第六話「宣戦布告」
私はあれから何日もの間、街で情報を集めている。写真の女性、武器輸入組織。後に思ったのだが、もしかするとルーカスがこの女性を知っていた可能性が大きい。だが、二度と訪れないと宣言してしまった以上、もう聞く事は出来ない。私は諦めて街での聴き込みを続けた。
いつしか日が暮れそうな時間になっていた。話を聴いた人の中には、写真を見せた瞬間に若干の戸惑いを見せる人もいた。問い詰めてはみたが、関わりたくないという風に足早に立ち去ってしまった。
やはりこのメイド服を着ているからだろうか。この前のあの事件もある、警戒するのも無理はないだろう。だが、私がメイド服を脱ぐ訳にはいかない。ジルドール伯爵家として、という理由もあるが何より敵を誘き出しやすい。誰も生き残りが居るとは思っていなかったし、もしかすると敵もそうかもしれない。生き残りだと姿を晒し続ければ、いずれこの餌に喰い付いてくる。そして、こうして正体を晒している間は寄ってくる人間を皆怪しむ事が出来る。
今日はもう街での聴き込みは諦めて、裏の連中が集まる酒場に行ってみようか。私は一つ息を漏らし、足を進めた。
すると、キーン…と耳鳴り。一瞬足が止まりそうになったがそのまま歩き続けた。…視線だ。誰かに見られている。意識を後方に集中させると距離を詰める事無く、姿を見失わない程度の所に居る事が分かった。多分三人。今はただ見るだけで、人気が無い所へ行くまで待っているのだろう。
「(漸く…喰い付いた。)」
ペースはそのままで街の外れを目指す。奴等も変わらず付いて来ている、こちらが気付いている事も分かっていないようだ。順調に街の外へ外へと向かう。
カラン、カラン、
三軒先の店の扉が開いた。嫌に大きく感じた扉のベルと共に聞き慣れた声、見慣れた姿が…。
「(ラウル!)」
このまま進めばラウルに気付かれて話し掛けられるかもしれない。そうなったら奴等がラウルに目を付けてしまう。出来るだけ気配を消して自然な流れで左へ曲がる。曲がりきるまではラウルから目線を外さなかった。
なんとか曲がりきるまで気付かれなかった。ほっと息を漏らし、再び街の外れを目指した。
――……
「私に何か御用でしょうか?」
街の外れに漸く到着した。日が暮れた事もあり、人一人居ない。ここなら出てくるだろうと立ち止まり、振り向く。影から出てきたのは黒服の男二人と、白に近い色の服の男一人。白がこの三人の中で一番偉いようだ。
「…ジルドール家の生き残りが何か嗅ぎ回ってるって聞いたんだが、そりゃアンタで間違い無ぇな?」
「はい、私でございます。」
「一つ聞くがメイドの嬢ちゃんが、何で俺達の事を嗅ぎ回ってる?」
“俺達”という事は彼等はあの組織の一員だろう。私は旦那様の仇の連中かと思っていた為、落胆した。とはいえ、探していた組織が見付かった。その点は良かった。
「これから定期的に武器を仕入れる事になりますので、、是非取引をさせて頂きたく探しておりました。」
だが、何かを警戒されている。取引をしたくて探していたのだ、そこまで警戒される事ではない。…という事は、他に私を警戒しなくてはならない理由がある。私に探られて困る事…、心辺りは一つしかない。
「何をそんなに警戒していらっしゃるのですか?」
一歩前へ出る、威圧するように。
「あぁ…。」
妖艶に笑ってみせる、その理由を知っているかのように。
「あの日の夜の事、ですか?」
全ては賭けだった。もしかすると、という確信の無いただの勘。三人に鎌を掛けただけだ。すると、一人が馬鹿みたいに反応を見せてくれた。
「てめぇ、やっぱり知っていやがったな!」
「っ、馬鹿かお前!ただの鎌掛けだろうが!」
他の二人はこれが鎌掛けだと気付いていたようだ。それもそうだろう、私には知る術が無かった。ただ、生かす理由も無い、殺しておこう…という魂胆だったんだろう。
「ま、まあ、初めから殺す予定だったんだ。殺せば問題は無いですよね。」
スラリ、と抜かれた短刀は月夜に照らされ、存在感を放つ。短刀を抜いたのは先程の間抜け。尻拭いは自分でする、良い心掛けだと思う。が、私を殺す事は出来ないだろう。
覚悟しろ、だとか叫びながら突っ込んでくる。弱い犬ほど何とやら…、強さや恐怖等は一切感じられなかった。振り下ろされる銀色の一筋の光も雑で、軽々と避けれた。
「…私、下っ端に用はございませんので。」
私がそう言い終わる頃には間抜け男の首から大量の血飛沫。そして…
「ラジェット!」
白服男の横に居た、ラジェットと呼ばれた黒服男の喉元に短刀が深々と刺さっていた。その短刀の柄は男の手によって握られていた。いや…切断された、間抜け男の手。それはラジェットの体が崩れ落ちるのと同時に地面に落ちた。
「…あんた、何者だ?ただのメイドがこんな芸当が出来る筈が無い。」
「申し訳ございませんが、その質問には返答出来かねます。」
「ふん、ほいほい答える訳無いか。」
「私からも質問がございます。」
「…なんだ?」
私はこれから男に問う。それは男の生死に関わる質問。
「貴方は組織の幹部でしょうか?」
「…違う、そう答えたら?」
「先程も申し上げましたが、私は下っ端には用はございません。」
そう言うや否や、男の刃が目の前まで迫っていた。予想していた以上の速さ。咄嗟に手にしていた短刀でそれを防ぐ。ぶつかる衝撃は間抜け男とは違う。だがこの男も、私を殺せる程ではない。
懐かしい、昔の動きを思い出す。厳しい訓練で鍛えられた暗殺術。何年経とうと体は覚えているもので、数分もすれば、私はあの頃の私に戻る。
「その動き…あんた、裏側の人間か!クソッ、殺されてたまるか!」
「殺す?そのような事は致しません。貴方はこれから私と長い長い夜を過ごすのですから。」
思わず足が竦んでしまいそうな、そんな笑顔。捕まれば何をされるか分からない、と男の脳内を恐怖が包む。
「如何されましたか?そんな逃げ腰では、私を殺せませんよ?それとも、捕まえて欲しいのですか?」
「くっ、そが!!」
楽しくてクスリ、と笑みが零れてしまう。これが男にどれだけの恐怖を与えたのだろうか。刀を交じ合わせる度に男の顔は恐怖に歪み、動きはどんどん鈍くなっていく。そんな男を捕らえるのは簡単。
「捕まえた。」
後ろに回り込み、両足の腱を切断。ブヅン!と大きな音と共に男は倒れ込む。その男をずる、ずる、と引きずる。
「貴方を特別に私の隠れ家へ招待致します。沢山、お話を聞かせて下さいまし。」
「あ゛、ぁ゛…、やめろっ、こんな事をして、ただで済むと思うなよ!俺達が帰って来なければ、組織がお前を殺しに来る!!」
男は恐怖から狂ったように笑い叫ぶ。何も見えていないようだ、私が歩みを止めた事も。
「そうですか。では、貴方は…。」
――……
翌朝。
その場は真っ赤な血に汚れ、三人の男の死体が転がっていた。そして、その死体の横には三人の血でこう書かれていた。
――… お待ちしております。
ジルドール家の忠犬。
それは私が残した
『宣戦布告』
To Be Continued...