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我慢の限界はどちらですか?

読んで下さってありがとうございます☆

「むむむ……」


 彼は唸っていた。

 愛してやまない奥さんが、最近凶暴化しているようなのである。

 今日は二件も抗議文が届いていた。彼としては問題があるのは、、抗議文を出してきたほうだとおもうのだが、人の上に立つものとして、放置するわけにはいかなかった。


 だが、彼女に非があるとも思えないので、彼はここで妻を眺めつつ、唸っているのだ。


 彼女は、女性にはとてつもなく優しく、彼女の勇敢さに憧れる女性達によって女神とまで言われているらしい。

 彼女自身が公爵夫人ということもあり、逆らえる人間自体が少ないが、彼女を愛してやまない信奉者達には、王妃、王太子妃、王女と錚錚たるメンバーが顔を揃える。


「奥方、その、そろそろ剣の稽古も体術の稽古もやめて、君をじっと待つ哀れな男を思い出してはくれないか」


 夜も更けたというのに、妻は中庭で剣を振っていた。汗が剣を振り切る腕から飛び散る様は、凛々しくもあり、おもわず見惚れずにはいられないのだが、そろそろ湯を浴びて、自分の腕の中に来て欲しかった。長椅子に凭れ、長々と眺めていたが、妻は止めてくれそうにない。


 そろそろ実力行使しないといけないなと、ジッと見つめていると、エリアルは気付いてくれたのか俺の側に来て、悲しげに呟いた。


「アルフォード、私、太ったんじゃないかしら?」


 首を傾げると、その引き締まった腕をつまんでみせる。


 どこが? と、俺はその腕を触る。


「もう、私は真剣なのに!」


 触り方がついいやらしくなったのは認めるが、いつもなら許してくれるのに、今日は真剣に怒ってしまったようだった。


「今日、エセルマイル卿に二の腕を抓まれたのよ。『美味しそうですね』って、私は豚か――! ねぇ、私やっぱり太ったから揶揄されたのかしら……、あ、……え……、アルフォード……?」


 エリアルは、いきなり腕に抱きとめられて、体勢を崩してしまった。驚いて声を上げても、アルフォードは気にしない。

 それくらいではどうってことのない筋肉の上で、アルフォードの顔付きがいつもと違うことに気付いて、私は何か失敗してしまったんだと今までとは違う汗が出てきた。


「お前の……二の腕を……抓んだ?」


 アルフォードの顔は普通なのに、声は怒りをはらんでいて、正直背筋が凍った。


「美味しそうだと?」


 ブンブンと顔を振った。間違いない、間違ったことはいってない。


「味見させたんじゃないだろうな?」


 アルフォードの口から零れた言葉がエリアルの頭の中で形になる。


「貴方は――」


 侮辱されたという怒りが表面のものなら、エリアルの感じたのはもっと深いところにある痛みだった。

 エリアルは、アルフォードの腕を振りきる。


 アルフォードも彼女の反撃を予測していたから、そのまま腰に手を回して、ひっくり返すと、のしかかるようにして顔を覗きこむ。しなやかな腕を交差して、アルフォードの視線を遮るエリアルに対して、無性に腹がたった。力ずくで彼女をさらって行こうと、確かにアルフォードは思っていた。


 小さな声が聞こえるまでは――。


「ふっえっ……。いや……」


 エリアルの声だった。

 小さくむずがるように頭を振って、アルフォードを拒否する。


 エリアルの声と姿に瞬間、アルフォードは今まで滾っていたマグマのような気持ちの熱さに氷をぶちまけられた気分になった。


「エ、エリアル?」


「アルフォード、そんな風に私のこと――」


 おもっていたんだと声にならないまま、エリアルは涙を零した。


「いや、違う……、違うんだ――。妬けたというか……」


「私が触られて喜んだと思って……るのね」


 エリアルの手を握れば、さっきまで剣を振っていたというのに酷く冷たくなっていた。


「エリアル――っ」


 アルフォードが呼ぶ自分の名前が、何だか意味のない言葉の羅列のように感じた。


 エリアルは自分の腹筋で起き上がると、アルフォードを押しのけて、立ち上がる。


「しばらく顔をみたくありません。隣に家出します。無理やり連れ戻しに来たら、実家に帰りますから」


 アルフォードを拒む瞳で、エリアルは踵を返した。隣は兄の屋敷だし、庭を突っ切ればすぐだ。


「エリアル……」


 自らの失敗を認めて、アルフォードはエリアルの名を呼んだ。彼女の背中はアルフォードを拒否していた。このまま彼女の意思を無視してつれて帰れば、早々に実家のグレンリズム領に単騎で戻られるだろう。


 アルフォードは立ち上がり、冷静に思いはせる。


 本来なら、今日も早く帰れたのでエリアルと食事をして、エリアルの話をききつつ、音楽でも奏でて、そのうちに一緒にベッドでお互いの愛情を確認して眠るはずだったのに、何故こんなことに……。

 ほぼ自分のせいだとはわかっていたが、持って行き場のない憤りを感じる。


 頭を振ると、先程みたエリアルの顔を思い出される。


「泣いて……たな……」


 エリアルを傷つけたいわけでも、愛していないわけでもないのに、何故あんな酷い言葉を言ってしまったのだろうとアルフォードは反省する


 エリアルが悪いわけでもない。それなら誰が悪いんだ――? 


 アルフォードはもう寝室に戻る気持ちも失せていた。寝室のベッドで独り眠るむなしさを思うと、遣り切れない。


「旦那様、どちらへ」


 アルフォードは騎士服に着替えると、馬を準備させた。


「騎士団へ。朝になったらこれをクレインに渡しといてくれ。エリアルが泊まっているからイルにあちらへ手伝いに行くように」


「はい。承知いたしました。お気おつけていってらっしゃいませ」


 気が利く執事は、何があったかは聞かずにアルフォードを送りだすのだった。


二話続いちゃいました。

アルフォードの反撃です。

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