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美奈子ちゃんの憂鬱

美奈子ちゃんの憂鬱 お嬢様達のナイトメア外伝 副会長の割とヒマな一日

作者: 綿屋 伊織

「お嬢様達のナイトメア」クイズ関係で掻くことを公表した後日談その2です。

 珍しく暖かい日の午後のことだった。

 授業は半日。生徒達は近づく期末テストの準備に追われている。

 そんな中のこと。


 「あら?会長は?」

 書類の決裁をもらおうとした、生徒会副会長の楠沙羅は、肝心の会長の姿が見あたらないことに気づいた。

 「あら?先程、どこかへ」

 生徒会スタッフの一人が沙羅に告げる。

 「私用のご様子でしたけど?」

 「私にも、何も言わずに?」

 沙羅は首を傾げた。

 おかしい。

 まだ生徒会の定めた執務時間中だ。

 生徒会長のA・C・クリスといえど、執務中席を外すときには誰かに声をかける義務がある。

 それを無視することは許されることではない。

 「ヘン……ねぇ」

 沙羅がそう思うのも無理はない。

 執務の無断放棄一回で、クリスのおやつが一週間取り上げになるのだ。

 2日のおやつ取り上げでネをあげるあのクリスが、それを知らないはずはない。

 「学園内の視察でも行かれたのではありませんか?会長、あれで結構仕事熱心ですし」

 生徒会スタッフからはそんな好意的な声があがるが、

 「それでも!」

 沙羅はそれに納得しない。

 「もし誰かに誘拐でもされたらどうするんですか!?」

 「ゆ、誘拐……ですか?」

 「そうです!「おやつあげる」とかなんとか、上手いこと言って、会長が知らないオジさんについていったのかもしれません!」

 「……会長、いくつですか」

 「あんなに愛らしい外見ですよ!?普通の殿方なら魔が差すことだって」

 「いえでもぉ……」

 スタッフの中からは当然、否定的な反応が返ってくる。

 「会長もいいおトシですし」

 「もうおつきあいしている方がいらっしゃっても……」

 「そ、そんな噂があるのですか!?」

 沙羅が驚愕の表情で問いただす。

 「だ、誰ですか!?その身の程、いえ、命知らずは!」

 「い、いえ。その……想像の話しです。ただ、もしかしたらデートかなぁ。なんて」

 やっだぁ!

 スタッフ達からはそんな黄色い声が飛ぶが、

「そんなのダメ!」

 沙羅は気色ばんで怒鳴った。

 「ふ、副会長?」

 怒鳴られる理由がわからないスタッフ達を前に、沙羅は思い詰めた表情で言った。

 「会長の初めては私……」

 「……副会長、ご自分の発言の意味、わかってますか?」



 結局、沙羅は校内巡回という名目でクリスを探しに出た。

 ちなみに立派な職権濫用であるが、誰もそれに文句は言わない。


 (そうよ……)

 歩きながら沙羅は考える。

 (会長はあんなにかわいいんだから)

 狙ってるのは自分だけじゃない。

 誰だってそうだろう。

 あんな愛らしい姿形。

 (ああっ……クリスのほっぺをぷにぷにしたり、だっこしたり、それで、お散歩の時は首にカワイイ首輪つけてあげて、ご飯の時はよだれかけにベビーチェアで「はいあーん」って食べさせてあげて……)

 沙羅が危険な妄想に浸りながら廊下を曲がろうとして、

 ドンッ

 「きゃっ!?」

 誰かとぶつかりそうになった。

 だが、ぶつかったと思ったのに、沙羅は、きれいに体をさばかれて何もなかったように立ちつくしていた。

 「あっ、あら?」

 「どうしたの?ぼっとして」

 背後からの声に驚いて振り返ると、そこにはスーツ姿の女性が立っていた。

 背は自分よりやや高い程度。

 だが、その大人びた美しさは、どうあってもマネすらできそうにない。

 「風間先生」

 そう。ぶつかりそうになったのは、音楽教諭の風間祷子だった。

 「あら?覚えてくれたの?うれしいわ」

 柔らかな笑みが沙羅にはまぶしい。

 「たしか、生徒会副会長の楠沙羅さんね?でも、だめよ?気をつけないと」

 「も、申し訳有りませんでした」

 沙羅は慌てて頭を下げる。

 「いいのよ。それより、何か悩み事?」

 「はい。実は」

 沙羅はクリスが行方不明になったことを祷子に告げた。

 「あら」とか、「まぁ」とか驚きながら、沙羅は気づかない内に、祷子の前で自分のクリスへの思いのたけを洗いざらいぶちまけていた。

 交渉事には強い沙羅だったが、適切な質問を繰り出し、巧妙に相手の内面を引き出す超高等テクニックを駆使する祷子の前では無力に等しい。

 何より、沙羅はそのことに気づきすらしない。


 「ふぅん……そうなんだ」

 それをにこやかに聞くだけ聞いた祷子が、やんわりと微笑みながら言った。

 「好きなのですね?」

 「当然です」

 沙羅は真顔で言い切った。

 「会長はかわいいのですから、男女問わず、そう思って当たり前なのです。そう思わなければ、心がどこかおかしいのです!」

 その気迫に、さすがに祷子も唇の端を引きつらせて、それでも「そ、そうね」と答えるに留めた。

 真っ向から反論しないのが、大人のやり方だ。

 「でも」

 祷子は答える。

 「私はやっぱり、かわいい男の子が好き」

 


 (風間先生はビョーキだ)

 沙羅が下した決断がこれ。

 年下とはいえ、男に興味を持つなんておかしい。

 絶対病気だ。

 

 ……病気?


 それに気づいた沙羅は、校舎を出て寮に向かった。

 もしかしたら、クリスは寮に戻ったのかもしれない。

 そう思ったのだ。


 まだ生徒がほとんど戻っていないがらんとした寮内。

 クリスの部屋は鍵がかかったままだ。

 (いない……)

 ドアをノックする手を止め、沙羅はクリスの部屋の前から離れた。



 「ほらぁ!もっとテキパキ動けないのか!?」

 寮からの戻り道、突然沙羅の耳に響いてきたのは、そんな怒鳴り声だった。

 見ると、メイド達が寮の前に自走砲を並べて何かしていた。

 車の上で号令をとばしているメイドに覚えがあった沙羅は、そのメイドに声をかけた。

 「室町さん」

 「あら?これは楠様。ご機嫌よう」

 「ご機嫌よう―――あの、これって?何を?」

 「自走砲の訓練です。吹奏楽部のご依頼で」

 「吹奏楽部?大砲が?」

 「はい。吹奏楽部のご依頼で、チャイコフスキー「大序曲1812年」の練習中です」

 「……ああ。あの、大砲使った演奏ですか?」

 「そうです……もうっ!」

 感心する沙羅の目の前で、室町は新兵を怒鳴りつけた。

 「C中隊長が預かっているとはいえ、貴様らCで何学んできた!?そんなことしていたら事故になるぞ!?―――ええいっ!やり直しだ!弾込っ!弾種、榴弾!仰角そのまま!」

 「えっ?あ、あの―――室町さん?」

 「装填完了!」

 訓練に訓練を重ねてきたメイド達は、室町の命令を実行に移した。

 「ようっし―――撃てっ!」

 ドンッ!

 空気が壁となって沙羅達に襲いかかってくる。

 「っ!!」

 「よぉし……やれば出来る!」

 満足そうに頷いた室町は、自分の裾を引っ張る沙羅の存在に気づいた。

 「どうしました?」

 「砲弾は、どちらへ?」

 「……えっ?」

 二人が砲身の向いた先を自然と眺める。

 その視線の先で、巨大な土煙があがった。

 「ちっ!おい!車両出せっ!由美子、後の指揮とれっ!」

 「わ、私も行きますっ!」

 急発進するワーゲンに飛び乗った沙羅が叫ぶ。

 「生徒会として確認しますっ!」


 「あらら……」

 着弾したのは生徒会管理の施設だ。

 155ミリ砲数発の直撃で、講堂ほどある立派な建物は跡形もない廃墟と化していた。

 「死傷者は、確認されていません」

 中隊を繰り出して現場検証を果たした室町が、バツの悪い顔で沙羅に報告した。

 「そうですか」

 ニコリと笑った沙羅が室町に告げる。

 「生徒会も、予算がないんです。副会長権限で命令しちゃいますね?」

 ゴクリ……。

 室町の喉から、そんな音がした。

 「関係者全員の始末書と損害賠償、メイド隊の責任でお願いします」



 女中頭と今後についての対策を協議すべく寮に戻った沙羅は、簡単な協議の後、正式なアポをとって、部屋を出た。

 女中頭と太田の前で青くなっている室町のことは、今は知ったことではない。

 沙羅はこういう所は大人なのだ。




 次に沙羅が足を運んだのは、家庭科室だ。

 別に理由はなかった。

 ただ、何となく足を運んだにすぎない。

 

 ドアを開けた途端、ふわっとしたミソのニオイが鼻をくすぐった。

 「あら?」

 「おや?副会長」

 中にいたのは舞だ。

 制服にエプロン姿。

 数年来のつきあいだが、舞のそんな姿を見たのは、沙羅も初めてだった。

 「珍しいですね」

 沙羅がうっかり本音を口にしてしまう。

 「ははっ……確かに」

 鍋の中身をかき混ぜながら、舞は苦笑した。

 「いえね?」

 舞は少し恥ずかしそうな素振りで沙羅に説明した。

 「うららに手料理を食べさせてもらってばかりなので、たまには、私のをと……」

 「成る程?手料理に挑戦ですか?」

 「はい……本を見ながら」

 「ちなみに、何を?」

 「ビーフ・カタストロフです」

 「……ビーフ・ストロガノフ……じゃなくて?」

 本を見直した舞が笑って答えた。

 「……ああ。そうでした」

 (ビーフの破局って、シャレのつもりかしら)

 沙羅はそう思ったが、

 「あら?舞さん?材料は」

 「はい。豚肉にジャガイモに」

 「……ビーフ・ストロガノフ」

 「ええ……あれ!?」

 本を見直した舞が驚いた声を上げた。

 「さっきまで見ていたページと違う!」

 「……」


 数分後

 「とにかく、味はいいはずだ」

 懇願する舞に羽交い締めにされる格好で、沙羅はテーブルについていた。

 沙羅の前に出されたのは、得体の知れない料理だった。

 確かに煮込まれた肉が乗っている。

 ビーフ・ストロガノフの説明されたのだが、どうみても煮っ転がしにしか見えない。

 「……」

 無言で料理を見つめる沙羅。

 「ど、どうぞ……」

 果たし合いに立つ侍のごとき真剣な眼差しの舞。

 「い、いただきます」

 沙羅は、覚悟を決めた。

 同じ生徒会の仲間、同じ女性、愛する人のために作った料理は、誰にも「美味しい」といわれたいではないか!

 パクッ

 その料理という名の得体の知れない物体が口に入った途端、

 グラッ

 沙羅の視界がぼやけた。

 「……」

 沙羅は、自分が確かに気絶したことを自覚した。

 サワークリームとミソの複雑な風味が口の中に広がり、堅い肉の食感が歯に伝わってくる。

 丁度、みそ汁の中に牛乳と酢を入れて発酵させたら、きっとこんな感じになるだろう。

 そんな味だった。


 一瞬、風紀委員会の取り締まりに伴う備品被害について抗議ばかりしている自分に対する遠回しな仕返しかとも思ったが、それでも沙羅は答えた。

 「お、おいしいですよ?」

 「よ、よかった!」

 ほうっ。

 大きなため息をついて舞は椅子にへたり込んだ。

 「ご、ごちそうさま……」

 そそくさと逃げようとする沙羅だが、舞はその手を掴んで、

 「どうせこんなに残っているんです。もったいないので、ぜひおかわりして下さい」

 「あ、あの……他のの人も」

 「会長に頼んだら逃げられたのです」

 「会長が?」

 「ええ。前につきあって、おいしいと言ってくれたのに」

 不思議がる舞は、それでもお皿の上に料理を山盛りにして沙羅に付きだした。

 「お腹一杯、食べて下さいね?」

 その無垢ともいうべき笑顔と共に―――。



 ふらふらになりながら、沙羅は廊下を歩いていた。

 一瞬、保健室とも思ったが、家庭科室から保健室へ直行したことが舞に知られたらタダでは済むまい。

 別な場所で時間を潰さなければ……。

 「おや?副会長」

 廊下ですれ違ったのは、白銀だ。

 「白銀さん?」

 「どうしたのだ?具合でも?」

 「い、いえ……実は食べ過ぎ……そう!食べ過ぎなんです」

 「食べ過ぎ?」

 「実は……」

 舞がうららに料理を。

 それだけの話しなのに、気が付くと白銀の顔が真っ赤になっていた。

 明らかに怒っている。

 「そ、そんな小細工で、私を出し抜くつもりか?」

 「あ、あの……白銀さん?」

 「幸い、今日、うららは家の都合で外泊だ。……よし」

 白銀は、後ろも見ずにいずこかへと去っていった。


 結局、沙羅がふらふらになりながら、結局向かった先は、尋ね人相談室。

 「はい。会長ですね?しばらくお待ち下さい」

 店員が必要な操作にかかる。

 「最初からここにくればよかった」と後悔する沙羅にもたらされた結果は、


 「会長は今、生徒会室においでです」




 沙羅の中で、何かが弾けた。




 バンッ!!


 生徒会室のドアが乱暴に開かれ、沙羅が部屋へ入ってきた。


 「―――おっ?どうした?沙羅」

 会長の席でチュッパチャップスを舐めるのは、クリスだ。

 「会長……」

 ズカズカと、クリスの側まで来た沙羅は、乱暴にクリスの耳を引っ張った。

 「い、イ゛デデデデッ!」

 「一体、どこにいたのですか!?悪い人に連れて行かれたらどうするんです!こんなにカワイイのに!」

 疲労。

 舞の料理。

 どっちがどう作用したのかはわからない。

 だが、誰の目から見ても、沙羅が常軌を逸していることだけはわかる。

 思わず逃げ腰になるスタッフの前で、沙羅はいきなりクリスを抱き上げるなり、ホッペをスリスリし始めた。

 「うわーっ!?ち、ちょっと待て沙羅っ!」

 「おーよちよち……可哀想にねぇ」

 「何の話だ!?沙羅落ち着け!」

 「ダメですよぉ?私の側から離れちゃ。もう今夜は眠らせませんからねぇ?」

 「へ?―――ん゛っ!?」

 クリスは自分の唇が沙羅のそれで塞がれるのを防ぎようがなかった。

 「……うわ」

 「……あらら」

 呆然とするスタッフ。

 「プハア……さぁ。会長。私もあんなにヒドいご飯食べさせられたんです。お口直しに美味しいご飯、食べさせてあげますからねぇ?」

 「酷い?お前、まさか舞の!?」

 「そうですよぉ?会長は、ベビーチェアによだれかけつけてあげまちゅ。ご飯は離乳食でちゅよぉ?」

 「お、お前、よく生きてたな……」

 「さぁ!もう子供は帰るお時間ですよぉ?」


 そう言って、沙羅がクリスをだっこしたまま生徒会室から連れ出そうとしたその時、



 バンッ



 血相を変えた白銀と舞が飛び込んできた。

 何故か二人ともエプロン姿だ。


 「会長!」(×2)

 「お、おう!どうした!?」

 だっこされたままの態勢で威厳もへったくれもないが、それでもクリスは気丈に普段通りを振る舞った。

 「審判を頼みます!」舞が言った。

 「し、審判?」

 「そうです!私とこの白銀の料理、どっちが美味しいか!」

 「お、俺、逃げる!」

 「逃がしませんっ!」

 白銀がドアに鍵をかけた。

 「生徒会スタッフ全員も参加してもらいます!さぁ!会長!」



 その日、保健室のベッドは、生徒会スタッフ全員で埋まったという。


 しかし……。


 翌日、上条うららの部屋の夕食風景。

 「あら?美味しいですね」

 昨日の二人の料理を平気な顔をして食べる生徒がいた。

 うららだ。

 「そうだろう?舞のだってかなりの出来だ」白銀は納得できないという顔だ。

 「うむ。白銀のこれはいける」舞も同様だ。

 「それで、生徒会の方々、全員がお腹壊して保健室?」

 「おかしいだろう?」

 「ヘンですねぇ……こんなにおいしいのに」

 「うむ……謎だ」

 「全く」


この学園は好きなので、機会があれば、アナザーストーリーを書いてみたいと思います。

いつ?それは不明です。


●お知らせ●

「美奈子ちゃんの憂鬱」シリーズの設定資料集のページを作成しました!

題して「美奈子ちゃんの憂鬱Wiki」……もっとヒネるべきですね。

アドレスは

http://www28.atwiki.jp/ayano01/pages/1.html

です。

一度、ご覧下さい。

ただし、かなりのネタばれが含まれていますのでご注意下さい。

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