にはあまり他の生徒は来ない。それもヴラド達が使うようになってからなおさら誰も来なくなった。


「ヴラドさん、また何も食べないんですか」


「あ、純平いい加減になんか食えよー!」


「恭弥くんの言う通りです。何か食べてください、人間らしく」


 この一週間、ブラドはついつい昼食を用意することを忘れてしまう。今までは食堂で適当に頼めば済んだのだが、自分で用意するのはなかなか面倒だった。コンビニで適当に買えば済む話だがそれも忘れがちだ。


「人間らしくは余計だって……」


 ヴラドは苦笑いを浮かべてぼやく。


「明日はもってこいよ!」


「残念ながら明日は土曜日だ。恭弥はまた補習で学校かもしれないけど」


「あ、そうだった。ってなんで補習のこと知ってるんだよ?」


「マジで補習か……」


「本当だったんですね、補習……」


「もしかして適当に言っただけか!?」


「「……」」

 

 うおおお、と頭を抱える恭弥に哀れみのこもった顔で見つめる二人。顔には出さないけれど紅葉は真剣に勉強しようかと思った。


「ところで、ヴラドさんは明日は何か予定はありますか?」


「いや、別に何もないが……」


 予定があったところで遠慮もなくついてくるだろうことはわかっているので何もないと言っておく。しばらくはジャックのバーにも行かない方がいいだろう。あそこに迷惑をかけたくはない。


「では、私の用事に付き合っていただけませんか?」


「いいけど、どんな用事だ?」


「少し買い物に行きたいのですが、この町のことがまだよくわからないので、ものすごーく長くこの辺に住んでそうなヴラドさんに案内していただけないかと」


 毎回の含みのある物言いにもかなり耐性がついてきたが、それでも一応否定する。


「別にいいけど、そんなに長くは住んでない」


「そういえば純平、引っ越してきたんだっけ?」


 ヴラドはふと、そういえば入学当初、遠くから越してきて一人暮らしだとクラスメイトに言ったことを思い出した。まさかこんな事態になるとは思っていなかったため、適当に話を合わせて言ったこともたくさんある気がするが正直なにも覚えていない。


「引っ越してきたんですか。データではもう五年ほどここに住んでいるとありましたが」


 紅葉がまた余計なことを言ったため、恭弥が首を傾げた。


「……データ?」


「いやなんでもないんだ気にするな恭弥」


「あ、ああ」


 こういう時、恭弥の暢気なところがありがたい。あまり詮索されなくて済む。


「とりあえず、明日は駅前で待ち合わせでもいいか?」


「いえ、迎えに行きます。私が見ていないところであまり出歩かないでください」


「はいはい」


 家は知ってるのか、とか気になることは山程あるヴラドだったが、一週間もたつともうどうでもよくなってきていた。慣れとは怖いものだ。


 ともかく紅葉が来て初めての土曜日は一緒に買い物をすることが決まった。謎だらけで不気味なところはあるが、それでもヴラドは久しぶりに面白くなりそうだと、少し楽しみにも思っていた。












 次の日、ヴラドはチャイムの音で目を覚ました。


「おはようございます、というかもうすぐお昼なのでこんにちは?」


「ふああ」


 紅葉のいつもの無表情に影が差した。


「……もしかして今起きたんですか?」


「なんだよ悪いか?俺は朝が苦手なんだよ」


「吸血鬼だからですか?」


「違うよ!!」


 休日も紅葉は通常運転で、寝起きのヴラドはかなりうんざりした。これが今日一日続くのかと思うと昨日少しでも楽しみだとか思った自分はどこへやら、すでに嫌気がさしてきた。


 とりあえず紅葉を部屋に入れる。入るときに思いっきり睨みながら、何もしないでくださいと言われたが、ヴラドは眉を上げて何食わぬ顔をしておいた。


「はやく服を着てください」


「ハイハイ」


 適当に服を着て、準備をしながら紅葉に言う。


「なにか見たいものでもあるのか?」


「そうですね、とりあえず日用品を揃えたいです」


「じゃ、ちょっと遠いけどこないだできたとこ行ってみる?」


 ヴラドの住んでいる町から少し離れた、といっても電車で二十分とかからないが、最近開発が進んでいる街がある。駅前ロータリーを全面的に改築して、人気のショップや大手企業のオフィスなどを誘致している。その一角に主に日用雑貨を豊富に取り扱っている店がオープンした。


「ヴラドさんについて行きます」


 こうして二人はヴラドの部屋を出て駅まで歩いた。歩いている間会話らしい会話はなかった。こうして学校以外で友達と呼べる存在にあうのは、思えば初めてのことだ。こういう時、人間はどういう話をして間を持たすのだろうか。ヴラドは自分が少し緊張していることに気付いて、なんとなく笑みがこぼれた。


「……なんだか気持ち悪いですよ」


 間の悪いことに見られていた。紅葉は思いっきり眉根を寄せている。


「お前ホントにタイミング悪いよな」


「……よく言われます」


 電車は少し混み合っていた。土曜日の正午前なので、きっと向かっているところはみんな同じだろう。


 紅葉は運良くあいた座席におさまった。ヴラドはその前にたつ。電車はホームを出て徐々にスピードに乗っていく。


「ヴラドさん、今日はありがとうございます」


 じっと目を見て紅葉が言った。


「なんだよ急に」


「突然ヴラドさんのまわりに現れて、迷惑をかけているきがして……」


「今更そんなこと気にするなよ」


 本当に今更すぎる話に溜息が出る思いのヴラドだ。


「もしヴラドさんがヴラドさんじゃなかったら、本当に迷惑をかけていると思います。でも、もしヴラドさんが本当にヴラドさんなら、私を殺したり姿を消したりしないでいてくれてありがとうございます」


 あまり表情にでない紅葉だが、それは心からの言葉だった。なんとなくそう感じたヴラドはあえてなにも答えなかった。


 その後は二人とも黙っているうちに目的の駅についた。駅を出てロータリーを歩く。予想していた通り多くの人が歩いている。


「ヴラドさん、とりあえずお昼にしませんか?」


「ああ、そんな時間か」


 二人は適当に近くのファミレスに入る。窓際の席に案内された。


「なににしますか?」


 メニューを見ながら紅葉が聞く。


「俺はいらないよ」


「なぜですか?何か頼んでください」


 そういえば女性が一人で食事なんて不自然かと思いヴラドも適当に頼んだ。注文を終えると紅葉が言った。


「オムライスですか」


「ああ、いつも恭弥が食堂で頼んでたんだ」


「へえ」


 それからしばらくは無言で、運ばれてきた料理もあらかた食べ終える。ヴラドは少しだけ口にすると後は残した。油の臭いや半熟の卵の生臭さが鼻をついて、味はするけれどやっぱり人間の食べ物は口に合わないなと思った。紅葉はオムライスを口に入れるたびにしかめっ面をするヴラドを、じっと見ているだけで何も言わなかった。


「私が払います」


 お会計の時、ヴラドが財布を出すと紅葉が引き止めて言った。


「いいよ、こういうときは男が出すもんだろ?」


「いえ、今日誘ったのは私の方ですし、それにヴラドさんあまり食べてなかったじゃないですか。吸血鬼におごられるのも癪です」


「なんでだよ!?」


 結局なんとか紅葉を説き伏せて、ヴラドがカードで支払いをした。


「そんな色のクレジットカード初めて見ました」


「……これはまあ、あまりふれるな」


「吸血鬼はお金持ちなんですか。覚えておきます」


「違うって!!」


 ファミレスを出て目的の店に向かう。その店はたくさんの人で賑わっていた。日本ではあまり見かけない北欧風の家具や小物が並んでいる一角もあれば、ニューヨークやパリで見かけるようなものまで幅広い品揃えが人気の店で、比較的女性客が多い。


「ヴラドさん、なんだかかなり目立ってます」


「いや、そんなことない、だろ?」


「そんなことなくないです。一緒に歩く私が恥ずかしいです」


 ヴラドが通るところ、まわりの女性客から小さな歓声が上がる。まるで芸能人でも見たかのような反応だ。吸血鬼は人間を捕食しやすいように、外見に恵まれているものが多い。だから自然と目立ってしまう。なんて説明ができるはずもなく。


「これでもマシな方だって」


「そうなんですか?」


「まあな」


 大昔、フランスで貴族達の舞踏会に罰ゲームで紛れ込んだときはもっとすごかったなあと思い出すが、それも胸の内に秘めておく。


「あ、あれ、可愛いですね」


 紅葉がレース編みの小物を手に取って言った。


「それはイタリアの島で作られている伝統工芸だ」


「そうなんですか。行ったことはありますか?」


「ああ、とても綺麗な島でさ、」


「十六歳にしてイタリアですか?お金持ちなんですね」

 

 じとっとした視線を感じて押し黙る。もう余計なことは言わないぞと一応反省しておくヴラドだった。


 それからしばらくは普通に買い物を楽しんだ。小柄な紅葉はちょこちょこと狭い通路を抜けて行くから、ヴラドは後ろからついて行くのに苦労した。


「まだ買うのか?」


「もう少し見たいです」


 ヴラドは両手にいっぱいに袋を抱えて溜息をついた。雑貨店から出ると時刻は午後三時を少し過ぎていた。


「こういうカフェっておしゃれですけど、なかなか入れませんよね」


 紅葉が急に立ち止まって言った。目線の先にはロータリーの一角の少し高級思考の伺えるカフェがあった。大手企業が多いこの一角で商談などにも使えるようにと考えてのことだろう。


「ちょうどいい、入ってみようぜ」


「でも予算がおりません」


「予算?まあ、俺がおごるから大丈夫だ」


 ヴラドが荷物を持ったまま先にいってしまったので、紅葉はついて行くしかなかった。


 通されたのはテラス席で、きっと場違いに見えるだろうと小さくなる紅葉とは裏腹に、どんなところへいっても自信満々なヴラドがいると、逆にこのカフェの方が安っぽく見えてしまう。彼にはそんな不思議な気品のようなものがあった。

 

「なにか頼みますか?」


「俺はコーヒーで。紅葉は好きなもの頼めよ」


「……はい」


 散々悩んだすえに、ヴラドはコーヒー、紅葉はカプチーノとチョコレートパフェを頼んだ。


 注文通りのものがテーブルに運ばれてきた。


「コーヒーは飲むんですね」


「まあな」


 カップを持って口を付けようとしたとき、表から悲鳴が聞こえてきた。悲鳴は連鎖的に広がって行き止む気配はない。二人は立上がって悲鳴のした方を振り向く。たくさんの人がこちらへ向かって走ってくるのがヴラド達の座っているテラス席から見える。何かから逃げているようだ。


「私見てきます!ヴラドさんはここにいてください!」


「待てって!お前が行く必要はないだろう!?」


 とっさに紅葉の腕をつかむが振り払われてしまう。


「私の任務はヴラドさんを見付けることですが、それ以外に有事の際に人々の安全を確保するというのがあります!だから行かなきゃいけないんです!」


「はあ!?」


 聞き返す前に紅葉はテラスからそのまま外へと飛び出して行った。


「なんだよ!?」


 状況が理解できないまま放っておくこともできないヴラドは、紅葉を追って走り出した。


 問題の現場は、ヴラド達がいたカフェからそんなに離れてはいない商社ビルの三階だった。窓ガラスがわれ、地面に散乱している。割れた窓から白い煙が出ているが、火が出ているわけではないようだ。ビルのまわりでは多くの人間が群れをなしていた。ヴラドは顔をしかめる。怪我をした人間もいるのか血の臭いがした。


「すみませんどいてください!!」


 野次馬の最前列の方から紅葉の声がした。


「紅葉!!」


 ヴラドの声が届くことはなく紅葉は人の波を抜けてビルへ入って行ってしまう。


「クソッ」


 紅葉の後を追ってヴラドもビルにたどり着く。自分のもつ感覚を最大限に研ぎすまして、できるだけ状況を把握しようとする。非常階段を駆け上がる足音は紅葉のものだろうか。それから、六人ほどの足音がするのは煙の出ていたところか。


 ヴラドは非常階段をかけあがる。魔力が使えないわりには体力もある方だと思っていたが、それでも人間にしては速い程度の自分の動きに嫌気がさす。まるで泥沼をかき分けている気分だ。七十年前魔力を封印してからこんなに真剣に走ったことはない。どうせなら五感も弱まればこんなにもどかしい思いをしなくても済んだかもしれないのに。


 三階につくと開け放たれた非常ドアから白い煙が充満しているのが見えた。ヴラドは腕で顔をかばいながら中に入る。うっすらとしか見えない上に鼻も利かない。全神経を聴覚に集中する。そのフロアはいくつかの企業のオフィスらしく、社名の書いたプレートが開け放たれたドアに貼ってあった。


 パパパパ、パパパパ


 ロビーを抜けた先、奥の部屋から軽い銃声がした。サブマシンガンだ。それに応戦するようにハンドガンの銃声が重なる。


 銃声がした部屋の前から中の様子をうかがう。白い煙も少しずつ治まってきていて、かろうじて人影が見える。紅葉の姿は見えないが、先ほど確認した足音のうち、五人は黒い防弾チョッキにガスマスクと完全防備で、おまけに短機関銃を持っているのが二人、残り三人はハンドガンを持っている。もう一人の姿は見えない。


 黒い人影はしきりに部屋の奥を警戒している。まさか紅葉じゃないだろうなと願うが確信はない。なのでヴラドは部屋の奥を確認することにした。


 ヴラドはできるだけ気配を殺して部屋へ足を踏み入れた。所狭しと並ぶデスクの陰に隠れながら少しずつ近づく。その間も膠着状態が続き、どちらも相手の出方をうかがっているようだった。


「紅葉、どういうことだ?」


「ッ!?」


 やっとの思いでたどり着く。白い煙のおかげで男たちに気付かれずに壁際を通ることができた。部屋の奥に隠れていたのはやはり紅葉だった。


「な、なんで来ちゃったんですか!?」


 あくまで小さな声で紅葉はヴラドを怒鳴る。紅葉の手には黒光りするハンドガンが握られていた。ヴラドの視線に気付いた紅葉が、ハッとして手を自分の後ろに隠した。


「そりゃ女の子一人行かせるわけにはいかないだろう。それに状況がよくわからないんだが、それは本物か?」


「……はい。というか、どうやってここまで来たんですか?」


 訝しむ紅葉に、


「ま、気にするな」


 そう言ってにこりと笑いごまかした。隠し事をしているのは自分も同じだと思いそれ以上お互いに詮索することはしなかった。


「で、この男はなんだ?」


 紅葉の隣には、足から血を流している男がうずくまっている。ガタガタと震えるその男は一見スーツを着た普通の人間に見えるが、ヴラドは彼が人間じゃないことに気付いた。


「彼は重要参考人です。その、あまり詳しいことは話せませんが……」


 彼女は申し訳なさそうに目をそらす。


「まあお互い隠していることがあるが……外に出てからにするか」


「……はい。すみません」


「なんで謝るんだよ?」


「いえ、その」


 パパパパッ


 短機関銃がうなる。ヴラドはすっかり忘れていたが、敵は待ってはくれないようだ。紅葉が数発撃ち返すがどちらも牽制しあうだけで、お互いに物陰に隠れたまま状況が変化することはない。


「お、俺はなにもしてねえよ……なんでこんな……」


「黙ってってください!必ず助けますから!」


「んなこと言ったって圧倒的にこっちが不利だろ!?」


 スーツ男は取り乱したように叫ぶ。それが引き金になったようで、ハンドガンを持った黒い人影が二人、物陰から躍り出ていっきにこちらとの距離を詰めようと走る。紅葉が身を乗り出して発砲、しかし命中せずに弾はむなしく通りすぎる。


「紅葉!援護してくれ」


「はい!って、ヴラドさん!?ダメです!!」


 紅葉の制止むなしくヴラドは物陰から走り出る。思わずとった行動だが自分が丸腰だということを忘れていた。自分がいかに魔力に頼って生きてきたかがわかる。七十年面倒ごとを避けるこよばかり考えて生きていたのだが、どうも上手く行き過ぎていたようで体が訛っているのを実感した。それでもハンドガンを持った人間二人くらいなら、倒せる自身がヴラドにはあった。


 機関銃を持った敵は、紅葉の銃弾を恐れて出て来れない。下手に発砲すると、仲間に当たる危険もある。その間に、ヴラドは敵と相対する。敵はヴラドが丸腰なことに気付くと容赦なく発砲するが、人間の反射神経などたかがしれている。動きこそ同程度だがトリガーを握るのは人間だ。動きを把握し狙いを予想して外すことくらい魔力がなくてもできる。


「……すごい」


 端から見ている紅葉にとってはまさに神業だった。一人目が至近距離で放つ弾丸を避けながらさらに接近し、その腕をつかむと一気に地面に組み伏せる。そこにもう一人の敵が発砲するが、ヴラドの動きを止めることはできなかった。


 時間にして十数秒で、敵五人のうち二人が戦闘不能に陥った。床に転がる敵を放置して、ヴラドは紅葉たちがいる物陰へと退避する。


「どうしてあんなことができるんですか?」


 戻るなり紅葉が怖い顔をして言った。


「それはまあ、たまたまだ」


「たまたまでできる動きではありませんでした。何年も訓練を積んできた兵士にもできません!」


 人間とは年期が違うんだよと思ったヴラドだが、ここは適当にいなしておく。


「あはは……」


「本当にヴラド・シルヴェストリじゃないんですか?」


「シルヴェストリ!?あ、あんたバカか?あの罪深い裏切り者がこんなガキなわけないだろ!?俺は昔から強面のじいさんだと言い聞かされて育ってきたぞ!!」


 スーツ男が血相を変えて言った。ヴラドは内心ムッとした。ガキでも強面のジジイでもねえよと言いたかったが抑える。同時に自分がもはやおとぎ話のように語られていることに驚いた。


「ヴラドさん、ここから出たら絶対本当のことを話してくださいね!」


「わ、わかった」


 紅葉の真剣な表情に、ついうっかりうなずいてしまう。


「敵はあと三人ですが、何かいい案はありますか?」


「全員サブマシンガン持ちだ。うかつに近づけないな」


 状況はかなり悪い。紅葉以外武器を持っていないし、スーツ男は多分吸血鬼だろうが魔力は弱いのだろう、なかなか足の怪我が治らないようでは戦力にならない。そもそもこんなことに巻き込まれた上、怪我までするような吸血鬼などはなから戦力外か。


「はあ、俺がなんとかする。紅葉はさっきみたいに援護してくれ」


「でももう弾切れが近いので……さっきほど役にたたないかもしれません」


「心配ない。すこし慣れてきた」


「おい、確かにさっきのコイツは凄かったが、本当に大丈夫なのか?なんの魔力も感じないただの人間じゃねーか!?」


 スーツ男は自分の命がかかっているからか血相を変える。しかし、ヴラドも紅葉も完全無視を決め込む。


「よし、三数えたら俺は右の方から攻める。お前は適当に撃ちまくれ」


「わかりました」


「よし、じゃ行くぞ」


 紅葉が銃を構え直し、スーツ男がさらに震えながら頭を抱えて身を屈める。それを確認してヴラドは数える。


「三、二、一」


 さっと物陰から飛び出したヴラドが全速力で走る。敵は冷静にヴラドだけを狙い撃つが、そこに上手く紅葉の射撃が来るのでなかなか当てられない。しかし、ヴラドも完全に避けきることは難しく、弾丸がかすめる度に血が滲んだ。右端の壁に横付けされた棚に身を隠していた敵めがけて走るヴラドは、辿り着く寸前、猫のような身のこなしで壁を蹴って勢いのままに飛び蹴りをお見舞いする。


「ぐふぁ」


 ヴラドの靴底が顔面にめり込み、つけていた暗視ゴーグルがひしゃげる。思いのほか綺麗に蹴りが決まってハイタッチがしたい気分のヴラドだったが、気を引き締めて次の敵へと向かう。


「ヴラドさん!弾切れです!」


 紅葉がそう叫ぶと同時に、幸か不幸か残りの敵二人も弾切れのようで、武器をナイフに変えて隠れていたところから飛び出してきた。紅葉も隠れるのをやめて飛び出すと、近くの敵と相対する。


 ヴラドはそれを横目で確認しながら、二人目の敵のナイフを避けて懐に入り込み、鳩尾に拳を叩き込む。しかし、防弾チョッキは思いのほか頑丈で、非力な今のヴラドには相手の動きを一瞬止めることはできても、意識を失わせるまでには至らない。


「クッソ、痛いな」


 ガハガハと息を詰める敵を前に、ヴラドは拳を振って顔をしかめた。防弾チョッキとはこんなに硬かっただろうか。記憶にあるものよりも頑丈な気がするな、と思った。


「ハア、ハア、この野郎ッ!!」


 敵がナイフを振り上げて向かってくるが、まるで何の訓練もされていないかのようなナイフの扱いに違和感を覚える。ここまで装備ができているのにまるで素人の動きだ。がむしゃらに振り回されるナイフを軽々とかいくぐり、またも敵の懐に飛び込むと、今度は顎に掌底を打ち込む。


「うぎゅ!!」


 脳天まで揺さぶる一撃に、敵は意識を失って倒れた。


「ふう。久しぶりにいい運動だな」


 紅葉に目を向けると、彼女は小さな体を存分に生かした軽いフットワークで敵を翻弄している。どう考えても紅葉が優勢だ。いったいどれだけ訓練したのだろうか。とても女子高校生には思えない身のこなしだった。


「あなたは私には勝てません。武器を置いて降伏してください」


「う、うるせえうるせえうるせえ!!お前ら、アア、アイツが、バケモノだって知っててかばってんのかよッ!?」


「……知っています。だから何なのですか?あなた達がテロまがいの行為をして、人間に紛れ平和な生活を送っている吸血鬼や人狼、魔術師などを殺しているのは知っています」


「平和だと?ハッ!!ソイツらはな、人間を食いものにしようと企んでんだよッ!!」


 ヴラドは初めて聞く話に興味を持った。最近多発しているテロ事件の真相は、こういうことだったのか。しかしニュースでは死亡者は出ていないと報道されている。


「そうやって無関係な人にまで被害を出して、許されると思っているのですか?幸い今まで人間に死亡者は出ていませんが……」


 そこでふいに、目の前の敵が不敵に笑い出す。


「フ、フハ、フハハハ!!」


 さっきまでの取り乱しようはどこかえ消えてしまったようだった。


「人間に死者なんか出してたまるかよ!?」


「どういうことですか?いったいあの爆発物はなんなんですか!?」


 紅葉が必死に聞くが、敵はなおも笑い続ける。


「……なんなら見せてやるよ。そこの男が……跡形もなく消えるところをなッ!!」


 その瞬間、敵が懐から何かを取り出す。ほぼ同時に、ヴラドの脳裏にある記憶がよみがえる。それはもう何百年も前に魔術師の街プラハで作られた魔具ではなかったか?魔術師達が作り出したその兵器、というには小さすぎるが、その爆発物は闇に生きるもの達を十分恐怖させた。二百年前のロンドンを恐怖に陥れたものもまた同じものだった。


「紅葉!!逃げろ!!」


「えっ!?」


 それは拳ほどの大きさの透明なただのガラス玉だ。しかし、ヴラドはその恐ろしさを知っている。


「消えろッ!!」


 敵は腕を振りかぶると、物陰に隠れながらことの成り行きを見ていたスーツ男へと投げる。自分の方へ向かってくるガラス玉を目で追う。彼は知らないのだ。そのガラス玉が自分の命を脅かすことを。


 ヴラドはとっさに動いた。ヴラドにはこの状況がいまいちどころか、全く理解できていなかったし、名前も知らないスーツ男を助けようと思ったわけでは決してない。ほんの少しの間一緒にいただけの紅葉の為にと思ったわけでもない。ただ体が勝手に動いてしまった。そして気付いたときには、ヴラドはスーツ男をかばう形で飛び出していた。


「伏せろ!!」


「ひうッ」


 ガラス玉が割れる。白い閃光と透明の液体がはじけ、凄まじい爆発音がする。爆風で室内の机が倒れ、ほったらかしにされていた書類が中を舞う。


「ヴラドさん!!」


 いち早く物陰に隠れた紅葉は無傷だった。すぐにヴラドのもとへ向かう。


「ヴラドさん!?大丈夫ですか!?」


「ガハッ……ハア、ハア……」


 スーツ男に覆い被さっているヴラドは、全身血にまみれていた。額からしたたる血が床を汚す。


「ひいいいい!!」


 声にならない悲鳴を上げるスーツ男がヴラドの下から這い出ると、バランスを崩したヴラドは床に倒れる。


「ヴラドさん!!しっかりしてください!!」


 紅葉の瞳に涙が浮かぶ。


「誰かいるのか!?」


 そのとき、部屋の入り口に人影が現れた。その黒い集団は特殊部隊だ。


「救急車を!!はやく救急車を呼んでください!!」


「……?相楽か?」


 自分の名前を呼ばれて振り向く。特殊部隊の中に顔なじみを見付けた紅葉は涙にぬれる瞳を向けて叫んだ。


「先輩!!はやく救急車を呼んでください!!」


「ッ!!これは……」


 これは手遅れだろう、彼はそう思うが言われた通りに救急隊に連絡を取る。その間紅葉はヴラドの体を仰向けにした。止まらない血で手や服がぐっしょりと濡れていく。


「ヴラドさん、ごめんなさい……私が巻き込んだから……」


「それは、ゲホッ……関係ねえよ」


 ヴラドは体を起こそうとして失敗する。力が入らない。自分の体のどこがどう損傷しているのかわからないほど酷い状態だ。あのガラス玉がここまで強力だったとは知らなかった。


「いえ私のせいです。だって……傷、治らないじゃないですか……吸血鬼ならどんな怪我でも治ると聞きました……」


「ハハッ……でも、お前は……間違ってないよ……」


 どうせここで死ぬならもう正体を隠す必要もない。ヴラドはそう思ってつい口を滑らした。


「……え?」


 ヴラドは薄れる意識の中薄く笑って紅葉を見る。なぜだろう、右目が見えない。


「……俺、が……そう、なんだぜ……」


「ヴラドさん!?……小野くん!!しっかりしてください!!小野くん!!」


 せっかく最後に教えてやったのに。今更そっちの名前で呼ぶなよな。


 ヴラドは意識を失った。

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