愛してるからこそ
読んで下さってありがとうございます。
活動報告三話目です。
「久しぶりにエリアル様に会えて嬉しいですね、セリナ様」
リサは、ニコニコと王女であるセリナに話かけた。王都での結婚式から二ヶ月がたったが、エリアルはアルテイル領でのお披露目&新婚旅行に一月。その後も王宮へ国王陛下への挨拶などには訪れることがあったが、まだ成人を迎えていないセリナは会うことが出来なかった。やっと一段落ついたので、一度お会いしたいですとエリアルから手紙が来たのはおとついのことで、セリナは嬉しく思って、直ぐに招待したのだ。
「楽しみだわ」
セリナの声も弾む。
「きっといろんなお話を聞けるでしょうね」
リサはネタのことを言ってるのだろう。エリアルが話すアルフォードやクレインの話はリサの小説のネタの一部になっているのだから、それは楽しみだろう。
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昼過ぎにやってきたエリアルを馬車留まりまで迎えにいって、リサは息をのんだ。
「エリアル様! どうなさったんですか……」
「あら、開口一番それって……私随分なのね」
エリアルも自覚があるのか、リサを責めはせず、自嘲気味に笑った。
「エ、エリアル??」
「セリナ、お招きありがとう。お久しぶりね」
セリナが抱きついてきて(何故かエリアルの周りの女子はスキンシップ過多になる)、抱きしめると、あちこち触られてしまう。
「なんで、そんなに痩せてるの……」
新婚の女性は、普通なら幸せに包まれて、瑞々しく華やかになるだろうと思っていたのだが、特に不幸な感じはないのだが、エリアルは確実に痩せていた。慎み深く首元まで隠された淡い薔薇の色のドレスは品よく、エリアルに似合っていたが、腰の辺りは細さを強調されていて、麗しい公爵夫人であるエリアルの評判に似合ったものだったが、結婚前のエリアルを知るものなら、その細さに不安を覚えるだろう。
「ん―、寝不足……」
広い居間のリビングでありながら、エリアルとセリナはくっついてソファに座っているし、リサは二人の後ろにいる。
「キャ――! もう、セリナ様はまだ成人してないんですから、そういうことは!」
リサが、嬉しげに悲鳴をあげるが、白々しいとエリアルは、横にあるソファをさして、「座りなさいな。後ろから唾がとんでくるわ」といって、リサも会話に入れる。
だいたい『薔薇の園のしじま』を愛読書にしてる時点で慎みとか子供とか片腹痛いとエリアルは思う。
「違うわよ。リサが想像してるのは全然ちがうの――。私は公爵夫人がこんなに忙しい仕事だと思ってなかったのよ。私だって思ってたわよ。アルフォード様と二人で、朝は気だるげに目覚めて、仕事がないときは昼間でイチャイチャして、ずっと側で、「あーん♪」とかやれると思ってたのよ!」
だって、恋愛小説の伯爵とお嫁さんとかは、そんな感じではないだろうか。
例え、ちょっと令嬢らしくなかったとしても、女の子だもの、理想と妄想は普通にあったのだ。
「え、そういうものじゃないの?」
セリナもちょっと頬を朱に染めながら、くいついてきた。
「まだ領地にいた時は良かったの。覚えないといけない仕事は多いけど、それでも時間はあったから、二人で馬で遠乗りしたり、果物を摘んだり」
そのときのことを思い浮かべたのかエリアルの顔にも可憐な笑みが浮かぶ。
「王都に帰ってからよ。アルフォード様は一月強の仕事のつけがまわってきて、帰るのは深夜。お兄様もお義姉さまをつれて領地にもどってたものだから、仕事の量は半端ないらしくて。少しづつ覚えていくはずだった領地関係の書類も、今までお兄様が片付けていた分が全部こっちにまわってきて……まだ初めたばかりだから、手のぬき方もわからないし……。もう五日もアルフォード様に会ってない――」
もう体力も精神力も限界に近いようだった。
「リサ……結婚てこんなに怖ろしいものなの?」
セリナもエリアルを抱きしめながら、怖ろしげにリサに尋ねる。
リサもわからないと首を振る。
「折角天気もいいのだし、東屋でお茶にしましょう」
少しでもエリアルを励まそうと、セリナは立ち上がる。そっと手をひくとエリアルも立ち上がる。
エリアルは、不意にセリナの手を握る手を離すと、その場に立っていられないというように、崩れ折れた。
咄嗟に両側からセリナとリサが支えたから良かったものの、その白い顔には意識がないようだった。
「だれか! 誰か来て!」
セリナの悲鳴を聞いて、隣の部屋に控えていた侍女達が部屋に入ってくる。どの顔も一瞬驚きに目を瞠るが、ハッと自らの役目を思い出し、医師を呼ぶもの、騎士団に使いにでるもの、エリアルを客間の寝室に運ぶものと分かれた。
エリアルの侍女もそこにはいて、女主人が寝室に運ばれると、ドレスを脱がせ、コルセットを外す。リサの差し出したガウンを着せ替えて、そっと上掛けをかけると、祈るように顔の前で拳を握り合わせた。
「わたしもエリアルの側にいるの」
セリナの声が聞こえるが、他の侍女が制止してるのか中まで入ってくることはなかった。
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エリアルが倒れたと聞いて、アルフォードは騎士団の部屋を飛び出した。
五日ほど家に帰れていなかったアルフォードは、エリアルが登城してることも知らなかったので、その驚きは激しかった。
「王女様とお話していて、場所を移されようと立ち上がられたときに、倒れられたのです」
その侍女はエリアル付きの侍女の一人でクレアという。イルと交代で常にエリアルの側にいるものだった。今日は登城するエリアルのことを心配したイルと二人で着いて来たのだが、今倒れたエリアルにはイルがついていて、クレアは王宮の侍女とともに主に知らせにきたのだった。
アルフォードはそこが二階にも関わらず、窓から飛び出していってしまった。
騎士団から王女の居住区は遠く距離を焦る気持ちをおさえられなかったのだろうが、クレアと王宮の侍女はあわてて扉からアルフォードを追っていくのだった。
医師はすぐさま通されて、エリアルの診察を始めた。意識のないを心配したが、どうやら今は眠っているだけのようだった。
「公爵夫人は寝不足ではありませんでしたか?」
尋ねる医師にイルは頷く。
「倒れられたのは、貧血でしょうな。ほら、目の瞼の下のところをごらんなさい。真っ白でしょう。これは血が足りていないのです。そういうときに、不意に倒れられることはご婦人にはよくあることです。それと、目の下の隈。これほど若い人がこんなに疲れられてるとは、ご主人様に少しお控えするようにお願いした方がいいですね」
イルは、何もいえずに俯く。控えるもなにも帰ってきていないのだから。
バタンと音がして、走ってきただろうアルフォードを見て、イルは頭を下げた。
「医師、妻は、妻の具合は!?」
アルフォードの全身に戦気が立ってるような気がして、医師もイルも開け放たれた扉から覗く人々も一歩、二歩と後ずさった。
「落ち着いてください……。大丈夫ですから」
医師が手を上げて降参しながら、そう言うと、アルフォードは吼えた。
「大丈夫なら何で寝てるんだ!」
あまり吼えられたことなどないのだろう。まだそれほど歳のいっていない医師は尻餅をついてしまった。
「旦那様、医師様を怖がらせてどうするのですか」
イル自身も脂汗がでそうだが、そういって医師をかばうと、ハッとアルフォードは口元を押さえて、謝った。脅すつもりはなかったようだった。
「すまん……。エリアルは……」
「大丈夫だそうです。貧血が酷くて倒れられたのだろうと。今は眠ってらっしゃるようです」
先程の医師の説明をすると、アルフォードは頷き、エリアルのベッドの脇の椅子に腰掛けた。
クレアが帰ってきたようで、そっと開けられていた扉が閉まった。
「なんで、こんなに憔悴してるんだ……」
そっと頬を撫でると、アルフォードは呟く。
「旦那様は、何故お帰りにならなかったのですか。お手紙には忙しいとは書いてありましたし、その通りだと思いますが……」
イルは思っていた疑問をぶつけてみた。
時期やイベントによっては、確かに二日や三日ほど帰れないことはあったが、王都にいながら五日も帰れないことなど今まではなかった。
「アルフォード様は、忙しくて帰れないのね」
健気に屋敷で仕事を覚え、寝る間も惜しんでいるエリアルが悲しそうに呟くのを聞いて、イルも他のものも胸がつぶれそうだった。何故帰ってこないのかと疑問に思っているものだから、その戸惑いもエリアルは気付いていたのかもしれない。
「エリアルが、疲れていると……思ったんだ。毎日、領地の勉強も王都での俺の仕事を手伝うために勉強してくれていて、慣れないのに貴婦人を招いてサロンも開かねばならんだろう。アルティシアのために時間を割いてくれてることも聞いてる――」
髪を撫でているとホッとするのは、エリアルだからだ。側にいるだけで癒される。
なのに、もういい加減いい年なのに、アルフォードはエリアルの匂いをかいでしまえば、止まらなくなってしまうのだ。
「なら、尚更――」
責めるようにいってしまうのを許して欲しいとイルは思う。この五日、一日ごとに食の細くなっていくエリアルを心配し続けたのだ。
「エリアルは、どんなに疲れてても、俺が求めれば応えてくれる。しかも俺が帰れるのは深夜だ……。夜更けても仕事や勉強に費やすエリアルを俺は、自分の欲望を抑えられないからといって抱き潰してしまうんだ――」
イルは「あ―……」とか「う―……」とかいうことしか出来なかった。
まぁ、新婚だしいいんじゃないかとも思うが、本人は切実なのだろう。
「それはですね、悪循環ですよ。貴方の身体が危機感を覚えているから、生命としての子孫を残したいという欲求が抑えられないです。例えば、猛獣などもお腹が満ち足りているときは、隣にヤギがいても食べないんですよ」
「なら、他の女を抱いて満足してからエリアルの元に帰れというのか!?」
絶望的な顔をしたアルフォードに医師は笑いが込み上げるが、必死に堪える。
こんなに愛されている女性は、幸せな人だと思う。だから、この二人のために何かいいアドバイスをしようと思ったのだ。
「違いますよ、性欲のことではなく。まず人間が求めるのは睡眠、そして食事、その次が性欲なんです。貴方は戦場に出ているときに性欲が強くなるのを感じたことはありませんか?」
イルはここにいるのが、少し辛くなってきた。イルは、まだ結婚していないので、性欲を繰り返されると、居たたまれない。
「動物は生命に危機が訪れると子孫を残そうと性欲が増えます。その生命の危機にあたるのが、今の話では睡眠がちゃんととれていないことでしょうね。まず、奥様を抱き潰したくないのなら、ちゃんと睡眠、食事をとることですね。そうすれば、抑えられないということはないでしょう。こんな状態の奥様を閣下はここで抱きたいと思いますか?」
白くなったエリアルを見つめて、アルフォードは首を振る。
「なら、一緒に眠っていけばよろしい。貴方の状態も、けしていいものとはいえませんよ。医師の命令です」
そう眼鏡の奥で笑った医師にアルフォードは、素直に頭を下げることが出来た。
「正直、どうしていいのかわからなかったんだ。感謝する――」
アルフォードに感謝されて、医師は「いえ、これが仕事ですから」といった。
「お薬をお渡ししますので、どなたか医務室に取りに来ていただけますか」
イルは立ち上がり「私がまいります」とお辞儀をした。
クレアは、二人を見送ったあと、セリナに状況説明と客間の許可をもらいに部屋を出た。
アルフォードは、服を大方脱いで、ベッドにもぐりこむと、そっとエリアルを抱きしめた。
記憶よりも細くなったエリアルに泣きそうになりながら、そっと抱きしめる。エリアルはアルフォードのぬくもりに気付いたのか、温かさを求めてのことかはわからなかったが、抱きついてくる。
頬に優しくキスをするだけで、満たされたように感じる。
エリアルを起こさないように、自分も寝ることにする。
今日は、エリアルを連れて家に帰るのだ――。
五日の騎士団執務室の軟禁生活は辛かったが、アルフォードの仕事にある程度の区切りをつけることができた。
エリアルの吐息を胸に、アルフォードは安心したように眠るのだった。
結婚後のエリアルとアルフォード。
二人はいつもラブラブです。投稿後しかシリーズに入れられないので、16日の朝にシリーズに入れる予定です。
リリスのお話を16日の昼から投稿するので、よろしければそちらもごらんください。そちらは『侯爵夫人のお友達』となります。