第27話 ゴミ集積が宝探し化
ゴミ集積は、生活の裏庭だ。
裏庭なのに、人の足が多い。足が多いと声が多い。声が多いと、落ちる。
昨日は朝市で落ちた。今日はゴミで落ちる。落ちるのは悪じゃない。回し方が要る。
「今日は、分けて置く日」
コトが言った。
言い方が嬉しそうで危ない。嬉しい日は、増やす。
集積場の端に、板が一枚立っている。
板の字は大きくない。飾りもない。けれど、必要なことだけ書いてある。
分けて置く。
「……これ、好き」
コトが小さく言った。
「好きとか言うな」
ユリネが即座に刺す。
「でも、分けて置くは、増えない」
「増える前に止めるだけだ」
止める、が出ると安心する。安心すると、レンカが動く。そこが危ない。
「宝、あるかな!」
レンカが言った。
言い切りが軽い。軽いのに、集積場で言うと重い。
「宝って言うな」
ユリネが刺す。
「でもさ、ほら! 光ってる!」
レンカの指が、山の端を指した。
瓶の欠片が、朝の光でちょっとだけきらっとした。きらっとは、だいたい事故の入口。
タケルは大きな袋を肩に担いでいる。
担ぎ方が真面目だ。真面目な人ほど、余計なものまで拾う。
「昨日の落とし物、ここに紛れたら終わりだよな」
タケルが真顔で言った。
「終わりにするな」
ユリネが刺す。
「……推測で、終わりっぽい」
「推測の使い方が雑だ」
コトが笑った。笑いが出ると、レンカの足が前に出る。出るな。
ハルは無言で、家から持ってきた袋を地面に置いた。
置き方が丁寧だ。丁寧に置くと、拾ったものを置きたくなる。置きたくなると、宝探しが始まる。
シノは集積場に近づく前に、一回だけ息を吸った。
匂いの混ざり方を確かめている。確かめ方が忙しい。
「……あまい」
ぼそり。
甘い匂いが、ゴミからするのは、だいたい果物だ。果物は、だいたい皮だ。皮は、だいたい滑る。滑ると、落ちる。
「滑るな」
ユリネが言った。
誰も滑ってないのに言う。予防の言葉は増えない。増えないから助かる。
集積場の山は、低い山が三つ。
ひと山は濡れている。ひと山は乾いている。ひと山は、とにかく軽い。
分類は決めない。決めると喧嘩が増える。増えると泣く。今日は泣かせない係だ。
レンカは板の文字を読み上げた。
「分けて置く……分けて置く……分ければ分けるほど、良いってこと?」
「違う」
ユリネが即答した。
「えっ」
「分けるのは、道を残すためだ」
道。と聞いた瞬間、ハルが小さく頷いた。道が消える未来が見えている。
なのにレンカは、良かれと思って分け始めた。
瓶の欠片を一山。布を一山。木片を一山。丸いものを一山。きらっとしたものを一山。
山が増えると、足の置き場が減る。
足の置き場が減ると、踏む。踏むと割れる。割れると、また山が増える。
増えるのは悪じゃない。回し方が要る(二回目)。
「山、増やすな」
「でも分けて置くって!」
「分けて置く、は“増やしていい”じゃない」
ユリネは叱らない。叱る代わりに、数を出した。
「三つまで」
「三つ?」
「三つ。濡れ、乾き、軽い。終わり」
終わりがあると止まれる。止まれないのは、終わりが無い時だ。
タケルが真顔で言った。
「三つって、少なくない?」
「少ないのが勝つ」
「勝ちとか言うな」
刺されて、タケルが小さく笑う。笑うと、難しい顔が崩れて助かる。
コトが手を叩いた。
「じゃあ、遊びで分けるのは、家の中でやろう。ここは歩く場所」
「歩く場所!」
レンカが復唱して、自分の足元を見た。足元を見れるなら勝ちだ。
「まず、捨てる」
ユリネが言った。
「捨てる!」
レンカが復唱して、自分の袋を持ち上げる。
袋の口を開くと、レンカの目がもう山の方を見ている。見るな。
捨てるものが、どさっ、と落ちる。
音がする。
音がすると、何かが混じっている気がする。気がすると、探したくなる。探したくなると、宝探しが始まる。
「……あれ?」
レンカが言った。
言い方が「見つけた」の顔だ。
落ちた布の間から、丸いものが転がった。
ころん。
ころんは、拾いたくなる音だ。
「拾う!」
「拾うな」
ユリネが即座に言った。
「えええ、でも今の私の袋から!」
「なら、本人が拾え」
「本人、私!」
「分かってる。だから、手順」
ユリネは指を二本立てた。
「一、見る。二、戻す」
短い。短いのに、レンカの手が止まる。止まれるのが偉い。
レンカはしゃがまず、目だけで丸いものを見る。
木の輪っか。たぶん玩具の欠片。欠けた輪。
欠けたものは、つい「直せる」に見える。直せるは危ない。直せるは、増やせるの兄弟だ。
「直せるかも!」
「直すな」
ユリネが刺す。
「でも……」
「でも、は増える」
レンカは口を尖らせて、輪っかを袋へ戻した。
戻せたなら勝ち。袋の口を閉める。閉めると、次が起きない。
……起きないはずだった。
「宝、あった!」
レンカが言った。
言った直後に気づいて、口を押さえた。遅い。
レンカの視線の先で、コトが小さな瓶を拾い上げていた。
拾い上げたと言っても、ゴミを拾っているわけじゃない。
落ちているのは、空っぽの小瓶。透明で、綺麗で、手に馴染む大きさ。
綺麗は、宝になる。宝になると、増える。
「これ、花を挿せる」
「挿すな」
「挿さないけど、挿せる」
「言うな」
言うなと言われると、言いたくなる。生活はそういうものだ。
タケルが目を細めた。
「でもさ、こういうの、拾って帰ったら、後で困らない?」
「困る」
ユリネが即答した。
「即答だ」
「即答できる困り方は、だいたい経験済みだ」
ユリネの声が乾いている。乾いているのに、朝の湿気で少しだけ柔らかい。集積場は不思議だ。
そこへ、ミナギが来た。
大きい袋を二つ。顔が元気。足取りが軽い。軽いのに、袋が重い。重いのに、落とす。
「おー、今日も回してる?」
「回してない。捨ててる」
ユリネが返す。
「捨てるのも回すだろ!」
「回すな」
ユリネが刺す。
「えっ」
「声を増やすな」
ミナギは「はい」と言い直して、声を小さくした。小さくできるなら偉い。
ミナギが袋をどさっ、と下ろした瞬間、袋の口がずるっと開いた。
中から、紙がひらっと舞った。
舞う紙は、拾いたくなる。
拾うと、読む。読むと、笑う。笑うと、増える。
「拾う!」
レンカが言いかける。
「拾うな」
ユリネが刺す。
「でも紙は飛ぶ!」
「飛ぶのは、持ち主の仕事だ」
ミナギが「あっ」と言って、自分で紙を押さえた。
押さえた紙の端に、文字が見えた。
見えた文字は、たぶん誰かの買い物の控え。控えは生活だ。生活は捨てていい。捨てていいが、飛ばすな。
「……ごめん」
ミナギが言って、紙を袋に戻す。
戻すと終わる。終わると、レンカの手が余る。余ると、宝探しが始まる。だから次を渡す。
「レンカ」
ユリネが呼ぶ。
「なに!」
「袋を結べ」
「結ぶ!」
レンカが素直に動いた。素直が出るときは、だいたい手が足りない時だ。今日は助かる。
袋を結び終わったところで、集積場の端から、小さな声がした。
「……それ、うちの」
声の主は、近所の子だ。名前は出さない。出すと増える。
子は、足元の布の山を見て、顔が困っている。
レンカが反射で「返す!」と言いかけた。
返すは危ない。返すと、お礼が増える。増えると、また拾う。
「返すな」
ユリネが刺した。
「えええ」
「返すのは、置いて終わりだ」
ユリネは、集積場の端の欠けた石を指でとん、と叩いた。
欠けは今日も線になる。
「欠けまで。落ちたものは、欠けに置く。持ち主が取りに来る」
「箱があれば……」
レンカがぽろっと言った。
言った瞬間、全員の背中が一瞬だけ固まった。
箱。欲しい。欲しいが、まだ作るな。
「欲しいで止めろ」
ユリネが言った。
「……箱、欲しい」
レンカが言い直した。言い直せるのが偉い。欲しいで止まると、未来が壊れない。
近所の子が欠けの石の前に、布切れをそっと置いた。
置き方が丁寧だ。丁寧に置くと、場が柔らかい。
「……ありがと」
子が小さく言った。
小さい礼は、増えない。増えないから助かる。
しかし、宝探しは止まっていなかった。
止まっていないのは、シノだ。
シノは匂いの筋を追って、山の横をそっと歩いている。
歩き方が静かだ。静かだと、見落とす。見落とすと、踏む。踏むと泣く。泣かせない係、仕事。
「シノ、足」
コトが小さく言った。
「……うん」
シノが頷いて、足元を見る。
そこに、果物の皮。滑るやつ。
シノはそれを、棒でつまんで、濡れ山の方へ移した。移すのが正しい。拾って遊ばない。偉い。
「宝じゃない?」
レンカが言った。
「宝じゃない。危ない」
タケルが真顔で言う。
「危ないは宝より強い」
コトが笑った。笑いが出ると、レンカが不満そうに頬を膨らませる。膨らませると、次を探す。探すな。
レンカは諦めずに、小さな金属片を見つけた。
丸い。穴がある。たぶん飾り。きらっとしてる。きらっとは危ない。
「これ、飾れる!」
「飾るな」
「でも飾れる!」
「言うな」
「言わないけど、飾れる!」
ユリネは叱らない。
叱ると、レンカの善意が固くなる。固くなると折れる。折れたら泣く。今日は泣かせない。
だから、段取りで止める。
「レンカ。今、何をしに来た」
「捨てに!」
「なら、捨てて帰れ」
短い。短いのに強い。強いのに、冷たくない。これが生活の叱り方だ。
レンカは口を尖らせたまま、金属片を欠けの石の上に置いた。
「これ、欠けに置く。持ち主が取りに来る」
「取りに来ない」
ユリネが即答した。
「えっ」
「来ないものは、来ないまま終わる。終わる前に、手を洗え」
終わる、が出ると、レンカの肩が落ちた。
落ちた肩は、次の善意を増やさない。減らすのに必要なのは、叱るより終わらせることだ。
「じゃあ……宝探し、終わり?」
「終わり」
ユリネが言い切った。
「早い!」
「早いのが勝ちだ」
タケルが真顔で言って、ユリネが刺す。
「勝ちとか言うな」
「……推測で勝ちっぽい」
「推測の使い方が雑だ」
コトが笑った。笑いがあると、終わりが優しい。
最後に、ユリネは板の前へ行って、指で文字をなぞった。
分けて置く。
文字が増えない。罫線も増えない。今日は欄じゃない日だ。助かる。
「分けて置く、だけでいい」
ユリネが言った。
「箱がなくても?」
「箱は、欲しいで止める」
「……欲しい」
レンカが小さく言って、拳を一回だけ握った。増やさない握り。良い。
結び家は家へ戻った。
戻る途中で、ミナギがぽつりと言った。
「でもさ、捨てたくないものって、あるよな」
「ある」
ユリネが言う。
「じゃあ拾って……」
「拾うな」
「……欲しいで止める!」
ミナギが言い直して、苦笑いした。雑でも言い直せるなら勝ち。
家に着いたら、まず水だ。
手を洗う。指の間まで洗う。洗うと、宝の匂いが消える。宝の匂いが消えると、欲しいが静かになる。
コトが小瓶を見て、少しだけ名残惜しそうな顔をした。
ユリネは見ない。見てしまうと、許したくなる。許すと増える。
代わりに、鍋を出す。
鍋は増えない。増えるのは具だけだ。具が増えるのは、今日は良い。
レンカが台所で小さく宣言した。
「今日、宝探ししなかった!」
「した」
ハルがぽつり。
「……未遂」
タケルが真顔で言いかけて、ユリネが刺す。
「未遂って言うな」
「……推測で未遂」
「推測の使い方が雑だ」
笑いが起きる。
笑いが起きると、生活が戻る。
戻るなら勝ちだ。
ユリネが短く言う。
「飯! 湯!」




