ももたるう
昔々、仙台にお爺さんと、お婆さんと、鬼が住んで居ました。
ある日、お爺さんは山へ柴刈りへ、お婆さんはわざわざ川へ洗濯へ行きました。
何故わざわざかというと、昔は家で洗濯をしていたのですが、鬼が家に居るのに洗濯されるとバツが悪い、と鬼が泣きながら訴えるので仕方なしにわざわざ川へ洗濯へ行くようにしたのです。お爺さんお婆さんが外に出かけている間、鬼は今朝お爺さんが放った来年の話ジョークを延々と思い出し笑いし続けていました。
お爺さんは、柴を刈りながらふと思いました。シバってなんだろう。
おもむろにiPhoneを取り出して調べてみると、シヴァ神と言う言葉を見つけました。
それ以降、お爺さんは柴刈り鎌のことを、神殺し(ゴッドブレイカー)と呼ぶようになりましたが、此れはまた別のお話。
一方お婆さんは、本当に川で洗濯をするのかどうか、選択を迫られていました。
ふと川上を眺めると、はるか遠くに桃が流れる姿が!これは吉兆、何かの宣託に違いあるまい、ええいままよ、鬼が出るか蛇が出るか、玉砕覚悟で洗濯物を川の中に突っ込みました。
お婆さんの「せんたく」が正しかったかどうか。それは今となっては誰にも分かりません。
ただ、家に帰った時、お婆さんが抱えていたものは、大きな桃だけでした。
三人は、無言で桃を見つめていました。
誰一人、食べてみる?とは言いませんでした。雰囲気的に、言えない雰囲気でした。
でも、取り敢えず中身どうなってるか気になるよね?
と鬼が言ったので、お爺さんがゴッドブレイカーを取り出して、慎重に切れ目を入れました。すると、中からなんと赤ん坊が!
混乱したお爺さんは、手を伸ばして赤子を捕まえると、反射的に高く掲げて、鬼の首を取ったように、とったどー!と叫びました。鬼は其れを少し複雑な表情で眺めていました。
お爺さんは、当時クトゥルフ神話にハマっていたので、赤子に邪神の名前をつけようとしましたが、結局は鬼の提案で「ももたるう」に決まりました。
ももたるうは、ぐんぐんと麻の如く成長しました。お陰で、毎日ももたるうの頭上を飛び越えて修行を積んでいたお爺さんは、ももたるうが2mに達せんとする時、半端無い跳躍力を身に着けていました。因みに鬼は空が飛べました。
2mに達したももたるうは、思い出したかのように、鬼退治に行くと言い始めました。
誰一人、反対するものはいませんでした。
ももたるうは、お婆さんにキビ団子、お爺さんに日本一の幟とゴッドブレイカー、鬼に金棒を貰って、ご満悦で鬼退治に出発しました。ももたるうを見送る鬼の目に涙が溜まっていたことに、皆が気づいていましたが、みんな知らないふりをして笑顔で別れました。
暫くすると、犬が出ました。
わんわん、ももたるうさん、お腰につけたキビ団子、ひとつ私にくださいな。
はいどうぞ。
ありがとう、ももたるうさん!
其れから暫く気まずい沈黙が流れました。ももたるうは、ついうっかり、交換条件を提示すること無く犬にキビ団子を上げてしまいました。此れでは、唯の善人、お人好し。
宗教用語で言うところの、喜捨に当たります。
今更、さっき君は僕のキビ団子を食べたから鬼退治についてくる義務があるんだが、いいよね?
などとは口が裂けても言えません。
もしこの時、犬サイドが、ではキビ団子のお礼に鬼退治に付いて行きましょう!と言えば、物事は丸く収まったのですが、あいにくこの犬は馬鹿でした。ソコまで気が回る畜生ではありませんでした。
窮したももたるうは、北京オリンピックの話をしました。北京で何故オリンピックが成功したのか、その成功を支えた志願者達、そうボランティアの素晴らしさを説きました。
ももたるうの巧みな話術の前に、畜生の脳味噌は無力同然でした。
犬は、無償で鬼退治に駆り出されることになりました。そう、ボランティアとしてね。
次は猿に出会う予定でした。
猿を手なづける方法について、ももたるうは自信満々でした。
何故って?それは郷里の英雄、伊達政宗公直伝の猿の手なづけ方を知っていたからでした。
猿が出ました。
猿は、ももたるうの顔を見るや、地面にひれ伏して命乞いをしました。
どうか、どうかお助けを!
ももたるうは、そんな猿に優しく近づいて、その口にキビ団子を運び、耳元で囁きました。
……Welcome to underworld
犬は、要領を得ず、ももたるうに尋ねました。
ももたるうさん、きさま、なにをした?
ももたるうは、犬にiPhoneの画面を見せました。
秀吉は大きな猿を一匹飼っていて、諸大名が登城してくると、わざわざその通路に猿を繋いでおいた。そして猿に歯をむき出して諸大名に飛びかかるように仕向け、そのときの狼狽ぶりを蔭から覗き見て楽しむという癖があった。これを聞きつけた政宗は病と称して登城せず、その猿の世話役を金品で買収し、密かに猿を借り出すことに成功した。
猿は政宗が通りかかると歯をむいて飛びかかろうとするのだが、政宗はそのたびに鞭でいやと言うほど猿を打ち据えることを繰り返した。当然ながら、次第に猿は政宗を見るとおびえるようになった。そうしておいて、猿を世話人の元へ戻したのである。
さて、政宗が久しぶりに登城することを知った秀吉は、こういう事情があるとも知らず、いつものように猿を繋ぎ、政宗のあわてる姿を期待して密かに覗き見をした。
政宗がそばを通りかかろうとしたとき、猿は歯をむいて飛びかかろうとしたが、政宗がはったとにらみつけた瞬間、猿はおびえて後ずさりした。
これを見ていた秀吉は、「政宗の曲者め、また先回りしおってからに」と言って笑ったという。
犬は、画面を眺めた後言いました。また先回りしおってからに。
ももたるうは、意に介さない様子で犬と猿と連れて旅を続けました。
雉が現れました。
ももたるうは、キビ団子を使って仲間にすることの難しさを学んでいました。
そこで、少しテクニックを用いることにしました。
オーケー、いいかい、雉さん。時間は取らせない。ちょっと、見てほしいものがあるんだ。
お金もいらない、ただ見るだけでいいんだ。簡単だろ?そうか、ありがとう。握手をしよう。
どうだい、これがキビ団子だ。初めてかい?もし良かったらで良いんだ。触ってみないか?
勿論お金はいらない。タダだ、無料だ。そうか、ありがとう。握手をしよう。
どうだい、黄色で柔らかいだろう。もう少し時間はあるかい?今なら此れを食べて見ることも出来るんだが、いやいや、ここまで来たら勿論Freeだ。一銭もいらないよ。どうかな。そうか、ありがとう。握手をしよう。
それでだね、雉さん。此のキビ団子は、僕が持っている。いい商品だろう?おいおい、今更買ってくれなんて言わないよ。ただ、僕と一緒に旅をして、もうちょっと見てみるのはどうかな?悪い話じゃないとおもうんだけどな。そうか、ありがとう。握手をしよう。
こうして、ももたるう一行は鬼ヶ島へ辿り着きました。そして、その約1時間後に、ももたるうは、遂に雉に鬼退治に参加することについて、Yesと言わせたのであった。
フット・イン・ザ・ドア・テクニック。
実践心理学の基本さ。ももたるうは猿に笑って言った。
猿は引きつった笑顔で答えたとさ。
ももたるうは、鬼ヶ島の門を開けると、こう言いました。
やいやい、ひとにわるさをする、おにたちめ。
ころす。
ぐふふふふ、生意気をぬかしおるわ、ももたるう。
良かろう、目にもの見せてやる!
そう叫んで、お爺さんが猿に襲いかかりました。
猿は、往時の光景がフラッシュバックして忽ち戦闘不能に陥ってしまいました。
犬は、何処か誇らしげな表情でお婆さんにナデナデしてもらっていました。
雉は、この段階ではまだフット・イン・ザ・ドア・テクニックの途中だったので、鬼退治への参加に対して、Yesと言っていませんでした。
ええい、不甲斐ない奴らめ。喰らえ、鬼め!
ももたるうが、ゴッドブレイカーを構えて鬼に突進しました。
危ないだろ、馬鹿か!
と言う感じで、鬼に叱られて、凹んでしまいました。
次いでに、鬼にゴッドブレイカーも折られてしまいました。
次いでに、お爺さんの心も折られてしまいました。
この日から、お爺さんは鬼のことを、イマジンブレイカーと呼ぶようになりましたが、それはまた別のお話。
めでたしめでたし