プロローグ
真っ暗な部屋に少年が立っている。雨が窓をたたく騒がしい音が部屋に響く。雷は時折部屋を照らし、あたりに轟音を響かせる。少年の足元にはおびただしい量の血が溜まり、血を囲むように4つの死体が横たわっている。この状況を第三者が見たなら、こう思うだろう。地獄絵図だと。
その日は妹に誕生日だった。うちは毎年、家族の誕生日パーティーをする。パーティーといっても家族四人でごちそうを食べ、お茶をしながらいろんな話を夜遅くまでするというものだ。今はお菓子が切れてしまったので、コンビニまで買い出しに向かっている最中というわけだ。コンビニはうちからそれなりに離れていて、往復で40分ぐらいかかる。そのため皆買い出しに行くのを嫌がり、俺が一肌脱いだのだ。
鼻歌を歌いながら夜道を歩く。時間は確か10時くらいで街灯がついているが、結構薄暗い。いつもの俺なら怖くてびくびくしながら歩くところだが、今日の俺はテンションが高いので怖さなんか感じない。怖さという単語が出てきている時点で、少なからず怖さを感じている証拠だが気にしないことにする。そんな感じでコンビニに行くだけなのに、あれこれ考えながら歩いていると意外に早くコンビニに着いた。気分が良くて途中からスキップしていたからではないと思いたい。
手早く買い出しを済ませて家に向かう。行きはテンションが高かったのだが、さすがに二十分も立てば落ち着いてくる。普段の調子に戻った俺は、寒さを感じ始めた。それもそのはずで妹の誕生日は、11月なのでもちろん今は冬だ。にもかかわらず気分よく家を出た俺は長袖1枚で外を出歩いてることになる。俺は自分の馬鹿さ加減にあきれながら、暗い夜道を歩く。少しして雨が降ってきた。それに伴い雷も鳴り始めた。
俺は昔から夜道が得意ではない。お化けとか幽霊とかが苦手なので必然的にそうなってしまった。そんな俺に夜道プラス雷雨は最悪の組み合わせなのだ。俺は怖くなり、家に向かって走り出す。雨で体が濡れるがそんなのお構いなしだ。
走り出して数分で家が見えてきた。不安で仕方なかった俺は、家が見えたことで落ち着きを取り戻した。そこで少しおかしなことに気付く。家の電気が付いていない。それも全部の部屋の電気が。今も俺がお菓子を買って来るのを待っているはずなのに。もしかしたら停電かもと思い、あたりを見回すがどの家も電気がついている。
嫌な予感がしてきた。たかが家の電気が付いていないだけのことで、大げさかもしれないが念のため入口のドアをゆっくり開けることにする。ドアノブを握る手が、緊張で震える。雨と雷が俺の緊張を煽る。これで先に寝ちゃってましたとかいう落ちだったら許さない。ポジティブなことを考えながらどあをあける。
開けてすぐに何かが起こったことを悟る。なぜかといえば廊下が濡れていたからだ。まるで濡れた靴で誰かが廊下を歩いたかのように。
廊下は不自然なほどに、静まり返っている。俺は息を潜め一階のリビングではなく、二階の自分の部屋に向かった。家族がいたのはリビングなので、もし何かあったのだとしたらそこだと思う。浅い読みだが当たったようで、何事もなく自分の部屋に着いた。
部屋に着くと、武器になりそうなものを探す。すぐに目に入った金属バットをに決めて、すぐに一回のリビングに向かう。
リビングの前まで来ると、静かにドアのガラスの部分から中を伺う。中は暗くてよく見えないが、雷が光るたびに少し見える。ソファーの近くに誰か立っている。その人影はおかしなことに、身じろぎ一つしない。しかも身長的にうちの家族の誰でもないことが分かった。うちは皆背が低くて一番でかい父ですら170しかない。でも人影は見るからに大きい。
中にいるのが家族じゃないことが分かり、一瞬警察を呼ぶか迷った。でもドッキリかなんかだった場合、大事になってしまうのでやめた。今だ甘いことを考えているのは自分の家族に何かあったことを信じたくないからだ。
意を決してリビングのドアを静かに開ける。人影はドアから一番離れた所に立っていた。人影は俺が部屋に入ってきたことに気付いていないのか、やはり全く動かない。静かに近づいていくと不意に、足に何かが当たった。人影に注意しつつ足もとを見ると、人の頭が転がっている。いやこれは妹の頭だ……。他にも死体らしきものが4人分くらい転がっている。それによく見ると床一帯が血に染まっている。
俺がパニックになっていると、人影が動いた。ヌラッと気持ち悪い動きで。今まで気が付かなかったが、人影はこちらとは逆を向いていた。つまり人影はこっちを振り向いたのだ。
「やあ。こんばんは」
人影は男の声で、気の抜けた挨拶をしてくる。
「お前誰だ!! 俺の家族に何をした!!」
俺は男に対してそう答える。この男が家族を殺したと思ったからだ。
「君の家族かい? それなら僕が殺したよ」
男は俺の家族を殺したことをさも当然のように言う。
俺はそんな男の事より家族が死んだことが、確信的になりもうどうすればいいのか分からなくなった。
「……な、なぜそんなひどいことを」
動揺を隠すためにとっさにそう言うが、声は震え、体もがくがくと震えが止まらない。
「はは、そんなの楽しいからに決まっているじゃないか」
男は笑いながら楽しそうに答える。
俺はその言葉を聞いた途端何かが壊れた気がした。手に握っているバットを、男の頭に向かってふるう。バットは男の頭に吸い込まれるように、狙ったところに食い込む。バットを伝い俺の手にも衝撃が伝わわる。手に痛みが走るが、そんなことお構いなしに狂ったようにバットで男を殴り続ける……。
5分ぐらいが経過し、部屋に立っているのは血濡れの少年だけになっていた。少年のまわりには5人分だと思われる、死体が転がっている。中でも最もひどい死体は、肉片と言っても過言でないくらいぐちゃぐちゃだ。
少年はバットを片手に立ち尽くしている。少年の顔は能面のように何の表情も映しておらず。眼はどんよりと濁り、どこを見ているのかさえ分からない。少年は男が落としたであろうナイフを床から拾い、自分の腹に突き立てた。少年の腹からは真っ赤な血が溢れだし、床の血と混ざりあう。腹からは血が溢れ続け、やがて少年は動かなくなった。