1 哲学者たちは喚ばれる
秋という季節がこの世界に存在するかは未だ不明だが、夏の熱を帯びた真っ青な空よりももっと高く感じる水色の空は、手足の隙間を縫うそよ風と相まって秋らしさを演出している。
本当に気持ちがよい。行楽日和とでも言うのだろう。
だが、少々砂塵が俟っており視界良好とはいかない。
周囲で3人の少女の声が響いてくる。俺、本多優はこの行楽地に一緒にやって来た仲間達と共に円を描く形で立ち尽くしている。
少女のうちの1人、長い髪を後ろで一つ縛りのポニーテールにした怜音が口を開く。
「そういうわけでやっぱり神はいるんだよ!」
大声でそんな事を叫ぶ。
と同時にどおん と背後で大きな衝撃が落下してさらに砂を巻き上げる。
爆発後さながら押し寄せる風でロングの髪を乱しながら2人目の少女、ええと、名字のインパクトで名前を忘れたが確か柳洞寺なんちゃらが怜音と向き合う。
「私だって別に神を否定しているわけではないのですよ。そういうあなたこそ無神論的な発言してたのですよ?」
今度は前方でがきん と金属音が幾層にも響き渡る。
「別に神がいないとは言ってなかったよ?ただあたしたちのいた世界はその神から自律して動いていたって考えていただけで」
「でも現にこの世界は神が人間に干渉してるのです」
「おい・・・お前ら・・・」
やめてくれ。と口を挟もうとした時、再度地面を揺るがす爆発が生じ俺の言葉を遮る。
発言を阻まれた俺に代わっておさげの少女、奏がふんわりとした声を発する。
「で、でもでもあのおっさん本当に・・・その、神様なんですか?」
獣の断末魔と人の叫声があがる。重たいものが倒れる音と歓喜の声。争乱。雑音で耳がおかしくなりそうだ。
そんな中やはりこの少女共は
「そこが疑問なんだよね」
「けれど、私たちは神の力とやらをあずけられているのですよ?」
「そ、それも・・・その、本当かどうか・・・」
「・・・おい!・・・お前ら!」
本当にやめてくれ。と叫ぼうとするが今度は短剣が目の前で歪な軌道を描きながら落下。俺のつま先1センチの堅い地面に突き刺さったことでやはり言葉は遮られる。超怖い。
「実際使い方も分からないまま放り出されたんだし」
「でも・・・
「お前らあああ!」
大量の息を吐き出して叫ぶと、そこでようやく俺に全員の視線が送られてくる。
ついでに真後ろにいるゴーレムの視線も感じる。
「お前らあ!神と悪魔の代理戦争が行われてる真っ直中で何悠々と会話しちゃってんだよおお!」
本当に今日は素晴らしい行楽日和だ。
周囲で戦争さえ行われていなければ。
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時は10分ほどさかのぼる。
気がつけば俺は真っ白い空間に立っていた。
ここに来る前のことを上手く思い出せない。
直立不動のまま首だけを動かし周囲を見回すがやはりどこも真っ白で、この神秘的・幻想的かつ畏怖を感じるような空間には扉や窓の類は一切見受けられない。
と、近くに3人の少女が立っている。
立ったまま眠っているのか動かない。
なんかポニーテールの子だけ白目むいてるけど・・・
起こして良いものかと考えあぐねていると
「目覚めよ。哲学者たち」
どこからともなく声が降りかかる。強くはない語気にそれでも威圧感を覚えるのは声の主がただ者ではない故にだろうか。
「ん?あれ?1人起きちゃってる!ちょっとちょっとー天使さーん?ちゃんと仕事してくれないかな-。目覚めちゃってるのに、目覚めよ(キリッ 見たいになってはずかしいじゃんー。僕じゃなかったら即刻減給処分よー。んんー?」
ただ者のようだ。そこらの嫌な上司みたくなっている。
「う・・・ん・・」
少女達の口から声が漏れる。
「ここ・・・は?」
俺と同じ心情にいたってか3人とも辺りに視線を彷徨わせている。
「ごほんごほん。では仕切り直しまして。目覚めよ。哲学しゃ、あ、これ違う、2枚目の台本用意してー・・・・・・えー。僕が多大な力を使ってあなた方4人をこの世界に召喚した『神』です」
・・・神?神ってあの・・・あれだろ、なんか奇跡起こすタイプの。自分から怪しくないと言うのが怪しいのと同じように、自分が神だと言う人ほど信用ならないものだ・・・
が、この空間の存在が彼を神であるとする証拠に出来るくらいには不思議な魅力のある場所だ。
神は怪しいがこの空間は現実離れしている・・・と言うことはおそらくこれは夢なのだろうと結論づけていると
「むぎいいいいいい」
という効果音と共にポニーテールがロングの透き通る様な髪を持った少女の頬を左右に引っ張った。ちなみに効果音はポニーテールが発している。
「い、いひゃい!いひゃいのへしゅ!」
パチンと手を離され元に戻った頬をさすりながらロングの子はポニーテールを睨み挙げる。
ポニーテールは特段気にした様子もなく夢じゃないんだあと呟く。
夢じゃないのか・・・
となるとやはり
「確認とれたかい?じゃあもう一度!僕がこの世界に君たちを召喚した神です。喚びだした理由は二つあります。一つは僕を助けてほしい。二つは人間を助けてほしい。これだけ。最終的には同じ目標になるのだけれどね」
「・・・」
「ん?何か質問ある?受け付けるよ」
「・・・」
「おっと!はい!そこのおさげの君」
おそるおそると挙げた手を下ろすことなく彼女は俺たちの総意を述べる。
「あの・・・なんでこのおっさん服着てないのでしょう?」
俺たち3人は肩をすくめる。堂々としすぎてて麻痺しそうになっていたが目の前の自称神のおっさんは全裸だった。18禁にならないようお付きの者と思われる天使が全力で「見せられないよ!」を行っているが、まごうことなくこのおっさんは全裸だ。顔が整っている分ビールっ腹が残念な感じだ。
「・・・」
自らの全身を見下げた後ぺたぺたと裸足を鳴らしながら無言で奥へと消えたイケメンの自称神のおっさんを見送って5分。
トーガとかいう一枚布を羽織ってやはり彼は閉口したまま戻ってくる。そして
「お前らのせいだかんなあああ!」
「「「「理不尽な!」」」」
えぐえぐと涙で顔面を残念に歪ませながら子供の様に泣きじゃくっている。
「だ、だって・・・僕、人間に力与えすぎてただでさえ弱ってるのに、また悪魔との代理戦争始まるわ、君ら召喚するわでもう力すっからかんなんだよおお・・・姿隠すこともままならないんだよおお」
遂には床に拳を打ち付け始めた自称神を哀れみの目で見つめながら俺は疑問を述べる。
「ええと・・・その、あんたが仮に神だとしてどうやって俺たちをここに呼び出したんだ?召喚だとか言ってたが」
「・・・君たち・・・元の世界で死んじゃったことは思い出せる?」
急に静かな声で物騒なことを言われる。
死んだ?元の世界?
神(仮)が何かウィンドウのようなものを空中に4つそれぞれの前に展開する。
そこには・・・
「本多優君。君は銃殺された」
ウィンドウにはグロテスクな部分は少ないが一目で死んでしまっていることが分かる画像が張り出された。
「稲熊奏君、柳洞寺はつみ君。君たちも死んでしまっている。元の世界ではね」
おさげ、ロングの少女の画像も開かれる。
やはりぴくりとも動かない映像で死亡が確認できる。
そして最後
「高城怜音君。君も・・・」
映像にはパソコンに向かってひたすらキーボードをたたくポニーテールの姿が映し出されていた。机の端に置かれた炭酸飲料を手に取り喉を鳴らしながら飲み干すと、逆サイドに設置されたチップス系のスナック菓子を箸でつまむ。それも片手間にひたすら画面に集中している。パソコン画面には某艦隊育成ゲームのタイトル・・・。
風船が破裂するような音と共にウィンドウが消失する。
「高城怜音君も死亡」
「ちょっと!ねえ!生きてた気がするんだけど!あたしまだ生きてた気がするんだけど!!」
心底残念そうな顔で頭を振りながら神は言葉を紡ぐ。
「君たちは第一の人生を早々に終わらされてしまった身だ」
「え?あたしだけ強制ログアウトだったんだけど?聞いてる?何でみんな真顔なの?」
「そこで僕が元の世界とは違う、僕の世界で第二の人生を歩める可能性を君たちに与える代わりに、君たちは僕の手伝いをしてくれないかな?」
死んでしまった時のことは少しも覚えていないが、俺があの世界で生きていたことは思い出した。
僕の世界・・・要は異世界で新しい人生か・・・
このまま死んでしまうのは少し未練が残りそうだ。
「手伝いって言うのは主にどういう事をするのです?」
柳洞寺が疑問をぶつける。
「成り立ちから全部説明すると長すぎるから端折るけど、僕の世界は今悪魔と戦争中なんだ」
先程から何度と出ている言葉。代理戦争と言っていたが。
「僕自身は下界にいけないからね、人間たちに全員に力を与えて悪魔から身を守ってもらってたんだけど、最近悪魔の方が力つけてきちゃったみたいで・・・」
「それで俺らにも戦ってほしいと」
「その通り!」
「でも、俺ら・・・少なくとも俺は何か誇れる力とか持ってないんだが」
「大丈夫大丈夫!僕が君らに与える力多めにする予定だから」
力と言われてもかなり曖昧だが。
「それで?最終的な目標は何なんだ?戦争を終わらせることか?それとも悪魔を根絶やしにすることか?悪魔と仲良くすることか?」
神が鋭い眼光をその双眸に宿すと「さすがだ」と口の中だけで呟く。
「?」
「いやあ、ね、普通の人間が『神様』に『代理戦争』を頼まれたら、悪魔と戦う発想しか浮かばないものだよ」
「そうか?」
まわりの3人も疑問に感じたようだ。
肩を小さく振るわせながら笑い声を漏らす神におさげの・・・確か奏という名の少女が続きを促す。
「結局何を、その、すればいいのか教えろです?」
「はい」
見た目に反して言動が鋭角気味だなあ。話してるとすぐ心が抉られてしまいそうだ。
「僕はね、悪魔軍を率いる女王とねイチャイチ・・・げふんげふん」
すまない。と仕切り直し
「イチャイチャしたいんだ」
「「「「言い直した意味!」」」」
「だからお互いがお互いを傷つけあうのなんてやめたいわけで・・・」
「いや、向こうは何とも思ってない可能性がメーター振り切ってあるのですが」
「戦争やめようって言っても誰にも声が届かないし」
「いや、お前にも俺らの声届いてねえんだけど」
とにかく、と神が膝を打つ。
「戦争を止めてほしいんだ。いろんな人のためにも」
輝くような笑顔で言われてしまった。はじめて神々しさを感じた気もする。
「さっきも言ったけど、能力については心配しなくても良いよ!そんじょそこらの人間なら問題なく蹴散らせるぐらいの力はあるだろうから。」
「それにね、君らに期待してるのは戦闘力じゃなくて哲学者としての本質なんだ」
「「「「!?」」」」
こいつらみんなあんなマイナー学問に携わってるのか。お互いに驚愕する。
「この世界の人間はみんな古くからの慣習や宗教という概念のせいで神が絶対だと信じて疑わない。だからこそ世界を疑ってやまない君たち哲学者にこの世界を変えてもらいたい」
真っ白だった空間の床部分が黒く歪みを描く。
渦のようになったそれは俺たちを飲み込もうとする。
身動きを取ることを忘れた俺たちに神は手を振りながら
「君たちならこの世界を疑ってくれると信じて」
真っ暗になった。
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気がつけば争乱。
怒濤のように過ぎ去る人々に巻き込まれないように4人で身を寄せ合う。
俺たちは神の国の最南端、戦争の最前線の土地に、まさに悪魔との戦闘の最中に喚びだされた。
なんともしょっぱいスタートだ。
更新情報は主にtwitterの方で行っているので興味のある方は是非のぞいてみてください。
誤字脱字がありましたので修正しております。