第五話 境地
翌朝、早く起きた俺は一階の酒場に来ていた。
昨日は、俺がスキルを選んだりしているうちにリナが寝てしまい正直焦った。隣のベットで無防備な美少女ならぬ、美女が寝ていれば当然かもしれないが。俺は本気で一人だけ部屋の外で寝ようか考えたほどだ。
でも完全に何の警戒もせず寝言を言っているリナを見た途端、俺がどれだけ心の汚い人間かを思い知った。
朝起きた俺は隣で安らかな眠りについている、リナを起こさないように部屋を出た。
もう少し寝ていた気もしたが、お腹が減ってしょうがなかったので、眠気より食欲を優先した。
俺が起きたのは確か日が昇り始めたころだった。そんな朝早くからやっていた酒場に感謝をしつつ俺は席に着く。
「おじさん、なんかおすすめってある?」
「そうだなあ、おすすめは店の料理全部だが、新鮮なものなら今日の朝入荷したチキードを使った唐揚げ定食だな」
「じゃあそれを一人前ください」
腹が減っていたので正直なんでもよかったが、知っている料理があることがうれしかったのか自然と元気な声が出た。
「よっしゃ。まかせとけ!」
おっさんは俺の返事が気に入ったのか意気揚々と厨房に入って行った。この酒場は宿とつながっているので、たぶんというか、確実に今のが女将さんの旦那さんだろう。なんというか男らしい人だ。
俺はこの世界に来て初めていい人にあった気がした。
俺がこの世界に来てかかわりを持った人と言えば、腹黒な元神に臭いおっさん。それからはた迷惑な女将さんだ。このメンツを同時に思い浮かべると頭が痛くなるのは気のせいではないだろう。
「へい。おまち!」
威勢のいい声とともに来たのは、正真正銘唐揚げ定食。もしかしたら唐揚げと一緒にパンがくるかもしれないと、身構えていてがしっかりと米があって安心したのは言うまでもない。
この世界は文化レベルが低いはずなのに、食事のレベルは低くはないのかもしれない。
俺はなぜか懐かしい箸を手に取り唐揚げに、かぶりつく。
途端に口の中にうまみと油が広がり、次にやわらかい肉の感触がやってきた。俺は今まで食事のレベルが低いとか言っていたことに、謝りながら唐揚げとご飯を掻き込む。
5分もすればすべての皿は米一粒ない真っ白なさらに変わった。
「坊主がそんなにうまそうに食っているのを見ていると、作った方もうれしくなるな」
どうやら無意識に涙を流していたみたいだ。
「おいしいものをおいしそうに食べるのはあたりまえですよ」
「いいこというなあ、坊主」
俺とおっさんがお互いを認め合っていると、突然リナがあらわれる。
「なんでシンさんはご飯食べながら、泣いているんですか?」
にこにこしながらリナが現れた。でも少し寝ぼけ気味のようだ。あまり目が開いていない。
そんな姿もさまになってしまうから、美人はずるい。
「お嬢ちゃんもなんか食べるかい」
「はい。何か軽いものをお願いします」
リナは笑顔でそう答える。
「お、おう……」
リナの笑顔見たおっさんは一瞬停止するが、すぐに復帰すると厨房に入って行った。
「それにしてもシンさん、起きたなら起こしてくれてもいいじゃないですか」
「いや、まあそうなんだけど。あまりにも気持ちよさそうに寝ているものだから、起こす気にならなくて」
実際はめんどくさかっただけなのだが、物は言いようだ。
「そうですか。なんか納得いきませんが、まあいいです。それよりも私が寝てる間に何か変なことをしたりしてませんよね」
黒い笑顔。もうリナの代名詞と言っても過言ではない。それを向けられた俺はびくっとしてしまう。
「それは横暴だろう。勝手に同室にしておいて。しかも何の警戒もしないで寝てたくせに」
さすがの俺も我慢の限界だ。別に少しはやましい気持ちがあったことを、隠すためにいっているわけではないのだ。決して。絶対に
「それは、シンさんを信用しているので平気と思ったんです」
リナはそう言い、満面の笑みをこっちに向ける。
これがリナの怖い所なのだ。普段は腹黒いことを考えていたりすることが多々あるので、年齢を忘れがちだが彼女はまだ15歳だ。なのでいきなり純粋なことを言い出すこともある。照れたりせずに。
正直このギャップは勘弁してほしい。考えてもみろ。いつも何考えているのか分からないやつが、急に無邪気な笑顔を向けてきたときの破壊力を。
しかもそれを絶世の美女にやられたりすると、心拍数が上がりすぎて心臓が破れそうになる。
「……そう。信用してくれてうれしいよ……まあリナが腹出して寝てても指一本触れないから安心しろ」
「そうですか。安心しました。ですがそれは逆に失礼というものです」
リナはあからさまに、失礼ですっといった顔をしている。
そんな楽しい会話のはずなのだが俺の心には靄が広がっていく。
俺はリナに何をしてあげれるだろうか。リナは俺のために色んな手助けをしてくれた。リナは罪滅ぼしと言ったが、実際には彼女だって被害者だ。彼女は罪悪感を感じているようだが、やっぱり悪いのは他の神たちだと俺は思う。
それなのに、初対面の男のために人生をかけて罪滅ぼしをするなんて。彼女にはすでに恩を返してもらった。ここに無事たどり着けたのは彼女のおかげなのだ。
それだけでもう十分だと思う。こんな俺みたいなやつに構わず自分の人生をこっちの世界で全うすればいいと思う。
でもそれを言えないのは、俺の中でまだ会って間もない彼女が想像以上に大きくなっているからかもしれない。
リナの事が……。
食事を済ませた俺たちは、依頼を受けるためにギルドに向かった。リナの持ち金は意外に少なく、銀貨5枚だったらしい。そのお金も宿代を払ったので残りは銀貨2枚ほどだ。
そのお金はそのままリナのものということにした。さすがにお金でもめる気はない。
ありがたいことに装備一式はアイテムボックスに入っていた。リナが神界で入れておいてくれたのだと思う。装備は皮の胸当てなどの最低限の防御ができるものと、普通の片手剣。
リナの装備だけいいものに見えたが、本人がただのローブと杖と言ったので問い詰めることはしなかった。
ギルドに着いた俺たちは、うざい視線を受けながら依頼を探していた。
依頼と言えば俺はゴブリン退治なんかだと思っていたが、実際にFランクの仕事を見ると大抵が雑用でまともな依頼はなかった。
まともな依頼を受けれるようになるのは、Dランクぐらいからのようだった。
結局俺たちが受けた依頼は薬草採取の依頼で報酬は大銅貨5枚。日本円だと5000円ということになる。それが高いのかどうかはわからないが、ほかのよりはましな依頼だと思う。
門を出た俺たちは、あたり一面に広がる森に感動していた。右も左も緑一色で、時折土の臭いや緑の臭いの混じった風が吹き頬をかすめていく。
吸い込む空気も新鮮でこれが自然なんだと実感してしまう。
俺は都会に住んでいたので、この規模の森など見たことがあるわけがないし、リナは神界から出たことがないので、ほとんどの事が初体験らしい。
少し大げさに聞こえるかもしれないが、日本の森などとは違う雰囲気がある。それもこの世界ならではのものなのだ。
「それで、シンさんはポイントを何に使ったんですか? 」
二人でが薬草を探して森を散策しているとリナがそう質問してくる。
「見た方が早いと思うよ」
俺はステータス画面を開くとリナに見せる。このステータス画面は自分から一定以上は離れないらしくて、毎回見せるときは寄り添う感じになってしまう。
はたから見れば恋人同士に見えなくもないかもしれないが、当の本人の俺は緊張しまくりだ。
ステータス
早川進 17歳 男
レベル 1
HP200/200
MP100/100
体力30
筋力30
敏捷40
器用20
知力10
スキル 剣術1
ポイント 0
この世界のスキルというものはレベルがある。
1レベル 初心者
2レベル 熟練者
3レベル 一流
4レベル 英雄
5レベル 神
という感じだ。スキルのレベルはレベルが高いほど必要なポイントも多くなる。またポイントを使わずに訓練でスキルを取ることも可能らしい。
俺はこのことを聞いた時にリナのスキルの能力を聞いたところ、生命力は自己再生能力を上げるもの。想像魔法はどんな属性だろうと想像通りの魔法が使えるものらしい。不老は分かると思うので省略。
この世界の魔法は四の属性に分かれている。火、水、風、土の四属性。他にも数種類派生属性があると言っていたが、おそらくリナがいる限り俺は魔法を覚える必要がないのでスルーした。
「へー。なんか平凡ですね」
リナは不満そうでつまらなそうだ。
「そんなこと言われても、ポイントが少ないからこんな感じが限界なんだよ。そう言うリナは何に使ったんだよ。」
「私は料理スキルに全振りです」
「なんでだよ」
俺はとっさにツッコミを入れる。
「だってこれから野宿とかすることになった時に、まずいもの食べたくないじゃないですか」
「転移魔法とか使えるんだよね? 」
転移魔法その名の通り好きなところに一瞬で移動する魔法。それがあればまずい飯はおろか野宿も必要がない。
「それでは冒険にならないと思ったので、向こうにいる時に転移魔法使えなくしました。この前のアイテムが最後の転移ですね」
なんというかいつもながら何考えているのか分からない。いや冒険を楽しみたいというのは分かる。けど言ってることとやってることが、合っていない。
当の本人はたいしたことがないと笑う。
「それと私は基本的にシンさんの補助なので、戦闘になっってもすごい魔法は使いませんから」
冒険になりませんからそう言ってほほ笑む。
俺は補助という言葉と笑顔が胸に刺さる。リナはいつまで俺のそばにいるつもりだろう。俺が死んだらどうするんだろう。そんな行き場のない不安が募る。
「シンさん、魔物です」
俺はリナの声に反応して、顔を上げた。
目の前には人間が立っていた。重装備の男が3人。いかにも盗賊ですといった感じで。
「え? 魔物」
どう見ても魔物じゃなく人間である。リナの言葉の意味が分からなくて戸惑っていると。
急に襲い掛かってきた一人がリナの腕を切り落とした。リナはその場でうずくまるが、あとの2人も一斉に飛び掛かり、リナの体に無数の穴が開いた。リナは剣で刺されたようだ。
その剣が抜かれるとリナの体は崩れ落ちた。
俺は自分の目が見た光景が信じられなかった。いきなり現れた盗賊がリナを殺した。その事実は不思議なことに、すぐ理解ができた。
俺は剣を抜くと盗賊に向かって構える。動きはスキルが教えてくれる。
「お前、新米の冒険者だろ。お前じゃあ俺達は倒せねえよ」
盗賊はげらげら笑いながらそう言う。
俺は許せなかった。大切な人を殺したこいつらが。不意にこいつらの姿があのときの悪魔と重なる。
そうかリナはこいつらの中身を見て魔物と言ったんだ。俺が不注意なばかりにリナは死んだんだ。でもこいつらだけは許さない。容赦もしない。こいつらは魔物だ。
覚悟を決めるいっきに踏み込んだ。
踏み込んだ勢いを剣にのせて右手の剣を水平に振るう。
その一撃で一番手前にいた男は、上半身と下半身が割れ血の花が咲く。
まずは一人。あと二人も必ず殺す。俺はたぶん家族を目の前で殺されたときに狂った。その証拠に罪悪感どころか殺しを楽しんですらいた。
残りの二人は俺を脅威と感じたようで、うまく連携しながら、剣で襲い掛かってくる。
あたらない。あたる気がしなかった。
俺はこの時、時間が引き伸ばされたような感じで集中していた。なんどか経験がある。こっちに来る前も何度かこの感覚を味わったことがある。
一度目は小学生のころに、学校の二階の窓から落ちそうになったとき。その時はたまたま花壇の上に落ちて軽いけがで済んだ。
二度目は中学生の時に車にひかれそうになり、とっさに車の上をうまく転がり着地して無傷だった。
俺は極限の集中の中で二人の剣を躱し、円を描くように剣を振るった。
剣は狙ったところにあたり、二人とも首が飛ぶ。
俺は盗賊の首から飛ぶ血をかぶりながら、うつろな目でリナの死体がある場所を見たが、死体はなかった。