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第31話 札が増える前に

 箱は、置いた翌日に性格が出る。

 昨日は「空っぽでいい」顔をしていたのに、今日は「何かしてほしい」顔をしている。

 してほしい顔に、人は弱い。弱いから、紙が増える。


 朝。

 結び家の戸を開けた瞬間、レンカが息を吸った。


「……紙、増えてる」


 箱のふたの上に、紙が三枚。

 欠けの石の横にも、紙が二枚。

 紙は薄い。薄いのに存在感が強い。存在感が強いと、人の口が動く。口が動くと噂が走る。


 ユリネは箱を見る前に、紙を見た。

 紙の角が、夜露で少し丸まっている。

 丸まると読みにくい。読みにくいと、声が増える。声が増えると、また紙が増える。


「……書いたやつ、誰だ」

 タケルが真顔で言った。

「言い方」

 コトが笑う。

「でも気持ちは分かる」

 笑いながら、コトも紙を覗き込んだ。


 一枚目。大きい字。


 探しています。

 銀の輪っか。


 二枚目。これも大きい字。


 拾いました。

 入れておきます。


 三枚目。小さい字。ぎゅうぎゅう。


 箱の使い方、教えてください。

 預かりですか、置きですか。

 返す人は誰ですか。


「質問が増えてる」

 レンカが言った。

「質問は紙だと増える」

 ユリネが淡々と返す。

「じゃあ答えも紙で」

 レンカが言いかけた。

「書くな」

 ユリネが即座に刺す。


「えええ、でも読めないじゃん!」

「読めないなら、口で回せ」

「口、増えるじゃん!」

「一回だ」


 一回。

 その一語が出ると、レンカの肩がすっと落ち着く。

 落ち着くと、紙に手を出さない。えらい。


 ハルが小さく息を吐いた。

「……これ、増える」

 シノがぼそり。

「……紙、好き」

「好きとか言うな」

 ユリネが刺す。

「でも、書くの、楽しい」

「楽しくするな」


 楽しいは危ない。楽しいは増える。

 増えると、箱が掲示板になる。掲示板になると、生活が詰まる。詰まると泣く。今日は泣かせない係が働きすぎる。


 そこへ、戸の前に足音が来た。

 足音が軽い。軽い足音は、だいたい善意だ。


「おはようございます。箱、できたって聞いて」


 若い人が立っていた。手に紙を一枚持っている。

 持っている紙には、すでに文字が書いてある。書いてあるのが一番危ない。


「これ、貼ってもいい?」

 紙を差し出す。

 レンカの目がきらっとした。貼るのは簡単。簡単は事故の入口。


「貼る!」

「貼るな」

 ユリネが即座に刺す。

「えっ、でも貼れば分かりやすいし」

「分かりやすいは、増える」

「増える?」

「増える。紙が増える」


 若い人は困った顔をした。

 困った顔は刺さる。刺さるとレンカが動く。止めろ。


 コトがすっと前へ出た。

 声を増やさない笑顔で。


「貼るより、言いましょう。声は一回。欠けまで」

「欠けまで?」

「欠けまで。置く場所はここ。箱は、口を整えるだけ」

「口を整える……?」


 言葉が難しくなると、また紙が増える。

 ユリネは短く言い換えた。


「紙は増える。だから書くな」


 言い換えは強い。

 強いのに、刺さる前に終わる短さがある。


 若い人は紙を握り直して、でも引っ込めない。

 引っ込めない紙は、貼りたい紙だ。


「でも、探してる人が居るって見たから」

 若い人が箱の上の紙を指す。

 銀の輪っか。

 探しています。


 ユリネは箱のふたを開けた。

 音を立てない。音を立てると注目が増える。注目が増えると詰まる。


 中には、小さな布包みが一つ。

 そして、銀色の輪っかが一つ。


「……ある」

 レンカが言った。

 言い方が嬉しそうで危ない。嬉しいは増える。


「あるなら、返せる?」

 若い人が言った。

「返すのは持ち主」

 ユリネが言う。

「じゃあ持ち主、呼べばいい?」

「声は一回」

「一回!」

 レンカが復唱して、自分の口を押さえた。増やさない努力が板についてきた。


 タケルが真顔で、朝の通りへ向けて一回だけ声を出した。

「銀の輪っか、落とした人!」


 声は一回。

 一回だけだと、通りが止まりきらない。

 止まりきらないのが、今日の勝ち方だ。


 少し先で、年配の人が振り向いた。

 振り向いた顔が、焦りの顔だ。焦りの顔は分かりやすい。分かりやすいと、戻るのが早い。


「それ、俺の! 昨日から探してた!」

「どうぞ」

 コトが銀の輪っかを、箱からではなく、欠けの石の上にそっと置いた。

 置く。

 手渡しにすると礼が増える。礼が増えると紙が増える。今日は増やさない。


 年配の人が輪っかを取って、胸を撫で下ろす。

「助かった……。貼り紙、書いといて良かった」

 言った。

 言った瞬間、レンカの顔が「よし次も貼ろう」になる。危ない。


「書くな」

 ユリネが刺した。

「えええ」

「今回たまたま当たっただけだ」

「でも当たった!」

「当たったは増える」


 増える。

 その言葉を、今日だけで何回言うんだという空気になる。

 なると、みんな少し笑う。笑いは刺さりを丸くする。丸くなると、止めやすい。


 年配の人が、帰り際に言った。

「じゃあ、この紙、もう要らないな」

 紙を箱の上から剥がそうとする。

 剥がすと、次の紙を貼りたくなる。貼りたくなると、また増える。


「剥がすな」

 ユリネが言った。

「えっ」

「剥がすなら、持って帰れ」

「……あ、そりゃそうか」


 年配の人は自分の紙を折って懐に入れた。

 自分の紙は自分で回収。

 それだけで紙が増えない。


 若い人が、まだ握っていた紙を見下ろした。

「……貼らないほうがいい?」

「貼らない」

 ユリネが即答する。

「でも困ってる人に知らせたい」

「知らせるのは口」

「口は増える」

「一回だ」


 また一回。

 一回の制限があると、人は紙を諦められる。

 諦められると、生活が軽い。


 若い人が、紙をくしゃっとしそうになって、やめた。

 やめて、折った。

 折って、懐に入れた。

 紙を持ち帰るのが偉い。


「じゃあ、言う」

 若い人が言った。

「言う」

 コトが頷いた。

「声は一回」

 タケルが真顔で添える。

「一回」

 若い人が復唱した。復唱があると、やらかさない。


 若い人は通りに向けて、一回だけ声を出した。

「布袋、拾いました! 欠けまで!」


 欠けまで。

 それが出た瞬間、箱の前の空気が「掲示板」から「通り」へ戻る。

 戻ると、詰まらない。詰まらないと、泣かない。


 その声に、通りの端から「それ私!」が返ってきた。

 持ち主が来る。

 布袋が欠けの石の上に置かれて、持ち主が持っていく。

 礼は小さい。小さい礼は増えない。増えないから助かる。


 ここで終われば良かった。

 だが、紙は最後にしぶとい。


 箱の横の紙。

 使い方を教えてください。

 預かりですか、置きですか。


 この質問紙が、今いちばん危ない。

 答えたくなる。答えたくなると書きたくなる。書くと増える。増えると、次の質問が来る。無限。


 レンカが紙を見つめて、唇を噛んだ。

「答えたい……」

「欲しいで止めろと同じだ」

 ユリネが言う。

「えっ」

「答えたいで止めろ」

「……答えたい」

 レンカが言い直した。言い直せるなら勝ち。


 コトが笑った。

「じゃあ、答えは紙じゃなくて、箱の上の紙を減らす」

「減らす?」

「増やす前に、減らす」


 タケルが真顔で言った。

「減らすの、気持ちいいな」

「気持ちよくするな」

 ユリネが刺す。


 ユリネは箱の上の紙を、二枚だけ残して、残りをまとめた。

 残した二枚は、昨日置いたもの。


 返す / 置く


 それ以外は、箱の中へ入れない。

 紙を箱に入れると、紙箱になる。紙箱になると、また紙が増える。

 だから、紙は持ち主へ返す。持ち主が分からない紙は、今日だけ預からない。預からないのが、生活。


 質問紙は、箱の縁に置き直した。

 置き直しただけ。

 書かない。

 貼らない。


 代わりに、ユリネが短く言った。


「預かりじゃない。置きだ。声は一回。欠けまで」


 それだけでいい。

 それだけがいい。


 質問紙を書いた人は、昼に現れた。

 恥ずかしそうに紙を取りに来て、ユリネの短文を聞いて、頷いて帰った。

 紙は増えなかった。

 増えなかっただけで、今日は勝ちだ。


 夕方。箱の上は、二枚の紙だけになった。

 返す/置く。

 欠けの石の横には、何もない。

 空っぽは平和。空っぽは勝ち。


 レンカが胸を張った。

「今日、紙、増やさなかった!」

「増えたのは朝だけだ」

 ユリネが言う。

「朝に増えたのを減らした!」

「減らしたのは偉い。増やすな」

「増やさない!」

 レンカが口を押さえて笑う。笑いは増えない笑いだ。


 タケルが真顔で言った。

「箱、掲示板になりかけたな」

「なりかけた」

 コトが頷く。

「未遂」

 タケルが言いかけて、ユリネが刺す。

「未遂って言うな」

「……推測で未遂」

「推測の使い方が雑だ」


 笑いが起きる。

 笑いが起きると、紙の角の丸まりまで愛嬌に見える。

 見えるが、明日はまた増えるかもしれない。

 だから、今日で勝つ。今日の分だけ勝つ。


 台所では鍋が鳴った。

 湯気が上がる。湯気は増えていい。増える湯気は、生活の勝ちだ。


 シノがぼそり。

「……紙より、湯気が好き」

「好きとか言うな」

 ユリネが刺す。

「でも湯気は、減らさなくていい」

 コトが笑った。


 レンカが椀を持ち上げかけて、

「順番」

 ユリネが一言。

「……はい」

 レンカが言い直す。言い直せるなら勝ち。


 今日も回る。

 箱も回る。

 紙は増やさない。

 増えたら減らす。

 減らせば泣かない。


 ユリネが短く言う。


「飯! 湯!」

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