美味しそうなのは豚じゃなかったようです
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「エリアル様。もう朝でございますよ」
「イル?」
優しい声に目を開ければ、なんだか風景がいつもと違って、エリアルはやっと昨日のことを思い出した。
「アルフォードは?」
エリアルは昨日、こちらの屋敷にやってきたのだが、夜も遅いので執事に客間と着替えを用意してもらって兄夫婦には内緒で泊まったのだった。
もう、お兄様に連絡いってるわね。
「旦那様でしたら、昨日の夜半に騎士団のほうへ向かわれました。昨日は何かあったんですか?」
会いに来ないだろうとは思っていたが、仕事に行ったのかと、ホッとしたようなガッカリしたような気持ちで、エリアルは肩を落とす。昨日の夜半に出かけたということは、急ぎの伝令でもあったのかもしれない。そんな時に妻が家出してるなんて、アルフォードはエリアルに失望したのではないだろうかと思うと、胸が苦しくなる。
イルは、ずっとエリアルの側にいるので、エリアルにとっては姉のようだった。イルに相談してみようと、エリアルは言いにくそうに昨日の顛末を話して聞かせた。
イルは、目を瞠って、次いでコロコロと笑い始めた。
「旦那様は、もうエリアル様が愛しすぎてたまらないのですわね。昔は淡白そうな方だと思っておりましたが、フフフッ、ヤキモチですわね。二の腕に触って『美味しそう』なんていわれたと聞いたら、それはもう、許せないでしょうね」
妻が太っていると揶揄されて怒っているのだろうかと、エリアルは首を傾げる。筋肉で重くはあるかもしれないが、それほどみっともない体型になっているとエリアルも思っていない。
「許せないって……私を?」
「なんでエリアル様を……」
イルは、何となく二人の行き違いの意味がわかって笑ってしまった。
「イル酷いわ」
エリアルには、わからないのだろう。元々直情型の二人だから、恋の駆け引きも何も合ったものではなかった。少しの言葉の選択の間違いが、面白いくらいにすれ違ったのは二人が婚約する過程で想像がついた。
「エリアル様は、その男性がエリアル様を太っていると馬鹿にしたと思ってらっしゃるんですか?」
「だって、美味しそうなんて、食べたいっていってるんでしょう。豚とか……」
そういえば、おとついの晩餐のメインは豚肉だったとイルは思い出した。
「食べたいって……美味しそうって、旦那様に言われたことありますよね?」
イルが、そこまで言うと、やっと気付いたようにエリアルは真っ赤になって、「なんてこと……」と、呟いた。
これで、今夜は二人で過ごされるだろうとイルは安心した。イルにはアルフォードが夜半だというのに騎士団に向かった理由も何となく想像がついていた。
エリアルのいないベッドで眠るのが寂しかったのだろう。それに、やられたことをそのままに済ます男でもない。
今頃は――。
騎士団に所属するものなら知っている怒れるアルフォードの姿を思い浮かべて、イルはそっと鳥肌を立たせるのだった。イルは一度届け物をした際に見てしまったことがあって、思い出すだけでぞっとするのだった。
「クレイン様とアルティシア様から、ご一緒に朝食をとお誘いいただいておりますから、準備いたしましょうか」
イルは、反省モードで上目遣いに見上げてくるエリアルに持ってきた大人しい普段着のドレスを着せるのだった。
どんなに地味なドレスを着ても、イルの女主人はその美しさを隠すことが出来ない。太陽のように輝く髪が色あせてしまっても、深い森のように静謐さを称える瞳が憂いに伏せられたとしても、存在自体が奇跡のようだ。
そんな妻をもってしまったアルフォードは、ある意味気を抜くことも出来ないし、嫉妬しても気付いてもらえずに、少し可哀想だなとイルは思うのだった。
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「エリアルから謝っていたと伝えて欲しいと言われましたよ。よかったですね」
クレインは軍務司令室にやってくるとそう言って笑った。
「エリアルが?」
昨日の今日でエリアルが折れてくれるとは思っていなかったので、アルフォードは驚いた。
「イルが説明してくれたようですよ」
納得したらしいアルフォードは、クレインから見ても複雑そうだった。
「エリアルは、無垢なままいて欲しいんだがな。嫉妬してしまうこちらの気持ちに気付かないのも可愛らしくて……」
「ご馳走様です」
やれやれとクレインは手を振って、部屋を出て行く。
「一時間後に始めるぞ」
「ええ。血祭りにあげてやりましょう」
物騒な台詞を楽しそうに言うクレインは、やはりアルフォードの腹心だった。
軍務指令室付きになって間もない騎士見習いの少年は、そう思ってげんなりするのだった。
あ~、私の予定は大概予定なんですが、やはり二話では収まりませんでした。申し訳ないです。とりあえず三話で終わる予定!