責めるときは容赦なく
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「では、ここに寄せられた抗議文から読み上げます」
騎士団のホールには、男が五人中央の席に座らされていた。五人の横には二人ずつ騎士が付き添い、彼らが立ち上がろうとするたびに肩に手を置いて座らされていた。その顔色は悪く、小刻みに震える足をままならないまま座り込むものもいた。
それもそのはず。騎士団のホールに連行された五人の前には、西方軍務指令官であるアルファード・リングス・アルテイルがその類まれなる雄雄しき身体を直立不動にして見下ろしており、ホールには、馬蹄形に並んだ騎士達が身体の前で剣を持ち直立している。百人は軽く超えるその集団に男達は怯えていた。
「読め」
アルフォードの低い声がその腹筋をいかした発声で命じる。
「エリアル・シュノーク・アルテイル侯爵夫人に、背後から踵落としをくらい昏倒。謝罪を要求。アイサー伯爵」
「エリアル・シュノーク・アルテイル侯爵夫人に、公衆の面前で侮辱され、謝罪されない場合名誉毀損で訴えたいと。ファンド侯爵子息」
「エリアル・シュノーク・アルテイル侯爵夫人に顔面を強打され三週間の怪我。謝罪を要求。ガンス伯爵」
「エリアル・シュノーク・アルテイル侯爵夫人に馬でひき殺されそうになった。謝罪を要求。マシアス図書館司書長」
「エリアル・シュノーク・アルテイル侯爵夫人にダンスを申し込んだところ、肘で攻撃され、床に倒れた際に後頭部を強打。謝罪を要求。エセルマイル伯爵」
ホールはシンと静まり返っている。声を上げるものもいない。この人数が身じろぎの音さえ立てないのは、かえって怖ろしいくらいの緊張感が増す。
「で、間違いないか」
軍務指令官の言葉に「そうだ。酷すぎる」「私は許せん」などと声を上げて騒いだのはファンド侯爵子息とミズリ伯爵だった。他は既に、声も出せないほどに緊張している。
「同様に貴君達にも抗議文が届いているが――」
「なんだと」「知らん」「でっち上げだ」と言う声を無視して、アルフォードはそちらも読み上げをさせる。
「宮廷の侍女から。アイサー伯爵に背後から襲われ、胸を揉まれた。悲鳴を上げたところ、通りがかったエリアル・シュノーク・アルテイル侯爵夫人がアイサー伯爵の頭部を踵落としで倒してくれて助かった」
瞬間、騎士の幾人もが前に携えた剣をホールの床に叩きつけるようにして音を鳴らす。その音にビクリと身体を震わせたアイサー伯爵は、後頭部を抑えて「間違えありません。申し訳ありませんでした」と謝った。
「セリナ王女殿下より、『寡黙で慎ましやかな姫なんて言ってはいても、その実、根暗で地味なだけだ』と目の前で侮辱されたところをエリアル・シュノーク・アルテイル侯爵夫人が聞きとがめ、ファンド侯爵子息の頭部の擬似毛髪を掴んで放り投げた。『なんて慎ましやかな毛根だこと』と言ってくれて、スッキリしたが、もう二度とお目にはかかりたくないとのことです」
ほぼ全騎士が音を鳴らしたが、幾人かは目を逸らすように固まっていた。音を鳴らさなかったものたちは後日『擬似毛髪』疑惑の目を向けられることになる。
ファンド侯爵子息は、真っ赤になり、その後「ハゲだと馬鹿にされるなんて酷い」と呟いた。反省の色はなかったが、元気はなくなった。
「こちらは三人の女性からです。ガンス伯爵に遊ばれて、喧嘩になっているところをエリアル・シュノーク・アルテイル侯爵夫人が通りかかり、仲裁をしてくれていたのだけれど、やってきたガンス伯爵が侯爵夫人に『なら貴女が相手をしてくれますか』と言った瞬間『一人に付き一発』といって、ガンス伯爵の顔面を殴り、色男の顔がつぶれて、皆すっきりして、次の恋に移れそうです。でもガンス伯爵は『病気になってもげろ』という伝言が届いております」
ガンガンガンと音が鳴る。激しい――。ガンス伯爵はまだ包帯を巻いているので顔色は見えないが、騎士達の目がガンス伯爵の股間を凝視しているのに気付いて、股間を押さえて小さくなった。
「俺の妻に、相手をしろと――」
アルフォードの口調は怖ろしく静かで、騎士達は固唾を飲んだ。
「ふん、後で俺の相手をしてもらおうか。勿論素手でな」
剣じゃあっけなすぎるだろうと、獰猛に嘲笑えば、ガンス伯爵はそのまま椅子からくずおれた。気を失っているようだった。元々伊達なだけな男だったので、それも仕方のないことだったのだろう。
「マシアス図書館司書には、抗議文ではなく、その場に居合わせたものの言葉が。『エリアル・シュノーク・アルテイル侯爵夫人の馬の前に飛び出られるのは結構ですが、そのうち踏まれますよ』とのことです。既に常習犯で、何度も頭上をエリアル・シュノーク・アルテイル侯爵夫人が跳び越えてられるそうです」
「自殺はよそでやってくれ……」
アルフォードは、げんなりとそう言った。
「いえ、私を跨いでいかれるのをみるのが楽しくて……」
「そういえば、皆何故エリアルに謝罪を求めるんだ。金銭の要求とかじゃないよな」
アルフォードは初めて気付いて、聞いてみた。
「二人きりで会ってあわよくば……ということでしょう」
隣のクレインが呆れたように嘲笑う。
瞬間、ホールが割れるかと思うほどの剣で床を叩く音が聞こえた。ドン! と突き上げるような音に四人の男は腰を抜かしそうになった。既に一人は床の上である。
「それだけ酷い目に合わされて、まだやられたりないのか……」
アルフォードの呟きは、多分その場にいた騎士の大半が胸中で思っていたことだった。
「最後にエセルマイル伯爵。ダンスを誘っただけで妻が攻撃したと……? それはいけない。そんな凶暴な女は、王宮になど来ては迷惑だな。寂しがるだろうが、妻にはそう言い聞かせることにしよう」
「いえ、その……。少し私がしつこかったのでしょう。抗議文をとりさげましょう」
「いくらしつこいといっても肘で攻撃するのはやりすぎですね」
「ああ。俺もその度に貴君らに頭を下げなければならないのは御免だ。それに妻には、俺が帰ってくるのを待っていてもらうのもいいものだ」
クレインの言葉に頷きつつ、少し本音の混ざるアルフォードだった。ちなみに頭は一回もさげていない。
どの人物もエリアルのことが好きで付きまとっているし、なにより王宮に多数いるエリアルファンから突き上げをくらうことは確実であるから必死に「私は取り下げます」「もう二度と抗議文は出しません」などと言い募る。
「エセルマイル伯爵。俺は一つ、お願いがあるのだが。この手袋を受け取ってくれ」
アルフォードが近づき、ミズリ伯爵に白い手袋を投げつけた。
エセルマイル伯爵は、白い布着れを手にとって、それが手袋であることに気付いて顔面を蒼白にした。決闘をしろという意味に気付いて、ヒッと声を上げる。
「し、私闘は禁止されているはずです……」
いつ自分達に被害が及ぶかと思ってか、マシアス図書館司書が、声を裏返らせて、そう言った。
「エセルマイル、お前、俺の妻の二の腕を抓んだそうだな――。言うにことかいて『美味しそうだ』と? お前は俺を挑発してるのか、それとも被虐的な自殺願望者か。どっちだ」
ゴクリとエセルマイル伯爵が唾を飲み込んだ。嚥下する音がホールに響き渡るくらいの静寂だった。
それが一瞬にして破られる。今までにないドンドンという音に腰を抜かしたエセルマイル伯爵は、ほうほうの体で逃げようとしたが捕まえられる。
「剣と素手はどちらがいい? 選ばしてやる――。素手だと、そうだな。首と胴をねじ切ることくらいしか出来んが、剣ならすっぱりと頭を飛ばしてやることくらいなら出来るな。どっちがいい?」
いっそ愛想のいいくらい笑って提案してやると、エセルマイル伯爵は想像した果てに意識を失ったようだった。
「なんだ、あっけないな」
その声はアルフォードではなかった。アルフォードの後ろで椅子に座って見物していた王太子コンラートである。コンラートは、アルフォードに今日の事を聞いて、事前に証人となるべく控えていたのだった。呼ばれた男達には見えないようになっていたが。
「まったくだ――」
珍しく同意したアルフォードだったが、コンラートはそれで済ますつもりはなかったようで、ファンド侯爵子息に近寄ると上から見下した。
「ファンド、わたしの娘によくも根暗だとか地味だとかいってくれたな。お前は不敬罪で王宮への登城を禁止する。ファンド侯爵にも抗議文を送らせてもらおう」
娘を愛する父親としての当然の権利だとコンラートは言った。
ファンド侯爵子息も、王太子に反論することも出来ずに、膝をついて頭を下げた。もはや声もなかった。
「エセルマイルに言っとけ。アルテイル軍務師団長の私闘を王太子が許可したと。いつなりとやってくれていいが、出来れば皆で見学したいので日時を決めて、提出するようにと」
「お開きだ――」
クレインの声に規律正しく、騎士達は退出していく。
残された五人は、意識のないものもあるものも横にいる騎士達に抱えられるようにして連れ出されていった。
「すまんな。勝手にやってもよかったが。それでは、問題があるとクレインがいうのでな」
アルフォードは、コンラートにそう礼を言った。珍しいことだとコンラートは笑う。
「これで、エリアルも少しは大人しくなってくれたらいいんだがな」
「「無理だろう(ですよ)」」
アルフォードの言葉に思わず突っ込みを入れたコンラートとクレインだった。
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「お帰りなさい……」
アルフォードが家に帰ると、エリアルが玄関で待っていてくれた。一日ぶりに見る妻の顔は、少し曇っていた。
「遅くなったな。食事は――?」
首をふって未だだとエリアルは言った。腕を広げると羽のように優しく抱きついてくれる。その温かみがアルフォードにとっての幸せの形だった。
「ごめんなさい。私が悪かったのね――あなたが怒ってる意味が全然わからなくて……」
エリアルは、抱きついた胸の中で小さな声で謝った。
「もう、いい――。俺もお前を無神経な言葉で傷つけた……。昨日はゆっくり眠れたか?」
「いいえ、ずっと辛かった――。貴方が私のことをふしだらな女だと軽蔑してるのだと思って、悲しくて、中々眠れなかったわ」
ギュッとエリアルはアルフォードの首に抱きついて、甘えるように顔を胸元にこすり付けた。
「奥さんは、俺を誘惑してるのかな? さぁ、先に腹ごしらえしようか」
抱き上げるとエリアルはアルフォードの頬にキスをした。
「ん? ご飯より俺のほうがいい――?」
それなら期待に応えるがと嬉しそうにアルフォードが言うと、エリアルは頬を赤く染めた。
「ご飯たべましょう」
そういいながら、アルフォードの顔を触ってくる。
どうやら、かなり寂しい想いをさせてしまったようだと、アルフォードは反省した。
「軽く食べて、その後は俺専用のとっておきをいただくとしようか」
「とっておき?」
やはりエリアルにはわからないようだった。そう簡単に人間の思考回路が変換するのなら、今日の男達も安心なんだがな……と、溜息が漏れる。それをエリアルへの溜息だと勘違いしたのかエリアルはアルフォードの肩口に噛み付いた。
「痛いぞ――?」
大して痛くなさそうな声で抗議すると、エリアルは噛み付いたところにペロっと舌で舐めた。
「とっておきって何?」
「俺専用――。俺の一番大事なもの――。俺の愛しい人――って言えばわかるか?」
流石にこんな間近で見つめられて、何度も口付けられながら、そう告げられれば、エリアルでもなんのことかわかった。
「好き――、アルフォードが大好き」
「俺もだよ、エリアル、愛してる」
晩餐室に入っても愛を囁き続ける二人に、料理長が困惑しながら尋ねる。
「あの、料理をお出ししても――?」
「「もちろん!」」
ある意味どこまでも健康な二人は、食事のことを思い出して、愛は確かめ合うのは、一時中断する。
今日のメインは鴨料理で、二人は満足するまで胃を満たすのだった。
少し長いですが、さらっと読んでください。人を糾弾するとか苛めるとか苦手な分野なので、どうしてもそういうシリアスなシーンになると止まっちゃうんですよね。『紅』も『午後10』もそれっぽいところでとまってますよね(笑)。
最後はちょっとはイチャイチャさせたくて、おまけみたいな形で
くっついてますね。そのせいで長くなっちゃったw。