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冬謝祭の贈り物(前)

こんにちは。クリスマスだし! と気軽に話を書き始め、途中で後悔しました(笑)。何故なら前後編。イベントのために何か書こうとすると『弓&刃物』になるんですよね~。何故かなぁ。

 冬の最後の月がはじまったばかりのことだった。


 朝も早い時間に愛馬トライルの手入れをしていたエリアルに、兄であるクレインが訪ねてきたのだった。

 とはいえ、クレインの住んでいる隣の屋敷とは庭でつながっているので、エリアルは行き来し放題であったが。


「あら、おはようございます。兄様、こんな早くに私に会いにらっしゃるなんて、珍しいわね」


 どこか面倒くさそうに尋ねると、クレインは「喧嘩した・・・・・・」という。

 この場合、エリアルに言いに来たということは、クレインの妻であるアルティシアか、エリアルの夫であるアルフォードだと思うのだが、珍しいことだとエリアルは何度か瞬きを繰り返した。

 クレインが最愛の妻であるアルティシアと喧嘩することも、どんなに情けない姿をみても三つ子の魂百までというか刷り込まれているアルフォードと喧嘩することも想像が出来なかったのだ。


 エリアルとアルフォードは、小さなものを含めば三日に一度は喧嘩しては甘い仲直りをしているのだが、クレインはアルティシアに声を荒げたことすらないのではないだろうか。


「ちなみに原因をお聞きしても?」


 この時間帯に喧嘩したということは、アルティシアであろうと予想してクレインの言葉をトライルの鬣を梳きながら待つ。


「冬謝祭に城に行くというんだ――」


 冬謝祭は、今年最後の王都の祭りだが、規模としては小さいものだ。昔は家族、もしくは親族が集まるだけのもので、街全体で祝うこともない。


「ええ、セリナから招待状がきてましたわね」

「家族で祝うものだろう、冬謝祭は――」


 来年に結婚を控えたセリナ王女だったが、未だに『薔薇の園のしじま』の熱烈なファンであり、その仲間を呼んでのお茶会を毎年冬謝祭に行っているのだ。

 同好の志が集まり仲間内の発表会などをすることも多いので、なんら不思議はないと思うのだけれどとエリアルはクレインを見ると、「シアが嫌な想いをしないかと・・・・・・」と言う。


 嫌な想いというとなんだろうか。クレインだって、あの会には散々世話になっていたし、あの世界の不思議な意識というか絆を知らないわけではないだろうに。


「それは、クレイン兄様が夫ということで、お義姉さまが意地悪されたりとか・・・・・・そういうことですの?」


 エリアルは、クレインが何を言いたいのかよくわからなかった。

 クレインのそれは適当に思いついたことをいっただけなのだろう、応えもない。


「もう、子供だっているのに現実のおれだけでいいだろうと言ったら、怒ってしまった」


 自業自得だろうとエリアルは思うのだけれど、そうは言えずに、「そうですわね」と言葉を濁した。

 エリアルが想像するに、ウキウキとお茶会のための準備をしている妻に焼きもちを焼いただけだろう。アルティシアもきっとわかっている。


「勿論、エリーも行くんだよな?」

「まさか。私は騎士団のほうに呼ばれましたから、そちらのほうに参りますわ」

「き、筋肉祭りに来るのか!」


 筋肉祭り・・・・・・と、兄の口から出た言葉にエリアルは絶句した。


「シアが困るじゃないか――」


 妻にメロメロなのはわかっているから、唾を飛ばさないでほしいとエリアルは思った。


「お義姉さまはもう城のお茶会くらいではビクともしませんわ。ちゃんとエレもスイもいますし、セリナがお義姉さまを離しませんわ」


 来年には結婚が決まっているというのに、セリナの中でクレインは別格なのだ。そのクレインの妻であるアルティシアのことは敬愛しているといっても過言ではない。


 咲き誇る一対の薔薇(薔薇の園のしじまにかけているらしい)とアルフォードとクレインを褒めたたえながら、それに寄り添う百合の花とアルティシアは呼ばれている。


 エリアルは、セリナと仲良くなりすぎて、もう妄想がわかないと嘆いていた。


 有難いことだ・・・・・・とエリアルは思っている。


「だが――」

「夜はこちらの屋敷で子供達とお祝いするのですから、いいではありませんか」

「よくない! エリアルは知らないかもしれないが、王城でのお茶会の後は、あの・・・・・・おれやアルフォード様が主役の何とも言えない本を沢山借りてきて、アルティシアは・・・・・・っ」


 クレインの嘆きは、何だか面白かった。この兄をここまで面白い人間に変えてしまうアルティシアは凄い人物だとエリアルは感心する。


「読書三昧なんだ――」


 がっくりと肩を落としたクレインに、エリアルはどう慰めるべきか考えた。


「お義姉さまが幸せなら、いいじゃありませんか」


 クレインはアルティシアを愛している。なら、アルティシアの幸せが一番のはずだ。


「冬謝祭は、アルティシアと二人で過ごしたかった――」


 え、娘はどうしたの? とエリアルは言わない。


「はい、了解しました。レオノーラは、うちで預かってあげるから、夜は二人っきりで過ごしたらいいじゃない」


 今年、既に三人目の子供を授かったエリアルは、甘い一日など期待していない。筋肉祭りの間は、子供たちは家の人間たちがみていてくれるし、一人くらい子供が増えてって何ら問題はない。


「――っ! エリアル、感謝する」


 憂いに満ちた顔を満面の笑みに変えて、兄は帰っていった。


 どうやら本題は喧嘩しただとか、お茶会がどうとかではなく、二人で甘い一日を過ごしたかっただけだろう。


 エリアルは、笑いながらトライルの背に鞍を乗せた。


「お兄様の罠にはまってしまったわね。どうせ私が筋肉祭りのほうに行くのを知っていてあんなことを言っていたのよ。ね、トラ。久しぶりの遠駆けだもの、楽しみましょう」


 子供たちを育てるのはエリアルの仕事ではないが、やはり馬に触れる時間は減ってしまっていた。久しぶりの感覚にエリアルは心が浮き立つのを感じた。やはり馬と駆けるのは気持ちがいい。

 筋肉祭りもとい、騎士団の冬謝祭は国王主催の剣での試合や障害馬術の試合があるのだ。それにエリアルも飛び入り参加が決まっているのだ。


 トンと合図を送ると、トライルは直ぐに走り始める。その足取りは軽く、エリアルは名前の通り風になって街を駆け抜けるのだった。



 冬謝祭の日、アルティシアはクレインに送られて王城にやってきた。

 

「具合が悪くなったらおれを呼ぶんだよ。いつでも来るから――」

「ええ、ありがとう」


 アルティシアは、今日の日がとても楽しみだったのだろう頬を紅潮させていて、それが少しだけクレインには寂しい。


「シア・・・・・・。おれのことを忘れないで――」

「クレイン?」


 クレインがアルティシアの頬に口付けるところを見たお茶会のメンバーは息を飲んだ。


 あんな感じで口付けるのね、クレイン様は――。


 ギラギラとした作者たちの視線を払うように、クレインはセリアに「よろしくお願いします」と挨拶して出て行った。


 ほぅとため息が漏れる。


「やっぱりクレイン様は麗しいわぁ」

「やっぱりアルフォード様とだったら、少し背伸びして、キスするのよね」

「違うわよ、アルフォード様がクレイン様を押し倒してキスするのよ」

「私は・・・・・・、寝ているクレインにお兄様が口付ける『夜中の君の声』が好きだわ」


 アルティシアは、今嵌っているアルフォード×クレインの本を上げる。


「あれは秀逸だったわ。エロさはほどほどで、切なかったわ」


 エリアルがこの会に参加できないのは、二人のキスシーンで切なくなったりドキドキしたり出来ないからだった。エリアルに妄想力は少ない。


 お茶会のメンバーは一五人ほどだったが、一種異様な空気でその部屋は暖房もいらないのではないかと思われるほど熱気があふれている。


「では、今回の新作はこちらでございます」


 本来なら王妃のお茶会についているべき、女官長へんしゅうちょうがバザッと布の覆いをとると、並べられた薄いながらも装丁された本が表れた。


「キャー!」


 まるで少女のような声を上げてメンバーは、それを喜ぶ。


「今回は、大御所であるキャンディ・ローズとショコラ・リリーの新作が揃いましたよ」


 キャンディ・ローズことリサの本は、王城の中でのアルフォードとクレインの絡みが多い。王妃からの依頼という形で、アルフォードと国王を継いだコンラートとの絡み本も多いが、ショコラ・リリーの本はどちらかというと王城以外での絡みが多く、どちらも甲乙つけがたい人気だった。

 ただ、ショコラ・リリーの正体を知るのは女官長である編集長だけだった。


「あら珍しいわ。ショコラ様の本はイラスト付きなのね」


 手にとったセリナがそういうと、お行儀も何もあったものではないしぐさで貴婦人たちは群がった。


「イラスト?」


 アルティシアの不思議そうな声に、セリナが頷きアルティシアの膝に本を載せた。パラパラとめくるアルティシアの指がイラストの度にとまり、それを覗いていたものたちが見つめる。


「素敵だわ」


 リリスも勿論アルティシアの隣に座っていたので、一緒に見ることが出来た。このお茶会のメンバー分の数はあるのだが、帰りに渡されることになっているのだ。


「そうね・・・・・・」

「では皆さま、今回の趣旨は、クレイン様とアルフォード様が温泉に行ったら? ですわ」

「まぁ、クレイン様がアルフォード様を慕っている新しい部下に怪我をさせられて、それに激怒したアルフォード様が新しい部下を足蹴にするとかはどうかしら? そして、怪我を治すために温泉に行くとか」

「それでしたら、新人の部下は、この前入ってきたばかりのニース様なんてどうかしら?」

「ああ、子犬のようで可愛らしいわよね」


 皆さま騎士団の人事にもしっかり精通しているので、次から次へと出てくるのを、女官長とリサが書き写していくのである。


 そのネタを作家たちに編集長が配り、次のお茶会に本が出来上がるという全員参加型の仕組みであった。


 ここではアルティシアは自由でいられた。誰もアルティシアの足が不自由なことなど問題にしないし、それ以上に重要なことが同じだからだ。


覚えていて下さると嬉しいですが、結構長い間書いてなかったので、色々読み直しました。さすが私が書いただけあって、私好みになっております(笑)。よろしければ、後編も昼頃に投下しますので読んで頂けると嬉しいです。

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