3 哲学者たちは足掻く
忍び足でゴーレムが引き起こした衝撃で爆心地さながらに割れた地面からすたこらと遠ざかる最中意外なものを目にする。
ゴーレムと対峙したまま一歩も動かないポニーテールの少女。
怖くて固まってしまったのか。ぴくりともしない怜音を心配して声をかける。逃げながらだけど。
「お、おーい。怜音?大丈夫か?」
その声に必要以上に反応して全身がびくりと揺れる。
あいつも逃げるだろう。あんな規格外の化け物じゃ力が与えられてようが関係なく踏みつけられてしまう。
だが、
「よーしやってやる!」
彼女は奮起していた。
「・・・え?」「うぇっ?」
思わず足を止め、俺と背中にしがみついた柳洞寺は滑稽な声を漏らす。驚きで思わず声が出たのであって、決して背中の人は急な慣性で吐きそうだから声を漏らしたのではないと信じたい。
「い、いやいや、けしかけといて何だけど逃げよう。第二の人生も終わりが近い。ていうかさっきの見ただろ?あんな化け物どうにかできるわけがない」
「さっきのって?」
「いや、さっきのゴーレムさんが放った地面が割れるほどの右ストレート・・・」
「ミギストレート?ナンノコトデスカ?ワタシガミタノハゴーレムサンガシチメンチョウニエサヲアゲテイタトコロデスヨ?シチメンチョウカワイイ」
「「恐怖で凶悪な記憶が改竄がなされている!?」」
やばい。囮に使おうとしておいて何だが、やばい。あまりの衝撃で怜音の頭の中が一変にお花畑だ。
足止めはしてもらいたかったが死なれるのは困る。後味が悪い。どうにかあの場から離れさせないと。
「ほ、ほら!こっちに七面鳥いるぞー」
「お、おいしそうなのがいるのですよー?」
何と無く2人でインパクトの大きかった単語を出してみる。
可愛いとかいってたし食いついてくるか?
怜音は純真な瞳を爛々と輝かせながら
「ワタシコトバガワカリマセン」
「「最悪だ!!!」」
もう、最悪だ!言葉通じなくなったとかバベルの塔か。あれか、神様をおっさん呼ばわりしたから報復でもされたのか!
俺たちが戸惑っている間にもゴーレムは余裕を持って怜音と対峙する。攻撃してこないのが不思議だが、それもありがたい。
怜音は怜音で
「中学必修体育・剣道!見せてやんよ!」
えらく好戦的だ。
あとその構えは卓球だ。剣道ではない。
「あ、それ剣道じゃなくて卓球ですーれむ」
・・・ゴーレムさんがしゃべったぞ!しかも語尾付きで!語呂悪いな!
その言葉で構えをとっていた怜音は赤面していた。そりゃあ恥ずかしいだろう。卓球と剣道間違えてますなう、なんだから。ていうかお前言葉分かってんじゃねーか。
しかしものの数秒後。
「くらえ!えーと、我が中学必修体育!」
怜音はゴーレムに向かって言葉を濁しながら駆け出した。
下段に握りしめた拳をやり、突然の行動に驚いたゴーレムの腕をすり抜け足下までたどり着く。拳と同時に肘、肩、足を大きく引き腰を落とす。かなり様になったどこかの武道家のような構え。
―あれ?あいつぽんこつに見えて結構できる奴なのか?
口を一文字に引き結び豪快に放たれた拳はゴーレムの脚部を・・・!
すり抜けた。
「「・・・」」
すかぶり。見栄えに反してこの結果。ここにきてぽんこつ。目も当てられない。
怜音の身体は力のやり場を失ってその場でくるりと一回転し、俯せに倒れた。
身体的ダメージは無いだろうに彼女は起き上がらない。それどころかのろのろと両腕で肩を抱いてその場で伏せてしまう。そう、あれは現実逃避と降伏のポーズ。精神的苦痛の増大に伴いこれ以上の精神的ダメージよりも身体的ダメージの方がまだましと表したポーズだ。
あんな幼気な少女にかけてやれる言葉はひとつ。
「「・・・格好良かったよ(のです)!」」
「・・・」
だめだ。一切の反応がない。もう誰にも彼女の心は救えない。今生きているかさえ不明だ。
足下にいる俯せの少女が動かないのを見てゴーレムは怜音に手を伸ばす。お、おいおい、本格的にやばいんじゃ!・・・と
こつんっ
騒がしい戦場に不似合いな可愛らしい音がした。
良くは見えないが何かがゴーレムの身体にぶつけられた音。
ごつん
今一度音がする。今回はより鈍く響く。
またもどこからか何かが投げつけられるような音だ。そして背後からひゅんっと何かが空を切る気配がして
どがああああああああああああああああああああああ
「「「ぎゃああああああああああああ!!」」」
爆発した。