第52話 ゴミ集積が“箱で分かる”
ゴミ集積は、だいたい「見ないふり」で回っている。
見ないふりで回ると、たまに寄る。寄ると、朝市の裏に匂いが混ざる。混ざると、誰かの顔が固くなる。
固くなる前に、分ける。分ける前に、増やさない。
朝、結び家が角を通った時、箱はいつも通りの顔をしていた。
板は板。釘は少し。木片は一枚。欠けの石は欠けたまま。
静かに回っている角は、今日の仕事をもう半分終わらせている。
問題は、その先。
朝市の裏の裏。ゴミ集積の山だ。
「……今日、風が裏に流れる」
ハルが小さく言った。
「言うな」
ユリネが即座に刺す。
「……胸の中で、裏」
「胸の中なら勝手にしろ」
裏へ回ると、山が三つ並んでいた。
濡れ。乾き。軽い。
三つまで。
昨日作った線が、まだ残っている。線が残っていると、足が迷わない。迷わないと踏まない。踏まないと割れない。割れないと、朝が明るいまま。
……明るいまま、のはずだった。
山の横で、おじさんが腕を組んでいた。露店のおじさんだ。
顔が「助けたい」になっている。助けたい顔は増える入口だ。
「おーい、ちょっと」
おじさんが呼ぶ。
呼び方が一回で止まる呼び方じゃない。止まらない呼び方は、次を呼ぶ。
「集積、ここでいいって聞いたんだけどよ」
その横に、若い人が袋を抱えている。
袋は軽そうなのに、抱え方が雑だ。雑だと破れる。破れると増える。
「ここでいい?」
若い人が言って、袋を山へ近づけた。
近づけるのはいい。
でも、近づけ方が“とりあえず”だ。とりあえずは増える。
レンカが息を吸って、口を押さえた。えらい。
ミナギは吸う前に言いかけた。危ない。
「とりあえず、ここに――」
「置くな」
ユリネが短く言った。
短いから刺さらない。刺さらないのに、袋の手が止まる。止まれるなら勝ち。
「えっ、でもゴミじゃん」
「ゴミでも順番がある」
「順番?」
「分ける順」
分ける順。
その言葉が出ると、昨日の「朝市の分け方」が薄く繋がる。
繋がると、人は落ち着く。落ち着くと、雑に投げない。
コトが、三つの山を指で軽く示した。
指差さない。指先だけ。増えない合図。
「濡れ、乾き、軽い。三つ。終わり」
「終わり」
タケルが真顔で復唱した。復唱は作法になる。
若い人が首を傾げる。
「これ、どれ?」
袋の中身は、葉っぱの屑と紙の屑と、なぜか小さな木片。
混ざってる。混ざってると、どれにも属さない顔になる。
属さない顔は、箱を呼ぶ。
「じゃあ箱?」
若い人が角の箱を見て言った。
見た瞬間、レンカの肩が上がる。上がると走る。走ると増える。
「箱じゃない」
ユリネが即答した。
「えっ、でも箱って何でも入れていいんじゃ」
「何でもにするな」
箱に「何でも」が入ったら終わりだ。
終わりは増える。増えた終わりは戻せない。
戻せないのは嫌だ。
コトが柔らかく言い換える。
「箱は“戻る”ための箱。ゴミは“戻らない”から山」
「戻る……戻らない……」
若い人がぽかんとした。ぽかんは助かる。反発じゃないから。
シノが、ぼそり。
「……戻らない、軽い」
「軽いって言うな」
ユリネが刺す。
「……軽い、山」
シノが言い直す。言い直せるなら勝ち。
若い人が袋の口を開けかけて、また止めた。止められるなら勝ち。
「でも混ざってる」
「混ざってるなら、混ざってるのまま置くな」
ユリネが言う。
「じゃあどうするの」
「分ける」
「今?」
「今」
今、が出ると面倒が増える。
増えるけど、増やさないでやる方法はある。
タケルが真顔で、袋の横にしゃがんだ。
しゃがむが増えると道が死ぬ。だから一人だけ。
「中身、出すのは一回」
「一回」
レンカが復唱して口を押さえた。
タケルは袋の口を小さく開けて、手を入れない。
手を入れないで、袋を傾ける。
とん、とん、と落ちる。
葉っぱの屑。紙の屑。木片。
「葉っぱは軽い」
コトが言う。
「紙も軽い」
ハルが小さく付け足す。
「木片も軽い……」
ミナギが言いかけて、
「言うな」
ユリネが刺す。
「……胸の中で軽い」
「胸の中でも言うな」
結局、全部軽い山でいい。
問題は、その“全部軽い”が、次の人を呼ぶことだ。
全部軽いが増えると、軽い山が山じゃなくなる。山が山じゃなくなると、風が勝つ。風が勝つと紙が舞う。舞うとくしゃみが増える。増やすな。
おじさんが腕を組んだまま、ぼそっと言った。
「分けて置く、って書いてあるけどよ……分け方が分からん」
分からん、は素直だ。素直は助かる。
素直だと、説明が欲しくなる。
説明は増える入口。入口を閉めたい。
そこで、箱が効く。
箱は、説明を増やさずに“見る場所”を作る。
見る場所があると、言葉が減る。言葉が減ると、裏が軽くなる。
ユリネは角の板を、顎で示した。
板。釘。木片。
紙じゃない。増えない。
「板のやり方でやれ」
「板?」
「木片。短く。外す」
おじさんが目を丸くした。
「ゴミに札を付けるのか」
「札にするな。目印だ」
「目印」
タケルが真顔で復唱した。
ミナギがきらっとして言いかけた。
「じゃあ俺、木片いっぱい――」
「増やすな」
ユリネが刺す。
「……一枚だけ」
ミナギが言い直した。言い直せるなら勝ち。
ミナギは露店の端材から、小さな木片を三つだけ持ってきた。
三つだけ。
三つだけなら、山の数と同じだ。増やさない。
コトが、木片に短く書く。
濡れ。乾き。軽。
文字は角ばって小さい。強調しない。強調すると看板になる。看板になると増える。
木片は、山の前に一つずつ置かれた。
置き方が“板の釘”みたいじゃない。地面。足元。
足元にある目印は、目が勝手に拾う。
拾うと、口が減る。口が減ると、裏が静かになる。
「……あ、これ、軽」
若い人が言って、軽い山へ紙屑を置く。
置く動きが一回で終わる。一回で終わると増えない。
次の人が来た。
今度は濡れた布の端っこ。
「これ、濡れ?」
「濡れ」
ハルが小さく言う。
言い方が短い。短いと喧嘩にならない。
濡れの山に置く。
置いたら終わり。
終わると、裏が回る。
……回りかけたところで、最悪が来た。
子どもだ。
子どもは箱が好きだ。山も好きだ。目印も好きだ。
好きが重なると、遊びになる。遊びになると、増える。
「見て! ぼくも目印!」
子どもが木片を一つ持って、角の箱に入れようとした。
やめろ。箱は戻る箱だ。ゴミの目印を入れたら、戻らないものが戻る箱に入る。混線だ。
「入れるな」
ユリネが短く言った。
短いから刺さらない。刺さらないのに、子どもの手が止まる。止まれる子は偉い。
「えっ、でも箱、便利」
「便利って言うな」
「……助かる?」
「助かるのは山の目だ」
コトが笑って、子どもの目線までしゃがんだ。しゃがむのは一人だけ。増やさない。
「箱は“戻る”。木片は“外す”。山は“戻らない”」
子どもが目を丸くする。丸い目は覚える目だ。
「戻る!」
「戻らない!」
「外す!」
子どもが全部復唱して、なぜか誇らしげに木片を濡れ山の前へ戻した。
戻せるなら勝ち。
ここで、裏の空気がふっと軽くなる。
軽くなると、匂いが少しだけ減る。
減ると、朝市の声が勝つ。
勝つとか言うな。胸の中で勝つ。
……だが、軽くなったところで、箱がもう一回呼ばれる。
軽い山の中から、きらっとしたものが出た。
小さな鍵だ。鍵は戻る。戻るなら箱。
「これ、ゴミじゃない」
誰かが言った。
「言うな」
ユリネが反射で刺して、すぐ言い直す。
「……戻る」
コトが欠けの石を顎で示す。
「分からないものは欠け。戻るものは箱」
鍵は欠けへ置かれて、すぐ箱へ移された。
移し方が静かだ。静かだと覗き込まれない。覗き込まれないと詰まらない。
箱のふたが閉まる。
ぱた。
その音が、裏の人にも聞こえた。
箱の音は、裏に「戻る/戻らない」を渡す。
渡すから、裏が分かる。
それが“箱で分かる”の正体だった。
昼前、山は三つのままだった。
木片は三つ。
濡れ、乾き、軽。
風が吹いても、紙は舞わない。
舞わないから、くしゃみが増えない。増やすな。
おじさんが腕を組んだまま、笑った。
「今日は裏が、裏のままだな」
「言うな」
ユリネが刺す。
「……胸の中で裏」
おじさんが言い直して、周りが少し笑った。刺さらない笑いは裏に効く。
結び家は朝市で買い物をして、帰りにもう一度裏を通った。
木片がまだある。
まだあるのに、増えてない。
増えてないのに、効いてる。
レンカが小さく言いかけて、止めた。
止めて、言い直す。
「……箱、ここでも効く」
「言うな」
「……胸の中で効く」
「胸の中なら勝手にしろ」
家に戻ると、鍋が鳴っていた。
今日のごっちゃ煮には、朝市の端っこ野菜が入る。
皮は薄く刻んで、出汁に混ぜる。捨てない。戻らないけど、生活に戻す。
湯気が上がる。湯気は増えていい。増える湯気は生活の勝利だ。
ミナギが椀を取ろうとして、
「順番」
ユリネが一言。
「……はい」
ミナギが言い直す。言い直せるなら勝ち。
タケルが真顔で言った。
「今日、ゴミの山が分かったな」
「言うな」
ユリネが刺す。
「……胸の中で分かった」
「胸の中なら勝手にしろ」
ハルが小さく頷く。
「……目が増えた」
シノがぼそり。
「……匂い、減った」
「減ったって言うな」
「……胸の中で減った」
シノが言い直す。言い直しがあると、明日が軽い。
レンカが小さく宣言した。
「今日、箱にゴミ入れなかった!」
「入れかけた」
ミナギが真顔で言いかけて、
「未遂って言うな」
ユリネが刺す。
「……胸の中で未遂」
「胸の中でも言うな」
笑いが起きる。
刺さらない笑いが起きると、裏の匂いが遠くなる。
遠くなるなら、今日は勝ちだ。勝ちとか言うな。
ユリネが短く言う。
「飯! 湯!」




