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メランコリック・ヴァンパイア  作者: しーやん
第一章 目覚め編
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吸血鬼の日常

 パアアアンッ


 頭に鈍い衝撃。毎度の事ながら丸められた教科書というのは、武器としてかなりのダメージ力があるとヴラドは思う。


「お前な、いっつも俺の授業の時寝てるだろ?むしろお前だけだよ俺の授業で寝るのは……」


「んー」


「って寝るなコラ!?」


 丸めた教科書を片手にもって怒鳴り散らしているのは岸田きしだという歴史の教師だ。そこそこいい顔立ちをしていて大人の色気があるとかなんとかで女子に人気があり、加えて最近ではその知識量に男子生徒からも支持されている。着崩したスーツ、取っ付きやすいキャラクター、どれもが生徒に親しみやすい雰囲気だ。


「そんなに俺の授業は面白くないか?今日のはどうだ?男の子は戦闘機とか好きだろ?」


 岸田が溜息をつく。”世界で初めて戦場に出た戦闘機を知ってるか?”と始まった歴史の授業。いつもこうして、男の子が興味を持ちそうな話をすることでヴラドが授業中に居眠りをするのを防ごうとしているが、しかしそのせいでヴラドは飛行機でヒドい目にあった1916年のルーマニア戦線のことを夢に見てしまった。


 ヴラドはまだ眠い目をこすった。吸血鬼として長い年月生きてきたヴラドにとっては、そもそも実際に見たり聞いたりしてきた出来事だ。それを他人、しかも豆粒ほどの時しか生きていないただの人間に、どうだ!凄いだろう!と語られたところでまったく面白くもなんともない。ヴラドにとって歴史の授業ほど退屈なものはなかった。


「はあ、一体お前は何の話なら聞いてくれるんだ」


「普通に授業してもらっていいっすか」


 ヴラドのために始まったその雑学を楽しみにしている生徒は多いが、そんな事よりも数年の間に改変される教科書の内容を覚える方が大変だったりするヴラドである。案外真面目なところがヴラドの取り柄だ。


 溜息をついて授業に戻る岸田。きっと次の授業もくだらない話をするんだろうな、なんて思いながらさっき見た夢を思い出し、あの頃は楽しかったな、と思いを巡らす。


 ヴラドは今年から何度目かの高校生活を送っている。何百年と生きていると、たまに無邪気な学生生活を送りたくなるときがあるのだ。だから宮島大学付属高等学校に通っている。個人情報などは意外となんとかなるもので、高額なお金を払って新しい個人情報を入手したヴラドは”小野純平”という名前で高校生活を満喫している。特待生入学なので学費は無料。何度か勉学には励んできたため入試などちょろいものだった。


 高校一年生の小野純平おのじゅんぺい。外見も日本人ぽく黒髪に黒い目、背は割と高い方。特待生で勉強ができてスポーツ万能。入学して間もないがクラスメイトからの信頼も厚く、学校全体からも一目置かれている。これが今のヴラドの姿だ。昔から本当の自分というのをわけあって隠し通してきたため、ヴラドは違和感なく溶け込んでいる自信があった。


「純平ー、昼飯行こうぜ!」


 歴史の授業が終わり昼休みに入る。いつも通りクラスメイトの和泉恭弥いずみきょうやがヴラドの席までやってきた。入学式の日たまたま一番に言葉を交わしたのが恭弥で、それからなんやかんやで仲良くしている。薄い茶髪のヤンチャな印象がある今時の高校生で、小野純平としての演技とは言え性格的にも正反対だ。


「ああ」


 二人は並んで教室を出た。


「今日はオムライスにしようかなー」


「昨日もその前もオムライスだっただろ」


「だってオムライスおいしいじゃーん」

 

 食堂につくともうすでにたくさんの生徒で埋め尽くされていた。日替わり定食が人気で、毎日長蛇の列ができる。ヴラドと恭弥も列に並ぶ。恭弥はやっぱりいつも通りのオムライス、ヴラドは日替わり定食にした。


「純平はいつも日替わり定食だよなー」


「まあ、べつになんでもいいから」


 吸血鬼は生きるために血液を飲むが、人間と同じものが食べられない訳ではない。栄養にならないため必要がないだけでちゃんと味もする。しかし嗅覚が人間よりも優れているため、刺激物や臭いのキツいものが苦手な吸血鬼が多い。古来よりニンニクが弱点とされているのは、単純にニオイが強いからだ。


「純平くん!とあと恭弥、こっち座んなよ!」


 トレーを受け取って空いている席はないかとヴラドと恭弥が周りを見回していると、食堂入り口横の端の席で手を振る女子生徒がいた。彼女はクラスメイトの月島レイラ《つきしまれいら》。自然なウェーブのかかったブロンドの髪に、薄い目の色が綺麗な美少女だ。父親が日本人、母親がイギリス人のハーフで帰国子女だ。そしてもう一人女子生徒が同席している。黒髪のショートカットが似合う少女だ。名前は大崎瑠璃おおさきるりという。彼女達と恭弥は同じ中学出身らしく仲が良い。


「また俺はおまけみたいな言い方しやがって……」


「だっておまけじゃん」


「ヒドいなホント」


「純平くんあたしの横ね!」


「ああ、ありがと」


 言われた通りヴラドはレイラの横に座る。恭弥は瑠璃の横に座った。


「何見てるのー?」


 恭弥がさっそくオムライスを口いっぱいにほうばりながら瑠璃に言った。


「これ」


 瑠璃は見ていたタブレット端末を恭弥に見せる。瑠璃は寡黙で静かなタイプだ。タブレット端末を持ち歩いていることも多く、話しかけ辛いところがある。口数も少なく一人読書をしていることも多い。いつも元気なレイラといるため、入学当初はおとなしい印象を受けていたヴラドだが、これがまたスポーツ推薦というから人間とは面白い生き物だと彼は思った。


「またテロ事件のニュースか」


 そこには都会のビルから煙が出ている写真とともに、国内でテロ多発と題のうたれた記事が載っていた。これでもう六件目だ。


「最近多いよね。しかもけっこう近い所でもあったみたいだし」


 レイラが言っているのは、三日ほど前にこの学校のある町の隣の町であった銀行襲撃事件の事だろう。最寄り駅から二つほど先の駅前の大型店舗で、昼日中の人通りの多いなか犯人グループは堂々と押し入った。さいわい死人は出なかったが、怪我人多数と報道されていた。


 恭弥がスプーンを振りながら首を傾げ言った。


「でもおかしいよなー」


 それにレイラもうなずく。


「そうそう!わざわざ銀行に入って、何も盗らず爆弾だけ仕掛けて行くんでしょ!」


 連日報道されているこのテロまがいの行為を繰り返す集団は、銀行に入っておいて何も盗らず、爆発だけをおこしている。他の六件の現場でも同じだった。


「それにどんな爆発物を使ってるかもわからないらしいじゃん?」


「怖いよね、純平くん!」


 そう言って潤んだ瞳で見上げてくるレイラに、本当ならキュンと来るところだろうが、ヴラドには通用しない。


「ま、そのうち捕まるだろ」


 日替わり定食に箸を突き刺しながらヴラドは言った。今の日本は世界の他の国より遥かに治安が良いし、警察も有能で捜査方法も時代とともにかなり進歩している。それに数々の戦場を駆け回ってきた彼にとって、テロなど気にはならない。


 それよりブラドが気になるのは得体の知れない爆発物のことだ。魔力を使えば痕跡を残さず爆発させるなんてことは容易いものだ。だから自分たち関係のものじゃなければいいな、とヴラドは暢気に考えていた。せっかく久々の優雅な学生生活をたのしんでいるため、できれば誰にも邪魔されたくはない。


「あ、あの、小野くん!」


「え、えっと、これ、さっき調理実習で作ったんだけど、よかったら食べて!」


 テロの話で盛り上がっているところに、二人組の女子生徒が話しかけてきた。手には綺麗にラッピングされた包みを持っている。


「俺に?いいの?」


「うん!小野くんに食べてほしいの!」


 こういうことは入学当初からよくある。


「ありがとう。あとで大事に食べるよ」


 ヴラドがニッコリ笑いかけて受け取ると、女の子達は嬉しそうに去って行った。


「その顔ヤバいわ。男の俺でもかっこいいと思う」


 恭弥がヴラドの顔をマジマジと見つめて言った。


「イヤ俺男に興味ないんで」


「俺もねーよ!!」


 心底ぞっとした表情を浮かべた恭弥に、思わずヴラドは笑った。こういう時間が人間っぽくて楽しいと思うヴラドだ。


「これやるよ。甘いものは苦手だ」


 たった今もらった包みを恭弥に投げ渡す。ヴラドは昔から甘いものが嫌いなので、捨てるよりはましだろうといつも恭弥にあげていた。その度にレイラと瑠璃に険しい顔をされるが、そんなことを気にするヴラドではない。


「サンキュー」


 そうこうしているうちに昼休みも残り十分。食堂もかなり人が少なくなっている。


「そろそろ教室に戻らないと」


 瑠璃がそういうとレイラも立上がった。


「そうね、次体育だし。って、純平くんまた残してる!ダメだよちゃんと食べなきゃ」


「あんまり食欲ないんだ」


「そうやって毎日残してるの知ってるんだから」


 ヴラドは肩を竦めてみせる。


 食器の乗ったトレーを返却口に返して教室へ向かいながらヴラドは思う。こうやって毎日は順調に過ぎて行く。退屈な授業も、たいしておいしくもない昼飯も、人間とかわすくだらない会話も。けっこう楽しんでいる自分がいて、人間として生きるのも悪くないな、と。


 だが、真剣にそう思っていたのもこの日まで。


 次の日ヴラドは、嫌な噂を聞く事になる。

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