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虚構の異世界と偽りの転生少女~あなた全部見られてます。ちょっと!画面の向こうでニヤニヤしないでよ!~

作者: 勇者れべる1
掲載日:2026/11/01

 虚構の王国


 マナ・エレスティーンが十四歳になった年の春、王都を見下ろす白亜の侯爵邸は祝福に包まれていた。


 大理石の回廊を歩く使用人たちは誰もが誇らしげな笑みを浮かべ、庭園では職人たちが何日もかけて整えた花々が風に揺れ、その中央に建てられた噴水からは虹色の水飛沫がきらめいていた。エレスティーン侯爵家は代々王国を支える名門であり、その中でも一人娘のマナは別格の存在だった。生まれて間もなく高熱で命を落としかけた彼女は奇跡的に回復し、それ以降まるで別人のような才覚を発揮し始めたのである。


 文字を覚える速度は異常だった。歴史書を一度読めば内容を暗記し、複雑な計算を一瞬で解き、さらに古代魔術の理論までも理解した。


 周囲は口を揃えた。


「神に選ばれた子だ」


 だがマナ本人だけは違う認識を持っていた。


 自分はかつて別の世界で生きていた。


 そんな曖昧な記憶があった。


 高層ビル。光る箱。空を走る鉄の塊。


 夢にしては妙に鮮明な景色が脳裏をよぎることがあり、その度に彼女は思った。


 私は異世界転生者なのだ、と。


 その結論は自然だった。


 前世の記憶と思われる断片がある。


 そしてこの世界には魔法が存在する。


 転生した人間が英雄になる伝説も数多く残されていた。


 だからこそ彼女は自分を特別だと信じた。


 信じる理由が十分にあった。


 実際、マナは誰も到達できない領域の魔力を持っていたからである。


 十歳で王国最高位の魔術師を圧倒し、十二歳で国境を脅かしていた飛竜の群れを撃退し、十三歳で禁書庫に眠る古代魔法陣を単独起動させた。


 国王すら彼女を恐れながら頼っていた。


 父は優しかった。


 母も優しかった。


 婚約者であるロイ侯爵子息もまた誰より彼女を気遣ってくれた。


 何もかもが幸福だった。


 何一つ疑う理由などなかった。


 だからその日も、マナは人生最大の栄誉を手にした少女として晩餐会へ向かっていた。


 王城最上階。


 黄金のシャンデリア。


 貴族たちの拍手。


 楽団の演奏。


 長い赤絨毯。


 そして正面に座る国王。


「マナ・エレスティーン」


 厳かな声が響く。


「そなたを魔王討伐軍総司令官に任命する」


 会場は歓声に包まれた。


 マナは胸に手を当て、一礼する。


「必ずや王国に勝利を」


 拍手が鳴り響く。


 父が頷いた。


 母が涙ぐんだ。


 ロイが微笑んだ。


 人生で最も幸福な瞬間だった。


 だからこそ。


 次の出来事はあまりにも理解不能だった。


 突然。


 轟音が響いた。


 巨大なシャンデリアが上から落下したのである。


 貴族たちが悲鳴を上げる。


 マナは反射的に魔力を展開した。


 だがその瞬間。


 天井が開いた。


 まるで幕が引かれるように。


 空だと思っていた部分が横へスライドし、その向こうから眩い白色光が降り注ぐ。


 巨大なスポットライト。


 それが一直線にマナを照らした。


「え……?」


 静寂。


 奇妙な静寂。


 誰も悲鳴を上げていない。


 誰も慌てていない。


 そしてマナは見た。


 国王の顔を。


 父の顔を。


 母の顔を。


 ロイの顔を。


 彼ら全員が。


 笑っていた。


 愛情深い笑顔ではなかった。


 嘲笑だった。


 腹を抱え。


 肩を震わせ。


 必死に笑いを堪えるような表情だった。


「な、何を……しているのですか……?」


 返事はなかった。


 代わりに。


 いつの間にか会場正面に設置された巨大な黒い板が光り始めた。


 そして映像が流れる。


 赤ん坊。


 泣いている赤ん坊。


 知らない男女。


 金の入ったケース。


 契約書。


 握手。


 映像が変わる。


 今度は侯爵邸の乳母たち。


 さらに変わる。


 教師たち。


 兵士たち。


 商人たち。


 農民たち。


 街の住人たち。


 全員がカメラへ向かって笑っている。


 さらに画面が切り替わる。


 知らない文字列。


 数字。


 コメント。


 流れ続ける文章。


『かわいそう』


『まだ信じてる』


『十四年は長いな』


『今年で完結か』


『泣きそう』


『最高の番組だった』


 意味が分からない。


 本当に何も分からなかった。


 やがて一人の男が壇上に立つ。


 王国の大臣だと思っていた人物だった。


 しかし彼は突然マイクのような道具を取り出した。


「皆様、長らくお待たせいたしました」


 大歓声が響いた。


 どこから。


 マナは天井を見上げた。


 いや。


 天井ではない。


 さらに上。


 闇の向こう。


 無数の観客席。


 数千人規模の座席が存在していた。


 そこに人々がいた。


 大勢。


 信じられないほど大勢。


 全員がこちらを見ている。


「異世界転生お嬢様プロジェクト、十四年間に及ぶ長期公開実験は本日をもって終了いたします!」


 拍手。


 歓声。


 口笛。


 爆笑。


「ここは異世界ではありません! 魔王も存在しません! 王国も存在しません! すべては映画村を改修した巨大スタジオです!」


 世界が止まった。


「参加スタッフ千百二十七名! 支援スポンサー六十八社! 出資者は世界各国の著名人、政治家、富豪の皆様です!」


 誰かが笑っている。


「マナ・エレスティーン。本名不明。生後十か月で養育権を取得」


 誰かが拍手している。


「十四年間にわたり完全環境下で育成を行いました!」


 父が笑っていた。


 母が笑っていた。


 マナは震える声で尋ねた。


「……嘘です」


 誰も答えない。


「嘘だ」


 画面が変わる。


 映し出されたのは監視映像だった。


 幼い頃からの自分。


 眠る姿。


 泣く姿。


 勉強する姿。


 失敗する姿。


 恥をかく姿。


 すべて。


 世界中へ公開されていた。


 十四年間。


 毎日。


 一日も欠かさず。


 マナは後退った。


「違う」


 喉から声が漏れる。


「違う違う違う違う違う!」


 魔力を解放する。


 黄金の光が溢れ出す。


 誰もが恐れた絶大な魔力。


「見せてやる……」


 手を伸ばす。


「神炎魔法!」


 光が散る。


 しかし炎は生まれない。


「消えろ!」


 何も起こらない。


 魔力など存在しなかった。


 そもそも世界に魔法などなかった。


 光は特殊効果。


 音はスピーカー。


 浮遊現象はワイヤー。


 彼女が奇跡だと思っていたものは全て演出だった。


 マナは絶叫した。


「滅びろおおおおお!」


 脳裏に浮かんだ呪文を叫ぶ。


 それは古代語だと思っていた。


 だが会場の誰かが吹き出した。


 スクリーンに翻訳が表示される。


 マナは知らなかった。


 その言葉がドイツ語だったことを。


「Ich bin ein Schwein!」


 会場が爆笑する。


 私は豚です。


「Bitte lacht über mich!」


 どうか私を笑ってください。


「Ich bin dumm und wertlos!」


 私は愚かで価値がありません。


「Alle sollen mich verspotten!」


 皆さん私を嘲笑してください。


 マナは必死に叫び続けた。


 攻撃魔法を放っているつもりで。


 しかしその全てが、自分を貶める文章だった。


 観客席から笑い声が降ってくる。


 耳を塞ぎたくなるほど。


 吐きたくなるほど。


 父だった男が涙を流しながら笑っていた。


 母だった女も。


 国王も。


 教師も。


 使用人も。


 全員が。


 十四年間。


 ただ一人の少女を騙すためだけに存在していた。


 やがて膝をつく。


 心が壊れる音を聞いた気がした。


 そこで。


 誰かが彼女の肩を掴んだ。


「マナ」


 ロイだった。


 婚約者。


 幼馴染。


 最も信頼していた少年。


 マナは顔を上げる。


「お前も……」


「ごめん」


 それだけ言った。


「最初から知ってた」


 マナの瞳から光が消える。


 だが。


 ロイはそのまま続けた。


「でも俺は反対だった」


「……」


「こんなの間違ってる」


 ロイが懐から筒を取り出す。


 次の瞬間。


 大量の煙が炸裂した。


 真っ白な煙幕。


 悲鳴。


 怒号。


「走れ!」


 彼はマナの手を掴む。


 混乱の中を駆け抜ける。


 舞台裏。


 鉄骨。


 照明設備。


 配線。


 モニター。


 スタッフ。


 世界の裏側。


 すべてが剥き出しだった。


 マナはそれを見ながら走った。


 自分の人生が崩れ落ちた音を聞きながら。


 数日後。


 二人は海を渡っていた。


 偽造書類。


 支援者。


 秘密ルート。


 ロイは長く前から逃亡計画を立てていたらしい。


 そして一週間後。


 匿名国家の小さな港町へ到着した。


 そこで初めてマナは眠った。


 十四年間で初めて。


 誰にも監視されないかもしれない場所で。


 だが。


 それも幻想だった。


 ある夜。


 宿の扉が静かに開く。


 黒いネックセーターを着た男が立っていた。


 三十代くらい。


 痩せた体格。


 感情の読めない目。


 ロイが即座に立ち上がる。


「誰だ!」


「落ち着いてください」


 男は言った。


「私は味方です」


「信用できると思うか?」


「当然思いません」


 男は椅子に座る。


 そしてマナを見た。


「あなたは今、自分が現実へ戻ったと思っている」


「……」


「ですがそれも違います」


 部屋が静かになる。


「何を言っている」


 ロイが睨む。


 男は小さく笑った。


「あなた方はまだ箱の中にいる」


 マナの顔が強張る。


「世界最大の公開実験は十四年前に始まったものではありません」


「……」


「もっと前から続いています」


 男は窓の外を指差した。


 港。


 街灯。


 車。


 船。


 すべてが見える。


「この現代社会そのものが監視された箱庭です」


「馬鹿な!?」


「そう思うのは当然です」


 男はポケットから端末を取り出した。


 画面には無数の映像。


 世界各地の人々。


 戦争。


 選挙。


 事故。


 恋愛。


 誕生。


 死。


「異世界プロジェクトを考案した連中も知らない上位層がいます」


 男は静かに告げた。


「彼らはあなたを見世物にした」


「……」


「そして彼ら自身もまた見世物なのです」


 マナは震える。


 信じられない。


 だが十四年間の人生が偽物だった少女にとって、現実という言葉は既に信用できないものになっていた。


「じゃあ……本当の世界はどこなの」


 男は少しだけ沈黙し。


 窓の外の夜空を見上げた。


「それを探すために私は来ました」


「私を生み出した世界は、創造主は・・・とあるweb小説サービスで我々を生み出しました」


「そしてそれを知ったあなた達は今、現実とweb小説の世界の境目にいます」


 そして微笑む。


「「Welcome to 『The World』(ようこそ、この世界へ)」


 壊れた異世界の果てで、少女は再び知らない現実へ足を踏み入れることになる。


 自分が何者なのか。


 誰が世界を作ったのか。


 そして観測者は誰なのか。


 その答えを求めて。

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