第8話 初回の剛球対決
「あ、あいつ左右両投げなのかよ!?」
「しかもトルネードであんな剛球……なんであんなのが公立高校に」
連合チーム側のスタンドから大きなどよめきが起きてる。
赤石高校のエース楠元がオレを左打席に迎えて、グラブを左から右に付け替えたからなのだが。
そりゃそうだよな。両投げピッチャーなんて野球マンガの世界ではそこそこいても、現実にはほとんどいない。ゼロではないが。
それにマンガでも左右でパワーやフォームが違ったりすることが多いけど……。
「さあ打ってみい……簡単に打てるというなら!」
おっと、余計なこと考えているうちに楠元が投球モーションに入ってる。軸足はこれまでと反対側、プレートの3塁側に寄せてるな。
フォームは右投げと鏡写しのトルネード……背番号が見える程身体を捻り、腕の角度が低いスリークォーターで。
捻りを戻す勢いのまま左腕を振り切る!
「えやああああっ!!」
内角胸元……右と同じストレート、いやナチュラルシュートが!
ズバンッ!!
「……ストライク!」
「うああー! オージロウが手を出せない!」
「見たか怪物! ウチのエースのボールを!」
「今日の楠元、右より左の方が強くないか!?」
まだ1球見送ってストライク取られただけだろ……なのにこの大歓声。というかやっぱりオレ、赤石側にはヒール扱いされてそうだな。
で、さっきのは手が出ないわけじゃなかったけど。実際に打席でじっくり見るとかなりエグい。
元からややこちらに向かってくる軌道だが、手前でググッと曲がって更にノビてくる。
八ツ頭学園の坂平が投げてたカミソリシュートほどの変化量はないんだけど、キレが良すぎてどのポイントで捉えればいいのか難しい。
「続けて行くぞ、ハッタリ野郎!」
おっと、楠元はボソッと短く喋っただけでテンポ良くトルネードからボールを放つ。
2球目は……またもや内角!
ならばあえて身体を思いっきり開いて、踏み出した右足を強く回転させながら。
強烈なスイングで無理矢理にでも引っぱたく!
「うりゃあああっ!!」
バシィーーッ!!
「うわああーーっ! こっちに来る!」
「フェンス、ブチ破るんじゃ!?」
ガシャーーン! と1塁側スタンドの防球フェンスを直撃した打球が凄まじい音を……我ながらとんでもない打球速度だ。
だがこれでもちょっと手が痛かった。まだ芯で捉えられてないってことか。
それはともかくとして……このまま続けてもファウルにしかならない。どうしよう。もっとヘッドが出るのを遅らせてバットの外側で捉えるしかないか……難しいけど。
でも朗報もある。楠元の表情の変化……元々ムスッとした顔つきだが、ややこわばってきた。
さっきの打球を見て、少なくともハッタリ野郎ではないと思ってもらえたかな?
というわけで次はやはりアレだろうか。
楠元はこれまでより少しテンポを遅らせたノーワインドアップで始動して。
無言で慎重に身体を捻って、そこから勢いをつけて3球目を投げてくる!
「えやああああっ!!」
膝上を目掛けた内角の……どっちか分からん。
間に合わない、身体を早めに開いてスイング始動!
「うりゃあああっ!!」
ズバンッ!!
「……ストライク! バッターアウト!」
「おっしゃあ! オージロウを打ち取ったああああ!!」
「5打席連続阻止したぜ、ざまぁ!」
「こんなにあっさりと……この試合ヤバんじゃ!?」
ひええ、凄まじい大歓声で耳鳴りが起きそうだ。特に赤石高校は……数十年ぶりの出場で、まあ半端なく盛り上がってるみたいだ。
で、最後はやはり高速シンカーを振らされた。
ナチュラルシュートを手前のポイントで捉えるべく早めのスイング始動、というのもあったけど……ヘッドを出すのをギリギリまで待って目で追いかけたが、ボールが落ちる気配を見極められなかった。
まさに最後はフッと消えた感じ。かといってスイングを加減して見極めるのも難しい。あの球威を弾き返せなくなる。
それでも早めに対策を考えないと……ヤツはあれだけじゃないはず。
「オージロウくん! マウンドへ行く前にこれ、ちょっとでも飲んで!」
記録員としてベンチ入りしている松花高校女子マネの泉さんの声だ。オレのドリンク入りペットボトルを手に持ってこちらへ差し出してくれている。
そういえば既にかなり汗をかいてるなあ。今になって喉の渇きも覚えてきた……ゴクゴクと半分くらい飲んでからバットとヘルメットをグラブと帽子に持ち替える。
「ありがとう、助かったよ」
「今日もとんでもない気温だから、投げてる最中も気をつけてね」
いや本当にヤバいぜこの暑さ。真っ昼間の第3試合はマジ危険。
だけど朝夕2部制は第4試合が22時過ぎて終わる試合もあったし……高野連もいろいろと考えてるけど、完全な解決策はまだまだってところだな。
かといって、甲子園以外で試合をしてもいいか? と聞かれるとそれはちょっと。
やっぱりオレたち高校球児にとって甲子園は『聖地』なのだ。ここでやらねば頑張った意味がない。
まあ野球にあまり興味がない人たちにとっては炎天下の試合なんて奇妙で非合理的、ドームで分散してやれば? って思うだろうけど。
例えとして適切かは分からんが……マンガやアニメ、ドラマの『聖地巡礼』とある意味一緒なんだよな。
あれだって作品のファンでもない人から『わざわざ遠くまで行かなくても、近くの似た学校や観光地で済ませば?』って言われたら『それは違う、そこに行かねば意味ない』ってなるだろうし。
などとちょっと目の前の現実から離れたことを考えながらマウンドに向かう。そして右打席には相手ベンチでドリンクを一口飲んでから向かってくる選手の姿が。
「それじゃあ今度は見せてえや。お前のボール!」
ぶっきらぼうな口調で呼びかけてきたのは楠元。ヤツは1番DH、つまりオレと同じく『大谷ルール適用者』なのだ。
その後ろは控えピッチャーで打力も高い中多が配置されて、地方予選も事実上この2人で打点を稼いだといっても過言じゃない。
「オージロウ、ビシッと良い球投げてこっちもゼロで抑えていこう!」
そうそう、今日の先発キャッチャーは勝崎さん。しょーたは古池監督の判断でベンチスタートとなった。
まあこれは単にしょーたの左手を気にかけて……というだけでなく、勝崎さんとのバッテリーをテストする目的でもある。
赤石高校打線で気を使うのは精々3番バッターくらいまで……ハッキリ言えば甲子園出場校の中では打力はかなり低い。
つまりオレが常に全開でなくても行ける状況で勝崎さんが安定してキャッチできるか確認したいのだ。
ブルペンではまあまあ大丈夫だったけど……本番で投げるボールはまた違うし!
「うりゃああっ!」
ズバンッ!
「ストライク!」
「今日は立ち上がりから160キロきたー!」
「あんなボールありかよ。もっと速く見えるし威力半端ねえ!」
ふふふ。真ん中高めストレートにスタンドも盛り上がってる。
勝崎さんもとりあえず問題なさそうだし、続けて2球目行くぜ!
ボコッ!
「あっ!」
「ボール! カウント1−1!」
コントロールミスった……のはともかく、勝崎さんは162キロのボールを捕り損ねてしまった。
「すまんオージロウ! 次は捕るから!」
「それよりも指、大丈夫ですかー!?」
「大丈夫! 気にすんな!」
そう言われてもな……でもまっ、いいっか。
楠元はどうやら手が出ないみたいだし、多少アバウトなコントロールでも問題ないだろ。
というわけで3球目はズバッと全開で投げ込む!
「うりゃあああっ!!」
「……待ってた! 甘いとこ来るの!」
バシィッ!!
確かに真ん中付近のストレートを当てられたが球威で押し切る……はずだったのだが。
「負けるかあっ! えやあああっ!!」
バッシィーーン!!
ヤツのどっしりした下半身が踏ん張って崩れず、そのまま押し返されてしまった!
レフト後方に飛んで行く……長打になりそうな強い打球が放物線を描いて、フェンス直撃か?
クッションボールの処理は……いや、レフトは動かずにフェンスの先を見ている。まさか……!
「ホームラン!」
「剛腕の163キロから先制点もぎ取ったー! さすがウチの主砲!」
「嘘だろー!? あれあそこまで打ち返せるかフツー?」
ちくしょう……打球はフェンスの向こうに消えていった。ギリギリでも何でも、とにかく越えればフェンスオーバー。
そう簡単に点が取れそうにない相手に先制を許しちまった……対照的に軽く左腕に力こぶを作ってオレに見せながらベースを回っていく楠元。
ウチにとっては波乱の幕開けだ。
<あとがき>
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