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甘い夫

読んで下さってありがとうございます☆

これは『初恋の人に捧げる赤い果実』のハールを叩きのめした次の日の話です。

「今日、部下に聞いたんだが……」


 嫌な予感がする……。

 

 私の勘は驚くほど当たる。


 この予感は兄様に毒を盛られた時に似ている……。


 ゾワゾワと身体が芯から震える。


 ちなみに毒は致死量とは遠く、解毒薬もちゃんと用意されていた。兄であるクレインは、私の身体を毒からも護るために慣れさせようとしていた。

 私の覚えていない頃の戦の折、何人もの国の重鎮が毒殺されたことがあったらしい。それ以来、そういう方向での危機管理もされるようになった。

 

 最初、私には内緒で慣れさせようとしていたのだけれど、私がことごとくそれを含むものを口にしなかったために、兄は私にちゃんと説明をした上で飲むようにと指示をした。


 そこに解毒薬があるとわかっていても。それが致死量でないとわかっていても。私の身体は毒薬に酷く反応した。飲み干すためにはかなりの意思の力が必要だった。


 そんな私の勘が告げる――。


 逃げろ――と……。


 私はとり合えず、夫であるアルフォードの隙をついて扉へと向かおうとした。


「エリアル!」


 腕を掴まれて、絶望的な気分になる。と同時に惚れ惚れとする。

 私の夫はなんて素早いのだろう。こんなに大きな身体で素早いと評判の私の逃げに慌てる事もなく対応する。


「エリアル……。何で逃げるんだ?」


 獰猛に笑うアルフォードに、白旗を揚げると私は力を抜いて、抱き上げられるのだった。


 昨日お仕置きされたというのに、なんてことだろう。これなら、全部告げて昨日まとめられたほうが良かったと、溜息をついた。



「ハールに怪我をさせたらしいな。しかもマーゼアル国の親善に来られたクラリーチェ姫の前で……」


 姫だったのかと、ブルネットの美しい女性を思い出した。二十台後半の女性だったと思う。街を自由に歩ける程度の家の家格にあった服装だったが、どこか気品のようなものを感じさせた。


 血まみれのハールが、「仕事でお連れしているんだ」と言っていたが、そんな大物だと思っていなかった。


「ごめんなさい……貴方に迷惑をかけたのね……」


 ベッドの端に腰掛けさせられて威圧感を放つアルフォードの目を見れずに俯いて、謝罪をした。アルフォードの部下の報告ということは、アルフォードが任された護衛の人間の前で、暴挙を働いてしまったということで、つまりは夫の顔に泥を塗ったということだ。


 青褪めた私に幾分威圧感を緩めて、アルフォードは顔を覗きこむように床のフワフワの絨毯の上に座った。ベッドに腰掛けている私とほとんど目の高さは変わらない。その瞳は意外そうだった。


 アルフォードがどう思っているかは知らないが、私はアルフォードの仕事を尊敬している。彼の責任の重さ、彼の重要性、それらもある程度はわかっているつもりだ。

 城で変な人達を足蹴にしようと、殴り倒そうと彼が大して気にしていないこともわかっている。


 それらと、今回のことは種類が違うということもあの女性の素性を知った今では理解している。


「アルフォード様……」


 アルフォードに恥をかかせてしまったのだと思うと、後悔が押し寄せてくる。


「エリアル、何で前のように呼ぶんだ?」


 アルフォードと呼ぶように言われたのは結婚してからだ。私は押し寄せてくる混乱から前のように呼んでしまったのだが、アルフォードはそれが気になったようだった。


「ごめんなさい……」


 シュンとした私がいつもと違うのをアルフォードは気付いて手を伸ばしてきた。誘われるままに手に縋り、彼の首筋に抱きつくと胡坐をかいた上に横抱きにされた。


「エリアル、反省してるのか?」


 ハールの鳩尾に拳をいれて、俯いたところを両手を組んで全身で叩きのめしたことは後悔していないけれど、クラリーチェ姫を怖がらせてしまったことは反省しているから、頷くとアルフォードはあっさりと許してくれた。


「なんで俺のお姫様はこんなに凶暴なんだろうな……」


 溜息交じりに降ってきた声に私は泣きたくなる。


 凶暴だと思われていたのか……。


 ジワリと浮かぶ涙にアルフォードは驚いたようだった。


「泣くな……。もうお前はなんだって俺の前ではそんなに可憐なんだ?」


 現金なもので、可憐という言葉を聞いたとたんに笑みがこぼれる。


「ほら、また俺を誘惑してるのか?」


 アルフォードの声に熱いものを感じて、私は下から届く彼の顎にキスをした。


「だって、好きなんだもの。アルフォード、好き……」


 頬を撫でられると、気持ちよくて眠ってしまいそうになる。


「そういうときは、愛してるって言うんだ」


 そうなの? と首を傾げるとアルフォードは頷いた。


「アルフォード、愛してる――」


 自分で言ったくせに、言葉にするとアルフォードは赤くなった。


「エリアル、愛してるよ。もう、凶暴でもいいからそんな顔を他の人に見せるなよ。これは命令だ――」


 真面目な声で、そう言ってエリアルを抱いたまま立ち上がると、そっと横のベッドに下ろされた。


「はい! 閣下!」


 そう言って頭を下げて恭順の意を示すと、アルフォードは豪快に笑った。


 今日は『待て』のお仕置きはないようだとホッとした。昨日は味わえなかったアルフォードの首筋を狙うと、またもや止められた。


「駄目だ。今日は、本当にお仕置きだ――。もう寝ろ」


 手を握られて、アルフォードの上に乗ったまま身体を固定されると動く事もできなかった。


「わかったわ……寝るから、下ろしてください」


 アルフォードの意思は強い。彼がそういうなら、もう何もさせてもらえない。


「だめだ。そこで寝ろ」


 こんな所で寝たら、アルフォードこそ眠れないだろうに……と思ったが、それほど時間もかからず、彼は寝息を立て始めた。上下に揺れる胸の上で、「ちょっと硬いんだけど」と文句を言いつつ、私も体温が気持ちよくてそのまま眠ることにした。


 こんな豪華なベッドは他にはないだろう。


 私の眠りも早い。


 

 二人は重なるようにして朝まで眠りにつくのだった。


結局甘いんですw。

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