第三話「残酷な事実」
メイド服に身を包み、颯爽と街中を歩く。行く先は勿論、銃火器などを扱う店で、ジルドール伯爵家馴染みの店だ。
向かう途中、耳にする単語はジルドール伯爵家全焼、生き残りはいない、これが殆んどだった。話をする者は皆悲しげに顔を歪めている。そんな中で私がジルドール伯爵家のメイド服を着て歩くものだから、周囲の注目を集めた。
「おい、あの服は確かジルドール伯爵家のだろ?」
「生き残りが居たのか…?」
「いや、生き残りは居ない筈だが…。」
「なんだ、悪ふざけか?」
後ろ指を指されながらも私は止まることなく目的地まで急ぐ。すると、一人の女性が目の前に駆け出してきた。
「あ、あのっ。テレサさん、ですよね?以前、アマテーウス様とご一緒に来て頂いた…。」
彼女はヴィオラ。近くで花屋を営んでいる。ヴィオラの言葉で周囲は本当に生き残りが居たのか、と目を開いた。
「昨日、何があったんですかっ?大きな火災でしたが皆様が亡くなるなんて何か変だと思うんですっ。」
「…。昨日私は屋敷には居りませんでしたので、貴方様にお伝えできる事は何一つございません。」
「っ!」
必死に訴えてくるヴィオラに対して私は淡々と答えた。そこには笑顔なんてものは無かった。特に他に用があるように見えなかったので頭を下げてヴィオラの横を通る。その時、視界に入ってきたヴィオラの表情には恐怖が浮かんでいた。…きっと私の顔付きや雰囲気はあの頃に戻りつつあるだろう。彼女は明るく、人に優しく、悪い人では無かった。笑顔くらい作れば良かっただろうか、とほんの少しだけ思いながらその場を後にした。
――……
コン、コン、コン
久しく来ていなかったこの店の扉を叩くと、中から店主の声が聞こえてきた。勝手に入れ、というので遠慮なく。店内は以前来たときと雰囲気が変わっていた。分かりやすく言うと、言い方は悪いが“廃れた”…一体どうしたのだろうか。
「ご無沙汰しております、ルーカス様。」
「あ…、あんたテレサさんか!?生きてたのか!」
店主のルーカスは驚いた後、良かった良かったと言いながら奥の部屋へと案内した。
「それにしても、ひどい顔だな。まあ、この状況で元気出せって言うのも無理な話だが…。」
ルーカスは温かい紅茶を出した。それは旦那様が好きだった花の香りのするブレンドティー。ふと、昔を思い出す。
作り方を教えてもらい何度か挑戦してみたがこの味にはならなかった。中々コツが掴めずに、似た味にしかならなかった。それでも旦那様は私が淹れたその紅茶を飲みたいと…、私が淹れた紅茶が好きだと…。庭に広がる花園の中で微笑む旦那様…。全てが…
「昨日、何があったんだ?」
ルーカスの声に一気に現実へと戻される。思い出に浸り過ぎていたようだ。
「私は昨日屋敷には居りませんでしたので…。」
「そうか…。」
「…ルーカス様、私に銃を売って頂けせんか?屋敷のものは皆焼けて使い物になりませんので。」
「なっ、何言ってんだ…。あんた銃が何に使われるのかぐらい知っているだろ?」
「銃の他にもいくつか…。」
そこまで言ったところでルーカスに肩を強く掴まれた。
「あんた一体何をやろうってんだ!」
「…。」
「…父さん?叫んだりしてどうしたんだい?」
ルーカスの息子、ラウルが入ってきた。ラウルは私を見た、と思うと持っていたもの全てを床に落としてしまった。横でルーカスが叫んだのを見ると何か大切なものだったんだろう。とにかく、拾うのを手伝おうと立ち上がる。瞬間、目の前が真っ暗になった。
ふわり、と鼻を掠めるラウルの香り。抱き締められたと気付くのにそんなに時間は掛からなかった。
「…良かった。本当に、良かった。生きていたんだね、テレサさん。」
ゆっくりと離れ、顔を確認するように覗き込むラウルは嬉しそうに頬を赤く染め、目が少し潤んでいるように見えた。
「…感動の再会中に悪いが、今テレサさんと大切な話をしていたところだ。」
「え?大切な話…?」
不思議そうに私を見つめるラウルにルーカスが先程のことを話した。すると、ラウルも理由が分からないという。ただのメイドが何故、銃などを欲するのか。買ったところで使えやしないのに、と。その後二人に理由を問いただされ、言わなければ売らないとまで言われてしまった。
「…誰にも話すことは無いと思っておりました。」
「昨日のことと関係があるのかい?」
「はい。…私は二日前より長期休暇を頂いておりましたので――……」
私は昨夜の出来事を全て話した。二人は驚いた様子だったが、すぐに何か考え始めた。
「まあ確かに大きな火災だったが、皆死んじまうっていうのも可笑しいとは思っていた。」
「…えぇ、街にも怪しむ方がいらっしゃいましたが、その方々は真実を知る術がございませんのでこのまま迷宮入りになるかと。」
「テレサさんはそれでいいのかい?街の皆に知ってもらえなくて…。」
「はい、何らかの危険が迫る可能性もございますので。…では、」
お約束のものを売って下さいまし。
「…復讐するつもりか?」
「…。」
「だんまりか?…まあいい、約束だ、売るよ。だが簡単に扱えるようになるもんじゃない。」
ルーカスは重い腰を上げて、銃などの準備をする。だがラウルは珍しく苦い顔を浮かべて手伝おうとはしない。
「おい、ラウル、少しは手伝って――……」
「…っ、僕は!!」
ラウルが声を荒げる。こんなこと今までに一度でもあっただろうか。少なくとも私にはそんなことは一度も無かった。いつも笑顔の好青年であった。
「僕は復讐なんてするものじゃないと思う。気持ちは分かるよ、でも…っ、君みたいなメイドが復讐に銃を握ったところで自分の命も守れない!無駄死にするだけさ!お願いだから死なないでくれ!ぼ、僕とっ!」
一緒に生きよう!
ラウルからの精一杯のプロポーズ。だけど、私はこれに応えることはできない。私はラウルが思っているほど、弱くない。ラウルはメイドの私しか見たことが無い。だからきっと夢を見ている。少し残酷だけど、現実を見せよう…。私は…、私は……
「暗殺者養成機関で育ちました。」
それはなんとも……、
『残酷な事実』
To Be Continued...