雪祭り
読んで下さってありがとうございます。
メリークリスマス! クリスマスではないですが、それっぽいものを書いてみました。
「ああ、ちょっとヤバイかも……」
朝起きて、エリアルは外の景色をみて唸った。降りそうな気がしてたけど、これほど積もってしまうとは、予想が外れてしまった。冬の天気を舐めてはいけない。
エリアルは、二週間前に義姉であるアルティシアと共にグレンリズム領に来ていた。
「銀世界ね」
アルティシアを朝ごはんを食べるために迎えにいくと、窓から外を眺めていたアルティシアがそう言って困ったように微笑んだ。
「そうですね。ちょっと困ってしまいますね……。途中まで来てるとは思いますが、無事に着くかしら?」
アルフォードとクレインは、城で今年の仕事を終えてからこちらに来る予定だったのだ。今日到着の予定だったが、明日になってしまうかもしれない。
今日は朝から忙しい。グレンリズム領で毎年行われる雪祭りが行われるのだ。本当はもっと早くアルフォード達も来る予定だったのだが、仕事が押してしまったらしい。それは仕方のないことで、エリアルもアルティシアも怒っていない。
だが、こんなに雪が降ると到着も遅れるだろうし、何より心配だった。
「心配だわ。クレイン、無事についてくれるかしら」
何を想像したのかアルティシアの細い肩が震える。
「シア、大丈夫よ。クレインは雪に慣れているもの」
母の言葉にも緩く首を振るだけだ。心配というのは、どれほど無事だとわかっていたとしても減ることがないのだ。
食事も喉を通らない風情の義姉を見て、その女らしさをうらやましいとエリアルは思った。リリスにしてもアルティシアにしてもそうだが、自然と備わった女らしい彼女達に憧れるのだが、どうしてもそうなれない自分に最近気付いた。でも、それがいいとアルフォードがいってくれるから、もう女らしさは諦めた。
エリアルは知らない。黙って止まってさえいれば、だれよりも女らしく美しい自分のことを。エリアルは、黙ってとまっている事があまりないので、それも無理のないことだったが。
「スープ、もう一杯もらえるかしら」
ゴクリと飲み干して、エリアルは朝から全開の食欲を満たすべく、次々と平らげていく。
「エリー……」
母の呆れるような声を聞きながら、入れてもらったじゃがいものポタージュを堪能する。
「ご馳走様でした」
エリアルが満足したのは、見ていたアルティシアが気持ち悪くなるほどだった。
「貴女、どうしたの?」
「え、今日は雪祭りだもの。今から行ってくるわ。お義姉さまはお母様と暖かい格好でいらしてね。クレイン兄様がこれないなら今日は私が勝つわ! そして子供達にプレゼントを配るのよ」
母の疑問に答えて、エリアルは、少し苦しくなったお腹をさすりながら、意気込みと共に立ちあがった。
雪祭りの馬レースの優勝者は、夜から相棒の馬と共に領内の家々を周る。周りきれない遠い家の子供たちは伯爵家に昨日から泊まって雪祭りを楽しみにしているのだ。配られるのは十歳以下の子供達だ。
「あの子は……、公爵夫人になったって理解してるのかしら?」
母は、意気揚々と出て行った娘の姿をみて、憮然と呟いた。
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雪祭りは、暖かいスープやワイン、焼いた肉などが振舞われる。
雪の中で行われるので、領地の中でもグレンリズム伯爵家の屋敷のある村と近隣の村の者達だけで行われるので、規模としてはそれほど大きいものではない。街にも伯爵家の屋敷はあるのだが、自然を好むグレンリズム家の人々は不自由な村で過ごしている。
沢山の子供達は伯爵に招待されて、伯爵家に泊めてもらえるので、朝から屋敷も庭も沢山の子供達で溢れていた。少し遠いところからも伯爵家の使用人たちが迎えに来てくれるので、一年に一度しか会わないこともある子供達は、喧嘩をしたり騒いだりしている。
伯爵家当主の開会宣言が行われ、人々は思い思いに祭りを楽しむ為に歓声を上げた。
子供達は広場に雪だるまをつくるのが仕事だ。
エリアルは、率先して雪だるまをつくり、子供達とはしゃいだ。
村の子供達は、美しい男装をしている人が公爵夫人だと聞いて、貴族というのはそういうものだと勘違いしてしまった。その後に伯爵夫人と来たはかなげな美しい黒髪の人が子爵夫人と聞いて、子爵の方が位が高いと思ったのは、仕方のない事だと思われる。
「クレイン様のおくさま、こちらをどうぞ」
小さい女の子が、その手にのせた雪だるまをくれて、アルティシアも感激してしまった。
「ありがとう。嬉しいわ。可愛いわね」
ニッコリと微笑む黒髪のお姫様に女の子たちは懐いた。大人たちが止めるのも聞かず、暖かいスープやワインを運んできて、朝はほとんど食べれなかったアルティシアに少しづつ食事を差し出して、食べてもらうと嬉しそうに笑顔になった。
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昼一番にメインイベントがある。馬の競走だ。雪の中にいくつか置かれた赤く染められた石を三回周り、速さを競う。
ラッパが鳴り、馬が跳びだす。
流石馬の生産地だけあって、沢山の馬がいた。色は鹿毛が一番多いが、青毛が一番雪には映えていた。嘶き走るもの、雪に埋もれる小さな馬もいる。
毎年、勝っていたのはクレインだ。彼の愛馬マリエルは、雪などものともせず、その巨体でクレインを優勝に導いていた。
「トラ、がんばろうね」
今日はクレインがいないので、いつも雪辱を味わっていたエリアル他数名は張り切った。
「マイケル、常歩!」
素直な馬は、ほかの人間の号令でも聞く事がある。マイケルは、エリアルの声を聞いて常歩になった。その横をトライルとエリアルが駆け抜ける。
エリアルは後でマイケルにニンジンを上げようと思った。
「トライル、常歩!」
勿論、他の人間からトライルにも号令が掛かる。
「フフフ、私の号令も聞かないときあるのに、聞くわけないじゃない!」
エリアルは、あまり誇って言えないことを口走っていた。トライルはそういう馬だ。
雪の中で馬は、雪から抜けようとうさぎのように上に弾む。
「ちょっと酔いそう……」
「エリアル様、情けない~」
「マックス、常歩!」
横から追い抜きながらエリアルを貶した男は、常歩になった馬を叱っている。
「油断大敵!」
エリアルは、少し揺れに気持ち悪くなりながらも3周目を突破して、ゴールした。
汗だくになったトライルの首に抱きつき「トラ、がんばったね」と褒めると、鼻息荒く、トライルは嘶いた。
ワァと歓声が上がる。
エリアルは、恒例通りに担ぎ上げられ、何度か胴上げされた後、そのために積み上げられたフワフワの雪の上に放りなげられた。
初めての優勝で興奮の最中にあったエリアルが、自分の違和感に気付いたのは雪に落ちた瞬間だった。お腹を押さえて呻くエリアルに気付き、子供も大人も何事かとワラワラと集まり、助け起こそうとしたときには、エリアルはその痛みに青くなっていた。
「エリアル――」
エリアルは意識を失う瞬間、夫であるアルフォードの声を遠くに聞いたような気がした。
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「俺を殺す気か……」
目が醒めて、覗きこんでいるアルフォードに気付くと開口一番にそう言われた。
エリアルは寝起きがいいので、あまりぼんやりすることがないのだが、今は何故かぼんやりとしていて、何で夫が自分を見つめてぼやいているのかわからなかった。
起き上がろうとして、止められる。
「絶対安静だ――」
「アルフォード?」
アルフォードが眇めた目の奥にいまだ心配そうな色があったので、エリアルは驚いた。
「プレゼントを贈りにいかなきゃ」
思い出したのは、雪祭りのレースで優勝したこと。ずっと憧れだったのだ。
「駄目だ……」
呆れたように言うアルフォードに少しムッとした。頬を人差し指の側面で撫でているアルフォードは、引いてくれそうになかった。
「ずっと憧れていたの。私が、プレゼントを渡しにいけるのは初めてなの」
エリアルが、そう言ってもアルフォードは首を横に振る。
「俺が代わりに行ってやる」
「私が行きたいの。アルフォード、どうしてそんな意地悪をいうの?」
エリアルが途方にくれるように責めると、横から知らない声が聞こえた。他に人がいたのかとやっと気付いた。
「奥様、あまりご主人様を責めませんように。お腹の御子にもよろしくありませんよ」
その格好から医者だとわかったが、言ってる意味がわからなかった。
「御子?」
ぼんやりとその言葉の意味を噛みしめて、エリアルはアルフォードを見た。アルフォードは、心配そうに、嬉しそうに「そうだ」と言った。
「子供がいるの? 私の中に?」
「エリーおめでとう」
「エリアル様おめでとうございます」
後ろに控えていた母とイルが、祝ってくれて、どうやら本当のことだと理解した。
「こっちに来てから異様に食べていたから、おかしいとはおもっていたのだけど……」
母は、「まさかだわ。私のときは、食べれなくて大変だったんだもの」と微笑む。
エリアルは、青い顔で今日の行動を思い起こした。
「朝から雪だるまを作ったの。沢山よ。雪の中で馬にも乗ったわ。雪にダイブして……」
アルフォードも医者も青くなる。母とイルはずっと見ていたので、何も言わなかった。
「赤ちゃんは大丈夫なの?」
エリアルの妊婦さんの乏しい知識の中でも、それは駄目だろうと思える。
「丈夫な御子様でらっしゃいますね……」
医者は、そうとだけ呟いた。天井を見上げて、神へお礼をささげている。
「エリアル、俺にプレゼントの役は譲ってくれるか? お前は既に、俺に人生で最高の贈り物を贈ってくれた――」
エリアルは、あちこちにキスをしてくる夫に「そういうことなら涙はのむわ。アルフォード、私の代わりに行ってくれる?」と甘えた声でお願いした。
「安定期に入るまでは、ご夫婦で仲良くすることは禁止です。特に一週間はベットの中でゆっくりされてください。今回、御子が失われていたとしてもおかしくない状態だったんですよ。馬には御子が生まれるまで乗ることは禁止です」
「え、歩くくらいなら……」
「「「「駄目です(だ)」」」」
エリアルは一斉に全員に禁止されて、瞳を潤ませる。
「エリアル、俺と仲良くできないことより、馬に乗れないことのほうが嫌なのか?」
エリアルは、真剣に聞いてくるアルフォードに「そ、そんなことはないわ」とどもりながら否定したが、アルフォードは傷ついたような目をしていた。
「アルフォード。私、貴方の子供を大事にするわ。だから……、浮気しないでね」
アルフォードは感極まったように、エリアルを抱きしめた。
するわけないでしょ……ファレルとイルは目を見交わして、温い微笑を浮かべた。
アルフォードは、既に近隣にまで知れ渡ったエリアルの懐妊のことを知った領地の人々に「おめでとう」という言葉と、引き換えにプレゼントを渡す事になったのだった。
トライルは大きすぎるアルフォードが乗らないようにエリアルに指示されて、プレゼントを運ぶ事になった。沢山の荷物を苦にすることもなく、トライルは飾り立てられて村を練り歩くのだった。
トライルの顔は、何だか誇らしげだった――。
クリスマスはケーキとチキンを食べました。食べすぎたせいか朝起きたら舌が切れてました・・・。
常歩=歩く事です。




