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メランコリック・ヴァンパイア  作者: しーやん
第一章 目覚め編
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吸血鬼の休日

 吸血鬼にもうっかりすることがある。


 学校の帰り道、謎の女から吸血鬼だと疑われ、仕事を頼まれそうになり、しらをきって逃げ出したヴラドだったが、尾行するつもりがそのまま帰ってきてしまった。


 これも歳のせいかもしれない。というのが冗談ではないほど長く生きているため、ヴラドはマイペースな一面も持っていた。長く生きると、些細なことがどうでもよくなるのだ。


 べつに今追わなくてはいけないことはない。ヴラドの嗅覚をもってすれば、次にあった時は必ずわかる。


 帰宅したヴラドは、制服を脱いでジーンズにシャツ、ジャケットを羽織って出かける支度をする。向かったのは近くの繁華街。時刻は午後6時をまわったところだが、青少年見守り隊とかいうたすきをかけた大人達がすでに目を光らせていた。ヴラドはそんな大人達の前を颯爽と歩く。服装が変われば見た目の年齢もそれなりに上になるので、彼は一度も年齢確認をされたことはない。


 人間とは変な生き物だ。どうせ短い命なんだから、年齢なんて気にせず遊べばいいのにと、取り締まる理由が本当にわからないヴラドである。


 繁華街の中心辺り、奥まった路地のさらに奥。人間たちの雑踏を抜けたところに、こじんまりとしたバーがある。知っていなければたどり着けないような場所にあるそのバー・ギデオンは、元はヴラドたちみたいな生き物が集い社交する場だ。しかし、今は単純に魔力を持つものやその存在を知るものなど、様々な立場のものが集う。こういった場所は、世界各地の主要都市には必ず存在している。


 ドアを開けるとオレンジ色の落ち着いた証明が漏れる。汚らしい建物とは裏腹に内装はけっこう綺麗だ。


「ヴラド!最近見ないから、ハンターに狩られたのかと思ってたぜ」


 十席ほどのカウンター席と、ボックス席が六つ。その奥にはビリヤード台が二つにダーツ板も二つ。ヴラドに声をかけてきたのはビリヤードをしている男だ。


 無視してカウンター席に着く。


「テメエまたムシかよ!?」


 一人騒いでいるその男は人狼のトニー。そしてこのバーのマスターは同じく人狼のジャックだ。彼らはいつも二人組で行動しているが、それは思慮に欠けるトニーをジャックが放っておけないからだった。


「いい加減にしろトニー。お前も下手なビリヤードなんかやめてこっち来て座れ」


 ジャックはグラスを拭きながらトニーを呼ぶ。


「下手って言うな!!」


 トニーはもう六十年もビリヤードをしているが、全く上達していない。本人はまだまだ諦めるつもりはないようだが、はっきり言ってセンスがなかった。


 まだ日が暮れて間もないので客はヴラドだけだ。もう少し時間が経てばいつもそれなりに賑わう。普段人間に紛れて窮屈な思いをしている闇の住人達の、唯一素でいられる場所であるこのバーに来ることを日課にしているものも少なくない。


「ヴラド、ウィスキーでいいか?」


「ああ」


 誰もいないのでカウンター席の真ん中辺りに座る。ジャックはすぐにグラスをヴラドの前に置く。トニーはヴラドから一つ席を空けて座る。


「そういやお前、噂で聞いたんだが高校に通ってるらしいな」


 ジャックが言った。まだ誰にも話していないはずだが、こういう店でマスターをしているだけあって、ジャックはいつも情報が速い。


「まあ、暇つぶし程度にな」


 ヴラドはグラスに口を付けた。久しぶりの酒の味は相変わらずよくわからない。人間に比べ酔いにくいが、感じる刺激には近いものがある。


「フン、賢い吸血鬼様はガッコーで遊び放題かよ。この時代自分の食いぶちを稼ぐために必死こいて働いている仲間だっているのによ」


 トニーが悪態をついた。それを苦い顔をしたジャックがいさめる。


「トニーそんな言い方はないだろう」


「ハッ、ホントのことだろーが!!」


 はあ、と溜息をこぼすジャック。トニーのいうことも一理ある。が、ヴラドにとってはどうでもいいことだった。


「確かにな。でもさ、必死こいて働くしか生きて行くことができないやつなんて、所詮その程度の存在なんだよ」


「なんだと?」


「なんだもくそもねえよ。生き残ることができなかった奴らが弱かったんだ。必死だってなんだって生き残ってるならそれでいいだろ?高望みはするな。俺らにだって適材適所があるんだよ」


「ッ!テメエやっぱり気に食わねえ。テキザイテキショなんて知らねーよ!お前は苦しい生活をしてるやつらを放っておいてもいいのかよ?」


「俺には関係ないな」


 ガタンと席を立つトニー。そのままバーを出ようと扉を開ける。


「それがホントのお前か。昔はもう少しマシだったのによ……」


 そう言い残してトニーはバーから出て行ってしまった。トニーが出て行くのと入れ違いに、一人の女が入ってきた。


「なに今のー?」


「いらっしゃいアリシア」


 アリシア・ドラクロワは吸血鬼だ。彼女は吸血鬼の中でも長生きな方で、その妖艶な雰囲気からだまされる人間はたくさんいる。だから食にも生活にも困らないらしい。


「またケンカしたの?」


 さっきまでトニーが座っていた席にアリシアが座る。


「ケンカじゃないよ、俺は」


「トニーが勝手に突っかかってるだけですよ」


 ジャックは苦笑いをして言った。


 ヴラドとトニーは元は今ほど険悪な雰囲気ではなく、うまく付き合っていた。ヴラドははじめから正体を隠してはいるが、そういったところを含めても仲が良い方だったのだが。


 ヴラドは今、吸血鬼としてのほぼすべての力を封じている。単純に封じると言ってもただ魔力が使えなくなるだけではない。吸血鬼として持っている、優れた身体能力や再生能力なども無いに等しくなる。残っているのは経験による勘の良さと、無駄にいい五感だけだ。もともと自分がどんな吸血鬼かを長いこと隠してきたヴラドだが、隠しているのと全く使えないのとでは天と地ほどの差があった。


 それでも決して自分の正体がばれるわけにはいかない。ヴラド・シルヴェストリという吸血鬼は、この世に存在してはいけないのだ。七十年前の事件から……いや、もっと大昔からか。


 トニーはヴラドが力を封じる以前からの知り合いだった。それなりの時を、一緒に馬鹿なことをして過ごしてきたが、七十年前、何も言わずにトニー達の前から姿消したことを根に持っているのだろうか。再会してからはいつもああやってヴラドに食って掛かってはどこかへ行ってしまうのだった。


 琥珀色の液体をいっきに喉に流し込む。気を使ってか、ジャックがすぐにおかわりをついでくれた。


 物思いにしずむヴラドを見かねて、アリシアが話題を変える。


「そういえば写真を持った女の話聞いた?」


「ああ、しばらく前からここの客が話してるのをよく聞くが」


 それはヴラド出会った少女の話だった。時代背景がバラバラなのに同一人物が写っているとなれば、それは間違いなく人間ではない者の写真だ。だからジャックたちも気にしていたのだろう。


「その写真見たことあるー?」


「いや?」


 アリシアはニヤリと笑って、


「ジャジャーン!!一枚手に入れてきました!!」


 ヴラドはウィスキーを吹き出しそうになる。どうしてこう、女というのは情報が速いのだろうか。レイラといい、アリシアといい、最新の噂話は彼女達から聞くことが多い。


「あたしもまだ見てないんだけど……」


 そういいながら、ブランド物の高そうなバッグから白い封筒を取り出したアメリアは、そのまま中に手を突っ込んで何のためらいもなく写真を取り出した。


 どんな写真かはわからないが、できればあまり今の姿に近くないものがいいと願う。


「……ねえ、これ、髪色とか違うけどあんたじゃない?」


「……たしかに似てますね」


 しかしそんな願いなどむなしく、二人は写真とヴラドを見比べて言った。その視線に居心地の悪さを感じてヴラドは白状した。


「いや、その、実は俺なんだよね、見てわかると思うけど」


「てかこれ、本当にヴラドの写真なの?」


 アリシアが写真に顔を近づけたり離したりしながら言う。あげくにあきれた顔になる。


「ますますあんたのことがわからないわ」


 ヴラドは写真が気になったが、アリシアがさっさとカバンにしまってしまった。


「結局この女、いったいなんなの?」


「今日の帰り道にはじめて遭遇したんだけど、俺のこと吸血鬼だと知っていて聞きたいことがあるらし」


「聞きたいこと?」


「ああ。でもしらをきって逃げてきた」


 仕事の手を止めてジャックは笑う。


「お前が逃げるなんて珍しい。ちなみにその子、かわいかったか?」


「うっさいな。顔まで見てねえよ」


「なんであんたになんだろうね?」


「それは俺も知りたい……」


 ヴラドには心当たりがいくつかあったが、それはどうしても隠し通さなければならない。


「ただの吸血鬼なのにねー。まあ、謎が多いってのはあるけどー!!」


 アリシアがヴラドを見る。


「あんた本当は何年生まれの何歳なの?」


「あ、それは俺も是非知りたいところだ」


 ジャックも気になるようで、仕事の手を止めた。


「お、俺も忘れちゃったなーなんて……」


 とぼけているのが丸わかりだ。


「あたしは三百年過ぎて少したつけど。そりゃ三百年くらい経つと、急に年齢なんて数えなくなっちゃう吸血鬼あるあるはわかるよ?」


「俺たち人狼はそもそも二百年が限界だから、ヴラドやアリシアさんほど年月を忘れたりしないが……」


「で、何年よ?」


 これは適当に答えて流すしかないようだ。ヴラドはとっさに言う。


「ご、五百年くらいかな……?」


「五百年!?」


「それはまた長生きな……」


 アリシアは自分の耳を疑う。かたやジャックは感心して腕を組んだ。


「あたしの知り合いの中ではダントツで長生ね。てかあんたすごいんだね、意外と」


 この時代の吸血鬼は四百年生きることができれば長生きと言えた。それほど人間と溶け込むことは容易ではない。生きるためには血が必要だが確保にはリスクが大きい。ハンターに見付かれば命の保証はないし、同族の間での縄張り争いも絶えない。さらに、だんだんと魔力の弱い吸血鬼が多くなっているというのも一つの理由でもある。


「俺たちと出会った頃はもうそれなりの歳だったんだな。あまりに童顔で気付かなかったが」


 ジャックの言い方が気になったが、たしかに出会ったのはつい百二十年ほど前のことだった。


「長生きと言えばさー、シルヴェストリはどうしてんのかねー?」


 何気なく発されたアリシアの言葉にすこし驚いた。が、自分のことではないと言い聞かして平静を装う。


「ああ、七十年前の事件の?」


「そう、あれから誰も知らないって聞くけど、あいつが生きてたら実質一番古い吸血鬼になるわね。あの六人が一番古株だったから」


 七十年前、とある事件がおきた。ある晩、吸血鬼の中で最強と謳われ“カルディア”と呼ばれていた六人のうち五人が殺されたのだ。生き残っていたのは、ヴラド・シルヴェストリただ一人だった。それから彼はすべての吸血鬼から追われることとなる。果たして彼が本当に五人を殺したのだろうかという疑問も、そもそもシルヴェストリがもつある噂のせいで誰も気にはしなかった。


「まだ行方はわからないんですか?」


「もうだれもそんなこと気にしてないわよ。どうせシルヴェストリをみつけても、勝てっこないんだし。瞬殺されてあとには血の一滴も残されないくらい消されちゃうよきっと」


「そんなに強いんですか?」


「そうよ。こんな言葉じゃ安っぽくなっちゃうけど、カルディアは伝説の存在よ。なんせ吸血鬼の始祖とされる者の力を、ほとんどそのまま受け継いでるそうよ。そのなかでもヴラド・シルヴェストリは七番目の息子っていわれて恐れられていた」


 ”七番目の息子”と呼ばれだしたのはヴラドがカルディアに加入してすぐのことだった。ルーマニアで不吉と言われている吸血鬼伝説の一つなのだが、それにちなんで誰かがヴラドのことをそう呼ぶようになった。それは単純にヴラドがカルディアの七番目のメンバーだったことと彼の加入の儀式でおきた不幸からも由来していた。そしてその噂の通り、ヴラド・シルヴェストリは吸血鬼一族に大きな災いをもたらした。


「あの事件から、あたしたちはずいぶんと弱くなってしまったわ。今もし何かが起きても、それこそシルヴェストリが吸血鬼全員を片っ端から殺して歩いたって誰も対抗できないまま絶滅しちゃうでしょうね」


 ヴラドはそのアリシアの言葉を黙ってきいていた。自分が追われていることは知っている。でも真相を話す気はないし、話したところで誰も信じないだろうことはよくわかっている。このまま死ぬまであの五人を殺した大罪人として姿を隠して生きる覚悟はできている。力を封じているのも、魔力で正体がばれないようにだ。


「そういえばあんたもヴラドって名前よね」


 物思いに沈んでいるとアリシアが言った。彼女にはなんの意図もない発言なのだが、ヴラドは内心ドキリとする。


「……俺、そろそろ帰るよ」


「もう帰るのか?」


 ジャックが不思議そうに聞き返す。いつものヴラドならここで朝まで飲み明かして帰るのが普通だ。


「……」


 あまり聞きたくない話を思わぬところで聞いてしまったことで、すこししらけてしまったヴラドは、無言で立上がるとそのまま出口へと向かう。


「またこいよ」


 最後にジャックが言った言葉も、ヴラドは聞いていなかった。


 このまま帰って寝ようか、などと考えながら歩く。大通りでは、人間達が騒がしく闊歩している。そういう日常がヴラドには羨ましく輝いて見えた。己を長く隠し過ぎた。本当の自分は、一体どんな性格をしていただろうか?何をして、何をみてきたのだろう。


 力を封じたヴラドにはなにも見えてはいない。唯一見えるとすれば、それは過去の亡霊だけだった。

 

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