第7話 想定以上
「なあ、津々木……再戦が甲子園で叶わなくて、オレも残念だ」
「……」
第2試合が終了して球場から引き揚げようとする多岐川第三の選手たち。
室内練習場からダッグアウトへと向かうオレとしょーたは、丁度それに出くわして……足早に立ち去ろうとする津々木マイクと木崎に声をかけたのだが。
津々木はこちらに顔を向けることもなく、紅潮した顔を隠すように帽子を深くかぶって俯いたまま通り過ぎていった。
だが木崎は少しだけ立ち止まって、試合で何があったのかを話してくれている。
「まあ、初見の相手が想定以上の出来で、見事にやられちゃったって感じかな〜。ボクもさあ、中継ぎ投手からヒット1本打つのが精一杯だった……情けないけど」
「でもさ、完封負けでチーム全体のヒットが2本……そのうちの1本なんだから、情けなくなんてない」
「……何だよそれ。ボクじゃなくてウチのチームに対するイヤミかなぁ? まさかしょーたくんがそんなことを言うなんて……例えマグレでも甲子園に出場できたからって、早くも調子に乗っちゃってさあ〜!」
「い、いや。おれはそんなつもりじゃ」
「ハハハッ……冗談だよ冗談。しょーたくんはさあ、いちいち引っ掛かるから面白くてやめられないよね〜。キミと……いや6人で楽しくやってた頃を少しだけ思い出したよ」
「……」
「まあいいや、その昔のよしみでしょーたくんに一言だけ。ボクたちが相手の先発ピッチャーに無安打に抑えられたのは、ストレートとスプリットを最後まで見分けられなかった。それが最大にして唯一の原因なのさ」
「ありがとう。参考にさせてもらうよ」
「それはキミたちが次の試合に勝てたらの話だろう〜? まあマグレでここまで来た連合チームで精々頑張りなよ〜、ハハハッ!」
最後にイヤミを言い残したのが木崎らしさというか。でもありがとよ。
「オージロウくん、しょーたくん。多岐川第三のことは残念だろうけど、とにかく目の前の試合に集中していこう!」
「はい……ここから切り替えていきますよ、監督!」
◇
「なあ、赤石高校の連中……どう見てもよぉ、チラチラとオージロウに視線を向けて睨んでるぜ〜?」
「わかってますよ阿戸さん。はぁ〜、絶対にこの前のスポーツ新聞のせいだ」
オレは対戦相手を挑発する気などないのに、あんな見出し書きやがって……今さら弁明しても聞いちゃくれないだろうな、この雰囲気だと。
「まあ乱闘になったら俺がお前を守ってやっからよぉ、安心しろ」
「ちょっと! 物騒なこと言わんでくださいよ」
「ところでよぉ、雛子さんは応援に来てねえのか? っていうか1回戦もお前の父ちゃんしか来てなかったじゃん」
「あの時は、姉ちゃんの試合後にみんな一旦地元に帰ってから間がなくて。それと母さんは納期が迫ってる仕事があって忙しいらしいんで」
「だからよぉ、雛子さんは?」
「……姉ちゃんは大会後に『英会話部』に即復帰して、今は秋の文化祭に向けて活動してると思います」
「女子硬式野球部を立ち上げる前に部長やってたっていう部活にかよ」
「はい。部員たちは姉ちゃんの復帰を心待ちにしてたそうで……」
「ええ〜! なんかもう、ダルくてやる気でねえわ!」
「次の3回戦にはさ、何とか来てもらえるように頼んでくれよ〜!」
残念がる阿戸さんとしょーた。オレだって……まあ、次はおそらく来ると思うけど、下手に期待を持たせるとうるさいから黙っておこう。
なぜ次か……姉ちゃんの勘では、もし兄ちゃんがスタンドに姿を現すとしたら3回戦以降だろう、と。
まあ根拠がある話ではないようだが、姉ちゃんの勘はよく当たるのだ。
ちなみに父さんは1回戦を観戦してた合間に球場内を探し回ったのだが、それらしき人物は見かけなかった。もちろん今日もめげずに探すって言ってたけど。
それはともかく、今日はクラスメートや友人たちも多く駆けつけてくれている。だから無様な試合だけはしないように頑張らないと。
そして◯神園芸さんの見事なグラウンド整備終了から程なくして、炎天下の第3試合が開始したのである。
◇
1回表、先攻はウチで先頭打者の中地さんが右打席へと向かっている。
「中地さん! 練習した通りに狙いを絞っていきましょー!」
「あいよ! わーってるって!」
なかなか自信満々な声、そして構え。これは期待が持てそうだ。
そしてマウンドに立つのは赤石高校の絶対エースで右投げの剛腕ピッチャー楠元。
身長は確か179センチとピッチャーとしては大きくないけど……身体つきがえげつない。
広い肩幅、見るからにムキムキだけど無駄な脂肪が一切なさそうな引き締まった上半身。
下半身は対照的に腰回りが大きくてどっしり感満載。
そんな楠元はプレートの一塁側に軸足を置いて、ノーワインドアップでモーションを開始する。
そこから、グイーッ! と上半身を豪快に捻って背中を見せると。
捻りを一気に解放し、スリークォーターでボールをビシィッ! と指先で弾き出す!
「えやあああっ!!」
「狙いの内角ストレート! おりゃあ!」
バコッ!!
「痛ってぇ〜! 両手の痺れが取れない……!」
「あー、たもっちゃんの剛球を完全に芯を外して打ったらそうなるわなあ。気の毒だけどフライはキャッチさせてもらう!」
「バッターアウト!」
初球をあっさり後方のファウルゾーンへ打ち上げキャッチャーフライで終わり……それよりもやたら両手を痛がる中地さんが気になる。
今日は2番セカンドでスタメンの近海がネクストバッターズサークルから様子を見に行って……幸いにも中地さんは自力でベンチへ戻ってこれた。
「大丈夫ですか中地さん? オレが両手を包んで痛みを和らげましょうか?」
「そういうのは野郎じゃなくて女子マネにだな」
「えっ?」
「いや何でもない。それよりも……俺たちの想定以上に威力があるし、バットの根本に食い込んでくるぞ! イテテ!」
やっぱり。
楠元の腕の角度はスリークォーターとしては低い。そこから『トルネード投法』の横振り回転で剛球を放たれたら……。
そして軸足の位置。右打者の内角を投げる際には自然とシュート気味の角度で向かってくる。
つまりは半端ない威力のナチュラルシュート……これが楠元のストレートの正体であり強力な武器の一つ。
近海も無理に打ちに行くと……おっと、既に右打席に立って構えようとしている。今のうちに呼びかけておこう。
「おーい! ここはあんまり無理せずにボールを見ていって構わないぞ!」
「だーいじょーぶだっぴょ! オージロウくんの前に塁に出てやるから黙って見てるっぴょ!」
そうは言っても……いや構えてしまったのでこれ以上は呼びかけられない。オレはバットとヘルメットを持ってサークルへと歩いていく。
「だっぴょ! イテテ!」
「ファウル!」
あえて積極的にナチュラルシュートを狙っていく近海。打つポイントを前に置いて、更に身体の回転をうまく使って少しずつ捉えてきてる。
これならいけるかも……と思った4球目。
スカッ!!
「ストライク、バッターアウト!」
「くぅ〜! あんなの見分けがつかないっぴょ!」
悔しさを吐き出しながら戻ってくる近海。それはともかく最後のボールは何だったのか、確認しとかないと。
「シンカーだったのか、最後は」
「……たぶん。ストレートと変わらないスピードだったのに、手前でいきなり消えて、気づいたら沈んでたっぴょ」
「わかった、ありがとよ」
楠元の決め球の一つ、高速シンカーだな。
さすがにストレートと同じ球速はない。球速表示は、ストレートが今のところ最速155キロ、シンカーは148キロだった。
でも手元が見えづらいフォームだし途中まで軌道が同じとなるとそう感じるのだろう。
だが左打席からであれば手元が見えやすくなるし、威力のあるボールが食い込んでくることもない。普通ならば。
そんなことを考えながら左打席に入ると、マウンドから呼びかけてくるぶっきらぼうな声が聞こえる。
「なあ! 俺のボール、余裕で打てるんだってな、お前! それで5打席連続ホームランをキメるらしいな、お前!」
「……もちろん狙いますけど、挑発はしてないし余裕でもないです」
「今さらそんな言い訳せんでいいから。というか絶対に打てんから……お前は!」
楠元は大声で言いたいことをオレにぶつけると、おもむろにグラブを左手から外す。
それは6本指の、明らかに特注のグラブ……それを右手にはめることで、楠元は左腕でオレに投げることを球審に明示した。
そう……これも楠元の武器の一つ。ヤツは両投げ、つまりスイッチピッチャーなのだ。
<あとがき>
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