鍛冶屋の少年
森の町エルネにある小さな鍛冶屋。
そこで働く少年リアンは、父の背中を追いながらも、
自分には何も打てないという焦りを抱えていた。
セイルは彼の夢の光が揺らぐのを感じ取り、
初めて「夢を見る者」として、人の心に触れていく。
昼下がりの空気には、鉄と火の匂いが混じっていた。
カン、カン、と金属を打つ音が、町の静けさの中で響いている。
風の町エルネの片隅――そこに、小さな鍛冶屋があった。
店先では少年が火床に向かって腕を振るっていた。
額には汗、頬には煤。
しかしその瞳は、どこか遠くを見つめている。
「……やっぱり、違う」
金槌を下ろした瞬間、赤く染まった鉄が冷めていく。
少年――リアンは、肩を落とした。
「父さんみたいには、いかないな……」
その背を、路地の影から静かに見つめる影があった。
セイルだ。
彼は夢の書を抱えながら、リアンの胸の奥に淡い光を見ていた。
それは確かに“夢”の光――だが、どこか揺れていた。
まるで、自分の想いを見失いかけているように。
セイルは静かに近づき、声をかける。
「いい音だね。鉄を打つ音、まるで心が響いてくるみたいだ」
リアンは驚いたように顔を上げる。
「……誰? 旅の人?」
「そんなところ。見てたんだ、君の鍛冶」
少年は照れくさそうに笑い、火ばさみを置いた。
「俺なんかまだ半人前さ。父さんみたいに剣を打てたらいいけど……」
その言葉の奥に、焦りと羨望が滲んでいた。
セイルには見える。リアンの夢が、少しずつ色を失っていくのが。
「父さんは、この町一番の鍛冶師なんだ。
でも、俺が打つと、どんな鉄も途中で歪む。
夢だったんだ、俺も父さんみたいに“誇れる剣”を作るのが……」
セイルはゆっくりと夢の書を開く。
ページが光り、リアンの心の奥の景色が浮かび上がる。
――炎に照らされた鍛冶場。
――幼い自分が、父の背中を見ている。
――打ち上げた火花の先に、誰かの笑顔。
それは確かに、リアンの“夢”だった。
小さくても、確かな憧れの光。
セイルはその光をそっと記し、ページを閉じた。
それだけで、町の空気がわずかに柔らかくなった気がした。
リアンは知らぬまま、再び鉄を火床にくべる。
炎がぱちぱちと音を立てた瞬間――
その瞳の奥に、もう一度、かすかな光が戻っていた。
セイルは静かに微笑む。
「夢ってのは、不思議だな。消えそうでも、ちゃんと残る」
彼は店を離れ、通りへ出た。
風が頬を撫で、どこからか鐘の音が聞こえる。
それはまるで、リアンの夢がもう一度打ち鳴らされた合図のようだった。




