冒険者になる 05
ギルドでの手続きを終えたあと、私たちは受付嬢に宿屋の場所を尋ねた。
「宿泊なら、この先の通りにいくつかありますよ。食事付きや素泊まり、いろいろ選べます」
案内を聞きながら歩き出そうとしたとき、未紀が小さく首を傾げた。
「……あれ? 夏那さん、お金はどうしますか?」
伊緒が私を見て、私も首を横に振る。もちろん、ポケットの中は空っぽだ。異世界に来てから、そもそもお金をどうやって手に入れるかなんて考えていなかった。
受付嬢は、そんな私たちの様子に気付いて、くすっと笑った。
「もしかして、この大陸のお金を持っていないんですか? それなら……お手持ちの物を売ってみてもいいかもしれませんね。見たところ、こちらでは見かけない装飾品を身に着けていますし、こちらで高く買い取れますよ」
なるほど、確かに今の私たちにはそれしかない。
伊緒が自分の髪を触りながら、少し迷ったように言った。
「じゃあ……私、このシュシュを売るよ〜。お気に入りだけど、また作ればいいし〜」
私は手首のブレスレットを外して、受付嬢に見せる。
「じゃあ私はこれ。今は生き延びるのが先だし」
未紀は耳元のピアスを外して、小さく微笑んだ。
「私も売ります。宿泊できないのは困りますから」
受付嬢は品物を丁寧に受け取り、奥の商業部へ運んでいく。数分後、小さな革袋を手に戻ってきた。
「全部で銀貨九十枚ですね。宿泊費は一泊銀貨二枚、ご飯付きなら銀貨三枚なので……三十日くらいは大丈夫でしょう」
革袋を受け取った未紀が、中身をざっと数えて頷く。
「これなら、しばらくは安心ですね」
「おすすめの宿屋はこの先を右に曲がったところです。料理が美味しくて、おしゃべり好きな女将さんがいる宿ですよ」
こうして私たちは、初めての異世界の宿へ向かった。
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受付嬢に教えられた通り、通りを右に曲がると、木造二階建ての宿屋が見えてきた。入口には花の鉢植えが並び、温かい雰囲気が漂っている。
「いらっしゃい!」
カウンターの向こうから、ふくよかで笑顔の女性が手を振った。
「ギルドの紹介で来ました。三人で泊まりたいんですが」
「はいはい、空いてますよ。かわいい女の子たちだね」
鍵を受け取り、簡単な自己紹介をすると、おばちゃんは目を輝かせて身を乗り出した。
「お客さんたち、この街は初めてかい? ここルーデンは商業の町でね、服屋や武器屋がひしめいてるんだよ。 ただ、街の外に出るときは気をつけな。昼間でもゴブリンやオークが出るし、夜はもっと危険さ。魔物の目が光って、あっという間に囲まれるんだから」
伊緒が少し身をすくめる。
「……やっぱり、夜は出ない方がいいね〜」
「そうそう。日が沈んだら、みんな宿で過ごすもんさ」
銀貨三枚を渡すと、「夕食は一時間後だからね」と言って、二階の部屋へ案内してくれた。
部屋はこぢんまりとしているが、木の温もりが感じられる作りで、窓からは夕暮れの街並みが見える。ベッドは二つしかなかったが、私たちは並べて三人で寝ることにした。
「……なんか、修学旅行みたい〜」
伊緒がベッドに倒れ込みながら笑う。
「たしかに。でも、これからのことをちゃんと考えないと」未紀が真面目な声で言った。
私も靴を脱ぎながら、明日の予定を思い浮かべる。
「まずは、もう一度ギルドに行こう。今日は登録だけだったし」
「そうですね。できそうな依頼があるか、聞いてみましょう」未紀が頷く。
「お金も少しは稼がないとだし〜 新しい服も買いたいね〜」伊緒がベッドの上で足をぱたぱたさせる。
明日の動きが決まると、少しだけ安心した。
異世界での一日目の夜は、こうして静かに更けていった。