狼
道を歩いていると向こうから狼が歩いてきました。
そのときの私はひどく気が立っていて、世界中がなくなってしまえばいいのに、と思うほどイライラしてました。
するとその狼は言いました。
「君の願いを叶えてあげるよ。その気持ちを食べてあげようか?」
私は二つ返事で首をふり、狼が私の前で大きな口を開けて、バクリ、と口を閉じました。
不思議なことに嫌な気持ちはどこかに消え、清々しい気持ちになりました。
「おいしかったよ。また何かあったら会いに来るからね」
爛々と輝く牙を見せつけるように言うとその狼は消えました。
明くる日、とても悲しいことがありました。
私は悲しみのあまり世界が一生晴れなければいいのにとさえ思いました。
するとまたあの狼が現れてこう言いました。
「その悲しみもおいしそうだ。食べていいかな?」
世界から天気を奪えない私は喜んでその悲しみを狼に差し出しました。
狼はまた大きな口を開け、私の気持ちを平らげると幸せそうに去っていきました。
私には大切な人がいました。ずっと大好きで、それは永遠に続くものだと思ってました。
でもその人は違ったみたいで、一緒にいた時間が私への思いを薄めてしまい、新しい誰かのところへ行ってしまいました。
狼は言いました。
「なんならそいつを食べてあげようか?」
しかし私にも責任があったのかもしれません。だから私は私の中にいる彼を食べてもらいました。
次の日から新しい恋を探せるようになりました。
そうやって私は様々なものを狼に食べてもらいました。
暗かった性格も明るくなり地味だった服も派手になって、嫌いだった自分が好きになりました。
会った頃は痩せていた狼もふっくらと丸みを帯びて、小さかった身体もどんどん大きくなりました。
そしてある冬の日、私の前に地味な外見で伏せ目がちな女の人が現れました。
どこかで見たことがあるのによく思い出せず、また似ている人をよく知っているはずなのに私はそれが誰なのか分かりませんでした。
というより自分がどこからきてどこに行くのかも分からず、それが悲しいのか悔しいのか、楽しいのか、嬉しいのか、それすらも定かではありませんでした。
分かっていることは今この女の人は私を殺そうとしていること。
手に持った鋭利なナイフは動物の牙のように鋭くて、それは以前に見たことがあるようなそんな気がしました。
たぶん気のせいなのでしょう。
ぼんやりとしていた世界は薄暗い雲に覆われているようでした。
からっぽの私が薄れ行く意識の中で思ったこと、それは私の世界がなくなってしまったということでした。